はじまりの町 ♯.31
「準備はいいな?」
武器の強化を終えて工房に皆が戻って来た。
「これからもう一度、オーガと戦う。また攻撃が効かなかったら直ぐに逃げるから無理はするなよ」
「わかったよ」
「分かったわ」
ハルの言葉にライラとフーカが答えた。
俺は無言のまま頷いてみせる。
「行くぞ!」
意気揚々、四人が並んで歩き、草原エリアを抜けてオーガと戦うことになる街道に出た。
最初の戦いは俺たち四人が街道のあるポイントに足を踏み入れた瞬間に始まった。
まわりには木もなにもないだだっ広い街道。
そこに突然巨大なオーガが出現したのだ。
「来るよっ」
二度目の戦闘も同じように始まる。
地面を揺らしながら着地したオーガは一度目と同じように咆哮した。
「俺が行くっ」
普段なら戦闘の口火を切る攻撃はライラの魔法だ。しかしそれが効かなかった経験が思い出されたのだろう、ライラは魔法を使うことを躊躇っているように見える。
攻撃する事を躊躇っているのはフーカも同じ。
それを理解したからなのだろう。真っ先に飛び出していったのはハルだった。
奇しくも一度目の戦闘と同じ、最初の一撃はハルの振るう斧。
前回は刃が通らずに跳ね返されるという稀有な現象を見せた。
今回はどうだと皆が固唾を呑んで見守るなか、オーガが苦しみの声を漏らした。
「効いた」
喜びと驚きが織り混ざった叫びをハルが上げる。
オーガの背中を斬り付けた斧は弾き飛ばされること無く振り抜かれた。
「ライラ! フーカ! ユウ! 攻撃開始だっ!」
予想通り鬼払いを付与した武器はオーガに効果があるようだ。
これまで弾かれていた攻撃が通るようになり、与えられなかったダメージを与えられるようになった。
「≪アイス・アロー≫」
ハルの声に応えるようにライラが空中に氷の矢を作り出した。
「まずはこれ、≪ライトニング≫」
閃光を放つ斬撃が降り注ぐ氷の矢と同時にオーガ目掛けて繰り出された。
二人の攻撃も今回はオーガのHPを削ることができている。
「これなら、いける」
確かな手ごたえを感じて呟くハルの横を通り抜けるようにユウが掛けていく。剣形態の剣銃を構えて走るその速さはハルがこれまで見てきたユウの走るスピードではない。
それもそのはず、この時の俺はSPEEDブーストを使用しており、全身に仄かな緑の光を宿している。
「どけっ、ハル」
風を纏っているかの如く駆け抜ける俺は剣銃をオーガの脚目掛けて振り抜いた。
上半身に比べて華奢な印象を受ける下半身はその巨体を支えるにはあまりにも似つかわしくない。それがオーガの動きが遅い原因にもなっているようだ。
「よしっ」
剣銃を握る俺の手に返ってくる感触はこれまでのボスモンスターとなんら変わらない。
それどころか鬼払いを持つ武器は鬼種のモンスターに与えるダメージに補正が加わるという説明通り、オーガのHPが減る値が大きいようにも見える。
オーガは三本ものHPバーを持つ。
それは純粋に体力の総量が多いことを指す以上に、オーガがこれまでのボスモンスターよりも強いということを指している。攻撃力もさながら、防御力も俺の知るボスモンスターよりも高いのだろう。
想像していたよりも早い勢いで減り続けるオーガのHPを見る限り、このクエストの攻略ポイントは霊石を武器の強化に使うか否か。その一点にあったようだ。
四人の攻撃は問題なくオーガに効いている。
最も重要で、最も難関だった最初の壁はどうにか超えることが出来たようだ。
「そろそろ一本目が無くなる。皆、気を抜くなよ」
早い。順調過ぎるほどに順調だ。
戦闘開始して僅か十数分、普通の雑魚モンスターとの戦闘が終わるのと大体同じくらいの時間でオーガの一本目のHPバーを削り切れそうだ。
ガラスの砕ける音と良く似た音が辺りに鳴り響く。
重低音の叫び声を上げるオーガのHPバーが二本になった瞬間だった。
俺は固唾を呑んで成り行きを見守っている。
ボスモンスターとの戦闘で変化が訪れるのは決まってHPバーが消失した瞬間だった。
「なんなの?」
フーカが目の前でなにが起こっているのかわからないというような顔をしている。
