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秘鍵が封じるモノ ♯.6『雪上の戦い』

お待たせしました。今週分の更新です。

「ユウ! 待つんだ」


 後ろから聞こえるムラマサの制止を振り切り、俺は雪の白に紛れるゴブリンに剣形態のガン・ブレイズを振り下ろした。

 ゴブリンが鮮血の代わりにポリゴンの欠片を撒き散らす。

 しかし俺が攻撃を加えたのは複数いるゴブリンの内のたった一体。そもそもが複数体で現れる種だけあって一体が傷を受けるくらいなんてことはないのだろう。

 ギギッという鳴き声を上げながら威嚇してくる他のゴブリンの奥で無言を貫き威圧している鬼を見ても動揺しているような気配は微塵も感じられない。


「まったく、無謀なことをするね」


 嘆息しながら俺の後に続き渦中に飛び込んできたムラマサは腰の刀を抜き告げる。


「悪い。でも――」

「わかっているさ。無視はできなかったのだろう」

「まあな」


 一瞬視線をモンスターから外す。

 そこにはまだ満身創痍のプレイヤーが座り込んだまま。不安そうな眼差しを俺とムラマサに向けてきている。


「さて、どうするつもりなんだい?」

「どうって…ここまで来たら戦う以外ないと思うけど」

「んー、今更そこについて何か言うつもりはないよ。ただね、彼らを庇いながら戦うのはどうかと思ってね」


 何か含んだような物言いをするムラマサを訝しむ視線を送る。

 だが、ムラマサは涼しい顔でそれを受け流し、不思議と攻めて来ないゴブリンに刀の切っ先を向けた。


「というわけさ。オレたちの話は聞こえているのだろう? 君たちには自力でここから抜け出して欲しいのだけど……出来るかい?」

「え?」

「あ、あの……」

「悪いけれどこれは相談じゃない。出来ないというのならばオレたちはこの戦局を直ちに離脱することも視野に入れなければならなくなるということを理解して欲しい」


 ムラマサが座り込んでいるプレイヤーたちに向けて言い放つ。


「改めて問おう。君たちは自力でこの場から離脱出来るかい?」


 強い口調で訊ねられ、満身創痍のプレイヤーは慌てて立ち上がっていた。

 俺たちが参戦してからの僅かな時間でも多少はHPが回復したのかも知れないし、ムラマサに言われ無理矢理体を動かしたのかも知れない。だが、大事なのは彼らが自力で動けることが確認できたということ。


「だったら早く行くんだ」

「あの……ありがとうございます」

「礼はいらない。さあ、早く」


 満身創痍のプレイヤーを代表して一人の少女が頭を下げた。

 俺が見た限りこの少女が一番装備の損傷が多い。他の少年二人の内の一人はあからさまな魔法職といった出で立ちで前衛に出るわけでもないことからも理解できるが、もう一人は全身を鎧で覆った所謂重装タイプのプレイヤーだ。武器はシンプルな剣。大剣でも曲剣でもなく、一番メジャーな片手用の直剣だ。

 パーティの役割を鑑みるならばこの鎧を纏ったプレイヤーが一番傷を負っていて然るべき。

 少女のプレイヤーは前衛職なのは明白でもその防御力は鎧のプレイヤーには遠く及ばない防具に鎧の部分がない最軽装タイプだったのだから。


 去っていく三人のプレイヤーを見届け、俺はゴブリンたちに向き直った。

 未だ尚も動かないゴブリンの一体に無慈悲な一撃を繰り出す。

 両断され消滅するその様を見下ろし、次なる一体へとその切っ先を向ける。


「どうした? お前らに攻めるつもりがないのなら簡単に全滅するぞ」


 ゴブリンに、その奥で睨む鬼に向けて言い放つ。

 相手がモンスターだということは解っている。このままの状態であるほうが自分たちにとって有利であることは間違いない。

 けれど、このまま棒立ちのモンスターをただ一方的に攻撃するのは違う。そんな風に思えてならなかった。


 俺の言葉が届いたのか、遂にゴブリンたちは動き始めた。

 だらりと下げられた手に持たれていた石斧を掲げ、まるで自分たちを鼓舞するかの如く地団駄を踏み始めたのだ。

 雪原の上であるがゆえに、大地を揺らすほどの影響は出ない。

 波紋のように増えていく足跡だけがこの光景の異様さを物語っているかのようだ。


「さて、とりあえずこっちはこれで何とかなりそうだ」


 刀を抜き自然体で構えるムラマサが呟く。

 それからさらに小声でこう付け加えていた。


「アラド、そっちの事は任せたよ」と。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ムラマサに言われゴブリン共の前から退避した三人のプレイヤーは示し合わせたように素早く岩の影へと隠れた。

