三つ巴の争奪戦 ♯.25『再会、そして……』
お待たせしました。今週分の更新です。
空から降ってきたアラドに俺とムラマサ以外のプレイヤーは困惑の視線を向けているようだった。
新しい敵かもしれない、そう思わせてしまうのは鎧を纏い人型の竜の姿になっているからだろうか。それならばすぐにでも竜化を解いて人の姿に戻れば難を逃れるはずだが、それよりも俺が不審に思ったのはアラドの全身に渡る無数の傷だった。あの状態のアラドをあそこまで追い込むような相手を俺は知らない。
「アラド、今までどこに行ってたんだ? っていうか、何があった?」
新たに出現した二頭を持つ蛇が動き出さないのを見届けながら問いかける。するとアラドは竜の顔をこちらに向けてきた。
「オマエこそ何してンだ?」
「俺たちはこの町に起きたスタンピードの対処にあたってたんだよ。一応アラドにもメッセージを送ってたはずだけど…」
「あン? ……ああ、確かにな」
「見てなかったってことか」
「…フン」
「まあ、いいけど。それよりもさっきのユウの質問に答えてくれるかい? 何故アラドはそんなにボロボロんだい? オレたちが確認したアラドのHPバーの増減も関係しているのかい?」
アラドに向かい合うムラマサの問いかけにアラドは竜の姿のまま一瞬迷うような素振りを見せると、質問に答えるでもなく大勢のパーティの中心部に彫像の如く佇んでいる二頭を持つ蛇に視線を向けた。
「アレは何だ?」
「アレって……ああ、あの蛇はオレたちがスワンプ・ゴーゴンっていうボスモンスターを倒した後に出現したんだよ。多分ボスモンスターの類なんだろうけど、一向に動き出す気配もないし、戦闘開始を告げる演出も何も現れないからこうして放置してるのさ」
「……そうか」
と一人納得した素振りを見せたアラドは驚いたことにすんなりと竜化を解除してみせた。
そして、人族に戻ったこの瞬間を逃してなるものかと言わんばかりに、アラドを俺とムラマサとリタが話していたフレンド通信の中に招き入れた。
『あ、あー、聞こえるかな? 私は商会ギルドに所属する防具屋のリタよ。ユウ君たちの防具を修理したりしてるから会ったことあると思うんだけど、憶えてる?』
「ああ。で、なンの用だ?」
『私はこの先にある臨時本部にいるんだけどね。アラド君、君の身に何が起こったのか説明してくれないかしら? 多分この町の今の状況と無関係じゃないと思うんだけど』
リタの予想は俺が抱いていたのと同種のものだった。
違うのはアラドの竜化した状態の強さとデメリットを知っているが故に何故その状態になってもあれだけの傷を負ったのかという疑問の方が前面に出てきていることくらい。
「それは……」
暫しの逡巡の後、リタに促されるようにアラドが口を開き始めたその時だった。
アラドが降ってきたのと同じ方向からさらに四つの人影が降ってきたのだ。
「――チッ。おい、リタとか言ったな。臨時本部っていうくらいなンだから命令権くらいあるンだろ!」
『え、ええ。とりあえず商会のメンバーがいるパーティなら』
「だったら、全員に戦闘態勢をとらせとけ」
『理由を聞いてもいいかしら?』
「あのモンスターが動き出すンだよ」
「え!?」
『え?!』
まるで決定事項のように話すアラドに俺とリタの驚きの声が重なった。
「ちょっと待ってくれ。アラドはあの二頭の蛇がレイドボスモンスターだって言うのかい?」
「ああ」
素早くアラドの言葉から情報を抜きだしたムラマサが信じられないと言わんばかりの視線を二頭の蛇に向けている。
その動きにつられるようにして俺も蛇を見上げるが、一見しただけではあの蛇がレイドボスモンスターであるかどうかは俺には判断がつかなかった。
「分かった。アラドがそう言うのなら信じるさ」
「で、俺たちはどうすればいい? さっきリタに出した指示に俺とムラマサは含まれてないんだろう?」
「よく解ってンじゃねェか。で、だ。ユウのポーションはどンくらい残ってる」
「ポーションか? 一応HP用もMP用も両方まだ十本くらいは残ってるぞ」
