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三つ巴の争奪戦 ♯.33『協力』

お待たせしました。今週分の更新です。

 降り注ぐ光の粒子は地面に当たる直前で消えていく。

 俺は四肢を投げ出し光の元に視線を向けた。


「何もない……」


 光の元であったヴェノム・キメラ・ヴァンパイアは、毒の吸血候は今やその残滓すらも確認することはできない。

 そこにあるのはただ晴れ渡った青空だけだった。

 聞こえてくる戦闘音は俺たちのものとは別。

 毒の吸血候と時と場所を同じくして現れた三種類のレイドボスモンスターと複数のプレイヤーとの戦闘の音。

 しかしそれも徐々に収まっていく。

 一つ一つの戦闘音が収まった後、こちらに届いてくるのはプレイヤーが掲げた勝利の雄叫びと喝采だった。


「お疲れ様」

「ああ、ムラマサも」


 刀を鞘に収め指し伸ばしてくるムラマサの手を掴み立ち上がる。

 既に竜化は解かれ、俺はいつもの姿に戻っている。纏っているのも全身を覆う鎧では無くいつもの服の防具へと戻っていた。

 ふと、手の中にあるガン・ブレイズを見る。


(思ってたよりもボロボロになったか。まあ、直せないほどじゃないさ)


 自嘲気味に胸の内で呟く。軽く見ただけでも本体に収納されているガン・ブレイズの刀身は無数の刃毀れを起こし歪んでいる。銃身も自身で放った銃撃の影響か、まるで溶けたかのような痕跡がいくつも見受けられた。


「どうかしたかい?」

「ん? ああ、何でも……いや、そうだな……ムラマサの刀も修理が必要なんだろ」

「そうだね。あれだけの戦闘だったんだ。耐久値もそれなりには落ちているはずさ。正直これ以上の戦闘はごめん被るかな」

「同感だ」


 よくよく見てみればムラマサが纏っている着物の意匠を持つ防具もいくつもの損傷を帯びていた。袖や裾は解れ、肩や胴には数え切れないほどの切り傷が刻まれている。

 それは俺も同じ。

 竜化し鎧の下になっていた通常の防具。それが負っているダメージは竜化していた時に受けた損傷と同じ場所、同じ傷であるはずだ。


「そう言えば、アラドは?」

「あそこさ。さっきまでのユウと同じようにだらしなく寝転がっているよ」


 ムラマサが促した視線の先、そこには竜化を解き人の姿へとなったアラドがどこか満足気な笑みを浮かべながら仰向きで横たわっていた。

 足元には黒い大剣。そしてその上には灰色になったフラッフの体を得たノワルが興味深そうに辺りを見渡しながら、飛ぶのではなく駆け回っている。

 目を凝らしアラドの防具の様子と彼が持つ大剣と装備している手甲の状態を見る。やはりとでも言うべきか、大剣の受けた損傷は大きく、なまじ享受できる範疇を超えていた。まだマシなのは防具だろう。それでも修復が必要な事には変わらない。


