はじまりの町 ♯.30
「これだっ」
工房に俺の声が轟いた。
探し求めていた答えを手にした俺は後ろで見守る三人に見せびらかせるように剣銃の刀身を掲げた。
「これだよ。これが答えだったんだ」
剣銃に新たに宿った能力はまさに探し求めていたもの。
「どうした?」
嬉々とした顔を見せる俺にハルが問い掛ける。
なにを喜んでいるのかわからないという顔で見つめてくるフーカとライラに俺は持っていた剣銃の刀身を手渡した。
「見てみろよ。そこに書いてあるだろ」
詳細なデータはその持ち主以外は鑑定というスキルを持っていないと確かめることが出来ないという事実も忘れてる。
いくら見てみろと促した所でそれを確かめる術はここにいる誰一人として持っていないのだ。
「解らないって」
困った顔を見せる二人に変わりハルが言う。
ハルも同じように俺が何に喜んでいるのか分からずに困った顔を見せているが、その表情にはどこか期待が込められているように感じた。
「あ、そうか。えっと、どうすれば皆にも見れるように出来るんだ?」
「スキルの時と同じだ。コンソールを可視化モ-ドに切り替えて詳細を表示させればいい」
説明を受け、その手順通りにコンソールを操作していく。
「見えてるか?」
俺の目にはそれまでと同じようにしか見えないが、これで皆にも見えるようになっているはずだ。
「うん。見えるよ」
「だったら、これを見てくれ。そこに鬼払いって書いてあるだろ。これに見覚えは無いか?」
鬼払いこそが霊石を強化素材として武器に施したさいに現れる追加効果。
「名前は知っているけど俺は初めて見たな。二人はどうだ?」
「アタシも同じ。名前だけ聞いたことがあるけど、実際に見たのは初めて」
「わたしも同じね。見るのは初めてよ」
「鬼払い、か。効果は鬼種に対してダメージ増加ってところか」
名前だけを知っているということはその詳しい効果を知らないということ。名前から推測した効果は半分正解で半分間違いだ。
「ダメージ増加だけじゃなくって攻撃時に他の追加効果もあるみたいだな」
命中率増加にクリティカル率増加。単純な付与効果だけでも特化と呼ぶに相応しいように思えるが、その真価は別の所にあるように思えてならない。
オーガという鬼種のボスモンスターと戦うクエストの前段階にある四種のボスモンスター討伐クエスト。それをクリアして手に入るアイテムを強化に使うことで得られる追加効果。
全てが順序立てられている。
しかるべき手順で、しかるべきものをクリアしていく。
その結果として最後の相手と本当の意味で戦うことが出来る。
まさにゲームだ。
一つでも取り逃してしまったら、一つでも手順を飛ばしてしまったら成立しないゲーム。
「これが俺の見つけた答えだ」
外していた刀身を剣銃に戻し、元の形になるように組み立てる。
二、三度変形を繰り返し、組み立てに問題が無いことを確認すると腰のホルダーに収めた。
「霊石を武器の強化に使うかどうかは皆に任せる。けど俺はこれでオーガと戦えるようになったと思う」
先程戦いにもならなかったのはこの追加効果を武器に宿していなかったからで攻撃が効かなかったのは、そもそも攻撃を当てる条件が整っていなかったから。
「もし、それが間違いだったら。強化しても勝てなかったら、どうする?」
一度の敗北が身に沁みたという訳ではないのだろう。
ただ、自信が無くなった。皆を率いるパーティのリーダーとして出来ることがわからなくなったというように見える。
「また考えるさ。何度でも、勝つまで」
現実であって現実ではない、それがゲームだ。倒されても、勝てなくても、自分が諦めるまでは挑戦し続けることができる。
「これが、ユウの出した答えなんだな」
ストレージから取り出した霊石を握りしめて呟いた。
「何度でも、か。そうだよな、たった一度の負けで膝を折る訳にはいかないよな」
ハルの目に力強さが戻ってきた。
不思議と漂っていた重い空気も薄れているような気がする。
「いいのか?」
「なにがだ」
「ハルは一個しか手に入らなかったんだろ? 俺が間違っていたら無意味なんだぞ。それに、防具に使いたいんじゃないのか」
「自信、あるんだろ」
心配する素振りを見せながらも、その実一切心配などしていない俺を見透かすのようにハルは笑みを見せる。
「いいさ、やってやる。間違っていたら、別の何かを試すだけだ」
やはりハルは俺たち四人を率いるパーティリーダーなのだと感じた。
ハルの自信はそのままパーティ全体の自信に繋がっている。
その効果のほどを確かめたわけでもないのに不思議とやれるような気持ちになってくる。
「アタシも試してみる」
手を上げて跳び跳ねながらフーカが宣言してきた。
「わたしも試してみるわね」
「いいのか?」
「だいじょーぶ。アタシ達は霊石三つも持ってるもん。一つくらい無駄になったって気にしない、気にしない」
「そう……だったな」
自分とライラとフーカの運の違いにハルがうちひしがれそうになる。
どうやらハルは元の調子を取り戻せているようだ。
