秘鍵が封じるモノ ♯.21『秘鍵が封じるモノ』
お待たせしました。今週分の更新です。
「ギルドマスターを代わってくれないか?」
俺が告げたその一言にホールに集まっている面々の表情が一様に固まった。
彼らの顔から窺える感情は戸惑い、それと困惑。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなりどうしたんだい?」
慌てた様相で立ち上がったムラマサがそのまま俺の前へと詰め寄ってくる。
「昨日一晩考えたことなんだ。もう少し俺の話を聞いてくれ」
と、ムラマサを制止するとそのままストレージにある数々のアイテム類を目の前のテーブルに積み上げていく。
「それは何のつもりなんだい?」
「俺が持ってた素材の全てを使って作ったポーションやインゴット、その他消耗品のアイテムの数々だ。これらは全部ギルドの皆が好きに使ってくれれば良いさ」
「だからそれは何のつもりなのかって聞いているんだっ」
「そうですっ。それじゃまるで何かの餞別みたいじゃないですかっ」
声を荒げるムラマサとヒカルに他の皆の視線が集まる。その中には突然声を荒げた事に対する驚きと二人に同意するといった類いの感情が込められているように思えた。
「みたいもなにも、確実に疑う要素など微塵も無く、完全に餞別のつもりなんだろ?」
呆れたように呟くハルに俺は微かに頷き返す。
「まあな」
「……どうして?」
「理由はそれなりにあるんだ。まず、俺の事情でギルドマスターを代わって貰うんだからその詫びとお礼かな」
「……ん、なんか他人行儀で、やだ」
「そう言うなって。俺側の事情も無いわけじゃ無いから」
「それじゃ、説明してください」
俯くセッカの横に座り直したヒカルが訴えてくる。
「解った。まあ、このアイテムを作った理由だけどさ。ほら、俺は今から一年くらいログイン出来なくなるだろ? 仮に出来たとしても今みたいな活動は出来ない」
「んー、まあ、それは仕方ないことだよね」
「だったらさ、その間に俺が持つ素材がある意味値崩れ? みたいな事になっても当然だと思わないか?」
続けているのならば問題ないことも時間を空けてしまうと出てくる問題の一つ。それが価値の変動だ。
例えばインゴット類ならば使うプレイヤーがより効率的な、より手に入りやすく安価なものが出てこないとは限らないだろう。それはポーション類も同様だ。より効果の高いものが出てきてより安く手に入り易ければそちらを好むのは自然のことと言える。
少なくとも俺が復帰する時まで価値が変わらないなんてことは有り得ない。
「だから今価値あるうちに全部消費してしまおうと思ったってわけだ。ああ、安心してくれ。これらは全部俺個人が保有していたものだけを使ったからさ。ギルドの倉庫にあるものには手を付けてないよ」
「そんなことを言っているつもりは無いのだけどね」
「まあ、一応な。それに俺からすれば無駄に死蔵するってのは釈然としないし、そもそも今の段階でも余ってるからさ、いつかは皆に使って貰おうって考えていたんだよ。ほら、俺って一応ギルドマスターだからさ。ギルドメンバーになにかしないとなぁって」
「別に何もしなくてもよかったんッスよ」
「そうね。ギルドで何かやろうって感じじゃないものね」
納得したのか嘆息混じりで苦笑するリントとライラが微笑む。尤もリントの蜥蜴顔だと笑っているのかどうか今一つわかり難いが。
「あ、それから食材アイテムだけはどうにもならなかった。全部使うには時間が足りないし、売るにしても困りそうだからさ」
現状食材アイテムはその他の素材アイテムに比べて価値が低い。それもそうだろう。一時的なバフ効果を得られるといっても料理を作るには≪調理≫スキルが必要だし、それを他人に振る舞えるようになるほどスキルレベルを上げているプレイヤーもごく僅か。精々NPCのショップに換金アイテムのついでに売るくらいしか普通は使い道がないのだ。
俺がリリィやフラッフが常日頃から甘い物をねだってくるから個人的に集めているだけ。俺がいなくなるとギルド無いで消費するためには誰かがわざわざ≪調理≫スキルを習得、成長させなければらならないし、俺としてもそれを強要するつもりはない。
「それでここにいるNPCたちに渡してあるからさ、多分彼女たちなら何らかの料理にしてくれると思うから何か食べたくなったら頼んでみてくれ。俺が渡した食材があるうちはそう嫌がったりはしないと思うぞ」
「はあ、分かったよ。ユウが色々と身の振り方を考えているってことがね」
「悪いな」
「それにその口ぶりだとこのギルドを辞めるつもりは無さそうだからね」
俺の話を聞いてそう判断したムラマサは同じように戸惑っていたヒカルの肩を叩き宥めていた。
「辞めない、んですよね」
