秘鍵が封じるモノ ♯.1『迷宮』
お待たせしました。今週分の更新ですが、今回はかなり短いです。理由はあとがきにて。
埃っぽく乾燥した空気の中を進む。
五人くらいが並んで歩ける幅の通路の四方を囲んでいるのは無骨な剥き出しの岩壁。
灰色をした壁は不自然なほどに明るく、積み重ねられたブロックの形状や所々に見受けられるヒビの一つ一つまでもがはっきりと確認できるくらいだ。
「この根は何だと思う?」
歩く最中、岩壁を貫き窺える腕くらいの太さをした木の根を鞘に収められた刀の先で突きながらムラマサが問いかけてきた。
「ただのモニュメントなんじゃないか? 少なくともHPバーもモンスターの名前も何も浮かんで無いみたいだからさ」
腰のホルダーから抜いたガン・ブレイズは銃形態。その銃口をムラマサが言っていた根に向けるが何も表示されはしない。
「っていうか、本当はムラマサもそんなこと気にしてないんじゃないか?」
「そう見えるかい?」
「まあな」
肩を竦める俺の横でアラドは一瞬だけこちらを見たかと思うと直ぐに前を向いた。どうやら俺たちの会話に参加するつもりはないらしい。
「ムラマサが気にしているのは別のこと。違う?」
「違わないね」
「どうせこの迷宮のことなんだろ? まあ、気になってるのは俺も同じだからな。理解できる」
俺たちが足を踏み入れることになった迷宮。
それは秘鍵争奪戦のイベントが折り返しに突入したことで追加発表、実装された塔がそれだ。
事前情報が全く無いこのイベントの転調はプレイヤーの多くに戸惑いと新たなる冒険への期待感を同時に与えることとなった。
そして地響きのエフェクトを伴って現れた塔の全貌は解らない。地上から見上げただけでは雲を突き抜け聳え立つ塔の先端が見えないからだ。
現れた塔は合計で三つ。各種族に対応した大陸に一つずつで三つだ。つまり全ての種族が混在する中央大陸――グラゴニス大陸には塔は出現しなかった。
それぞれの塔に入り口は無数に存在し、常にプレイヤーたちを受け入れている。
更新されたイベント概要のページによると塔の構造はどれも同じ。出現するモンスターの種類も手に入れることの出来るアイテムなんかも共通だ。
違う物など一つもないこの塔は踏破する速さを競っているかのよう。
いや、恐らくは意図的に競わせているのだろう。どの種族が一番早く塔を上りきることが出来るのかを。
ならば何故このイベントの開始と同時に塔が出現しなかったのだろう。その問いに対する答えは入り口を抜け二階層に続くいくつもの階段を、その前にある石の扉を見て理解した。
扉を開けるには定められた数の秘鍵を納める必要があったのだ。
二階層に進むために必要だった秘鍵の数は一人につき十個。それが多いのか少ないのかは個人によるだろうが、これまでに秘鍵を手に入れる度に納品していたプレイヤーからすると再び集めてくる必要がある為に不親切とも言える。こういった塔が出現するのならば貯めておいた方がすんなりと先に進めるからだ。
加えて扉を開けるために使用した秘鍵もまた上っている塔がある大陸に対応した勢力に納品したことと同義になっていた。
第一階層は外からも見た通り、入り口のあるフロア。寧ろそれしか無いとも言える。故にモンスターが出現することはなく大勢の他のプレイヤーともすれ違うことがあった。
和気藹々としている一階層とは違い二階層からは雰囲気が一変した。
重くピリピリと肌を刺すような緊張感が漂う感じは間違いなくこれまでにも挑んできたダンジョンや強敵の潜むフィールドそのもの。
扉を潜る前は常に周囲から聞こえていたプレイヤーたちの談笑も途切れ、ここで聞こえてくるのは何かに亀裂が入る音。
音がした方に目を向けると、まさにモンスターが迷宮の岩壁から生み出される瞬間だった。
人ひとりくらいの大きさの亀裂が徐々に増えていき、そこから産み落とされたのは狼の頭部を持つ人型のモンスター『コボルド』。
手に携えているのは周囲に張り巡らされた根っこの一部を強引に引き千切って作られた棍棒。
全身を覆う獣のような毛皮も岩壁と同じ灰色で、その瞳だけが怪しい金色をしている。
半開きの口から漏れ聞こえるは呻き声。
迷宮から生み出されたばかりというのにその声には明確な敵意が込められているような気がした。
「ユウは後衛! アラドは一緒に行くよ」
「命令すンじゃねェッ!」
瞬時に刀を抜き駆けていくムラマサとその横で背中の大剣を抜かず拳を作り飛び出したアラド。
俺はムラマサの指示に従い、ガン・ブレイズを抜きその銃口を現れたコボルドの集団へと向けた。
戦闘開始を告げる号令などあるはずもなく、自然と始まった戦闘はこの広いようで狭い通路の中で繰り広げられる。
ムラマサは刀を使い薙ぎ払うのではなく突きや切り上げをメインに戦い、アラドはそもそも大剣を抜く素振りすら見せない。両手に嵌められた手甲から繰り出される打撃だけでコボルドに攻撃していく。
俺はコボルドが二人から離れた瞬間を狙い射撃し、ダメージを与えていく。
後はいつものように討伐していくだけだ。
この時、現れたコボルドの数は四体。
突然の襲撃だからか、それともこの迷宮ではこの数が一般的なのか知らないが、プレイヤーが組む一つのパーティの上限人数と同じだった。
基本的に同レベル帯の雑魚モンスターとプレイヤーを比べると能力値はプレイヤーの方が高い。それでいてアイテムを使ったり、習得しているスキルやアーツを使ったりもできることからも相手にしているモンスターが同数程度なら負けることは無い。
今回も俺たちは危うげなく勝利を収めることが出来た。
手に入れたのはこのイベントのお決まりとでも言うべきか、戦闘による経験値と多少のお金、それといくつかの秘鍵だけ。残念ながらモンスターの素材アイテムやなにかしらのドロップアイテムは手に入らなかった。
それでもこれからも塔の先に進むには秘鍵が必要になってくることは明白で、それがこの迷宮内で手に入ることは一安心だった。
はい、という訳で今回短い理由ですが……歯が痛いんです。
いやー、それにしても痛いと集中できませんね。何をするにも気もそぞろになってしまい、進まない進まない。
歯医者に予約をとっても今は学校の検診が続きすぐには診て貰えないとのことで。
せめて痛みだけでも解消できるようにと近々に予約を取りましたので、次回更新の分量はいつも通りになっているはず。
なっているといいなぁ。
作者自身あまり病院関係に行くことは無いのでこの痛みも久々といえばそうなのですが、治療の際の痛みとかはどうでもいいのですが、こうして集中力が削がれるのはどうも悶々としてしまいます。
とはいえ、今回から第十二章。というか十一章の続きの内容に突入します。
前回までのサブタイトルは長くなったので新しくしたのですが、それが章を跨いで続くとは予想外です。
うーん、何とも微妙な感じはありますが、あとがきはこんなところで締めましょうか。
いつも本作を読んで下さりありがとうます。
評価、ブックマークは作者としても励みになりますのでどうぞよろしくお願いします。
次回の更新は金曜日にするつもりですが、今回のように痛みが続けば遅れるかもしれません。
ああ、早く治療したい。
それでは、またこの場所でお会いしましょう。