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秘鍵が封じるモノ ♯.13『湖での一時』

お待たせしました。今週分の更新です。

(注)お盆でしたので、いつもより若干短めです。

 スケルトン・キングを退け次の階層へと進んだその先。

 俺たちはそれまでにない平穏な道を歩んでいた。

 道中現われるモンスターはいわゆる雑魚モンスターばかり。それでも倒したことで手に入る秘鍵があるのだから無視するわけにもいかずに軒並み掃討して進んだわけだが、これまでのことを鑑みると若干拍子抜け感は拭えなかった。


 斯くして大した手応えを得られないまま通過した階層は五つ。

 今現在俺たちがいる階層は迷宮第十六階層。

 この階層を言い表すのならば一面の湖。そして緑生い茂る湖畔。

 モンスターは一切出現しないがために秘鍵を手にする手段が無くなり、ここに至るまでに秘鍵を貯めていなければ次の階層に進むことすら困難になってしまう場所だった。


 俺たちはこれまで戦闘の大半を無視することなく熟してきたおかげで多少の余裕はある。

 だからこそ今は一時の休息だと割り切り、こうして湖畔で体を休めながら次の階層へと至る為の階段を探しているのだ。


「何か見つかったかい?」


 戦闘はないと考えているのだろう。ムラマサが殊の外リラックスした調子で声を掛けてきた。


「いや、見ての通りさ。ここは湖以外何もないみたいだし、それに湖畔にも建物なんて一つも無い。となるとやっぱり――」

「そうだね。湖の中にある、って考えたほうが良いかもしれないね」

「ムラマサもそう思うか」

「んー、とはいえだ。湖の中に入ることはあまり考えたくないね。今のオレたちは水中用の装備なんて何一つ無いのだから」


 透明度が高いはずの湖を見つめそう言ったムラマサはクセのように刀の柄に片手をおいた。


「水中用の装備っていうと水着か?」

「それは別に必要ないんじゃないかい? 現実みたいに濡れて大変ってコトにはならないだろうからね。オレが言っているのは水中でも戦闘できる用意って意味さ」

「ああ」


 と納得してみせる。

 このゲームにおいて水中での戦闘というは地上での戦闘といくつかの違いがある。最も重大な要因で、プレイヤーが水中戦を忌避する共通する最大の理由。それは武器が使い難くなるという事実。

 遠距離攻撃を行う弓や銃は言わずもがな。剣や槍であろうとも地上で使うのとは大分手応えが違うとされているのだ。


 当然、俺たちも水中戦に対する用意はしてある。例えば水中でも呼吸が出来るようにと売られている小型ボンベを改良しそれぞれ個人用に作ってあるし、防具も水の中でも動きやすいようにと特別製の物を防具屋のリタに作って貰ってある。

 問題の武器も強化を繰り返したことで水中でもある程度威力を落とさずに攻撃することが出来るようになっていた。

 水中での動きの差異に関しては装備品の性能云々ではどうしようも無いという結論が俺の中で出ていたことからも、比較的安全な水場を使い水中戦の練習を行っているがあまり結果は芳しくない。


 噂では水中戦を得意とするプレイヤーもいるらしいが、その人たちは習得しているスキル構成からして一般のプレイヤーとは違うと言われていた。

 なんでも最初から水中戦をするために育て上げたキャラクターだという話だ。


 そのようなことを思い出している俺の横でムラマサがしゃがみ込み湖に手を入れてその水の感触を確かめていた。


「どうだ? なにか分かったか?」

「んー、サッパリだね。ただ……」

「ただ?」

「水がもの凄く冷たい」

「は?」

「んー、これじゃあ潜水するのは大変そうだね」


 ストレージから取り出した布切れで手に付いた水滴を拭い立ち上がった。


「ムラマサは湖の中に入るのには反対みたいだな」

「そうだね。正直に言えば反対かな」

「理由を聞いても良いか?」

「勿論さ。まず第一に湖の中に次の階層に行くための階段があるかどうか分からない。尤も無いと決まったわけじゃないのだけどね」

「ああ、そうだな」

「次に水中でモンスターとの戦闘になった場合、オレたちも無事では済まないかも知れないと言うこと。出現するのが雑魚モンスターだけならまだなんとかなるかも知れないが、ボスモンスタークラスが現われるのならば問題だ」


