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秘鍵が封じるモノ ♯.8『鬼娘』

お待たせしました。今週分の更新ですよ。

 対峙していた鬼がその姿を一変させた。

 強大なモンスター然としてたそれが今や一人の女性キャラのよう。

 頭上に浮かぶ名称も『鬼』から『鬼娘』へと変化している。

 隣の地面に突き立てた大太刀に手を伸ばすことなく真摯な眼差しを向けてくる鬼娘に俺は攻撃する意思を挫かれ、ムラマサは困ったような笑みを浮かべ固まっていた。


『どうかお願いするのじゃ。妾の話を聞いて欲しいのじゃ』

「お、おう。わかった」


 鬼娘の勢いに流され、俺は思わず頷いてしまっていた。


『本当か?』

「ああ、話くらいなら構わないよ」

『ありがとうなのじゃ』


 それからというもの数分前には戦場だった場所が何故か微妙な空気が漂う会談場のようになっていた。

 まず、俺たちが確認したことは目の前の鬼娘がそれまで戦っていた鬼と同一の存在であるかどうか。正直今更な気もしなくもなかったが、こればかりは直接本人の口から聞かなくてはならない。

 そして、この質問に対する鬼娘の答えはイエス。つまり戦っていた鬼と同一の存在であることが明言化されたのも同然だった。

 次に気になったのはどうしてそのような姿になったのかということ。

 モンスターが戦闘中に姿を変えること自体珍しい話ではない。寧ろボスモンスターに分けられるモンスターならば大半がHPを減らしたことにより自身を変化させる能力を有していることが多い。

 それだけに鬼娘への変化も同じだろうと考えていたわけだが、どうやら違うらしい。

 鬼娘いわく、


『何故妾がこの姿になったのかは解らぬのじゃ。だが、元々鬼というモンスターだったことは憶えておるのじゃ。それに二人と戦っていたことも憶えておる』

「だったらどうしてオレたちと戦うことを辞めたんだい?」

『うーむ。なんと言えばいいのか解らぬのじゃが、一言で言えばこれ以上戦う必要が無いと感じた、というか、妾自身がもういいと思ったからだと思うのじゃ』

「つまり?」

「んー、それまでは自我らしい自我が無かったってことかな?」


 腕を組み考える仕草をしながら話す鬼娘を前に俺とムラマサは小声で言った。


『なんじゃ、どうかしたかの?』

「いや、話を続けてくれ」

『うむ、分かったのじゃ。とにかくこれ以上は戦う必要が無いと思った妾は自ずとそなたら二人と話をしてみたいとも思ったというわけじゃな』

「んー、話をしてどうするつもりだったんだい?」

『どうとは?』

「例えば話が終わったら戦闘を再開するとか、このままどこかに行く……とかかな」

『そうじゃなあ、もはや妾に戦う気などないし、何処かに行くにしてもここ以外の場所を知らぬしな。妾はこれからどうすればいいんじゃろう?』


 俺たちを謀る意図など微塵も感じさせない物言いにまたしても俺とムラマサは互いの顔を見合わせる。

 そして今更戦闘が再開することは無いのだろうと判断したからか、それともシステム的にも戦闘が終わったということなのか、俺の竜化は解かれ、体を覆っていた鎧がボロボロと崩れていった。


「んー、そうだねえ。どちらかといえば君が何をしたいかじゃないかな」

『妾がか?』

「ああ、そうさ。こう言ってはなんだけどね。オレたちはいつもモンスターと共に居る。けれど、大半の町ではその限りじゃない。モンスターはあくまでも倒すべき存在、そう捉えている人も少なくは無いんだ。いや、寧ろその方が多いかもしれないね」

