三つ巴の争奪戦 ♯.26『共闘』
お待たせしました。今週分の更新です。
空中に浮かぶ毒の吸血候が俺たちを見下ろしているが、逆光の為にその表情は読み取れない。その代りとでも言うべきか、この場に居合わせている俺とムラマサ以外のプレイヤーの表情は曇っている。
先ほど聞こえてきた三つの咆哮。それが指し示す事実を告げたのはたった今フレンド通信が途切れたばかりのリタが送ってきたメッセージだった。
送られてきたメッセージにあったのは三つの地点で同時にレイドバトルが始まったという報告と、俺とムラマサにはアラドと共に毒の吸血候と戦って欲しいという指示。
ちなみにだがメッセージには俺たちがこっちの戦闘に加わるようにと判断した理由も付け加えられていた。
なんでも各地点で始まったレイドバトルはそれぞれ勇者のスキルを持つプレイヤーや商会ギルドのメンバーが中心になって戦うことを決めたようだ。故にそのレイドバトルに参加するプレイヤーたちと連携をとった経験が無い者は皆後方支援に回り、最初はそれぞれの動き方を掴むようにしたとのことだ。ならば俺たちもそうすればいいのではないかとも思ったが、それでは毒の吸血候とのレイドバトルに参加する人員が確保できないのと、俺たちがいる場所と他の三つの地点とでは多少の距離がある為に無理だと判断したらしい。
そういう訳で毒の吸血候は俺たちだけで倒さなければならなくなったというわけだが。
「アレは一体何をしているんだ?」
ムラマサが声に出した疑問を俺も同様に感じていた。
空を飛んでいるモンスターというのは珍しいわけではない。鳥の姿をしたモンスターや昆虫型のモンスターの多くは自由に空を舞いこちらに攻撃を仕掛けてくる。
とはいえ、今俺たちが戦うべき相手である毒の吸血候――ヴェノム・ヴァンパイア・ロードは人の、敢えて言うなら魔人族の姿をしている。そんな限りなく人に近い姿をしたモンスター自体初めて戦うし、何より何処から取り出したかもわからない椅子に座り、テーブルの上にあるティーセットを使い優雅にお茶を啜っているのだ。
まるで俺たちのことなど歯牙にも留めないというような振る舞いに俺は戸惑うだけだったが、それよりも気になったのはアラドとシシガミの態度の方。
好戦的な振る舞いをすることの多い二人が毒の吸血候の態度を甘んじて受け入れているようにすら見えるのが不思議だった。
「戦わない…なんてことはないよな?」
「ンなこと、当たり前だろォが」
苛立ちを隠そうともしないアラドが俺の呟きに答えた。
「分かってるって。ただ、あのモンスターの雰囲気が何となく予想と違ったと思っただけさ」
「ふむふむ。ではユウの予想とはどういうものなんだい?」
平静を保とうとしてか、ムラマサがいつものような態度を見せた。
「大方、出現と同時に戦闘が始まるとでも思ったのであろう」
まるで俺の胸の内を見透かしたかのようなことを言うシシガミに俺は微かに表情を曇らせた。
「当たりか」
「そうだよ。ってかシシガミたちがあれだけボロボロになっても倒せなかった相手なんだろ? 警戒するなっていう方が無茶じゃないか」
「むぅ、それもそうかも知れぬな」
納得したのかしていないのか。シシガミは表情一つ変えずに宙に浮かぶ毒の吸血候に視線を向けたまま動かない。
「しかし、いつまでもこのままということは無いのだろうね」
ムラマサの呟きにリンドウたちまでもが同感の意を示し頷いている。
「――チッ」
何時まで経っても始まらないレイドバトルに幾許かの不安を感じ始めた俺の耳に誰とも知れない舌打ちが聞こえた。
その音の出所を探ろうと仲間たちの顔を見渡したその時だった。突然辺りが夜になったのかと思ってしまうほど暗くなったのだ。
「皆さん。全方位に気を付けてください」
注意を促すボールスの声が響く。
「何だ、これは? 太陽が隠された……という訳ではないみたいだけど……」
戸惑うムラマサが言うように、空には太陽がサンサンと輝いている。
だというのに俺たちがいる場所だけが不意に暗くなったというのだ。
周囲が暗くなった原因は不明。
しかし、俺の脳裏に過る警鐘は今も鳴りやんではいない。
これがよくあるロボットアニメのコックピットの中だったならば、けたたましい程のアラーム音が鳴り響いていることだろう。
実際、毒の吸血候との戦闘経験があるシシガミたちとアラドはそれぞれの武器に手をやり、何処から攻撃が来ても大丈夫なように身を屈め警戒を全身で表していた。
「右ですっ!」
リンドウが叫ぶ。
この声に反応するように戦闘経験のあるシシガミたちとアラドは素早くそれぞれの武器を振るい迫り降り注ぐ捻じれた黒い槍の刀身を弾く。
五人に遅れること数瞬、俺とムラマサも自身に迫るそれを迎撃していった。
俺は剣形態のガン・ブレイズで、ムラマサは両手に持つ二本の刀で。
(ん!? この感触は?)
