秘鍵が封じるモノ ♯.19『エンドロール』
お待たせしました。今週分の更新です。
一筋の光が消えた後、降り注いだのは天の光を反射して輝く光の粒だった。
「終わったのか?」
戦斧を肩に載せてゆっくりと歩いてきたハルが問いかけてきた。
「みたいだな」
戦闘が終わったのかどうかをプレイヤーが知るのは大抵戦闘後に現われるリザルト画面を見るからだ。そこにこの戦闘で得た経験値やアイテムなどが記されていて、経験値を得てレベルアップしたのならば追加でもう一つリザルト画面が加わり上昇したパラメータの数値を知ることが出来る。
後は戦闘中だけ有効な上昇効果が消えることだろうか。
どちらにしても直ぐに戦闘が終了しかたどうかなどは判明することだろう。
それでもハルが俺に問うたのは最後の一発を放った俺のことを気遣っているからなのだと思う。
現に俺が平気そうに立っているのを確認して見て取れるほど安堵していたのだから。
「お、来たか」
自動的に竜化が解かれるのを待っていたかのように俺が元の姿に戻った途端、目の前に件のリザルト画面が出現した。
ざっと目を通し確認する。
まず、得られた経験値だが俺は基本的にパペット・キングのみに集中していた。そのため他のパペットモンスターとは殆ど戦ってはいない。逆にムラマサたちはパペット・キングとは戦わずにパペットモンスターの大半を倒していた。そのことが得られた経験値に差を生んでしまうかも知れないと考えていたが、実際にはそうならなかった。
今回の特殊ボスモンスターとの戦闘では参加しているプレイヤーが全員同じパーティを組んでいる時と同じように得られるアイテムや経験値は均等化されているらしい。
それは俺とは違い他のパペットモンスターとも戦い倒していたハルが獲得した数値と照らし合わしたから間違いないと思う。検証数が僅か一つしかないことは懸念すべきだろうが、そこは同じギルドメンバーしかうないのだから問題ないことにしよう。
それから得られたアイテムだが、やっぱりと言うべきか残念と言うべきか結局得られたのは秘鍵だけだった。とはいえその数は膨大で特殊ボスモンスターを討伐したプレイヤーたちと参加していないプレイヤーとでは想像以上の差が生じてしまう気がするが、まあイベントも終盤で残すところ一日だけなのだ。今回のイベントでは個人の成績云々よりも各大陸ごとの収集数が物を言うだろうことからもそう問題にはならないはず。
何はともあれ獲得したのは勝利を収めたプレイヤーに限られるのは当然として、迷宮に挑まないと決めたプレイヤーにも何らかの最後の催し物があるのもまた当然のように思える。
どちらにしてもこの最終日に秘鍵の収集数という基準のランキングは変動するかもしれないと漠然と思いながら俺はリザルト画面を最後のページに送った。
獲得した経験値、獲得したアイテム――秘鍵だけだったが――の確認が終わり次となれば自身のレベルアップ後の確認だ。
上昇したレベルは一つ。パラメータは程々でしか無いとはいえ現在のレベルから考えればそう悪くは無い。
「みんなっ。一度集まってくれ」
湖の上から移動し湖畔に立つムラマサが俺たちを呼んだ。その隣には既に他の仲間たちが並んでいる。
俺は隣に並ぶハルとアイコンタクトする最中視界の端で歩くアラドの姿を見つけると敢えて声を掛けることはしないままに湖畔へと向かった。
「さて、とりあえずこの戦闘は終わったみたいだね」
そう切り出したムラマサに俺たちの視線が集まる。ちなみにこの時アラドだけは興味ないと言うように近くの切り株に腰掛けていた。
「まずは全員ご苦労様。各自リザルトは確認したと思う。秘鍵を納めるのはこの後になるだろうけど、十分な数が確保出来たとオレは思う」
全員の顔を見渡し演説するように話すムラマサは一瞬俺の方を見た。そして僅かに目を細め笑いかけてきたのだ。
俺が勘の悪い方だったらば何のことも無い笑みに見えていただけで終わったことだろう。しかし残念なことに俺はムラマサの笑みから『これはギルドマスターであるユウの仕事なんだけど』という抗議の意を感じ取ってしまった。
申し訳ないと肩を竦め、微笑み返すとムラマサは仕方ないとでも言うように言葉の代わりに溜息を吐き出していた。
「それとイベントの残り一日だけどどうやらこの迷宮は探索できないようになっているのは変わらないらしい。だからこの後は各々自由に行動してくれても構わないよ。他の場所で秘鍵を集めるのでもゆっくりと休養を取るのでもね」
そうムラマサが言い終わるのと時同じくして湖のあるこの階層に突如草花のレリーフが刻まれた石の扉が出現した。
程なくしてひとりでに開かれた扉の先に映るのは眩い光。
明らかに出口であると告げているその扉を前に俺たちは誰一人として歩き出すことは無かった。
「ン? 何してンだ?」
と問いかけたのはアラドだけ。
仲間が居るからなのだろうか。誰かが切っ掛けにならなければ二度と戻ることが出来ないこの場所に僅かばかりの名残惜しさを感じてしまっているが故に踏み出すことが出来ずにいるのだ。
こういう時、最初に踏み出すべきはギルドマスターたる自分なのだろう。
「いや、何でも無いさ」
そうだろ、と皆に問いかけるように視線を送る。
すると最初にハルとムラマサが。それに続きヒカルとセッカが。ライラとフーカ、アイリとリントがその後に。最後にボルテックがゆっくりと扉へと歩き始めた。