 そして一斉にストレージから回復薬を取り出すとその中身を一気に飲み干した。


「――ふう。本当にここまでする必要があったのかどうか甚だ疑問だが」


 全身鎧を纏ったプレイヤーが籠った声を出す。


「必要ですよ。でなければここまで来たプレイヤーの目を掻い潜ることなど出来るはずがないんですから」


 魔法使いが装備する防具のなかで最もメジャーなローブを目深に纏った男が空になった回復薬の瓶を弄びながら言い放った。


「どっちでもイイよ。それよりも、本当に大丈夫なのかい? あのバケモノは追いかけて来ないんだろうね」


 三人のプレイヤーの中で唯一の女性が僅かな怯えを隠さず問いかけた。


「それこそ心配ないはずです。あの方々が倒してくれますよ。それこそボク達の代わりにね」

「その後に我等が彼らの持つ秘鍵を……」


 ローブの奥、眼鏡を上げるような仕草をする魔法使いに女性のプレイヤーは歪んだ笑みを返す。そしてその隣にいる全身鎧の男もまた顔を隠す兜の奥で声を出さずに笑っていた。


「成る程な……それがオマエラが企ンでやがったコトか」


 それはあまりにも突然の事。

 自分たち以外誰もいないと気を抜いたことが悪かったのか、それとも今現れたプレイヤーが持つ隠蔽能力が凄まじいのか。

 どちらにしてもこの話を聞かれたくない相手では間違いない。

 三人のプレイヤーはそれぞれの武器を取り、咄嗟に岩陰から飛び出した。


「なっ、アンタはアイツらと一緒にいた……どうしてここに?」

「聞かれたか」

「みたいですね」


 表情を険しくする三人のプレイヤーはそれぞれが持つ武器を掲げる。

 全身鎧の男は直剣、魔法使いの男は木製の杖。そして最軽装の女は逆手にナイフを。


「まア、落ち着けよ。別にほっといてもいいンだぜ、俺はよ」


 背中に担いだ武器に手を伸ばす素振りすらないアラドを前に三人のプレイヤーは一層警戒心を強めた。


「あー、なンだ。このまま手を出さずに出てくってンならわざわざ追ったりはしねェ…だっけか」


 唯我独尊な物言いをするアラドに三人のプレイヤーの内の一人、全身鎧の男がその兜の奥で舌打ちをした。


「それから、えっと、もし俺らに手を出そうってンなら――」

「だったらどうするってんだ、アァ!?」


 この場で対峙しているのは男一人と三人のプレイヤーだけ。当然のように全身鎧の男の突進を止める声が上がるはずも無く。

 武器を取らず、平然と立ち尽くすだけのアラドに対し完全装備した男。

 本来なら結果など火を見るよりも明らかな衝突だったのだろう。

 逆手にナイフを構えた女ののプレイヤーや杖を構える魔法使いのプレイヤーはニヤニヤとした笑みを浮かべている。


「容赦しなくてもいいンだとよ」


 だが、現実は想像とは違う。


「なっ、馬鹿な」

「嘘でしょ、どうして?」


 思い描いていたはずの光景も今や正反対の結果を示している。


「ハッ、軟けェ鎧だな、オイ」


 恐らくは三人のプレイヤーの目には見えなかったのだろう。アラドが背の大剣を抜くその様が。


「沈ンでろ」


 大剣を全身鎧の男の肩に深く突き刺したまま、アラドはその身ごと強く一歩を踏み出しより深く大剣を突き刺した。

 そしてそのまま乱暴に全身鎧の男を大剣を持ち手して持ち上げ、続けざまに地面に強く叩きつけた。


 体を両断された全身鎧の男は瞬く間にしてそのHPを消失していく。

 本来プレイヤーのHPはそう簡単に全損したりしない。

 だが、そこにも当然例外となる事例は存在する。


 例えば、物理的に首と胴が切り離される。あるいは回避不能な状態でマグマの中に落とされる、水のなかに長時間放置されるなど。

 前者がモンスターやプレイヤーの手によるものだとすれば、後者はフィールドの環境によるもの。

 プレイヤーの裁量でどうにもならないと言えば諦めもつく気がするが、今は違う。

 全身鎧の男の首は胴に繋がったままであるし、場所も雪原という少し特殊な場ではあるがHPが全損するまでには至らない。


 だからこそ異様。

 だからこそ異常。


 アラドのたった一撃に残る二人のプレイヤーが受けた印象はそれに尽きる。


「で、どうすンだ? オマエラは掛かってこねェのか?」


 消滅した全身鎧の男がいた場所に残された大剣を地面から引き抜いてその切っ先を向けて問う。