うん。それは俺も同じだ。なんせ、たった今まで戦っていたオーガが突然隆起した地面に呑まれてしまったのだから。
「どう……すればいいんだ。これは?」
別の意味で手も足も出ない。
小さな山のようになってしまったオーガは攻撃をしてくることもなければ、こちらから攻撃を仕掛けることもできない。試しに剣銃で斬りかかってみても返ってくる感触は、固められた土をスコップで削ったときと同じ。とてもモンスタ-を攻撃した時と同じとは思えないものだった。
「退いて。こんなの一気に凍らせるわ」
ライラに青い光が宿る。
強力な魔法を使うためには溜める時間が必要だが、一切身動き一つ見せないオーガが相手ではその時間はほぼ無限に与えられているに等しい。
「≪アイス・ストーム≫」
冷気の風が小山となっているオーガを呑み込んでいく。
風が過ぎ去った後に残されているのはまるで真冬の山の如く、氷に覆われた小山。
「で、だからこれをどうするんだよ」
斧を構えたまま呟いたハルの言葉に、ライラはバツが悪そうに顔を背けた。
「だ、だって。こうすればダメージ与えられると思ったんだもん」
そう。ライラが言うように全身を氷に覆われたにもかかわらずオーガのHPバーに変動は見られない。つまりは攻撃が届いていないということになる。凍りついたことを考えると魔法が効いているののは間違いない。だからこそ最初の戦闘のように俺たちの攻撃が効かなくなったというわけでは無いのだろうが、手も足も出せないのということに変わりはない。
「な、なに?」
再び地震のような揺れが巻き起こる。
地面が隆起してできた小山を覆っていた氷が割れ、茶色い土の壁が露出した。
「皆、一度下がれ。オーガから距離をとるんだ」
緊迫したハルの指示が飛ぶ。
俺たちはそれに返事をすることも忘れ、小山と化したオーガから離れた。
「なんだ、あれは」
氷が砕け、土の中から現れたのはそれまで戦ってきたオーガではなくなっていた。
凝固した土が鎧のように身体に纏わり付き、野生的と感じていたオーガが一転、無機質な何かに変わる。
剣銃を銃形態に変形させ、銃口を向ける。
一度目の戦闘でオーガの名称とHPバーを確認していたことから今回は必要ないと思っていたこの行為を変異したオーガに向けて行った。
名称は変わらず『オーガ』のまま。
一本消滅させたHPバーも復活した様子は無い。
だが、どういうわけだ。HPバーの下に別の何かを表したゲージが出現しているではないか。
プレイヤーのようにMPを示しているという訳では無さそうだ。MPを表しているのならば最初から表示されていなければおかしい。
突然、それも全快の状態で出現することなどありえるのだろうか。
「来るぞ。気を付けろ」
再びハルの声が響いた。
土の鎧をまとったオーガは以前戦ったゴーレムによく似ている。ゴーレムは土で出来た人形に魔力が宿り動き出したという設定だ。誰が作ったか知らないが、ゴーレムというのはこの鎧をまとった状態のオーガをモデルに作られたのかもしれない。
それまででも十分脅威に思えたオーガの腕は鎧を纏いその何倍もの大きさになっている。それを振り回すだけでも必殺の一撃のような迫力があった。
「うわっ、危なっ」
オーガが変異を見せたときに告げられた最初のハルの指示に従い離れていたことが良かった。誰一人としてオーガの攻撃を受けることなく余裕を持って回避する事が出来た。
鎧を纏ったことによりオーガの動きは輪を掛けて遅くなっている。
攻撃を回避する事が出来ればその後に生まれる攻撃できる時間はこれまでよりも長い。
瞬時に引き金を引き、銃撃を加える。
動き出したオーガはさっきまでの小山の状態とは違う。効かなかった攻撃も問題なく効くようになっていた。だが、撃ち出した二発の銃弾はオーガのHPを削ることが出来なかった。その代わりに新しく出現した別のゲージを僅かに削っている。
「アレは……」
初めて見る現象に戸惑いを隠せない。
HPとは別に出現したゲージ。そのきっかけはオーガの変容。
これまでプレイしてきたゲームの経験からある推論が浮かんできた。
「先に下のゲージを削るんだ。そうすればHPにダメージを与えることができるはずだ」