「どうする? ハルとフーカの武器なら俺でも強化出来ると思うけど」
刃を持つ武器ならば強化手順は剣銃の刀身と大して違いは無いはずだ。けど、ライラの持つ杖だけはどこをどうすれば強化出来るのか見当もつかない。
「わたしのことは大丈夫。いつも頼んでる人にお願いするから」
「俺も大丈夫だ」
「アタシも、いつもの人に頼むよ」
皆がそれぞれに自分の懇意にしている鍛冶屋がいる。
それがNPCだろうとプレイヤーだろうと、自分の武器を預ける相手は信頼している人に頼みたいという気持ちは理解出来る。それを見つけるのが面倒で自分で自分の武器を鍛え直すことができるようになりたいと思ったのだから。
「時間はどのくらいかかりそうだ?」
剣銃の強化に要した時間は三十分程度。
三人が自分の武器の強化に必要となる時間も同じくらいのはず。
「一緒に来るか?」
「いや。もう一つ、確かめたいことがある」
ハルの誘いを断った。
手にした鬼払いという能力は俺が習得した≪基礎能力強化≫というスキルと効果が酷似していた。同時に使用すれば効果が相乗し強くなるのか。それとも、打ち消し合うのか。近くのエリアで戦える鬼種はオーガだけしか知らない。雑魚モンスターを探している時間も無い。実際にこの疑問を検証する事は出来ないが、それでもなにか変化があるのかもしれない。
「それじゃ、行ってくるね」
「余裕を持って一時間後。ここに集合しよう。そして、もう一度挑むんだ。オーガに」
そう言い残し三人は工房から出ていった。
残された時間は一時間。
これ以上武器や防具の強化は出来るとは思えない。それを理解しながらも剣銃の詳細を表示させた。やはり追加されたのは鬼払いの一文だけ。パラメータに変動は見られない。
出来ることは本当にもう無いのか。そんな焦りにも似た疑問が押し寄せてくる。
ハルにはああ言ったが、次もまた俺たちの攻撃が一切通用しなかったとしたら、今度こそ強がることすら出来なくなってしまうかもしれない。諦め、このクエストを放りだし、別の誰かがクリアするのを待って、それと同じ方法をとってしまうかもしれない。
ある意味その方が賢いのだろう。
無茶をしないで、確実な方法をとる。
誰かは必ずこのクエストをクリアする。それが明日になるか明後日になるか、もっと先になるかの差異があれど必ずクリアする事は間違いない。
俺たちが挑むのはその後でも問題は無いはずだ。
けれど、挑んでしまった。
敗北を知ってしまった。
このまま諦めてしまったら、俺たちの記憶には負けたまま諦めたことが刻まれてしまう。これから先似たような状況に陥った場合、諦めることが最初に浮かんでくるようになってしまう。
「そんなのは、嫌だ」
だから諦めない。
何度でも挑んでやる。
勝てるまで。負けるしかないとしても、納得できるまで。
「とりあえず、スキルのレベルを上げておくか」
≪剣銃≫スキルのレベルを上げるには≪リロード≫を繰り返し使えばいい。工房は個人の所有物であることから完全防音になっている。
硬めに練られた粘土を壁に置き、的として設置した。
「っと、これを使っとかないとな」
銃形態の剣銃を構え引き金に指を掛けた時、もう一つのスキルのことを思い出した。
≪基礎能力強化≫は発動することでレベルを上げる。
それはどんな強化だとしても同じだ。
「ATKブースト」
MPが減少し全身に赤い光が宿る。
正常にスキルが発動した証だった。
赤い光が宿っている間に引き金を引く。
撃ち出された弾丸は同じものでも粘土に作られた穴は通常の銃撃の時より深く大きい。
単純な威力が上がっている証拠だ。
二度の銃撃で空になった剣銃に≪リロード≫のスキルを発動させる。
瞬時に込められた弾丸をもう一度粘土に向けて発射した。
「こんなところか」
MPが無くなるまで射撃を繰り返すこと十数回。
その間に≪基礎能力強化≫は三回掛け直すことになった。≪リロード≫だけを使いスキル上げをしていた頃とはMPの減り具合が段違いだ。
ストレージにあるMPポーションを取り出すとそれを一気に飲み干した。
買い込んでいた初心者向けのMPポーションでは俺のMPを完全回復させるのには二本も要した。時間と手持ちがあるうちにもうワンランク上のポーションに切り替えた方がいい頃合いになったということだ。
「もう一度……って、これは……」
これまで、どんなにスキルレベルが上がっても新たな技を手にすることは無かった。しかしこの土壇場というタイミングでスキルの項目に新たな文字が並んでいるのが見える。
「まったく、負けてできたこの時間も無駄じゃ無かったってことか」
これには笑うしかない。
どんなに願い、欲していたとしても手に入らなかったものが一番必要とした時に手に入る。
作為的とも感じるが、ある意味これも神の采配なのだと思うことにした。
今度こそ準備は整った。
勝つための準備は出来ている。
残りの時間を俺は持っているポーション類をワンランク上のものに買い替えることに費やして、工房に皆が集まってくるのを待つことにした。




