秘鍵が封じるモノ ♯.4『熔解』
お待たせしました。時間的にはいつもより早いですが、今週分の更新です。
「――来たっ!」
視界が真っ赤に染まった瞬間、俺は込み上げてくるものを堪え切れずに叫んでいだ。
待ち望んでいた攻撃が繰り出された瞬間。その時こそが正しくこちらの攻撃が届くチャンスなのだから。
グレーター・デーモンの口から放たれた炎が赤い光を追って駆け巡る。
俺は銃形態のガン・ブレイズを炎に向けるとすかさず引き金を引く。撃ち出される弾丸は縦横無尽に駆け巡る炎の一つに命中し小規模な爆発を引き起こした。
それでもこの時に撃ち落とした炎は僅か一発。いまだ数多くの炎が駆け巡っているし、向けられている敵意は逃れようのないくらい俺たちを捉えている。
だが、爆発の中を駆け抜ける影もある。
鋭い爪を有する鋼の手甲を身に付け、身の丈程もある黒い大剣を携えた男。アラドだ。
駆け巡る炎の合間を縫って走るアラドは瞬く間にグレーター・デーモンの元へと辿り着いていた。
「アラド! 俺たちの中に『回復役』はいないんだ。無茶はするなっ」
このゲームにおいて一般的な回復手段はアイテム、いわゆるポーションである。いや、現状正確に言えばあったというべきか。
武器の意味を持つ【ARMS】をタイトルに掲げるこのゲームはリリース当初、回復手段としての魔法はそれほど普及しいなかった。理由は単純、俗に言う回復魔法の回復量がポーション類の回復量に比べてコストに見合ってなかったからだ。
それは単純に使用するプレイヤー側の最大HPが少ないからだったのかもしればいが、割と安価なポーションが売られていたのも関係しているのだろう。今に比べて初期の頃は纏まったお金というものが手に入る機会が少なく、プレイヤーの主な収入源というのが採集した素材やモンスターからドロップしたアイテムを売るかくらいだった。それではあまりにも収入源として厳しすぎるとしてモンスターからは換金専用のアイテムがドロップするようになり、今ではモンスターを倒すことで一定の金額を手に入れることが出来るようになっている。
こうなってくると回復アイテムを購入することに対して何の躊躇も無くなるわけだが、それでポーション類の売り上げが上がったかというとそうではない。プレイヤーのレベルが上がったことにより安価なポーション一つでは全快させることが出来なくなっていたからだ。
全快させるにはより効果の高いポーションが必要になり、効果が高ければ必然とその値段も上がる。獲得できる資金に比例して出費も増えていくのは当然と言えば当然なのだが、そうなると出費の必要のない回復魔法が注目され始めた。
しかし、初期にはあまり必要性の無いスキルであるとされていた――後に必要になるのは明白だが、それを見越してまで習得するにはスキルポイントが足りない――それに加え生産職は先んじて必要なスキルの習得やレベルアップが優先され、戦闘職もまた自身の専用スキルや基礎能力上昇スキルが優先されてしまっていたという現実がある。
加えるなら魔法の形態にもこの状況に至る要因はあった。このゲームにおいて魔法は二つの要素、プレイヤーが使う魔法はその形態を決めるスキルと魔法の属性を決めるスキルの組み合わせによって構成されていること。
例えば『矢』の形態で魔法を撃ち出すには≪魔法・矢≫のようなスキルが必要となり、このレベルを上げることで矢の魔法にバリエーションが増えていくことになる。偏に矢と言っても現実それからイメージできるものが複数あるのも理由となるのだろう。
そして魔法に属性を付与するには≪~属性≫のスキルが必要になる。これは攻撃に属性を付与する以外にも耐性を獲得のにも使われることからも魔法の形態を決めるスキルよりは習得しているプレイヤーの数は多いはずだ。
ならば回復魔法はどうだといえば形態を決める魔法は何でもいいとい他の属性魔法に比べると条件は幾許か緩和されているのだが、使用する属性は≪回復≫という何の耐性を上げることもないものが必要となる。