 圧倒的な強者を思わせるアラドに気圧されたのだろう。

 魔法使いのプレイヤーは慌ててしまい魔法の発動を失敗していたのだ。


 魔法発動の失敗(ファンブル)は小さな爆発に代わり、その牙を使用者に向く。

 ダメージらしいダメージにはならない爆発だが、この状況では存外の威力を発揮した。

 雪の上で尻餅をつき後退る魔法使いに唾棄するような視線を送っている。


「バカにするんじゃないよ。アンタ一人くらいアタシが――」


 アラドを睨み言う女は懐から別のナイフを取り出した。

 そのナイフの刀身は土色で、おおよそ金属製だなどとは思えないような外見をしている。女はそのナイフを意味深に地面へと突き立てた。


「来なっ<土塊(クレイ)小鬼(ゴブリン)>」


 もこもこと雪の下から隆起して現れた土の塊が次々と見覚えのある姿を形作っていく。

 モンスターのなかでも雑魚モンスターの代名詞。

 ゴブリン。

 僅か数分前にも目にしたのと似た容姿を持つ存在にアラドは怪訝な視線を向けた。


「さっきの雑魚もオマエが呼び出したのか」

「違うねぇ。さっきのゴブリンは正真正銘この階層に出現するモンスターさ。ったくあの鬼が出てこなけりゃ捕獲(テイム)してやろうってのにねえ」

「ハッ、そりゃ残念だったなァ」


 前後左右、アラドを囲み出現した土塊の小鬼は女の命令を今か今かと待っているかのように荒い鼻息をたてている。


「ンなことよりも、出てくるだけで終わりなのか」

「バカにして――土塊の小鬼達! その男を切り刻んでやりなっ」


 待ってましたと言わんばかりに土塊の小鬼が一斉に飛び掛かってくる。

 小鬼の手には女が持っているのと同じ土色の刀身を持つナイフが握られ、それがアラドに迫る。


「無駄だ」

「何ぃっ」


 しかし、結果は一閃。

 アラドが大剣で回転斬りを放っただけで出現した土塊の小鬼の大半が元の土へと戻っていった。


「雑魚が何匹出てこようと雑魚なンだよ」


 そして残る土塊の小鬼は何かに縋るように女の下へと集まっていく。


「ちょっ、来るんじゃないよ。アイツを攻撃、いや、アタシが逃げる時間稼ぎをしてきな」


 乱雑にナイフを振り回す女に戸惑いの視線を向ける土塊の小鬼はオドオドとした様子でアラドと女の間に立った。


「無駄だ」


 またしても一閃の下に土塊の小鬼の残りを斬り伏せたアラドは怯える女の前に立ち塞がった。


「俺はPKに関して何かを言うつもりもねェし、言う立場でもねェ」


 まるで自白のように呟くアラドに女が不思議そうな視線を向けてきた。

 助かるかもしれない。アラドも自分たちの同類であるかもしれない。そのような希望を抱いた女は引き攣った笑いを浮かべる。


「だがな、手前ェが仕掛けてきたンなら手前ェがやられる覚悟くらいしとけ」


 しかし、それは違う。

 この三人とアラドの絶対的な違い。それは最初から最後まで自分の力で戦い抜くか否か。そして生き残るための可能性を逃走の中に見出すのではなく闘争の中にこそ見出すということ。


 無慈悲な死神の鎌のように振り抜かれた大剣は防御力の少ない女のHPを一瞬にしてゼロにした。

 このゲームが全年齢対象で無ければ女の足元には女の頭が転がっていることだろう。


「ひっ、ひぃぃいぃいいいいいい」


 一連のやり取りを見ていた魔法使いの男は悲鳴と共にこの場から逃げ出した。

 アラドは逃げ出した男に興味など無いというように目を伏せると再び大剣を背に担いだ。


「一応合流しとくか」


 アラドここに来ていることに勘付いているのはムラマサだけだろう。となればユウは今頃自分の不在を怪しんでいるかもしれない。

 結果的にPKすることになってしまったことに対しては後悔など感じているわけではないが、それでもなにも言わず離れたことは褒められた行為ではなかった。

 何より今も二人の戦闘が続いているのだとすれば、相手は間違いなくあの鬼。

 微妙に後味の悪い戦いの記憶を払拭するためにもより集中できそうな戦いは望むところだ。

 僅かに軽くなった足取りでアラドはユウとムラマサがいる場所を目指し歩きだした。



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