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ガン・ブレイズ-ARMS・ONLINE-  作者: いつみ
第十三章  【revision:2】
317/666

ep.01 『プロローグ・前篇』

お待たせしました。今週分の更新です。

本日から新章開始ですのでよろしくお願いしますね。


 その日俺は一人電車に乗ってそれまで暮らしていた町を離れ隣県にあるとある町へとやって来ていた。

 手荷物は僅かに小さなバッグだけ。その中に入っているのも財布と携帯などコレと言って珍しいものは無い。強いて言うなら遊びに向かう時には持たないような簡単な日常品が入っているくらいだろうか。

 電車が止まり扉が開く。

 混雑はしていないとはいえど乗客はそれなりにいる。けれどこの駅に降りようとしている人は疎ら。

 下車していくその疎らな人の流れに乗って俺も素早く車内から出て行くことにした。

 改札を出た先、駅の中にある立ち食いそばの店から漂ってくるダシの香りが鼻腔を擽る。小腹が空いたわけでもないのに無性に食べたくなる衝動を抑えつつ駅の中を出口に向かい歩いていく。

 その道すがら目にしたのは駅ナカのコンビニと綺麗に並んだお土産品のガラスケース。

 今更ながら手土産一つ買ってこなかったことに後悔しながらも、先程乗車中に来た連絡を思い出し足早に駅の外へと向かった。


「えっと、どこにいるんだ?」


 携帯に送られてきた画像を見ながら周囲を見渡す。

 駅の周辺も広い駐車場も人の姿はそう多くない。だからすぐに見つけられるだろうとタカを括っていたが、生憎とそんなことは無かったらしい。

 ざっと見渡して見つからず、ならば駅の裏側だろうかと足を向けたその時、俺が立っているその前に一台の赤の軽自動車が止まったのだ。

 車のドアが開きそこから一人の女性が降りてくる。

 長い黒髪を風に靡かせながら現れたその人こそ俺がここで待ち合わせをしていた人物だ。


「おーい、こっちこっち。相馬悠斗くんだよね?」

「は、はい」

「いやぁ、変わらないって言うと失礼かもだけど、私が覚えている君で良かったよ」

「そうですね。前に会ったのはもう五年ほど前になるんですか?」

「うん。だいたいそのくらいだと思うよ。だって君、前は中学の制服着てたもの」


 懐かしそうに微笑み、うんうん頷いている彼女の名は深山夏音(みやまかのん)さん。彼女は父さんの仕事の知り合いで、俺も過去に数回、父さんの仕事に付き合い顔を合わせたことがある。


「でも、少しは俺も成長したと思うんですが…」

「うーん。確かに立派な男の子になったね。でも、私にとっては最初に会ったときの印象が強くてさ。そもそも社会人になった大人との初対面で学生服を着てたらその時のことががっつりこびり付くから」

「そんな油汚れみたいなことを言われても……」

「あまり気にしなくてもいいから。それよりも、よかったよ。直ぐに見つけられて」

「え? すぐ?」

「あーごめんね。実は私はたった今駅に着いたばかりなんだよ」

「まあ、大体そんな気はしてましたけど」


 両手を合わせて謝る夏音さんは父さんから聞いていた今の印象よりも些か幼く見える。それでも俺が知っていた人物像からはあまりかけ離れていなかったのだが。


「ほら。早く乗って。君の荷物は昨日のうちに届いているから、家に着いたらすぐに荷ほどきだからね。私も手伝うけど、大変だよー」

「解ってますよ」

「それから私のことは夏音って名前で呼んでくれれば良いからね。名字呼びだと相馬さんに呼ばれてるみたいでなんか微妙」

「微妙って……それならら俺のことは悠斗とでも」

「ん、解った。悠斗くんって呼ぶね」

「では、俺は夏音さん、と」

「うん。それでいいよー」


 春の陽気のように明るく笑う夏音さんに言われるまま俺は車の助手席へと座った。持っていた鞄を後部座席に置きシートベルトをしっかりと締める。


「それじゃあ行くよ」

「はい」


 車に乗ること十数分。俺たちは夏音さんの家についた。

 古き良き時代の田舎の平屋の一軒家。

 軒先にある庭は整備が行き届いていて立派……だったらよかったのに。全く手入れが行き届いていないのか、初めからするつもりが無いのか、雑草が伸び放題の生え放題。それでも庭にある一本の木だけはちゃんと手入れしているのか、枝葉が伸び放題ということはないらしい。