故に魔法を使うプレイヤーならば何の弊害も無く習得できるようになっているとはいえ、結局そのスキルレベルを上げるためにスキルポイントを消費する必要があり、攻撃に重きを置くプレイヤーからすれば後回しにされがちだった。
そうして以前は強力な回復魔法を使うのは望んでヒーラーをしているプレイヤーに限られた話だが、今はどうかと問われればそうでは無い。
ランクというスキルリセットのシステムが組み込まれて以降、多少レベルが高くスキルポイントに余裕があるプレイヤーならば戦闘職、生産職、近接メイン、魔法メイン問わず習得していることが増えていた。
それでも潤沢な回復量を有するまでは時間とスキルポイントが必要となることもあってか、今の俺たちのパーティでそのスキルを習得している人はいない。
まあ、戦闘一辺倒なアラドや、今でこそ氷と風中心になっているが、本来は様々な属性を使い分けているムラマサが率先して回復魔法を覚えようとしないのは解らなくも無いが。
生産職を兼ねて自分で効果の高いポーションを作り出せる俺は言わずもがなだ。
「――っと、ダメだ。単調だからか考えが戦闘から逸れてるな」
自戒するかのように呟く俺は眼前に広がる複数の爆発に目を向けた。
この爆発は言うまでも無くグレーター・デーモンの炎を俺とムラマサが打ち落とした時に起こるものなのだが、驚いたことにこの爆発によって他の炎が誘爆するなんてことはなかった。
誘爆してくれれば炎の処理にかかる手間が多少なりとも省けるのにと思わなくもないものの、実際問題、自分たちの思惑の外で起こる爆発が無かったのは僥倖だったとも言える。
「ふぃ、こんなもんかな」
未だ炎が残るものの、俺はこの段階で炎に向けた射撃を止めた。
理由は一度目の時、炎の数が少なくなってきた頃にグレーター・デーモンが炎を自分の体に吸収して再びこちら側の攻撃が効き辛い状態に戻ってしまったのを目にしたから。
それが一定のダメージを与えたから起こった現象なのか、それとも俺とムラマサが炎を迎撃し減少させたことで起こった現象なのか不明な今、不用意に炎を撃ち落とし過ぎないようにするのもまた自然な流れだった。
数が減っても炎は絶えず周囲を駆け巡り、俺たちを狙っている。
だからこそいつかは迎撃しなければならないのかも知れない。けれど、今はグレーター・デーモン本体にダメージを与えるほうが重要だ。
すっとガン・ブレイズを剣形態に変形させ、刀を振るっているムラマサへと視線を送りアラドと共に攻撃に加わることを伝えた。
ムラマサは一瞬だけ驚きの表情を浮かべはしたもののすぐに俺の意図を理解し頷きを返してくる。
そして俺は真っすぐグレーター・デーモンへと走り出した。
「アラド、無事か」
「あン? 誰に言ってやがンだ?」
大剣から伸びる黒い腕を使い、空中を自在に移動しながら体の一部を赤く変色させているグレーター・デーモンに攻撃を繰り出していたアラドがその手を止めて俺の近くに着地した。
俺の視界の左端にあるアラドのHPバーは殆どダメージを受けてはおらず、反対にグレーター・デーモンの上に浮かぶHPバーは目を見張るほどの減少が見られた。
「やっぱり、この状態の時にはダメージが通るんだ」
「――ああ。ついでに言っとくケドな、どうせ攻撃すンなら赤い場所を狙っとけ」
「その方がダメージが大きいってわけか」
「まあな」
あからさまに通常攻撃よりも大きだダメージを与えられていた理由はそれかと俺は一人納得していた。
そして、背後から迫る炎を避けつつ攻撃を再開したアラドに続きグレーター・デーモンへの攻撃に加わった。
狙ってか無意識なのかは解らないが、アラドはグレーター・デーモンの左側を中心に攻撃を加えていた。ならばと俺は右側を狙い攻撃を仕掛ける。
赤く変色していて且つ狙い易い部位といえば腕や脚、それから少し高いが翼なんかがそうだ。
俺はこの瞬間の最初の一撃ということもあってグレーター・デーモンの足を斬り付けた。
元の状態ではその表面を撫でるだけだった斬撃が赤くなった場所を斬り付けた時にはその刃を深く斬り込ませている。