「終わった、みたいだな」

「それは、どっちのことを言っているんだい?」

「どっちもさ」


 突然浮かんできたコンソールには今回の戦闘で得た経験値と獲得できたアイテムが羅列されている。といっても獲得できたアイテムというのは秘鍵のみであったのだが。


「凄い数だね」

「そうだな。一つ一つ拾い集めてたのが馬鹿らしくなりそうだ」

「そうかい?」

「ムラマサは違うってのか?」

「だってさ、これだけの数を一度に手に入れようとするとあれだけの戦闘をしなければならないんだろう? どう考えても苦労と報酬が比例していないよ」


 戦闘を経て抱いたであろう不満を平然と言い放つムラマサに若干を驚きを感じつつも、俺は手を振りコンソールを消した。


「もういいのかい?」

「まあな。今は向こうとの合流が先だ」

「それよりも先に私たちとの合流なのでは?」


 リンドウを先頭に餡子とボールス、最後にシシガミが近付いてきた。


「ん? そっちも休憩してたんじゃなかったか?」

「ご心配痛み入ります。でも、もう大丈夫です。私たちもシシガミも十分に休息は取ることが出来ましたから」

「あれだけでか?」

「HPの回復は十分じゃないはずだけど?」

「気分の問題ですよ。それにもうポーション類は残っていませんからね」


 笑みを見せてくるボールスに俺は竜化していた時には使えなかったポーションがそのままストレージに残っていることを思い出した。

 俺は慣れた手付きでそれを取り出し、


「使うか?」

「いいのですか?」

「まあ、ダメージで考えると使った方がいいと思うけどさ、多分、そっちの方が重症だろ」


 そう言って見たシシガミは想像していたよりも満身創痍といった感じだった。

 これがゲームの中でなければ到底歩くことなど出来ないまでに疲弊してしまっているかのような。


「感謝する」

「いいって。それよりもシシガミたちもレベルが上がったんだろ?」

「ええ、そうですよ」

「アラドはどうなんだ?」


 ノワルを伴って集まって来たアラドに声を掛ける。


「あン? 同じパーティなンだ。入る経験値も同じハズだろうが」

「それとレベルが上がるかどうかは別だろ。俺たちよりもシシガミたちの方がレベルアップに必要な経験値が多いかもしれないだろ」

「だから、それがどうかしたかってンだよ」

「アラドは気にならないのか? シシガミたちがいくつレベルが上がったのかとかさ」

「興味ねェ」


 憮然とした態度でアラドがそう答えた。


「ってかよ。オマエはあそこにいる連中にも同じコト聞くのかよ」

「えっ!? 聞かないけど」

「ハァ? だったら俺にも聞くンじゃねェよ」

「や、だって、アラドは同じパーティなんだからさ」


 などと和やかな空気が流れる中、不意に空が赤みを帯び始めた。暖かくも物悲しい色に、日が暮れ夕方になったのだと理解するのと同時に微妙に残っていた戦闘中の空気というものが消失したのを感じた。


『皆さん、無事ですか?』


 突然聞こえてきたリタの声は個人のフレンド通信ではなく、レイドボスとの戦闘を行っていた全員に向けたものだった。

 おそらくレイド戦に参加しているプレイヤーが口々になにかしらの返答をしているのだろう。聞こえているリタの声が一言二言、会話をしてから『そう、良かった』と頷ているのが解かる。


「あー、リタ。聞こえてるんだろ。俺たちも無事だ。こっちの戦闘にも勝ったぞ」

『ユウ君。大丈夫なの?』

「まあな。誰一人と欠けちゃいないからさ」

『良かった。ユウ君たちはこれからどうするつもりなの?』


 このリタの問いに対し、俺は皆の顔を見渡した。

 キャラクターとしてのHPとは別に精神的な意味で疲労困憊している様子に俺は一つの決断を下す。


「悪いけど俺たちは街に戻り次第一度ログアウトすることにするよ」

『え、そうなの?』

「まあ、装備の修復とか、使用したアイテムの補充とか色々としたいことはあるけどさ、それは明日かなって」

『うん、わかった。みんなにはそう伝えておくわ』

「悪いけど、頼むよ」

『任せて』


 リタとの会話を終えると俺たちは街に向かい歩き出した。

 そしてそのまま各自別れを告げ、次の日の約束を取り付けると、次々とログアウトをしていくのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日。

 まだ日の高い時間帯にログインしてきた俺は一人、クロウ島へと足を運んだ。

 目的は足りなくなったポーションの素材の回収。とはいっても自分たちのギルドホーム内に作った薬草畑から採集するか、ギルドで雇っているNPCたちが集めたものを持ち出すくらいなのだが。

 ギルドホームに来た時間が早いからかギルドメンバーとはすれ違うことなく、俺がすれ違ったのはNPCたちだけだった。彼女たちと一言二言交わしてから俺は自分の作業部屋へと入っていった。