攻撃する手を止めていたライラとフーカに向けて指示が飛ぶ。
ハルの言葉通りだとするのならや新たに出現したゲージは鎧の耐久度を表しているということ。そして俺の推論が正しかったということだ。
即座に≪リロード≫を発動させ、ゼロになっていた残弾を復活させる。
ライラが再び氷の矢を撃ち出して、フーカが技を使い攻撃を加え、ハルは技を使わずに連続して斧を振り続けてる。
前と後ろ、フーカとハルが絶えず攻撃を加えているなかに俺の入りこめる隙は無い。後方で魔法を撃ち続けるライラと同じように銃撃に集中することにした。
程なくして鎧の耐久度を示すゲージはゼロになった。
HPバーが消失する時と同じガラスの砕けるような音が聞こえてきたその瞬間、オーガが纏っている土の鎧は割れたガラスのようにボロボロと剥がれ落ち素のオーガが出現した。
「今だっ」
期を示すハルの声に応えるように、俺は剣銃を剣形態に変形させて駆け出した。
技を使わずに攻撃していたハルは俺が走り出したことを感づいたのだろう、斧に力を集中させて技を発動させた。
ハルが使う技は斬撃を爆発させるもの。その性質上、連発が出来ないという欠点と攻撃後に大きな隙が生まれるという弱点が存在する。耐久度のゲージを削ることに集中していた時は使えなかったのだがHPにダメージを与えるには通常攻撃の何倍もの威力がある技の方がいい。なにより、その生まれる隙こそ、俺が攻撃を加えるタイミングにもなる。
それを理解していないハルではないだろう。
作為的に隙を作り出し、次の技を発動させるまでのタイムラグを有効に使うことができるようにしているのだ。
「ATKブースト!」
ハルに変わり前に出た俺は≪基礎能力強化≫の一つ、攻撃強化を発動させる。
ほうっと淡い赤い光が全身に宿る。
繰り出す斬撃が与えるダメージはこれまでのものより飛躍的に上昇していみたいだ。
「ユウ、交代!」
連続して斬りつけている俺にハルが告げる。
入れ変わるように下がった俺の前でハルが再び技を発動させて攻撃していた。
「代われ、ハル」
爆発の余波を全身に浴びながらも俺は再び前に出る。
さっきと同じようにハルが下がり、代わりに俺が斬りつけていく。
強化の残り時間はごく僅か、精々十数秒というところか。効果が消失してしまう前に再び強化を掛け直す必要がある。重ね掛けが出来ないというのはこういう時に面倒だ。出来るのなら攻撃しながらでも再びスキルを発動させるのに。
「ユウ、下がれ。なにか来る」
攻撃に気をとられていたせいか、足下から伝わってくる微かな振動に気がつかなかった。
「うおっ」
突然足元の地面が競り上がって来た。これは先程オーガを土の小山に変容させた時と同じ現象だ。
目を見張るスピードで鎧の耐久度を示すゲージが復活していく。
ゲージが完全に回復した瞬間、土の小山は砕け散り、なかから鎧を纏ったオーガが出現した。
「もう一度だ」
ハルが言い終える前に空から多量の氷の矢が降り注いできた。
離れている二人も同じ手順で攻撃をすればいいと理解しているのだろう。
小山の状態になっている間に消費していたMPを回復させて再び攻撃を開始していた。
鎧を砕き直接与えたダメージは一本目のHPバーを攻撃していた時より速く減っている。防御を土の鎧に任せているために本体の防御が疎かになっているのかもしれない。
「そろそろ割れるよ」
フーカの声が聞こえてくる。
その声をきっかけにオーガの鎧が砕けた。
露出した本体に向けて、二度目の攻撃が開始された。
「ATKブースト」
ハルが生み出した爆発をくぐり抜け、赤い光を身に宿した俺が飛び出した。
強化が切れるまで三分弱。
この間に決め切らなければと心配していたが、どうやらそんな心配は杞憂だったようだ。
赤い光が消えるより先にオーガの二本目のHPバーが消失した。
「やった」
ライラが喜びの声を上げる。
手も足も出なかった一度目の戦闘のことを考えるなら、今回の戦闘はかなり順調だと言えるだろう。
残されるオーガのHPバーは一本だけ。
次の町に進むためのクエストも、オーガとの戦闘もいよいよ大詰めだ。