「ささ、入って入って」

「お邪魔します」


 俺がそう言って玄関を潜ると夏音さんは何故か眉間にしわを寄せ「うーん」と何やら考え込んでいた。


「どうしたんですか?」

「あのね。これから少なくとも四年間はここが悠斗くんの家でもあるんだよ」

「まあ、そうですね。お世話になります」

「あ、うん。こちらこそ…って、そうじゃなくてね」

「ああ、すいません。手土産を買ってくるの忘れました」

「や、そうでもなくてね。ってかそんなに気を使わないでよ」


 困ったように微笑う夏音さんを前に俺は何か間違えたのだろうかと考え始めた。


「そうじゃなくてね。ここが悠斗くんの家なんだからお邪魔しますはなんか違うかなって思って」

「なんか違うと言われても……俺はここに来るのは今日が初めてなんですから」

「それだとお邪魔しますで良いのかな?」

「まあ『ただいま』だと違う気がしますし」

「じゃあ次からはちゃんと『ただいま』って言ってね」

「分かっていますよ」


 玄関で立ち止まり話をしていた俺たちはようやく家の中へと入っていく。

 先ず案内されたのはこの家の居間。

 平屋の日本家屋だからなのだろう。基本的には和室が殆どで、廊下を通っている途中に見かけた台所や戸が開かれたままになっていたいくつもの本棚が並ぶ部屋――おそらく書庫ではない――がフローリングになっていた。


「お茶でも入れてくるから少し待ってて。一息入れたら悠斗くんの部屋に案内するから」

「あ、はい。分かりました」


 そう言って台所へと去って行く背中を見送り、俺は居間の中を見渡した。

 先ず目に入ってくるのが大きめの机に壁掛けの大画面テレビ。他にも最新機種と思わしき冷暖房機器など見える範囲の電化製品の殆どがこの一、二年の間に発売されたばかりの機種ばかり。

 父さんから聞いていた話では夏音さんはこの家を曾祖父から引き継いでから住んで既に八年近くになっているという話だが、最近買い換えたばかりなのだろうか。


「お待たせ。はい、お茶だよ」


 台所から出てきた夏音さんが持って来たのはお茶が入ったペットボトルが二つ。同じメーカーなのを見ると買い置きしてあるものなのだろう。


「ありがとうございます」

「それで、どうかな? ほら家ってさ今時珍しい感じの家でしょ。なんとなく倦厭されるかもって思ってたんだけど」

「いえ、そんなこと無いですよ。こう言う建物は初めてですけど、別に嫌だなんてことは」


 渡されたペットボトルの口を外し、一口含む。緑茶の香りが口一杯に広がった。


「それで、何か聞きたいこと、ある?」

「聞きたいこと、ですか?」

「今日から一緒に住むわけだし、質問があればちゃんと答えるわよ。その代わり…」

「俺も質問に答えるんですね」

「その通り」

「でしたら先ず一つ。夏音さんの家族はどこにいるんです?」

「私は独身だよ」

「いえ、そうじゃなくて。父さんから聞いていた話では確かご両親と一緒に暮らしてるんじゃ」

「ああ、それね。実はうちの両親二年前から海外なのよ」

「へ?」

「相馬さんには話してあったと思うけど、忘れてたのね」


 何でも無いように話す夏音さんに俺は唖然とした目を向けた。


「次は私の番ね」

「ええ」

「そうねえ。悠斗くんの趣味は?」

「色々ありますけど、そうですね。一番熱中していたのはゲームでしょうか」

「ゲーム!? それってどんな――」


 何やら目をきらめかせて身を乗り出した夏音さんに圧倒されながら噎せた俺は持っているお茶を一口飲んで気を落ち着かせることにした。


「つ、次は俺の番ですよね」

「そうね。詳しい話はまたこの次に聞くわ」

「は、はい」


 とはいえ悩む。質問と言われても正直聞きたいことがそんなにあるわけではない。むしろ最初に聞いた夏音さんの家族がどこに居るのかというのが気になったくらいで、夏音さん自身に関することを聞き出そうとはあまり考えていない。