スワンプ・スネークやスワンプ・ゴーゴンとの戦闘で消費したと思ったが、まだ結構残っているものだと感心していると、アラドの「足りねェカモな」という意外な呟きが聞こえてきた。
「足りないだって? もしかしてアラドが持っている分は全部使ってしまったっていうのかい?」
「そうじゃねェよ。ケド、この先はどうなるか分からねェってコトだ」
「アラドの説明の方が足りないと思うのだけどね」
「口で伝えるよりも実際に見た方が速ェだろ」
「見た方?」
首を傾げながらも俺とムラマサは移動するアラドの後に付いていく。
アラドが向かった先、そこは例の四つの人影が降ってきた地点だった。
モクモクと立ち込める砂煙と大きく抉れクレーターを作り出している地面の真ん中にいるのは揃いの鎧を纏った四人のプレイヤーが先程のアラド同様に満身創痍の出で立ちで蹲っていた。
「オイ! まだ死んでねェだろうなァ?」
辿り着いた途端そう叫んだアラドに俺は目を丸くしてしまう。
「ぬ、ぬぅ。当たり前だ。誰にモノを言っているっ」
そう言いながら立ち上がった男の顔を、正確には頭部を見て俺はソレが誰なのか気付くことが出来た。
「えっ!? シシガミっ!?」
「そ、その声はユウさんですか?」
「えっと……」
驚いたような声を上げてこちらを見た女性のプレイヤーを見るも直ぐに誰だかは解らなかった。
言い訳をさせてもらうが全員が同じ鎧を纏い、顔を隠す兜まで付けているのが悪いと思う。
唯一シシガミだと判断できたのは彼の頭部の兜が完全にイノシシのそれだったからに他ならない。
「リンドウです」
「あ、ああ。久しぶり」
「ということはあの二人は?」
「はい。ボールスと餡子です」
四人が纏っている鎧は獣人族としての特徴の全てが隠すことのできる特殊な作りになっているのだろう。動物的な耳は兜で隠すことが出来ることは知っていたが、リンドウの獣人族としての特徴である大きなリスの尻尾が見えないのはそれ以外に説明がつかない。
武器にも多少の変化が見られるということはそれだけ彼女たちのレベルが上がったことの証明なのだろう。
「もしかしてアラドはシシガミたちと一緒に戦っていたのかい?」
「まァな」
「というか、何で空から降ってきたんだ? アラドだけならなんとなくありそう打と思ったけどさ、シシガミたちまでもとなるの何か原因があるんだろう?」
「原因ですか…それは自分から説明させて貰います。ただ…その……まことに申し上げにくいのですが……」
ボールスが申し訳なさそうに目を伏せる。
「どうした? 今更遠慮するような仲じゃないだろ」
「ポーションを分けて貰いたいのだ」
あからさまに大きなダメージを負っているという外見のシシガミが深く頭を下げた。
「分かった。けど、俺の残りも少ないからとりあえず全員にHP、MPそれぞれ二本づつしか渡せないぞ」
「十分だ。恩に着る」
「ちょっと待ってくれ。ユウの手持ちが僅かになるのは避けたい。ポーションはオレからも渡そう」
「いいのか?」
「構わないとも」
「ならばこの礼は必ず」
「ん、期待しておくよ」
シシガミたちにポーションを渡す俺とムラマサにアラドはそれ程興味がないと言わんばかりの視線を向けた。
「というか、そのままでポーションを飲めるのか?」
「え!? ああ、勿論兜は脱ぎますよ」
そう言ったリンドウが兜を外すと懐かしい顔を覗かせた。
ボールスや餡子も同様に兜を外し、獣人族の頭部を露わにする隣で、シシガミがイノシシの頭部を模った兜を外しているのだが、そこから出てきた頭部もまた猪というあまり変わり映えのしないものだった。それでも金属的な兜から生物的な頭部へとなったことにより幾許か表情が読み取れるようにはなったのだが。
「あー、今更だけどさ。シシガミたちはなんでそんな兜を被っているんだ? や、普通に防具としてっていうならそれで納得するけどさ」
「えーっと一応獣人族ってのを隠すためです。ヴォルフ大陸以外では獣人族はあまり歓迎されていないと聞いたので」
俺の質問にボールスが答えたのだが、その返答は俺にとって疑問以外の何者でもなかった。
「そんな話聞いたことないけど、ムラマサは何か知ってるか?」
