はじまりの町 ♯.29
程なくして俺たちは退避する事を余儀なくされた。
オーガにプレイヤーが勝てている点、それは現状スピードだけ。攻撃にはあまり役に立たなかったが逃げる時にはそれが役立つ。
全員が戦闘区域から離れるまでの時間稼ぎにライラは氷の壁を何重にも張り巡らせていた。
「スマン。俺のせいだ」
安全圏とも言える西の草原エリアに戻って来て早々、ハルが謝ってきた。
「違うよ、ハルのせいじゃないって。私が……」
見えないように拳を握り悔しさを堪えているハルと誰が見ても分かるほどの悔しさを顔に出してしまっているフーカ。全く違う悔しがり方をしているが、その思いは同じ。
「違う。俺がもっと調べていればよかったんだ。それなら……」
「ううん。新しい情報なんて何も無かった。ハルくんが調べてても同じだったよ」
事前に調べることが出来たのは皆が同じ。ライラもまた自分で戦うことになるオーガのことを調べていたのだろう。
皆が皆悔しさに打ちひしがれてしまっている。
無理もない。これまでどんなに強いボスモンスターが相手でも必ず勝利をもぎ取っていた。それが自信となって新たな相手に立ち向かうことが出来たのだろう。だが、それが理由で慢心してしまっていたのも事実だ。
誰も言葉を発しようとはしない。
重い空気が四人に圧し掛かってくる。
「どう、しようか」
諦めを含んだ声がフーカから発せられた。
常に明るく、笑顔を絶やさなかったフーカが言うとそれだけで悲壮感が漂ってくるかのよう。
「そもそもなんで俺たちの攻撃が効かなかったんだ?」
剣や斧が弾かれたというのは単純にオーガの防御力が高かっただけとも考えられるが、ライラの魔法までが効かなかったというのはどういうことなのだろうか。
オーガが魔法を無効化するような特別な能力や装備を有していたとは思えない。そういった類いの能力を持っているのはもっと別の、もっと後になって戦うことになる相手のはずだ。でなければ最序盤とでもいうべき状況でゲームの進行に重大な障害が発生してしまっているということになる。
「ユウ?」
「おかしくないか? 全員の攻撃が一切通用しなかったんだぞ」
銃撃をした際に返ってきた手応えがあまりにも感じられなかったことがどうしても気になった。
あれではまるで攻撃が当たる寸前にかき消されているかのよう。
「まさか……」
自分で考えたことが信じられない。
もし、そうであるならば普通に戦ったところで勝つことなど不可能だ。
「違う。それじゃゲームとして成立しない。だったら……何かが足りていないのか」
一人でブツブツと何かを呟いている俺にライラとフーカが不審そうな目を向けてくるが、深く集中している俺はそれに気付かない。
「ね、ねえ。ユウさんはなにをしているの?」
「さ、さあ?」
お互いの顔を見つめ合う。
悲壮感の欠片もない俺の様子に、漂っていた重い空気が微かに薄れたようだ。
「新たに何かを手に入れる必要があるのか……違う、そんな事実を示すヒントはどこにもなかった。なら必要なものは既に手に入れている?」
「ユウ。おい、ユウってば」
「何だよ。煩いな」
「お前、悔しく……いや、諦めていないのか?」
オーガ似ても足も出なかったことが余程ショックだったのだろう。ハルが弱々しく問い掛けてきた。
「勝てなかったんだ、そりゃ悔しいさ。でも、諦める必要なんてないだろ」
どうして当たり前のことを聞くのだろう。
諦める諦めない以前に、俺たちは諦められるほどなにかを試していない。したことといえば、たった一度無策で戦いを挑んだことだけだ。
「多分、必要なピースは全部揃っているんだ。後はそれをどう組み立てるか。見えてくる絵を俺たちが正しく理解出来るかどうか」
そう。俺たちにはまだ出来ることはあるはず。考えるんだ。何が出来るか、何をしていないのか。
「皆、答えてくれ。オーガの性能以外に何かβの頃と違っていることはあるのか?」
変わっていることがあったとしても、それはなにもオーガの性能だけということはないだろう。
「違っていることなんて……」
「なんでもいい。思いつくことはないか?」
藁にも縋るというのはまさにこのこと。
何か一つでも手掛かりが見つかればいいという思いだ。
「そういえば……」
ふと何かに気付いたフーカがストレージを探り始めた。
「あった!!」
黙ってそれを見つめる俺たちにフーカは一つのアイテムを見せてきた。
綺麗な玉のアイテム。
それはクエストのクリア報酬として手に入れた『霊石』だった。
「確かにそれはβの頃はここで手に入れる物じゃなかったな。もっと先のモンスターのドロップアイテムだった気がする」
性能を知っていたのだから手に入れたことがあるとは思っていたが、まさかそれは別のタイミングだったとは考えもしなかった。
「霊石の使い方は強化素材だったよな」
「ああ、そうだ。防具の強化に使えば状態異常耐性を付与することが出来る」
ハルから聞いた説明は前と同じ。
それを耳にして俺もリタに霊石を一つ預け、いま身に付けている防具の強化の際に使ってもらえるように頼んでいた。
「なあ、これを武器の強化に使うとどうなるんだ?」