当然与えるダメージも比べ物にならないほど多く、連続して斬り付けている間にグレーター・デーモンの頭上に浮かぶ一本目のHPバーが消失していた。
「よしっ、このまま――」
ダメージを与えていく。そう言おうとする俺の前でグレーター・デーモンがまたしても炎を吸収し始めた。
炎が渦を巻き、その余波が俺とアラドの接近を阻む。
否応なく距離を取らされた俺たちの前で赤く染まっていたグレーター・デーモンの体が元の色へと戻っていく。
これでまた炎の攻撃を使わせなければならない。その条件すら俺はまだ把握していないというのに。
「任せてくれ!」
ガン・ブレイズを握りしめたまま呆然と立ち尽くす俺の横を自信あり気に駆け抜けたムラマサはグレーター・デーモンが炎を吸収し終えたその瞬間を狙い右手で持つ刀を勢い良く振り抜いた。
三日月のような形をした氷の斬撃がグレーター・デーモンを頭を穿ち砕け散る。
そして、僅か一度の攻撃だけでムラマサがグレーター・デーモンに例の炎の攻撃を使わせたのだ。
三度赤く染まる世界の中、俺はムラマサに問いかけていた。
「どういうことだ?」
「んー、これは半分くらいは勘だったんだけどね。このグレーター・デーモンが二度目となる炎の攻撃を使った直前にオレはあの角を狙って攻撃したのさ。結果はユウも知ってると思うけどね。グレーター・デーモンはこの炎の攻撃を使ったというわけさ」
「でも今度は頭部自体を狙ったよな?」
「それは一度目の時のことを鑑みたってわけさ。一度目の時にユウがグレーター・デーモンの頭部を攻撃しただろう」
「まあ、ああなったのは偶然に近かったけどな」
「それでも、さ。あの時アラドは何と言うかだね全体的に万遍なく攻撃していたようように見えただろう。けれどはっきりと頭を狙っていたのはユウだ。その攻撃の方が効果が目に見えて現れた。だからオレはそれを見て今度は自分がと角とまでは言わないけど頭部を狙ったというわけさ」
その結果が視界を埋め尽くす真っ赤な炎。
「頭部への攻撃が効果ありって分かったのは良いんだけどさ……」
「んー、なんか妙な感じだね」
「ああ、赤い部分が増えてるな」
駆け巡る炎を銃形態に変えたガン・ブレイズで撃ち落としていく。
そして今回もまた炎の数が減少した時を見計らい、俺たちは攻勢に出たのだった。
今回の戦闘はいつもと若干違っていた。
プレイヤーがすることは二つ。グレーター・デーモンの攻撃パターンを見極めて的確に攻撃を加えることと自分たちのダメージを最小限に抑え、相手には最大限のダメージを与えること。
必要なのはその為の条件と方法を見つけ出すこと。
今度はムラマサも一緒にグレーター・デーモンのHPを削っていく。
三者三様、それぞれが得意な方法で攻撃を加えていくことでグレーター・デーモンのHPはみるみる減少し、遂にその二本目のHPバーの消失まで追い込むことが出来た。
HPバーの消失が呼び寄せるのは炎の吸収。
三度渦を巻く炎の中心にいるグレーター・デーモンはその身を硬質化させるのではなく、その身の全てを真紅に染めていた。
「あれは――?」
「拙いっ!?」
ピキピキと氷にヒビが入る時のような音がした先にいるのは真紅に染まったグレーター・デーモン。
思いもよらない変化を遂げたグレーター・デーモンは吸収し続けた炎が体から溶岩のようにドロドロと漏れ出している。
自ら翼を溶かしてしまい大地に降り立ったグレーター・デーモンはその腕や脚、体を次第に膨張させ始めていた。
「アラド! ユウ! オレが道を作る! だから一気にトドメを刺すんだっ!」
「何!?」
急遽指示を出すムラマサにアラドは怪訝そうな視線を向けた。
「おそらく今のグレーター・デーモンの状態は爆弾みたいなモノのはずだ。そしてその威力がこれまで自己吸収した炎に比例するのならオレは耐えることが出来ない。だから!」
「爆発する前に倒そうっていうのか?」
「そうだ! モンスターならば倒すことさえできれば光の粒子となって消滅する。それは爆発するよりも先となるはずだ」