 当然聞かれたくないことなどいくらでもあるだろうし、知っている必要があることであるとも思えない。

 結局、こうして言葉に詰まってしまっているというわけだ。


「何もないの?」

「それじゃあ、もう一つだけ」

「あら、一つで良いの?」

「…多分、それで十分かなと」

「まあいいわ。それで聞きたいことって何?」

「さっき夏音さんが行った台所。もしかしてもの凄く汚い?」

「え゛!?」


 驚き目を丸くする夏音さんに俺ははやりと溜め息を吐いた。


「いつもは何を食べてるんです? 洗濯は? 掃除は? っていうか普段は家事どうしてるんですか?」

「し、質問は一つずつだっていう約束でしょ」


 思わず矢継ぎ早に投げかけた質問に慌てる夏音さんを目の当たりにしてなんとなく予想がついた。


「家事が苦手だとしても別に何とも思いませんから」

「ほんとうに?」

「はい」

「だったら白状するけど、その後ちゃんとゲームについて話してよ」

「分かってますって」

「その…家事は殆どしてない、かも」

「ご両親と暮らしてた時は?」

「その時はお母さんがやってくれてたし。洗濯もコインランドリーが近くにあるの。それに、ほら、今は何でも買える時代だから」


 誤魔化すように目を逸らす夏音さんが送った視線の先の台所をよく目を凝らして見てみるともうすぐ捨てるはずだったのだろう。コンビニの弁当のゴミや使い終わった割り箸のゴミが纏められた袋や空のペットボトルが詰められた袋が並んでいる。

 一通りゴミは纏められていることからもこの家を綺麗に保とうとはしているようだ。何より行き届いているとまでは言わないが最低限の家の掃除はちゃんと成されているのだ。


「でもさ、全部を買うより自分で作る方が安く済みますよね?」

「私の場合そうじゃないのよ」

「だったらこれからは俺が作りましょうか? 口に合わないといけないからまずは今日の昼ご飯でも――」

「いいのっ!?」

「え、ええ。とりあえず何か材料があるなら、ですけど」

「あぅ」

「何もないんですね」

「……はい」

「この近くにスーパーか何かあります?」

「あ、田舎だって馬鹿にしてるの? この近くにだって色んな店があるんだから」

「それならそこで何か昼食の材料を買いましょうか。ついでに夜の分も」


 自分の荷物の片付けは後回しにするしかないと諦め、立ち上がる。


「だったら悠斗くんの食器とか買っておかなきゃ」

「来客用とかでも良いんですけど」

「駄目よ。悠斗くんは家族も同然になるんだからちゃんと揃えておかないとね」


 俺に続き立ち上がった夏音さんは机の上に投げ出していた車のキーを手に取って、


「さ、善は急げよ。早く行きましょう。ちょっと離れてるから乗せてくわよ」

「ありがとうございます。あ、それでゲームの話は?」

「お昼ご飯を食べながらでも良いわよ。でもその分しっかり話して貰うんだから」


 そう言って俺たちは近くの色んな店を見て回ることにした。

 昼食と夜ご飯の材料はすんなりと買い揃えることはできたのだが、大変だったのは俺の食器を揃える方だ。俺は何でも良いと適当に安いものを選ぼうとしたのに、夏音さんが変にこだわってしまい食器類が売っている様々な店をハシゴすることになってしまった。

 そのせいもあってか俺が昼食の準備に取りかかったのはとっくに昼の十二時を過ぎていたのだった。



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