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秘鍵が封じるモノ ♯.12『骸骨の王』

お待たせしました。今週分の更新です。

 俺たちがいる部屋の中が真っ赤に染まっていく。

 透明なガラス窓も、ボロボロになってしまった内装も。そして、俺たちまでも。

 十分に水分を吸収したのだろう。足下のカーペットは歩く度にピチャピチャとした音を立て、窓ガラスについた赤く粘性の高い水滴は重力に負けること無く中々落ちてこない。

 目の前に佇むスケルトン・キングは頭上の王冠を失った代わりに、その右手に持つ剣に赤い液体を滴らせていた。


「ン? 何だ。ダメージ無ェのか」


 ほんの僅か安堵したように呟いたアラドは全身に赤い液体で濡らしているが、一瞬で気持ちを切り替えたらしく同じように濡れている大剣を掲げて再びスケルトン・キングへと向かっていった。


「凄いな」


 と感嘆の声を上げてしまうのは俺はこの赤い液体を受けたことによる不快感を無視できなかったからで、ムラマサが苦笑交じりの視線を向けてくるのは俺と同じようなことを思っているからに他ならない。


「なんて感心してる場合じゃないか」


 果敢に攻めるアラドの後ろ姿を眺めつつも自分を鼓舞する。

 未だ指先を伝う液体の感触に対する気持ち悪さは拭えていないが、それよりも先にと俺はガン・ブレイズの引き金に指を掛けた。


「――あ、危なっ」


 そのまま引き金を引こうとして失敗してしまう。

 掛けた指がぬるっと滑り完全に引き金を引く前に外れてしまったのだ。

 幸いなことにガン・ブレイズが暴発するなんてことにならなかったとはいえ、失敗した射撃の分のMPは違えず減少している。

 俺が使うのが実弾ではなくMPを弾丸にする銃形態で適時発動するアーツ、<オート・リロード>の効果で消費した弾丸は自動的に装填されるのだから攻撃を外しても問題ないと言えば問題ないだが、今回の失敗が攻撃自体を失敗したのではなく攻撃発動が失敗したとなれば別の意味で問題が発生したともいえる。


「二人は……」


 大丈夫なのだろうか。

 心配になり見た先では微塵も臆せず攻撃に転じていたアラドや、勢いを付けて刀身に付いた液体を振り払ったムラマサはこれまでと変わらぬ攻勢をみせている。

 この赤い液体はどうやら近接攻撃に対してはあまり影響を及ぼさないようだ。


 それならばと直ぐさまガン・ブレイズを銃形態から剣形態へと変え前に出る。

 赤い液体に身を濡らしたスケルトン・キングがカタカタと頭部を揺らしながら嗤うモーションを見せ、同時にその右手の剣を勢いよく振り下ろした。

 誰を狙った攻撃だったのか。俺の目の前を通り過ぎたスケルトン・キングの剣は虚しくも空を斬る。

 反面、アラドとムラマサの攻撃は的確にスケルトン・キングを捉えており、着実にそのHPを減らしていった。


「あれ? 思ってたほど強くない」


 二人に続いて攻撃を加えた俺が漏らした感想がこれだ。

 正直ボスモンスターとして想定していたほどじゃない。こちらの攻撃は綺麗に通るし、スケルトン・キングの攻撃は容易に回避することができる。

 最初に放った赤い液体を降らした攻撃も俺の射撃を妨害することには成功しているものの、アラドやムラマサには全くと言って良いほど影響を及ぼしていない。俺も射撃を諦め近接攻撃に切り替えれば実質影響ゼロになるのでわざわざ警戒する必要も無い。


 俺が感じたことは二人も感じているようで、ムラマサは軽快に攻撃する手を強め、アラドは少しだけ興味を失ったように乱暴にスケルトン・キングの腕を切り上げた。


 大きな亀裂を生じさせる一撃はスケルトン・キングの体にこびり付いている赤い液体をダメージ表現のポリゴンの飛散と同時に撒き散らせる。

 それからというもの、アラドはスケルトン・キングのHPを減らすことをムラマサと俺に任せ、二度三度と繰り返し放たれるスケルトン・キングの斬撃をカウンターして打ち払うことばかり行うようになった。


 自分たちにスケルトン・キングの攻撃が命中する危険がガクンと減ったことは喜ばしい。安心して攻撃を行えるようになるのだから当然だ。

 しかし、その切っ掛けがアラドがこの戦闘に多少のスリルを求めた結果だというのだから複雑だった。

 けれどそれに対して何も文句を言わず、どちらかといえばそうしてしまったアラドの気持ちが理解できるのだから俺も大概なのだと思う。


 実際、かなりの余力を残しながらに二人の様子を見ながら動けるくらいには余裕があった。


「一本目! そろそろ失くなるよ」


 ムラマサの声がした次の瞬間、スケルトン・キングの頭上に浮かぶHPバーが一つ弾け消えた。

 ボスモンスターとの戦闘で起こる変化のスイッチはいくつかある。例えばスケルトン・キングの動きが変わった切っ掛けは王冠が存在していた時にあったゲージバーがゼロになったこと。これを合図に赤い液体を振らせたのだ。