「だけどそれは俺たちが先にグレーター・デーモンを倒しきれた場合の話だろ」
「わかっているとも。だからユウとアラドにはこの瞬間に倒して欲しいのさ」
「簡単に言ってくれるな」
「簡単なはずだよ。二人なら、ね」
ムラマサの刀を包む冷気が増していく。
そして地面に刀を突き立て、大地を掛けるように引き抜いた。
「走れ! そして、倒して見せてくれ、あのモンスターを!」
二つの氷で形作られた道が出来上がる。
左右に分かれ弧を描き伸びるその先は真っ赤に染まったグレーター・デーモンへと続いている。
「――っ。これでオレはMP切れだね」
ムラマサが小さく自嘲するように呟く。
「行くぞ! アラド!」
「ハッ、遅れンじゃねェぞ」
俺とアラドはそれぞれ氷で作られた道を駆け抜けていく。
それぞれの手に握られている武器が宿す光は目の前で赤々と輝くグレーター・デーモンよりも遥かに輝いて見える。
「<チャージ・リロード>」
ガン・ブレイズの光が収束し、銃身のみに収まる。
「もう一度、<チャージ・リロード>」
数泊の間を置いて再度発動したアーツにより一段と強い光が銃身へと吸い込まれていく。
「今だッ」
背後からムラマサの声が轟く。
その声を合図に俺とアラドは爆弾と化したグレーター・デーモンにそれぞれの武器を向けた。
「<インパクト・ブラスト>!」
「<ガウスト・ハンド>!!」
俺は二度の強化を重ねた威力特化の射撃アーツを放ち、アラドは実体のある無数の影の手による連続した攻撃を繰り出した。
左右から撃ち込まれるアーツが力の奔流となりグレーター・デーモンを飲み込んでいく。
熱された鉄の如く全身を柔らかくしたグレーター・デーモンは俺たちの攻撃を防ぐほどの防御力はない。
一瞬にして消滅したグレーター・デーモンは光の粒子となって舞い散った。
「ふぃ。どうにかなったな」
「まあな」
「お疲れ様。二人ならやれると信じていたよ」
戦闘が終わり自動的に砕けていく氷の道から降りて、俺は安堵の息を吐いた。
地面に残る焼け焦げた跡のある場所で集合した俺たちはいつものように出現したコンソールにあるリザルト画面を確認し始めた。
「んー、やっぱりドロップするアイテムは秘鍵だけなのかな」
ムラマサが落胆を含んだ声を漏らす。
当然と言えば当然だが、ボスモンスターと戦ったのだ。期待するなという方が無理だろう。それに折角迷宮に突入したのだからという思いも含まれている気がする。
「いや、どうも違うみたいだ」
「それは?」
「グレーター・デーモンからドロップしたんだ」
コンソールを確認した後、ストレージから取り出して見せたのはこの戦闘で獲得した唯一となる秘鍵以外のアイテム。
青く発光する三つのクリスタルが収められている手提げのカンテラ。
コンソールを使い確認した名称は『回帰のカンテラ』。
迷宮内から迷宮の外へと帰還するためのアイテムであり、さらには自分たちが進んできた階層を記録するセーブ機能があるらしい。
「どうやらこの迷宮は俺たちが想像していたよりも遥かに階層が多いみたいだな」
俺は石造りの天井を見上げ呟き、その手の中には回帰のカンテラの中にあるクリスタルが青く輝いていた。
というわけで『グレーター・デーモン戦』集結です。
それでは前回に書いたようにこの戦闘のネタバレでも。
グレーター・デーモンは前回のサブタイトルにもあるように赤銅色をした悪魔がイメージです。もっとざっくばらんに言うならバーニングゴ〇ラかな、と。
戦闘の内容としましては横スクロールアクションのボスステージでしょうか。
相手の攻撃パターンを覚えて、プレイヤー側の攻撃を命中させていく。前述に対する作者のイメージはそんな感じなのですが、どうでしょうか。多少RPG風にアレンジ出来ていれば幸いなのですが。
何がともあれ次回からはまた迷宮を進みます。
ではいつものように謝辞から。
毎回、本作を読んで下さりありがとうます。
次回の更新も金曜日となります。
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