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秘鍵が封じるモノ ♯.9『コボルドの群れ』

お待たせしました。今週分の更新です。

PCを新調したばかりなので誤字脱字があれば教えて貰えると助かります。

『美味いのじゃー』


 先程と同じ物というリクエストを受けて渡したクッキーを満面の笑みで頬張る鬼姫はまたしても姿を変えていた。

 現在の鬼姫を表すのならば三頭身のぬいぐるみ。その姿に対する感想はまさに可愛くなったの一言に尽きる。

 次いでにリリィたちはまだ送還してはおらず、鬼姫と一緒にクッキーを頬張っていて、あまり聞き取れはしなかったが何やら仲良く何か話をしているみたいだ。


「っとと、危ないなっ」

「ユウ。いくら雑魚相手だからといっても気を抜くんじゃないよ」

「分かっているさ。ムラマサこそ無駄な力が入ってるんじゃないか? 鬼姫の力を試したいってのも分かるけどさ、あからさまなオーバーキルだろ」


 実際、ムラマサが振るう刀にはそれまでにない別種の力が宿っている。それが鬼姫という存在を宿した専用武器、通称【精霊器】の特性だ。

 俺が使っているガン・ブレイズも、アラドの使う手甲も同様にそれぞれフラッフ、ノワルという精霊を宿している。


 そして、今の俺たちは迷宮内部に出現する雑魚モンスターの討伐中だ。

 加えて言えばムラマサは現在無双中。

 普通専用武器が精霊器になれば確かに強力なものになる。だが、目の前で繰り広げられている光景はそんな一つの要因であり原因がもたらす現状を大きく逸脱しているように思える。


 俺たちが戦っているモンスターはダンジョン内に出現する狼頭の人型モンスター【コボルド】冠詞も何もなくただのコボルドだ。

 当然のようにコボルドは弱い。現在(いま)の俺たちのレベルや装備、所持スキルのことを考慮してもこの現状におけるムラマサの無双っぷりには驚きを禁じ得ない。

 それと同等の動きを見せているアラドに対しても驚きなのだが。


 この迷宮で、加えて言えばこの階層内においてコボルドはほぼ無限に近く出現している。

 そして、迷宮の各階層にはそれぞれテーマとでも言うべき特徴が与えられているように思えた。第一階層はそのまま入り口。ホテルにおけるフロントに相当する。第二階層以降、第五階層のボス部屋に至るまでの階層は全てプレイヤーが迷宮内での戦闘に慣れるための階層。

 ボス部屋は言わずもがな。

 特異だった第六階層は雪の階層。そこは全てのプレイヤーが同様の内容なのではなく、ある程度の数のプレイヤーが入りきって以降は別々の内容になっている気がする。実際俺が足を踏み入れることができたのは雪の階層だけだったが、鬼やゴブリンから逃がした三人組のプレイヤー以外に会っていないのだから間違いはないはず。


 そしてこの階層。雪の階層からさらに二つ上に進んだ第八階層はコボルドの無限出現がテーマなのだろう。

 レベルの低いプレイヤーからすれば休憩も回復もできないままの連戦は堪えるだろう。

 レベルの高いプレイヤーからすれば手を抜いても勝てる程度の相手とのそれほど実入りのない戦闘が続くという嫌がらせのような内容。


 一応このイベント内に限って言えばコボルドを倒すことで低確率ながら秘鍵を手に入れることが出来ることからも全くの無意味という訳ではないようだが、それでもこれまでに出現した雑魚モンスターを倒した時に比べると効率が悪すぎる。