 そして大抵のボスモンスターの行動パターンに変化が生じる切っ掛けと言えばやはりHPバーの消失が上げられるだろう。

 ならば例に漏れずスケルトン・キングも同じはず。

 スリルを求め攻撃をカウンターで弾いていたアラドや、軽快な攻撃を放っていたムラマサも一瞬にして警戒の色を強めた。


「何が来る?」


 一番可能性として高いのは暴走と呼ばれる現象。純粋に攻撃力や素早さを増加させることにより戦闘の難易度を跳ね上げる。

 次に考えられるのは形態変化だろう。体格が一回り大きくなったり、モチーフとなっている動植物の特徴をより増やしたりと各ボスモンスターによって違うがこれも暴走と同様に戦闘の難度を上げてくるものだ。

 珍しいので言えば自爆。などと候補を挙げればキリがないが、それでも何かしらの変化が現われるということは共通していた。


 スケルトン・キングはどう変わる?

 固唾を飲んで変化を見守っていた俺たちの前でスケルトン・キングは全身を濡らしている赤い液体を砂のように固め床に落とした。

 そして再び現われる頭上の王冠。

 またも現われたもう一つのゲージバー。


「リセットされたってワケか。けど……」


 こちら側の攻撃を通用させる為に一手間加える必要があるモンスターってのはそう珍しくはない。俺もこれまで幾度となくそのようなモンスターと戦ってきた。

 だから言える。条件がリセットされるということは面倒だという以上の感想を抱くことはないのだと。

 けれどそれは基本的にこちらの攻撃が通らず、また通るようになるまでの手順が困難である場合に限られるのだ。


「んー、あまり問題ないみたいだね」

「――ハッ、ツマンネェ」


 二人の反応が示すように、スケルトン・キングというボスモンスターは、今の俺たちにとって面倒だとすら思うような相手では無かった。

 攻撃が通るようにするのに王冠のゲージバーを消失させる必要があってもそれ自体の防御力は決して高くなく、そのゲージバーの総量も大したことは無い。

 勿論一撃で、なんてことは不可能だが、それでも数回の攻撃を命中させるだけ容易く消失させることは可能だ。王冠のゲージバーが出現するのが二度目で多少はその総量に違いが生じていても元が元だけに誤差の範囲でしかない。


 実際、この予想は違わずに俺たちは簡単にその王冠を打ち砕いた。



オォォォォオオオォオオオオオォォォォオン



 怨念の込められた呻き声が響く。

 声帯も何もない骸骨の体であるにも関わらず腹にずんっと重く響くその声は窓ガラスを震わせる。


「このッ、煩ェンだよッ!」


 奇妙にも呻くだけでなにもしないスケルトン・キングに向かっていくアラドがその大剣を振りかぶったその瞬間、スケルトン・キングが持つ杖に無数の亀裂が走り砕け散った。

 三人の内で一番後ろに居た俺は杖の変化にいち早く気付き、前に出ていたアラドの名を叫ぶ。


「アラド!」

「チッ。分かってンよ」


 どろりとした赤い液体が杖の中から溢れ流れていく。

 咄嗟に後ろに下がったアラドが立っていた場所には杖から溢れ出た液体が溜まり、小さな水溜まりを作った。

 ボコボコッと泡立つ水溜まりから赤い液体が溢れ出す。

 スケルトン・キングの手にある杖が完全に消えたことを合図にしたように溢れる液体が部屋の中へと広がり始めた。


「うわぁ、気持ち悪い」


 粘性を主張する赤い液体が滴る靴底を見せつけるかのようにムラマサが片足を持ち上げる。


「でもこの程度なら問題ないよな」

「そうだね」


 前回の雨の時もそうだったが今回の赤い液体の広がりも直接的なダメージを与えるワケでは無さそうだ。

 その代わりこちらの動きを妨害する何かしらの効果がある可能性は高い。

 最初が俺の射撃を妨害する効果だったのだから今度は何だろうと注意深く辺りの状況を伺っていると、割かし直ぐに答えに辿り着いた。

 後ろに下がり回避していたアラドが再び前に出る際、いつもの速度が出ていなかったのだ。

 つまり今度は俺たちの移動を阻害する効果があるということ。完全に妨害出来ていないのは単純にプレイヤー側のSPEEDパラメータが高いが故。

 俺たちのレベルがもっと低く、能力が低い場合はもっと苦労したであろう相手であることは今や疑いようのない事実となっていた。


「到達する階層がランダムってのは本当みたいだな」


 例え自分たちの実力以上の相手がいる階層に出たとしても迷宮から離脱すればまたやり直せる。そのためのアイテムが『回帰のカンテラ』というアイテムだ。

 未だそれを使用していない俺たちが珍しいってワケでは無いと思うが、これはある意味、迷宮内限定のやり直しの権利を得たも同然だった。

 勝てない、あるいは踏破することが困難な階層は素直にやり直せば良い。もう一度同じ階層に出る可能性も無いわけではないのだろうが、それでも別の階層に出る可能性の方が高いのは明白。それは純粋にプレイヤーがこの迷宮を攻略するには大変助かる仕様だ。