「まあ、正直考えなかったかって言われれば嘘になるけどさ」
「え!?」
「でもせっかく作ったギルドなんだ。無くすのは寂しいし、その為にギルドマスターの交代なんだよ」
「……つまり?」
「ギルドを続けるために別の誰かをギルドマスターにする必要があるって思ったんだろ」
俺の考えを汲み取ったハルが問いかけてくる。
「ああ。今はまだ数少ないけどさ、この先ギルド単位で参加するイベントが発表されてもおかしくは無いだろ。その時ギルドマスター不在だから参加出来ない、そうじゃなくても何らかの不利を被るのは俺が嫌だ。だから今のうちにってことさ。実は一度ギルドを解散させるかってのも考えたんだけど――」
「……嫌」
「ダメですっ」
「それは駄目ね」
「駄目ッスよ」
「あー、そう言われる気がしてな。それなら俺だけがギルドから抜けることも――」
「それも駄目だぞ」
「俺を誘ったユウが抜けるってのはどうよ?」
「分かってるって」
真剣に俺を引き留めようとする仲間たちに熱い何かが込み上げてくる気がした。
「成る程。だからギルドマスターの交代なのか」
「そう言うこと。で、昨日はまぁ、なってくれるなら誰でも良いかって考えてたんだけどさ。さっきの話を聞くとどうも大人組の方がいい気がして」
「んー、確かに。ギルドマスターになれば今以上に現実に影響を出す人が出てきそうだものね」
「だろ?」
慌てて目を逸らした何人かいるのを俺は見逃さなかった。
「と言うわけだ。ムラマサ、ボルテック、ライラの中から誰か頼めないか?」
訪ねた三人の内二人は現状ギルドのサブマスターになっている。ライラに限ればギルドマスターにならずともサブマスターにはなって貰うつもりがあることをこの時付け加えて伝えた。
「んー、それならオレが――」
「いや。私がなろう」
「ボルテック?」
「ライラに関してはそこまではっきりとは言えないが、少なくともムラマサは事務的な活動に向いているとは思えないのだが?」
「い、いや、そんなことは無いぞ。オレだって多少の事務作業くらい」
「今でもサブマスターの責を前戦に出ることで果たそうとしている者の言葉とは思えないな」
「申し訳ない」
「ライラはどうだ?」
「私はサブマスターで十分よ」
「そうか。と言うわけだ、不満があるようなら再考することも吝かではないが」
「い、いや。ボルテックが頼まれてくれるなら俺は何も……」
異論はないと告げるとボルテックだけではなく、ムラマサもライラも少しばかり表情を引き締めた。
「まあ、そう重く考えないでくれ。今のままの方針ならギルドマスターの役割はそう多くないし、サブマスターもそうだよな?」
「何を言ってる? ユウが知らないだけ仕事はそれなりにあるんだぞ」
「うそ!? マジか」
「とはいえ、それも私がやりたくてやっていたことなんだが」
「ボルテックがって言うとウチのギルドでリタのとこに流している素材アイテムに関するヤツか」
「島の運営こそ手は離れたがな。商業ギルドとの商談は私達のギルドの大きな収入源だからな。無下にすることもお座なりにすることも出来ん」
「あー、まあ、引き続き頼んだ」
「解っているとも」
「それで、私は何をすれば良いのかしら? ムラマサさんはあまり運営に口を出していないようだけど、私も同じでいいの?」
「いや、ライラには少し頼みたいことがある」
「何かしら?」
「ここのギルドホームの管理だな。基本は雇っているNPCに任せる事になっているが、それでも全てを任せるわけにはいかないだろう。とはいえ偶に倉庫の在庫確認やここで作っている素材の品質の確認を頼みたい」
「えっと、そのために何か取った方がスキルはある?」
「≪調薬≫や≪調理≫があった方が楽だとは思うが、無理にとは言わん。というか何でもかんでも習得するコイツがどうかしてるんだ」
「そうねぇ。その二つもスキルレベルそれなりにあるんだもんね」
呆れたようなボルテックとライラの視線が突き刺さる。
「そうは言っても弊害はあるみたいだぞ」
助け船を出してくれるのかと思ったハルが更なる追い打ちを言い放ってきた。
「お前、未だに属性技の一つも使えないんだろ?」
「…まあな」
「やはりか。あのときの戦闘でも属性技を使う気配一つ無かったからな」
「それでもやれてるんだから良いだろ」
「属性無しでは倒せないモンスターだっているんだぞ」
「ほら、そこはその、俺の技は無属性ってやつってことに」
「そんな属性は無い。第一今までそういうのはどうしてたんだ?」
「どうにかしてやり過ごすか、竜化して無理矢理」
どういうことだと首を傾げるハルに俺はホールの陰にいるアラドを見た。話しても良いかという確認の意を込めて。
その後、目を伏せたアラドは好きにしろと言っているように思えた。