ガン・ブレイズを通して伝わってくる違和感に俺は胸の中で首を傾げた。
鋭く尖った槍の矛先は見るからに金属質。当然俺もそう思った。だから確実に防御するために銃形態ではなく剣形態を選択した。点の攻撃である銃撃ではなく線の攻撃である剣撃を選んだのもそれが理由だ。
もう一つ疑問を感じたことは払い落したはずの槍の矛先が一つとして足下に存在していないこと。
仮にそれが自分だけに起こっている現象ならば――それでも戸惑うけど――まだいいが、俺以外の六人の足元も綺麗なまま。繰り出された攻撃の残滓は何一つ残されてはいない。
「次は左から来ます!」
またしてもリンドウの声が響き渡る。
右側面からの攻撃を捌ききったと思った矢先の二撃目に俺はほんの僅かだけだが、迎撃に遅れてしまった。
「――くっ、このっ」
直撃を受けるつもりはないと言わんばかりに俺は一歩後ろに下がった。そうすることで出来た僅かな距離を利用し自身に迫る全ての槍の矛先を打ち落としていった。
「今度は下です。回避に専念してください」
三度目の指示の直後、今度は俺たちの足元からそれまでよりも小さい無数の鏃が出現し重力に逆らい飛び出してきた。
「これは確かに、回避するしかムリそうだね」
左右からの攻撃に比べ放たれてから直撃を受けるまでのタイムラグが少なく、また迎撃するにしても武器に当たるよりも早く自分の体に命中してしまう。
だが、幸いだったのはリンドウが一早く回避に専念するように言ってくれたことと、毒の吸血候の下からの攻撃の範囲が一定、それこそ人一人が手を広げたくらいの広さの三つ分程度しかなかったことだ。
若干大袈裟に思えるくらいの距離を跳ぶことで、俺たちの足元からの攻撃は一つとして命中することは無かった。
ただ、これまでと違ったのは空中へと放たれた鏃が消えることなく、放物線を描き再び俺たちの元へと降り注いできたということだ。
「――ッ、<ラージ・シールド>」
自分の身を護るための半透明な盾の紋章が出現する。
それはいつもの騎士が持つ盾のような紋章とは違い、長方形の盾を横に倒したような形をしている。この違いは単純に防御範囲の違いでしか無い。
半透明の盾に当たる鏃は水面に降り注ぐ雨の如く黒い波紋を残して消えていく。
毒の吸血候の先制攻撃を全て捌き切ったと微かな安堵を得たその刹那、俺の目の前に居るはずのない存在が現れた。
「ふぅむ。お前の防御は中々のようだな」
まるで防がれることが前提であるような物言いをしながら俺の胸に手を添えた毒の吸血候は軽く、そう軽く押した。
「なっ!」
抗うことの出来ない勢いに流されるように、俺は遥か後方へと吹き飛ばされた。
「――がッ!?」
近くにある廃墟の壁に当たり止まった俺はそのまま地面に転がった。
感じた衝撃を例えるならば自転車で電柱にぶつかった時とでも言い表すべきか、いや、それよりも自動車との事故だろうか。尤も自分が経験したことがあるのは前者だけなのだが。
「ふぅむ、軟だな。しかし脆くはない。だが、あの者ならばこの程度耐えてみせたぞ」
羽織っているマントを風に靡かせながら毒の吸血候が告げた。
毒の吸血候が言うあの者というのは恐らくシシガミかアラドのことだろう。少なくともリンドウやボールス、餡子ではないと思う。いや、思いたい。でなければ純粋なパラメータの面で俺はシシガミのパーティ全員に後れを取っていることになってしまうのだ。
一瞬だけ息を詰まらせたものの、十秒にも満たない時間で呼吸を整えた。
それが出来たのは俺が受けたダメージがほんの僅か、それこそゼロに近かったから。毒の吸血候にとって今の一撃は攻撃ではなくただの挨拶のようなものだったのだろう。
「だが、初撃を耐えてみせたのは見事。我が眷属を倒したのもあながち偶然ではないということか」
「余所見してンじゃねェよ!」
一人納得したような素振りを見せ呟く毒の吸血候にアラドがその大剣を振りかざし大きく跳びかかった。
「ククッ。貴様はまだ懲りてないと見える」
「当たり前ェだ。オマエを倒すのは俺だァ!」
大剣とぶつかり火花を散らすのは毒の吸血候の爪。
それは血のように赤く、それでいて纏う光は毒々しい紫色をしている。
「チッ」
僅かな時間の鍔迫り合いの後、舌打ちをして毒の吸血候から飛び退いたアラドは忌々し気に大剣を振り、刀身に付いた微量の液体を振り払った。
大剣を離れ地面に落ちた液体は近くの草木を腐らせた。
液体は毒の吸血候の名の通り、腐食毒だったというわけだ。
「フンッ!」
離れたアラドの背後から飛び出してきたのはシシガミだった。
シシガミの専用武器である手甲には見慣れない鉤爪が取り付けられており、彼の攻撃方法を打撃から斬撃へと移行させているようだ。