 作業部屋の中に入るとそのまま長机の前に立ち、ストレージからギルドホームで回収した薬草類を取り出す。

 俺が自分の手で採集した薬草はばらけたままだったが、NPCたちが採集しておいてくれた薬草類は十本一括りとしてその軸の先を麻紐で縛り纏められていた。

 それからはいつもの通りの作業が続く。薬草から成分を抽出し、それを水で薄めたり別の抽出液と合わせたりしてポーションを作っていく。

 個人の所持限界の数倍の量のポーションを完成させると俺は腰のホルダーからガン・ブレイズを取り出し修理を始めた。


 刀身を外してから銃身を分解し、一つ一つのパーツに分解していく。

 これまでの修理のやり方は現実のそれを簡略化したものだったのだが、幾度かのバージョンアップを経てそのやり方にも変化が訪れていた。

 まず一つ。使用する素材であるインゴットの種類だ。

 以前は各武器の現在の状態に符合したものを使うのが普通だったが、今ではその枠組みがかなり拡大されていた。端的に言うなら使う素材は何でも良くなったのだ。そうは言っても全ての素材が同じ結果をもたらすわけではない。例えば何も考えず質の悪い素材ばかりを使っていると修理した時の耐久値の回復度合いが少なく、反対に武器に適した質のいい素材を使えば回復量が多いという風に差が生じてくるのだ。そういう意味では以前とあまり変わっていないのかも知れない。


 その様なことを考えながら作業部屋の壁の棚に保存されているインゴットの中からガン・ブレイズに適した素材を選び取り出していく。

 そして火を灯した炉の中に刀身を入れるのと同時にインゴットを熱し始める。

 使用するのは魔鉱石と呼ばれる類のインゴットでその中でも重さがそれなりで硬度が高く剣に適したものだ。

 融解し柔らかくなった魔鉱石のインゴットにガン・ブレイズの刀身を重ね、鍛冶鎚で叩いて接合していく。

 半ば無心になりながら鍛冶鎚を振るい、最後に研磨することで出来上がった刀身は輝きを取り戻し、刀身にあった刃毀れや歪みは綺麗に修復出来ていた。


 次は銃身。

 使用するインゴットは魔晶石。これは前にもガン・ブレイズの強化の為に用いたことがある鉱石だが、最近はもっぱら銃身の修復に用いてばかりだ。

 MPを弾丸として撃ち出す以上、魔法に適した鉱石を選ぶのは自然の結果だろう。

 刀身と同じように損傷が修復された銃身を再び組み上げていく。

 耐久度を全快させて出来がったガン・ブレイズを数回変形させて異常がないことを確認するとガン・ブレイズを腰のホルダーへと収めた。


 ギルドホームの作業部屋で出来ることの全てを終えると俺は作成したポーションを自身のストレージに所持限界数がいっぱいになるように収めると、次いでガン・ブレイズの時には使わなかったインゴット類をストレージに入れた。

 後はと作業部屋にある空の木箱を取り出し、そこに残っているポーションを綺麗に並べていく。かなりの数のポーションを作ったために木箱の数が二つになったのは誤算だったが、まあ仕方ないだろう。

 一つのアイテムをストレージ内で所持していられる数は定められていて、それ以上を持ち運ぼうとするなら実際に持って運ぶ必要がある。

 それを利用して装備品にポーションの瓶を取り付ける防具やアクセサリも存在するが、ストレージに入っていないポーションは時間とともに劣化したり衝撃で瓶が割れたりする危険があって、誰もが行っている手段というわけではない。この手段を用いるのは魔法使いのプレイヤーが多く、身に付けているポーションもHPを回復させる為の物ではなくMPを回復させる物が基本となっていた。


「よっと……」


 二つの木箱に収めた三、四人分の所持限界のポーションを割れないように慎重に運びながら俺はギルドホーム内にある転送ポータルを使い、再びリタたちがいる街へと戻った。

 昨日、約束した時間まではあと数分残っているが先に着いていても問題は無いはずだ。

 二段重ねの木箱を運びながら歩いていくと、昨日とは違う雰囲気を持ったプレイヤーが多いのが気になった。

 くすんだ銀の鎧に黒ずんだ赤のマントを纏った騎士風のプレイヤーたち。細かな形状にこそ違いはあれどまるで示し合わせたように同じデザインの防具を着ているプレイヤーは露店を眺めることもなく虚空を見つめ路地の端で佇んでいる。