「実は竜化すると攻撃の全てが通常攻撃扱いでは無くアーツ攻撃扱いになるんだよ。それも特別な『竜』の属性攻撃としてさ」
「竜?」
「多分、ボスモンスターとかが持ってるプレイヤーの属性防御とは違う攻撃属性の一つなんだと思う。偶に聞くだろ。DEXも属性防御高いのに少しだけダメージを受けることがあるみたいなヤツ。俺はモンスターに特別な属性攻撃手段があると思ってたんだ。『竜』ってのもその一つなんじゃ無いかな」
「成る程ね」
「だからある意味無理矢理な力押しとも言えるな」
あっけらかんと笑い答える俺にハルは諦めたように肩を落とした。
「それに今更何の属性を習得しろって言うんだよ。まともな攻撃手段として使えるようになるまでのスキルポイントが圧倒的に足りないぞ」
「普通は戦闘職なら専用スキルを憶えて基礎能力系を習得した次にどの属性にするか考えるもんなんだけどな」
「そこはほら、俺は生産職も兼ねてるってことで」
「だから普通は途中でどっちかに集中するようになるって言ってんだよ。生産なら専門の人たちの方があからさまにスキルも腕も上になるんだからな」
「まあ、なんとかやって来られてるよ」
「結局属性技が使えないままなんだろうが」
「はっはっは」
「笑って誤魔化すな」
などとハルと話してている最中、俺はコンソールを操作してギルドマスターの権限譲渡に加えライラのサブマスター任命の手続きを整えていた。
ギルドはその規模の大小あれど共通してサブマスター複数任命することが出来る。その人数は最大五人。とはいえ『黒い梟』の十人程度の規模で一時的でもサブマスターが三人も居ることは異例なのだろうが。
「さ、ライラ。受けてくれ」
「ええ。任せてちょうだい」
ギルドメンバーの一覧。そこにあるサブマスターの項目にライラの名前が加わった。
「次はボルテックだな。仕様では俺と役職が代わるって言うようになっているみたいだから、ボルテックの最初のギルドマスターとしての仕事は俺をサブマスターの職から外すことになるな」
「ふっ。前社長を追い出して就任するみたいだな」
「その前社長の意思なんだ。黙って受けとけ」
若干ぶっきらぼうに成りながらも滞りなくギルドマスターの交代が成された。
「さて、とりあえず俺が皆を呼び出した目的はこれで果たされたってわけだ。このまま戻るとイベントの最後の二時間くらいか? どうする?」
「私は遠慮しておこう」
「そうッスね。僕も止めておくッス。今更順位が動くことも無さそうッスから」
「他の皆も?」
「んー、そうみたいだね。二時間くらいならここでゆっくりしているよ」
「アラドはどうするんだ?」
ギルドホームに集めたのはギルドメンバー全員。
そこには一時的とはいえ加入しているアラドも含まれている。
「俺はオマエラのギルドを抜けさせて貰う」
「このままずっと所属しててもいいんだぞ」
「ハッ、俺はソロが性に合ってンだよ」
「そうか」
俺とアラドの会話を聞き届けたボルテックは俺のサブマスター除籍の前にギルドからの脱退申請を受理しているみたいだった。
暫しの間を置いて後腐れなど微塵も感じさせないほどあっさりとギルドホームを出て行くアラドを見送ったのだった。
その後の話。俺は待たしても生産作業に追われた。
処分に困った多量の食材アイテムを食べてしまおうと少し気の早いイベントお疲れ様パーティーを開こうとギルドメンバー、中でもヒカルとハル、それにフーカとアイリたちから強い要請が上がったからだ。そこにどこから話を聞いていたのかリリィも参加し、NPCたちも異論は無いと言うことで俺はこうして簡単に摘まめるものをいくつもいくつも作ることになった。
まるで何かを惜しむようにパーティ-を全力で楽しむなか、ついにイベントの終了時刻を迎える。
数分の後、各人のコンソールにそれぞれが納めた秘鍵の数が表示され、程なくして誰の目にも見えるように空に四方を向いた巨大なモニターが出現した。
モニターに映し出されているのはこのイベントの結果発表。
最も納品数が多かったのがオルクス大陸。すなわち魔人族に新たな派生『堕翼種』が加わったということだ。意図せずも俺たちの望み通りの順位になったと言うことのようだ。
次いで二位がジェイル大陸の人族。三位がヴォルフ大陸の獣人族。その二つの大陸に秘鍵を納めていたプレイヤーにはいくつかの報償が付与されているはずだ。
そして、最後。
イベント終了時点にログインしているプレイヤーにのみ先駆けて公開されたある映像。
それは二ヶ月後発売される新型のHMDとこのゲーム【ARMS・ONLINE】の続編の発表の映像だった。
これにて第十二章は終了です。
この直後の話が次回更新分になる予定ですが、それが♯.22になるか、幕間になるかはまだ決めてません。どちらにしても本作はまだまだ続きますのじゃ。