「よしっ。一気にカタをつけるぞ」


 ムラマサの号令が響く。

 スケルトン・キングに残されたHPバーが半分を切り、また同時に王冠が復活する前にと俺たちはそれぞれが持つアーツを発動させた。

 俺が使うのは威力特化の斬撃アーツ。

 斬撃アーツの発動前に使用するのは威力を増加させるための特殊アーツ。小さく呟き何度か<チャージ・リロード>を発動させながらスケルトン・キングへと向かい駆け出した。


 スケルトン・キングの左右から二色の光を伴う斬撃が繰り出される。


 一つはスケルトン・キングの無防備な左足を狙いムラマサが放つ極寒の冷気を伴う青色の斬撃。

 もう一つは剣を持つ右手を穿つアラドが放つ黒の斬撃。

 アラドとムラマサ、二人の攻撃を受けてその身を反らすスケルトン・キングは二度に渡って大きくHPを減らし、同時に剥き出しの腕と足の骨を叩き折られていた。

 体制を崩しながらも残されたもう片方の腕を振り上げるスケルトン・キングの攻撃を俺は回避しながらも前に出て、跳ぶ。


「これで決める! <インパクト・スラスト>!!」


 切り上げた威力特化の真紅の一撃がスケルトン・キングの頭部を捉えた。

 突き抜けた斬撃が骸骨の額を裂き、頭蓋を割る。

 仰向けに倒れるスケルトン・キングは床に溜まる赤い液体を散らしながらその四肢の先から徐々に消散していく。


「ふぃ」


 僅かに赤い液体を跳ね上げながらも着地した俺は小さく息を吐き、ガン・ブレイズの刀身に残っていた光の残滓を振り払う。

 刀を鞘に戻し、颯爽と歩くムラマサ。

 アラドが大剣を背負い直し気怠そうに近づいてくる。

 俺はガン・ブレイズを銃形態へと変えるとそのまま腰の後ろにあるホルダーへと戻した。


 一拍の間を置いて砕け散ったスケルトン・キングが消えたことで部屋中に広がっていた赤い液体も消えたようで、足裏から伝わっていた不快感も同時に消えていた。


「んー、これが元の部屋なんだね」


 思わず呟いたムラマサに同意だというように頷く。

 スケルトン・キングが倒されたことで部屋の様子が一変した結果、そこに現われたのはどこかのお化け屋敷を彷彿とさせる内装だった。

 綺麗なカーペットは所々が破れて薄汚れ、透明なガラス窓は軒並み割れ拭っても取れないような埃がこびり付いていた。

 中でも異質だったのがスケルトン・キングが座っていた椅子がまだそこにあったことだろう。

 しかし、その椅子は長い時間を経験したかのように古び枯れ、背もたれや座る部分のクッションには人の形をした染みがはっきりと残されていた。

 騒霊と化したはずのテーブルや料理が載せられていた皿などは全て乱雑に床に散らばっている。


「廊下も変わったのかな?」

「気になるのなら見に行ってみようか」


 これがイベントの迷宮の中では無かったのならばこの乱雑な内装から何かしらのアイテムを得られないかと探したりするものだが、秘鍵しか手に入れることが出来ないと分かっていれば探索をするかどうか悩む前に決断することも可能だ。

 戦闘を終えた俺たちは部屋を出て廊下に戻るとそこもまた一瞬にして長い時間を経たように変化していた。

 窓側に掛けられたカーテンはぼろぼろになり、燭台は錆びてそれに刺さっていた蝋燭も殆どが溶けてしまい、僅かに残されているだけ。

 果てしなく長く先が見通せなかった廊下も、今ではその最奥に両開きの大きな扉が僅かに開かれたままで存在している。


「あの扉の先が次の階層になっているんだよな」

「多分ね」

「行ってみりゃ分かンだろ」


 それもそうかと納得して俺たちは歩き出す。

 そして若干開かれている扉の前で立ち止まるとドアノブに手を掛ける。

 開かれた扉の奥にあったのは上下に分かれた階段。


「どっちに行く?」

「んー、先がランダムなんだからどっちでも変わらない気もするけど」

「そこはほら気分だから」

「だったら選ぶ道は一つさ。なにせこの迷宮は遙か上へと続いているのだからね」


 三人揃って階段を上っていく。

 次に現われる階層はどうなっているのだろうなんていう、いよいよ慣れてきた期待と不安を感じながら。




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