「んー、そうだね。このグラゴニス大陸ではあまり聞かないけど、以前のジェイル大陸の一部ではそういう噂があったようだよ。尤もその話はNPCたちの中だけだったみたいだけどね」
「まあ、プレイヤーにとって種族ってのはそこまで重要視されてないからな」
俺たちプレイヤーにとっての種族はあくまでもキャラクターの方向性を定めるためのもの。基礎能力値に多少の差異は見られるものの、長いプレイ時間の果てではまさに多少の差異としか感じられない程度の違いでしかない。
「では、この格好は無意味でしたか?」
「いや、確かな防御力があるなら無駄じゃないと思う」
「でも結構見づらいんですよ、これ」
苦笑交じりで告げるリンドウが手の中にある兜を見せてくる。
「まあ、どっちにしてもここにはオレたちだけしかいないからさ。防御の面に問題がないなら好きにすればいいと思うよ」
ムラマサがそう告げるとリンドウを始めとして獣人族の三人はパーティリーダーであるシシガミに視線を送り、言葉に出さずに兜の装着の有無を問いかけているように見えた。
するとシシガミが僅かに頷くと三人の手の中にある兜が一瞬の後に消えた。
「それにしても、シシガミたちがポーションを使いきってしまうほどの相手ってわけか。それならアラドが竜化してたのも納得だな」
問題はその相手。
今のところそれらしい奴は現れていないのは緊張感が僅かながらも緩んだ様子のシシガミたちを見れば明らか。
「だとすればあの二頭の蛇は一体――」
何なのだろう、という疑問が残る。
アラドの予想通りレイドボスモンスターなのだとしても、それまでに俺たちが戦っていたモンスターが全て蛇をモチーフにしていたことからも全くの無関係であるとは思えなかったのだ。
『ユウ君、聞こえる?』
「リタか? どうした?」
『ちょっとした報告なんだけどね、やっぱり残る二つの地点にもユウ君たちが戦っていた場所と同じように同種族系の新しいモンスターが出現してるみたいなの。それから他の二体もまだ動き出してはいないみたいなのよね』
「そっか、わかった。報告有難う。それとだけど――」
『分かっているわ。アラド君に言われた通り、臨戦態勢は解いていないから安心して』
「了解。とりあえず何か変化があったら知らせてくれ」
『もちろん。ユウ君も何かあったら』
「ああ、リタにも知らせるから」
リタの報告はそれで終わった。
「ふう、助かりました。ありがとうございます」
渡したポーションを使用することでHPを半分以上回復出来たらしく、シシガミたちのパーティを代表してリンドウが礼を述べてきた。
「構わないさ。それよりも教えて欲しい。シシガミたちとアラドは一体何と戦っていたんだい?」
ムラマサの問いにアラドは顔色一つ変えはしなかったみたいだが、シシガミたち、特に餡子が兜越しでも分かるくらいの戸惑いを滲ませていた。
この疑問の答えを知る誰かが話し始めることを待つこと数十秒。
突然アラドとシシガミが空を見上げた。
『何だ。貴様ら。まだ倒れてはおらんかったのか』
妙に癇に障る男の声が大きく轟く。
声に導かれるように視線を空に向けると、そこには漆黒のマントを風に靡かせる男が宙に浮いていた。
「アイツか?」
「そうです」
「アレが俺達が戦っていた敵。通称【毒の吸血候】そして正式名称が【ヴェノム・ヴァンパイア・ロード】
少なくとも俺達にとっては初めて戦った人型のモンスターであり人型のレイドボスモンスターだ」
一際険しい顔をしたシシガミが告げる。
シシガミが纏う一触即発の雰囲気に呑まれるかの如く、黒い影が町の三つの地点から空へと柱のように立ち上がった。
そして、三つの雄叫びが同時に大地を震わせたのだった。
前回のあとがきにあった、短くなったりした四回分の纏めるか否かですが、もう暫く考えようと思います。
今回の更新から始まった戦闘ですが、本文中にあった通り主人公たちは新たに出現した人型のレイドボスとの戦闘になる予定です。
この戦闘がどの位長くなるかはまだ未定ですが、大まかな流れは決まっているので更新を途切れさせることは無いかと思います。
では、次回の更新はいつもの通り金曜日に。