『ならば二人は妾を倒すのかの?』

「いや、オレにそのつもりはないね」

「俺もだ」


 完全に竜化が解かれ元の状態に戻った俺はムラマサの言葉に同意した。


「それに、ムラマサも言っていただろう。俺たちはモンスターと共に居るってさ」


 妖精であるリリィがその括りに含まれるかどうかは微妙だが、クロスケと同化し存在を黒い竜へと変化させたフラッフならばモンスターとしてカウントされるだろう。

 声に出さず意識するだけで喚び出せる妖精と黒竜を召喚するとそのまま鬼娘へと見せた。


「なぁに? ってか寒っ! ちょっと、こんなトコに喚び出してどうしたのさ?」

『マスター? 何か御用ですか?』

「あ、いや、そういうわけじゃないんだけどさ。敢えて言うなら警戒心を解くためとか、自分の言葉に説得力を持たせるため、とかか」

「ナニソレ?」

『分かりません』

「まあ、とりあえず今はこの辺危険はないと思うからちょっと待っててくれるか?」

『分かりました』

「別にそれはいいんだけどさあ」

「はぁ、これでいいか?」


 チラチラとわざとらしい視線を向けてくるリリィにストレージから取り出した『ユウ特製・お菓子詰め合わせセット』をフラッフに渡しリリィと共に食べるように指示を出した。


「さっすが、ユウ。分かってる!」

「煽てても今はそれ以上出すつもりはないぞ」

「ええぇ、残念。まあいっか」

「安全だとはいえ一応見える範囲にいろよ」

「はぁーい。それならあそこの木の陰にいるねー」

「ああ。そうしてくれ」


 軽い調子で離れていくリリィとフラッフを見送り再び鬼娘へと向き直る。


「どうだ? 俺たちに関しては見ての通りだ。モンスターだからといって差別することは無いぞ」

『そうみたいじゃの。じゃが……』

「ん?」


 鬼娘の目が鋭くなる。

 その視線に誘われるように俺もまた視線を移すととある影が降って来た。


『その者は違うようじゃぞ』


 ゴオオォンという爆音と共に現れたのは、


「アラド!?」

「拙いっ、ユウ、アラドを止めるぞ」

「えっ? あ、ああ! 解った」


 焦るムラマサに続いて飛び出した俺は大剣を振り上げるアラドの前に立ち塞がった。


「なンの真似だ?」


 鬼娘の前に立つムラマサと大剣を受け止めた俺を交互に見て、アラドは不満気に問いかけてくる。


「あー、状況が変わったのさ。悪いけど、彼女を攻撃するのは少し待ってくれるかい?」

「あン? そいつはオマエラが戦ってたヤツなンじゃねェのかよ」

「端的に言えば、アラドのノワルやユウのフラッフと似たような状況なのさ」


 たった一言。それだけで理解したのだろう。アラドは大剣を背に収めると何とも言えない表情になっていた。


「チッ、だったら先に言えってンだよ」

「や、話を聞く前に攻撃してきたのアラドだろ」


 戦う意思が無くなったのか、アラドは俺たちから離れリリィとフラッフがいる場所へと歩いて行った。この時、大剣から現れたノワルが慰めるようにアラドの隣に寄り添う(さま)があまりにも自然に見えて思わず笑みが零れた。