 それでも絶えず出現してくるから戦わざるを得ず、次の階層に進もうとしてもその進行スピードは過去最低となっていた。


 総合してかなり面倒くさい階層であることは間違いない。


「クソっ、うぜェ」

「仕方ないさ。無視して進めそうもないからね。殲滅するしかないってことさ」

「分かってンだよ。だがな、面倒くせェのは変わンねェンだよ」


 軽口を叩きコボルドを葬っていく二人を眺めながら俺も銃形態のガン・ブレイズで撃っていく。

 HPバーの長さは変わらないがその総量は僅か。

 数回の攻撃で倒されていくのだから楽と言えば楽。なのだが、


「確かにこれは多過ぎる…」

「なンだ? もう限界か」

「まさか。少しうんざりしてきただけだ」

「ははっ。確かに同感だね」


 コボルドの中心で刀を振るっていたムラマサがモンスターの消滅エフェクトを撒き散らしながら現れた。


「ソレの試し切りはもういいのかよ?」

「ああ。これ以上となるとコボルドでは物足りないからね」

「ならさっさと突破すンぞ」


 すかさず背中の大剣を抜きコボルドの群れの中へ飛び出したアラドを中心にして一筋の旋風が巻き上がった。

 木っ端微塵に粉砕されたコボルドの残骸が光の粒へと変わり消え、いくつかの秘鍵が降って来たかと思えばそれもまた消えた。消えた先は俺たちの中の誰かのストレージ。アラド一人ではないのは現在進行形で俺たちも戦闘に参加しているからだ。