まるで光の感触を確かめるようにそっと手を差し出して扉を潜る。
この光を抜けた先にあるのは迷宮の外の光景なのか、それともまた別の場所なのか。少しだけ踊る心に促されるまま歩を進めていく。
そして全身を光が包み込んだその刹那、俺は迷宮の中に降り注いでいる光とは別の光の下に立っていた。
「ここは……?」
この世界において見慣れる場所なんてものはそれこそ星の数ほど存在する。
例えばこれまでに足を踏み入れていない場所。あるいはこの先に追加される場所なんてのもそれに該当するだろう。
だからこの場所が自分の知らない場所であってもなにも不思議は無いのだ。
「皆は……まだみたいだな」
一面に広がる花畑。それが今俺が立つ場所だ。
モンスターの姿は無く、同時に他のプレイヤーも居ない。
予めそう設定されているのだろう。俺が歩く度に花びらが、小さな葉が宙を舞う。
当てもなくただ真っ直ぐに進む。そうするしか無いのだが若干気に入らないが、それでも正解ではあったらしい。
「また扉か。まったく、どこに繋がっていることやら」
俺一人だけが進むことは心苦しいが、その原因と理由を探している暇は無さそうだ。
今度は銅の色をした扉が開く。
先程と同じ光を通り抜け出た先は晴れやかな空の下、暖かな雨が降り注ぐ城の広いバルコニーだった。そしてまたその先に今度は銀色に輝く扉があった。
扉まで進みまたしても光の中へと入っていく。
「夜? いや、呼ぶのなら『流星の降る場所』かな」
足下は暗い反対に空を見上げると広がる幻想的な光景に微笑みながら進む先に星の如く輝く金色の扉を見つけた。
そしてその扉が開かれ金色に輝く光の中を進む。
金色の扉を抜けた先にあったのはどこかの山の頂を思わせる場所。
辺りは暗く、星も無い。
こう言ってはなんだが、先程の流星が綺麗だった場所に比べれば随分と地味だ。そんな事を考えながらも進んでいると俺は不意に足を止めた。
「へえ……これは、凄いじゃないか」
折り重なるように聳える山々の数々。その狭間から暖かくも力強い光が昇り始めたのだ。
黒や深い緑の色を染め上げていく橙色に目を奪われているとその光を反射する扉を見つけた。
自ずと目を凝らし扉に近づいて行くとその扉の色がこれまでとは違うことに気がついた。
「最初の石の次は銅の扉。その次が銀で金。それで最後は虹色ね。なんか一昔前のソシャゲのガチャみたいな演出だな」
自動的に開かれた扉の奥にある光の色も虹。
さっき抱いた感想が間違っていないのならば扉はこれが最後。
そして行き着く先はゴールのはず。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
楽しい。それに尽きる。
綺麗な景色を順々に辿っていくのはまるで何かのエンドロールを眺めているかのよう。
そしてその直感もまた正しいのだろう。これまでの光景はこのイベントのエンドロール。だからこの行程を辿るのは俺一人だけ。
「最後の場所は――そうか、ここになるのか」
色を変える扉を潜り続け辿り着いた場所。そこはまるで王に謁見する場所。華美な装飾に加えて厳かな空気。その中に一つだけ豪華な椅子がある。
だがその椅子に主はいない。
また、プレイヤーがその椅子に座ることもない。
何故なら……
「亡霊、いや、どちらかと言えば死神だな」
宙に浮かぶボロボロのローブを目深に被る骸骨。手には所々が錆びて変色した大鎌。
「戦うつもりはない、みたいだな。だったらどうして現われた?」
腰のガン・ブレイズに手は伸びるもののそれ以上は動かない。俺も目の前の死神も。
「…ん?」
音も無く動かし指差した死神に促され見たのは椅子の上にある小さなオーブ。
「これを持って行けってのか?」
俺の問いかけに応えるように死神はそのまますうっと姿を消した。
まるで俺にそう伝える為だけに出現した存在はもはやどこにも存在しない。その代わり、なのだろうか。椅子の上のオーブが一瞬だけ光ったような気がした。
『レベル・オーブ』
効果はスキルポイントを消費せずにスキルレベルを一つ上げるか経験値とは関係なくレベルを一つ上昇させる。
俺が手にしたそれは恐らくこのイベントをある程度まで進めた、もしくはこの特殊ボスモンスターを討伐したプレイヤー全員に与えられる物。
このイベントの主目的であるランキングとは別口で用意されたのだろう。
それを手にすることがこの場所に辿り着いた意味。俺は迷わずそれを手にした。その途端この部屋そのものまでもが己の役目を終えたと言わんばかりに周囲の景色が歪み始めた。
転送ポータルを使った転移とは違う感覚に襲われながらもその揺らぎに身を任せる。
そして次の瞬間、俺が立っていたのは見覚えのある広場、というか迷宮の外にある広大な更地だった。
辺りを見渡せば大勢のプレイヤーが楽しげな空気を醸し出している。その中には見知った顔もあれば当然見知らぬ顔もある。
ここで言う見知った顔というのは言うまでも無くギルドメンバーの面々。
彼らが手を振り俺の名を呼んでいる。
だから俺はその声に応え手を振り駆け寄っていく。
その後は割とお決まりだ。
ここに来るまでの間に何があったのか。互いの無事を確認するように話しをするとそのまま迷宮を後にして近くの町へと戻る。
そこで秘鍵の納品を済ませると俺たちは次の日、あるいはまた別の日の再会を約束し、俺は心の中でイベント最終日である明日を精一杯楽しもうと決めてログアウトしていくのだった。