「さて、そっちはもう大丈夫そうだね」

『う、うむ。助かったのじゃ』

「なあ」

『なんじゃ?』

「アンタは戦ったりしないのか? 俺たちが戦っていた鬼と同一の存在なら少なくともそこの大太刀を振り回すくらい出来そうな気がするけど」

『うーむ。出来ないことじゃない、というよりも妾の体は前の時よりも強固になっている気がするのじゃ。じゃからこんな大太刀くらい片手で軽く持てるのじゃぞ』


 鬼娘が自慢げに胸を張る。


「だったら……」

『じゃがの。やはりそれと妾に戦う意思があるかどうかは別問題なのじゃ』


 心底戦うことに嫌気がさしているのか、鬼娘はなおも大太刀に触ろうともしなかった。


「で、だ。もう一度聞くけどね、君はこれから先どうするつもりなんだい?」


 中断してしまった話を再開させるためにもう一度鬼娘に問いかける。


『それよりも聞きたいのじゃが、あの者たちが食しておるのはなんじゃ?』

「ん? あれかい? あれはユウが作ったお菓子だよ」

『…ほう』


 鬼娘の目がより鋭くなる。それこそ獲物を見つけた肉食獣の如くだ。


『……美味そうじゃの』

「食べてみるかい?」

『えっ?』


 鬼娘の目が輝く。

 俺が持っていて且つ俺が作った物ではあるのだが、ムラマサは平然と言っていた。

 とはいえ、差し出すこと自体、抵抗があるわけではないのだが。


「そうだな、リリィたちに渡したのと同じでいいか?」

『良いのかの?』

「まあ、そう特別なものじゃないからな。先に言っておくけど、口に合わなくても怒るなよ」


 取り出したのは保存が利くからと多めに作ってストックしてあるクッキー。

 茶と黒のマーブル模様のそれが入った袋ごと鬼娘に手渡すとさっそくと言わんばかりにその中へと手を突っ込み一枚を取り出して口の中へと放り込んだ。


『むっ!?』

「大丈夫か? 不味いなら吐き出しても……」


 一瞬電撃が走ったように体を震わせた鬼娘を気遣いストレージから水の入った瓶を差し出そうとするも、俺の心配は杞憂に終わったらしい。

 無言で袋からクッキーを取り出し次々と頬張っていく様子は何かの小動物を見ているかのようだ。


「うん。お口に合ったようでなによりだ」

「何でムラマサが自慢げなのさ」

「はははっ、気にしない気にしない」


 暖簾に腕押しな様子のムラマサに溜め息を吐きながらも本格的に戦闘を回避できたことに安堵していた。


『むぅ、もう無くなってしまったのじゃ』


 鬼娘の呟いた言葉に反さず、その表情からも残念だという思いが伝わってくる。


「オレたちと来るならまた食べられるよ。それこそ彼女たちのようにね」


 空になった袋を直接俺に手渡し返してきた鬼娘にムラマサが告げる。

 すると鬼娘は一気に晴れやかな表情になり、


『うむ。ついて行くのじゃ』

「いいのか? というかお前はここから出れるのか」

『確証はないが、出来そうな気がするのじゃ』

「マジか…」


 鬼娘は迷宮内部にある雪原の階層の住人であり、ダンジョン内に生息するモンスターだ。

 別の階層、延いてはダンジョンの外に連れ出せる保障も確証もない。


「それでもだ。誰がどうやって連れて行くんだ? 俺はもう≪魔物使い≫のスキルはないんだぞ」

「そこはオレに任せてくれ」


 勝算ありと微笑むムラマサは徐に腰の刀を抜き、それを鬼娘の前に差し出した。


『なんじゃ?』

「君は精霊器を知っているかい?」

『無論、知っておるのじゃ』


 ゲーム内の登場キャラクターということもあってなのだろう。基本的な情報は自ら知ろうとしないプレイヤーよりも多く持っているようだ。

 しかし知っているのはあくまでも基本的な情報に限られているらしく、特別な状況にでもいない限りプレイヤーが知り得ない情報なんかを得ることは出来そうにもない。

 今回の場合はこの迷宮に関する情報を鬼娘から得ることは無理そうだった。


「ならばオレの意図も理解しているね?」

『うむ』

「だったら試してみる価値はあるだろう。オレの刀に宿る精霊と同化することで君もここから出ることが可能になるはずさ」


 思えばムラマサが振るう刀には既に精霊が宿っている。

 俺のガン・ブレイズに宿るフラッフ、アラドの大剣に宿るノワルのように自己の主張が激しいわけじゃないので忘れがちだが、その存在は確かに刀の中にある。

 新たに別の存在を専用武器に宿すことは出来ないが、宿している存在が変異することは出来る。それはクロスケと同化したフラッフや、フラッフの体を得たノワルという前例があることからも間違いない。


 条件は二つ。

 実体化可能な肉体と確固たる自我。

 肉体は精霊や幽霊のようなモンスターを宿さない限り問題ないだろう。故に問題と成り得るのは確固たる自我のほう。

 モンスターは本来自我が希薄なものが多い。それはそうだろう。プレイヤーが倒し糧とすべき相手が毎回意思を持って襲い掛かってくるのは駄目だ。

 例え本当の死がないゲームだとしても毎回明確な意思を持つ存在を倒していたのでは心地良いプレイにはならない。相手がモンスターといえどプレイヤーに罪悪感を与えるわけにはいかないのだ。


 例外となるのは何らかのクエストに登場するようなボスモンスターだろう。それらは時として敢えて意思を持ちプレイヤーと言葉を交わす。

 だがそれはあくまでもゲームの演出に過ぎず、はっきりとした意思を示す存在は姿がモンスターでもNPCと呼ぶことが多い。


 このゲームにおいてNPCは倒すべき存在(もの)ではなく、共に生きる存在(もの)なのだ。


「最後の確認だ。どうする? オレの持つ精霊と同化してみるかい?」

『勿論なのじゃ。ぜったいに成功させてみせるのじゃ』


 黙って見守っている俺の前でムラマサの刀から光のオーブが出現し、その珠を鬼娘が宝物のように抱きしめることで、珠の光が鬼娘の全身を覆っていく。


 雪原の上で繰り広げられる幻想的な光景に目を奪われたのは俺だけでは無いらしい。

 少し離れた場所でお菓子を食べていたリリィやフラッフ。それから興味無さそうなフリをしているアラドもしっかりとその様子を見守っている。


 暫しの静寂が訪れた後、鬼娘は精霊が宿していたのと同じ光をその額にある二本の角に宿していた。

 すぅっと姿を消した鬼娘が宿ったであろう精霊器となっている刀を鞘へと戻し、そっとその柄や鞘ごと刀身を撫でる。

 そしてすかさずに喚ぶ。


「出て来い! 『鬼姫(おにひめ)』」


 ムラマサがその名を呼ぶことで姿を現したのはたった今、姿を消した鬼娘改め鬼姫。


『うむっ! 成功じゃ。ところでさっきの菓子をもう一つ欲しいのじゃが、だめかの?』


 両手を合わせ催促してくる鬼姫に俺はまたしても困った顔で大きな溜め息を吐き出したのだった。




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