「ユウ君!」


 とりあえずの集合場所にしていた商会ギルドの露店街を目指していると不意に声を掛けられた。

 木箱の横から顔を覗かせると顔色を青くしたリタが肩で息をしながら涙目になっていた。


「リタ? どうかしたのか?」

「大変なの。お願い、一緒に来てくれる?」

「どういうことだ?」

「それは――」


 言葉に詰まる彼女をどう慰めればいいのか。二段重ねの木箱を抱えたまま両手が塞がっている状態ではどうすることもできない。

 街の往来の真ん中で木箱を下ろすべきかどうか迷っていると露店が並ぶ道とは違う裏路地から見知らぬ女性プレイヤーが騎士風のプレイヤーを多数引き連れて現れた。


「誰だ?」


 不穏な空気を纏うプレイヤーたちがリタの後に続いて現れたのは偶然ではないだろう。だったらその理由はなんだと訊ねようとするよりも早く、


「お久しぶりです。私を覚えていらっしゃいますか?」


 鎧を纏った騎士たちの先陣を切るその女性は汚れ一つないプラチナのような光沢を持つ純白のドレスを纏っている。

 気になるのはその体のどこにも武器や装飾品の類が見受けられないこと。この女性がプレイヤーだというのならば必ず持っているはずの専用武器は一体何なのだろう。


「悪いな。アンタみたいな人は知らな――」


 突然、女性の頭上にノイズが走った。

 するとこれまで見ることの出来なかった女性のHPバー、そしてその名前が表示された。


「……シラユキ…」

「はい。その通りです。どうですか? 私が言っていたことに嘘は無かったでしょう」

「そ、そうね。でも、こんな雰囲気のプレイヤーが大挙して来たら警戒するのは当然だと思うのだけど」

「ええ。その通りなのでしょう。ですから不要だと申したはずなのですが」


 ちらりと後ろを振り返ったシラユキが騎士風のプレイヤーの集団の先頭に立つ一人の男に苦言を呈した。


「申し訳ありませんが、こちらを侮られるわけにも、また御身を危険に晒すわけにもならないので受け入れてください」


 低く重みのある声で話す男に言われシラユキは肩を竦める。


「全く、少しくらいは融通が利けばいいのに」

「それよりも、アンタがここに来た理由は何だ?」


 防具は未だボロボロのままだが、ガン・ブレイズは修理をしたばかりで耐久度には全く不安要素がない。ムラマサたちよりも先んじて修復しておいてよかったと内心胸を撫で下ろしながら、腰のホルダーにある銃形態のガン・ブレイズのグリップに触れた。


「警戒するなと言う方が無理なのでしょうね。ですが、私はここに話をしに来ただけなのですよ」

「話って?」

「このイベントについての相談です」


 シラユキが穏やかに笑う。


「商会ギルドの重要人物のリタ。それから有数の実力者を率いる個人ギルド『黒い梟』のギルドマスター、ユウ。あなた方お二人にこのイベントにおいて協力という名のジェイル大陸への不可侵協定をお願いしたいのです」

「何ですって!?」

「その代わりに私達はジェイル大陸から出ないことを約束しましょう」


 はっきりと告げたその一言に俺とリタは顔を見合わせた。


「どういう意味だ?」


 シラユキが告げた言葉の意味を読み切れず、俺は無意識に聞き返していた。



ゴールデンウイークも折り返しを迎え、皆様いかがお過ごしでしょうか。


今週分の更新内容は先週にも書いた通り、前回の戦闘のリザルトから始まりました。

そうはいっても細かなリザルトの描写は省略し、一度の戦闘でレベルが上がるほどの経験値を得た事とそれまでにない数の秘鍵を獲得した程度なのですが。


今回の最後の方で出てきた『シラユキ』というのは本作の以前の章【キソウチカラ】にて登場したキャラクターです。

いつかまた再登場させたいと思っていたのですが、中々機会に巡り合えずここまで引き延ばしになった次第です。

またシラユキが引きつている騎士風のプレイヤー達と言うのは今回からの登場なので悪しからず。


さて、本章のこのタイミングでのシラユキの再登場にどのような意味があるのかはおそらく次回明らかにすることが出来るはずです。

とまぁ、あまり仰々しく言っても実際はそんなでもないかもしれませんが。


では、いつもので締めましょうか。


いつも本作を読んで下さり誠にありがとうございます。

よろしければ評価、ブックマークをお願いします。


では、次回の更新も金曜日。


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