 無言で頷く。

 今一俺が湖に入ることに大して乗り気になれないのはムラマサが言っていることと同じ事を考えていたからだ。

 比較的平穏が続いた後にはなにか大変なことが待っている。そんな風に感じてしまうのはこの迷宮で何度かボスモンスターと戦ってきたからだろう。


「そして、第三に無理にこの階層を進まなくとも回帰のカンテラを使ったりして日を改めればまた別の階層からスタートすることも可能だということ。このままこの階層で体を休めて昨日と同じように休憩場へと行くことでも同じだろう」


 イベントの開催期日というリミットはあれどまだ二日は時間は残されている。

 それに迷宮探索が可能となった昨日一日だけの進捗状況から想像するにこの迷宮にゴールは無いのかも知れないとすら思うようになっていた。

 そしてこのことは決して口に出してはいないがおそらくはムラマサも、もしかするとアラドも同じように感じているのかも知れないとも。


「どちらにしても今のオレたちではこれ以上先に進まない方が良い。違うかい? アラドもそう思わないかい?」

「あン? 何で俺に聞くンだ?」

「浅瀬に限っているかも知れないけれど、アラドは一人で湖の中を調べてきてくれたんだろ」


 その一言に俺は驚きアラドの顔を見た。


「それで調べた結果はどうだったんだい?」

「この近くには何も無ェ。深いトコは知らねェけど多分ハズレだ」

「ふむ。その様子だとモンスターも出て来なかったみたいだね」

「まァな」


 湖の中という予想が外れたことを残念がれば良かったのか、それとも水の中に入り水中戦を行わずにすんで喜ぶべきなのか。

 如何ともしがたい感想を抱きながらも俺はふとアラドの防具が一切濡れていないことに気がついた。


「っていうかアラドは湖の中に入って調べたんだよな? それで何で濡れて無いんだ?」

「ンなもん、竜化したからに決まってンだろうが」

「はあっ!?」


 当然だというように告げたアラドに俺は思わず声を出して驚き、ムラマサは困ったような笑みを顔に貼り付けたまま固まっている。


「何を驚いてやがる」

「や、だって…竜化って回数が限られているんじゃなかったのかい?」

「あ、ああ。アラドも俺と同じ条件だろうから、二十四時間で三回のはずだ。そうだよな」


 戸惑うように問いかけるとアラドは何を今更と言うように鼻を鳴らし短く「ああ」と答えた。


「つまりアラドはその貴重な一回を湖の中の探索に使ったということかい? それも普段の姿なら動きづらいという理由で」

「だからソレの何が悪ィんだよ」

「んー、悪い悪くないで言えば悪くないけど、それでいいのかい?」

「俺が良いって言ってンだから良いンじゃねェか?」

「全く。まるっきり他人事な口ぶりだね」


 呆れたと肩をすくめるムラマサにアラドは声に出さず笑った。


「でもそのおかげで湖の中には道が無いと分かったんだ」

「だとすると湖畔の奥ってことになるんだよな」

「そうだね」

「何処だ?」


 広大な湖の周りにある陸地。そのどこかに次の階層に繋がっている階段があることは判明したとはいえその陸地も決して狭いわけではない。様々な植物が生えそろっているこの湖畔も普通のエリアだったのならば調薬に使えそうな植物系の素材アイテムを探すことが出来ただろうにと勿体なく思ってしまう。

 ぼんやりと湖畔の奥へと視線を送っている俺の肩にムラマサはそっと手を置いた。


「何だ?」

「地道に探すしかないみたいだよ」

「だよな」


 ムラマサが清々しい笑顔を向けてくる。

 俺はその笑顔から僅かに目を逸らし向かいに立つアラドに声を掛けた。


「で、アラドはどの辺だと思う?」

「あン? 知らねェよ」

「んー、そうだね。なにか勘みたいなもので構わないんだけどな」

「だったらお前らが決めても同じじゃねェか」

「まあ、それはそれってことで」

「何だソレ」


 湖の階層に一陣の風が吹き込む。

 木々を揺らし、草花が擦れる音がする。

 静かな水面に広がる波紋は瞬く間に凪を取り戻す。


「さて、とりあえず前に進もうか」


 風を感じて目を瞑っていたムラマサがそっと告げる。


「何か気になる事があったらその都度教えてくれ」


 三人固まって湖畔を歩いて行く。

 時に道を外れ獣道を進む俺たちが次ぎなる階層へと続く階段を見つけたのは、この時から十数分が経過した頃。

 階段の入り口を蔦や枝が覆い尽くしていたそれはまるで侵入者を拒む迷宮の意思の表れのようにすら思えた。



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