防具のときの説明は十分理解した。しかし、それが武器の強化にも使えるかどうか、使えたとしてどのような効果をもたらすのかはわかっていない。
手元にはもう一つの霊石が残っている。時間のある時に武器に試してみてもいいかもしれない。
「さあ?」
生産職ではないのだから強化素材の使い方などはハルが知らなくても無理は無いのかもしれない。だが、防具に使った時の効果を知っていたのだからもしかすると、と思ったのだ。
「試したことが無いから解らん」
「どういうことだ?」
「βの頃はすぐに防具に使った時の効果の話が出回ったからな。ドロップ率もそんなに良くなかった上に、取れた数も少なかったもんだから俺は防具に使ったんだよ。武器に試した人もいないことはないと思うけどそんな話は聞かなかったと思う」
今から過去の掲示板を遡りその情報を探しても、変わってしまっているのだとしたら意味は無い。変わっているかいないのかを確かめる手段は実際に武器の強化に使ってみるしかない。
「二人はどうだ? 何か知らないか?」
「うーん、何かに特化した武器になるって話は聞いたことがあるような……」
知らないと首を横に振るフーカの隣でライラが告げる。
ハルと同じように試したことは無いのかもしれないが、噂話程度には耳にしたことがあったというわけか。
「特化した武器、ね」
特化したとはどのような状態をさすのだろう。
攻撃力などの基礎能力だけが異様に伸びた状態をさすのか、もっと別の状態になるということなのか。
「……試してみるか」
完全な手詰まり状態だ。
オーガを攻略する手掛り以前に、何をすればいいのかすらわからない。
こうなってしまっては、いま出来ることを一つずつ試していくしかない。
「皆、一度町に戻ろう」
現行のクエストを続けることを断念してでも、体勢を立て直す必要がある。
もう一度挑戦するためにもしっかりと鋭気を養うことは大事だ。
誰一人と反対の声を上げずに、草原エリアを抜けて町に戻る為に歩き出した。
「俺は工房に戻るけど、皆はどうする?」
「ついて行ってもいい?」
「ああ、いいぞ」
ここで放り出されても何もすることが無いとフーカは同行を求めた。
町に戻ると言い出したのは俺。付いて来たいと言うフーカを無下に断ることなど出来ようはずもない。
「何をするつもりなんだ?」
自分の工房を目指し歩き出そうとする俺をハルが呼び止める。
「霊石を武器強化に使ってみる」
ハル達の話を聞いて浮かび上がってきた一つの違い。
以前はこのタイミングで手に入ることの無かったアイテムはこのクエストに関係ないということはないだろう。
「……いいのか」
「なにが?」
「霊石は一つしか手に入らなかっただろ。それをこんな風に使ってしまって、いいのか」
使うのなら防具に。
それがβを経験したハルの考えだ。
俺もそれは理解出来る。
だからこそ一つはリタに預けたのだから。
「もしかして、ハルくんは霊石が一つしか手に入らなかったの?」
俺を心配し告げた言葉に反応してみせたのはライラ。
「え?」
「霊石ならわたしは三つ手に入ったわよ」
「あ、アタシも同じ三個あった」
「ユウくんはどうだった?」
「俺は二つだ。一つは知り合いの防具屋に預けてある」
それぞれが霊石を入手した数を言い合った。
「そ、そんな……」
突然の事実を耳にしてハルは愕然となり項垂れた。
クエストの報酬として入手できるアイテムの数としては最低数が一つなのだろうか。もしかするとゼロもあり得るのではないかと想像してしまうが、四人中二人も三つ手に入れたということから、このクエストの最低入手数は一つなのだと推測できる。
「そういうことだから、強化を試すこと自体はそんなに無理をしていないんだ」
残って使い道の無かったアイテムを使うだけ。
時間と手間は掛かるがどの道今はやれることが無いのだから、それほど気にすることでもないだろう。
「さて、先ずは霊石を溶かす必要があるな」
工房に着き、炉に火を入れる。
ストレージから取り出した霊石を石鍋に入れてそのまま炉に入れた。
黙って見守っている三人の視線を背中に感じながらも数分で溶けた霊石を炉から取り出した。
今回、俺が行う剣銃の強化は以前行ったそれとは行程が違ってくる。
剣銃を分解して刀身部分を取り出すとこまでは同じだが、そこからが違う。以前は刀身もインゴットと同化させ、再び打ち直した。それから元の刀身と同じ形になるように成形して、砥ぎ、完成させた。
今回は刀身を打ち直す必要はない。
溶かした霊石を塗料のように刀身に塗り、馴染ませていく。
自然乾燥の果て、砥石を使って刀身を磨き上げる。
以前より少ない行程を経た後、強化を果たした刀身は仄かに光沢を得ていた。
「これが、追加効果、か」
コンソールに強化後の剣銃の詳細なデータを表示させる。
ATKやDEFという基礎能力に変化は無い。けれど別の項目に一つの言葉が浮かんでいる。
≪鬼払い≫
まさにピンポイントの名称で、特化という言葉を表しているようにも思える。
剣銃が手にした新たな力は鬼種と呼ばれるカテゴリのモンスターに有効な付与効果を与えるというものだった。