 とはいえ、アラドの凄まじき一撃を以てしてもコボルドの全てを討伐仕切ることは不可能。

 大半のコボルドが消えたとしても間を置かずして別のコボルドが壁を割って生まれてくる。そうすることで出現している数を一定の水準で保っているようだ。

 幸いなのは再出現して直ぐに戦闘に参入してくるのではなく、俺たちを探すようにキョロキョロと辺りを見渡すモーションを見せ、それから戦闘に介入してくるのだった。


「おいっ! お前らも手伝え!」

「あ、ああ。分かった」

「行くよ。ユウ」


 銃形態から剣形態へ。

 ガン・ブレイズを瞬時に変形させて先んじて駆け出したアラドとムラマサに続く。


「<サークル・スラスト>!!」


 範囲攻撃のアーツを使い周囲のコボルドを全滅させる。だが、その次の瞬間には同数の別のコボルドが壁から生まれていた。


「本っ当にキリがないな」

「ンなこと最初(ハナ)っから分かってンだろうが。黙って倒せ」

「それに倒すなら全方向ではなく前を中心にした方がいいね」

「三人で同じ方向を攻撃するのは無駄が多くないか?」

「んー、その無駄よりもコボルドの数の方が圧倒的に多いからね。駆け抜けるのなら戦力を惜しむ必要は無いさ。勿論戦い方は考える必要があるけどね」

「つまり竜化はなしってことだろ」

「まあね。それにユウはさっき一度竜化したからね。オレは切らなくていいカードは切らない主義なのさ」


 などと言いながら目の前のコボルドを斬り伏せていくムラマサとアラドが討ち漏らした個体を俺が討つ。

 迫るコボルドの数を減らしていくことで出来上がった道を駆け抜ける。


「おいっ、出口はこの先にあンのか?」

「入り口が出口なんて捻ったことになっていなければ間違いないはずさ」


 この階層は一本道だが横幅が広く、天井も高い。

 三人で併走しながら戦っても十分すぎるほどの広さがある。

 そして、一本道であるが故に出口のある方向を間違えるなんてことはないはずなのだが、こうも延々と同じ景色が続けば進んでいる方向が合っているのかどうか疑ってしまう。

 コボルドも倒した傍から生まれ、その数を減らさないために状況は何一つ好転していないようにすら感じてしまっているのだ。


 それでも前進していることを信じ、俺たちは目の前のコボルドを葬り続ける。

 戦闘を開始してから十分が経とうかとした頃だ。ようやくコボルドの出現数が俺たちの前方と後方で比率が逆転した。


 前方のコボルドの数、特に俺たちの攻撃が届かない奥の方にいた体数が減ったからだろう。コボルドの群れの奥に一筋の光が見えた。

 その光はどこか別の場所に続いているように見えて、この階層の出口であることは明らかだった。


「二人共。このまま一気に駆け抜ける!」


 ムラマサの号令を機に俺とアラドは一層攻勢を強めた。

 丁寧に討ち漏らしを含めて討伐していくのではなく、道を開けることにのみ集中する。

 ひときわ広がった道を駆け抜け、俺たちはこの階層のゴールへと辿り着いた。


「鬼姫たちも集まってくれ!」


 出口の前で立ち止まりムラマサが叫ぶ。

 程なくしてフラッフの背に乗った鬼姫とその隣に並んで飛ぶノワルとリリィが揃って上空から降りてきた。


「全員送還するよ。いいね?」

『了解です』

「いいよー」

「分かったのですよー」

『妾も了解したのじゃ』


 鬼姫たちが頷くのを見届け、俺たちはそれぞれ自身の精霊器に宿る彼女らを送還する。リリィは精霊器に宿っているわけではないが召喚、送還方法はフラッフたちと変わらない。

 淡い送還の光に包まれ消えたフラッフたちを見送り、俺たちは出口の方へと向き直った。


「さて、追い詰められる前に進んでしまおう。アラド、殿を頼めるかい?」

「任せろ」

「では、行こう!」


 順番に光の中へと飛び込む。

 階層移動の際に自動的に消費される秘鍵がそれぞれのストレージから減っていく。

 刹那、僅かな浮遊感に包まれ転送し階層を進めた俺たちが目にする景色もまた一変する。

 コボルドが跋扈する階層に続き現れたのは一面に大小様々な灰色の石が乱雑に置かれた荒野。

 剥き出しの地面の色も灰色で、普通の砂ではないらしい。


「んー、この階層を名付けるのなら灰色の階層ってところかな?」


 刀を鞘に戻し辺りを確かめるように視線を巡らせるムラマサが思案顔で呟いた。


「そしてこの地面に積もっているのもまた文字通り『灰』だね」

「灰だって? 土じゃ無いのか」

「みたいだね」


 しゃがんで掴んだ地面の土は思っていたよりもさらさらで軽く握るだけで塊は崩れてしまう。

 指の間から零れ落ちていくそれは砂のように思えるが、ムラマサの言葉を信じるならば灰ということなのだろう。


「それなら何が燃えたんだ?」

「はぁ? なにを言ってやがる?」

「いや、だって灰なら何かが燃えた跡ってことなんだろ?」

「んー、それは設定としてはあるのかも知れないけどね。現状オレたちが知り得ることではないみたいだ」


 つまりはゲームの仕様。

 この階層に広がる光景はその一言で片付いてしまう。


「ンなことよりも、ここはどうなってンだ?」


 疑問符を浮かべるアラドもムラマサのように周囲を見回している。

 そして、彼が口に出した疑問もまた大いに共感するものだった。


 この階層には先程までのコボルドで溢れていた階層以上に何もない。


 見渡す限りの灰色の荒野。

 雑魚モンスターの姿すらなく、他のプレイヤーが居た痕跡すら無い。

 そして広大な荒野には壁も無く、挙げ句果ても無い。

 例えるのなら平たい皿に波々と乗せた砂、だろうか。

 そこに他のプレイヤーがいない理由も分からず、進む先も分からない俺たちは足止めされてしまった……かに思えた。


「あン?」


 不意に聞こえてきたカチッという音。

 それと同時に一つの方向へと流れ始める地面の灰。


「んー、何を触ったんだい?」

「知らねェよ」

「言っておくけどさ。俺も違うぞ」

「となるとオレたち以外の存在が居る、ということになるけど…」


 刹那、ムラマサの視線が鋭くなる。

 その瞳が見つめる先は遙か彼方、そして自分たちが立つ大地。


「探している時間は無さそうだ」


 灰の流れる速度が増していく。


「――おわっ」

「あ? なンだ」


 灰に足を取られそうになる俺とアラドの戸惑いの声が重なる。


「二人共、衝撃に備えろ。間違ってもHPを全損させるなよ」


 この瞬間、自分たちの足下に巨大な穴が出現した。

 それはまるで俺たちを飲み込もうとするダンジョンの口のように見えた。



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