「ほう。貴様もまだ諦めんか」
「当然。やられたままで終わらせるつもりなど毛頭ない」
「だが、強さは変わってはおらんようだぞ」
ニタニタ笑う毒の吸血候は弄ぶようにシシガミの鉤爪に自身の爪を絡ませた。
「さぁて、ここからどうするのだ?」
押すことも退くこともできなくなったシシガミを嘲笑する毒の吸血候にシシガミもまた微笑を返した。
「む、何を笑っているのだ?」
「さてな。お前に説明してやる道理はないな」
がっしりと組み合う二人の視線はお互いを捉えてはいない。
シシガミは毒の吸血候の後ろを、毒の吸血候はシシガミの後ろに注意を向けている。
「今です!」
ボールスの号令を発端に、組み合うシシガミと毒の吸血候に向かって三つの魔法が放たれた。
一つは灼熱の炎。
一つはすさまじい重量を誇る土石流。
一つは視力を奪わんばかりの閃光を伴う雷撃。
そのどれもが魔法を操るプレイヤーが使う最大級の威力を持つ魔法のように見えた。
だが、妙なこともある。
シシガミのパーティはみな獣人族であり、魔法が得意なメンバーは少なかったはずだ。
あれだけの魔法を使うには少なくともかなり魔法を極めていなければならない。三人と会っていない時期はそれなりにあるとはしても、俺の記憶にある三人の戦い方を変えてまでも習得したとは思えなかった。
疑問符を浮かべながら魔法を放った三人へと視線を凝らすと、その手の中にある揃いのアイテムに気が付いた。
(あれは、スクロールか)
スクロールというのは魔法を封じ込めた使い棄てのアイテムだ。
レア度が高かったり、込められた魔法が強力であればあるほど高価になっていくという代物で、残念ながら俺はまだそれを手に入れる機会には巡り合っていない。
発動された三種の魔法はどれも強力なものばかり。
ならばそれを封じ込めたスクロールはかなり高額なアイテムだったはず。自分で手に入れたならまだしもプレイヤーショップなどで購入したそれを惜しげもなく使ったということは、毒の吸血候はそれだけの相手だということの証明のように思えた。
毒の吸血候へと放たれた三種の魔法は暫くその場に留まり、消えた。
残されたのは土石流に呑まれ出来た岩山を高熱の炎が溶かし表面をガラス化させたそこに雷が落ちた衝撃で出来たクレーター。
モクモクと立ち込める煙に雑ざっているのは細かな土の粒子と真っ赤な火の粉。
「油断するなっ!」
一陣の風が煙を斬り裂いた。
それはムラマサが放つ光の斬撃であり、それを受けたのは見紛うこと無く毒の吸血候、本人だ。
「そんな……」
「……嘘…」
「無傷…だと……」
驚愕の色を露わにしたのはスクロールを使用したリンドウたち。そして、予め作戦を練っていたのであろうシシガミ。
反面アラドはそうなることが分かっていたと言わんばかりにムラマサが放ち散らした煙の中を大剣を構えて駆け出していた。
「オラァ!」
ガキンっと音を立てて阻まれる大剣の攻撃。
それも毒の吸血候に片手で軽々と受け止められてしまっている。
「残念。軽過ぎだ」
「だったらこれはどうだっ!」
とムラマサが氷の斬撃を飛ばす。
しかしそれも毒の吸血候が軽く手を振ることによって簡単に砕かれてしまった。
「そのくらい読んでいるともさ」
ムラマサはアラドの大剣を受け止めている為に動けない毒の吸血候に向かって二刀を振り下ろす。
「だが、甘い」
平然と言い棄てる毒の吸血候は器用にも片手で二本の刀を受け止めて見せる。
左手にはアラドの大剣。
右手にムラマサの二本の刀。
それぞれの武器に滲み始める毒液を目の当たりに表情を歪めるアラドとムラマサは同時に俺を見た。
「ユウ!」
「ユウッ!」
この二人の視線の意味を俺は理解していた。
だからガン・ブレイズを銃形態に変え、その照準を毒の吸血候へと向けた。
「<ブースト・ブレイバー>。<チャージ・リロード>。<インパクト・ブラスト>!」
連続して発動した三つのアーツを用い、放たれた光弾が毒の吸血候を貫いた。
という訳で始まりました毒の吸血候とのレイドバトル。
今後の展開なんかはまだ秘密にしておきますが、作中では三種のモンスターとの同時レイドバトルも始まっています。
その模様を作中で語るかどうかは不明ですが、もし語るとしたら番外編みたいなことになると思います。なにせ主人公は登場しない戦いですからね。物語の視点も主人公から別に変ってしまうかと。
とはいえ、今のところその様な予定はないのですけど。
何よりもまずはこの章をちゃんと纏めることを頑張ろうと思いますので。
では、次回の更新はいつものように金曜日になります。




