三つ巴の争奪戦 ♯.24『討伐とタイムリミット④』
お待たせしました。今週の更新です。
駆け出すムラマサの背中を見送る俺は鎧に覆われた手でガン・ブレイズを強く握り締めた。
俺が使う必殺技はその威力を二つの要因によって決定する。一つは変身後に自動消費されたMPの総量、もう一つが今俺が使用した<チャージ・リロード>の蓄積だ。
本来の<チャージ・リロード>の使い方は攻撃アーツを使う前に発動しその後の一撃の威力を増加させるものであり、二つのアーツを交互に使用することが基本になっているのだが、変身した状態の俺はそれにとある二つの特性を追加することが出来るのだ。
その内の一つはまさしく蓄積と呼ぶにふさわしい物で、攻撃アーツを使用しなければ何度でも<チャージ・リロード>を発動できるというもの。発動する度に上昇していく攻撃アーツは俺に一撃必殺の攻撃力を齎してくれる。
「ま、とはいえ、何もしないってのはあり得ないよな」
そしてもう一つ。<チャージ・リロード>と他の攻撃アーツを交互に使用しなければならないという楔が無くなった今、俺はそれらの間に通常攻撃を織り交ぜることが可能になっていた。
<チャージ・リロード>を使用した回数は専用のアイコンとなり俺のHPバーの下に数字と共に表示される。言うまでもないが、一回発動しただけの今の状態でアイコンに付随する数字は1。
ガン・ブレイズの銃口を向けた先ではムラマサが二刀の刀を用い縦横無尽に動き回り、氷と光を放つ風の斬撃を放っている。
青く透明な刀の先のような二本角を生やした今の状態を仮に鬼化と呼ぶが、鬼化したムラマサが放つ一撃は通常時よりも威力が高いようで、これまでよりも多いダメージをスワンプ・ゴーゴンに与えることが出来ているようだった。
「うーん、どうやら俺の変身と似たような状態みたいだな」
基礎能力の大幅上昇、変化したアーツ特性、そして強制発動してしまうデメリット。
俺の場合は飲み食いして使用するアイテムの使用不可、それと常時減り続けるMPがそれに該当する。だとすればムラマサが負うことになったデメリットは何だ?
現状外から伺える類のものはない。
視界の端に浮かぶムラマサのHPバーとMPバーに変化らしいものは現れていない。攻撃の威力は上昇しているし、攻撃の手段だって特段制限を受けている素振りはない。
「だとすれば、素早さ……はないか。今でも十分に速いもんな」
曲刀を避けつつ的確に振るわれる刀がスワンプ・ゴーゴンの胴体を斬り裂き、剥がれた鱗を宙に舞わせている。
「他に考え得るのは……防御力か」
ムラマサの戦い方は相手の攻撃を防ぐ方法として防御よりも回避を重視している。それは身に纏っている防具の種類からも明らかだ。
今もスワンプ・ゴーゴンの攻撃を受けずに回避し続けていることからも間違いないだろう。
つまり比喩でもなんでもなく、額に生やしている角と同じように薄氷のような防御力になってしまうのがムラマサの変化のデメリットとなっているようだ。
「ふっ……助かる!」
金属が弾かれる音がした直後ムラマサが振り向かずに告げる。
その言葉を向けた先は言うまでもなく俺しかいない。その理由も単純。俺が放ったMPの銃弾がスワンプ・ゴーゴンの曲刀の攻撃を妨害したからだ。
強制的に軌道を変えられた曲刀はムラマサに当たることなく虚空を切った。
「うん、順調だな」
満足の行く手応えを感じられているのだろう。ムラマサが口元を緩めながら呟いた。
スワンプ・ゴーゴンの残りHPが二割を切ったこと段階でようやくその挙動に変化が現れ始めたのだ。
頭部の蛇の口から毒液が滴り落ち、それまで俊敏だった蛇の下半身の動きがゆっくりになった。
「一気に押し切る! <チャージ・リロード>!」
二回目の発動によってアイコンに付随する数字が2に変わった。
「ユウ! あとどのくらい必要だ?」
「少なくともあと二回。安心したいなら三回は必要だと思う」
変身してからそれほど時間が経過したわけでもないために減少したMPは必殺技の威力として換算するには若干心許ない。
それを補うためのアーツなのだが、自分とスキルのレベルが上がり効率が良くなったこともあってか、以前ほどのMP減少は望めなくなっていた。
普段ならば効率上昇は喜ぶべきことだが、今回、この場面に限ってはあまり嬉しくはない。
必殺技の威力上昇速度が遅くなってしまうからだ。
「んー、中々に難題だね」
「解ってるさ。でも、ムラマサなら出来るんだろう?」
「ああ、勿論だともっ」
スワンプ・ゴーゴンの蛇の胴体を足場に、ムラマサが高く跳躍する。
そして二振りの刀を高く掲げ、
「<極鬼術・氷絶花>」
鬼化した状態でのみ放つことの出来る必殺技。それを今、ムラマサが放ったのだ。
巻き起こるは嵐。
絶対零度の風が舞い、氷刃を伴う竜巻がスワンプ・ゴーゴンを飲み込んでいく。
渦の中に閉じ込められたスワンプ・ゴーゴンの身に起きた変化は一目瞭然だった。頭部の蛇や手に持たれた曲刀となどいう体の端々から順々に凍りつき始めたのだ。
全身が凍り付くまでの時間は十秒にも満たない。
傍から見れば一瞬にして全身を凍りつかせたようにすら映るだろう。現に俺にも一瞬のうちに凍り付いたように見えた。
「っと、忘れちゃいけない。<チャージ・リロード>」
アイコンの数字が3に変わる。
十分な威力だと自分で決めた基準に達するまで、あと二回。
「ん? リキャストタイムの延長は現れない、か。これなら思っていたよりも早く達成できそうだ」
必殺技の余波によって空中に滞空しているムラマサが両手の刀を大きく垂直に振り下ろした。
全身を凍り付かせたスワンプ・ゴーゴンは動きこそ止まりはすれ、決定的なダメージを与えるには至っていない。攻撃力が低い代わりにボスモンスターといえど長時間拘束できるような技なのかとも思ったが、鬼化してまで使用した必殺技だ。それが及ぼす効果が経ったそれだけだとはどうしても俺には思えなかった。
飛び上がったムラマサを見上げた俺の視線の先で、彼女が振り下ろした刀から放たれた二種の斬撃が氷像となっているスワンプ・ゴーゴンに命中する。
刹那砕け散った氷の欠片が辺りに舞い、青く透明な氷の斬撃がスワンプ・ゴーゴンの曲刀を砕き、白く透明な光の風の斬撃が頭部の蛇を薙ぎ払っていく。
全身を凍り付かせて動きを止めてからの強力無比な二発の斬撃を放つ。
動きを止めた絶対零度の嵐は広範囲で一定の広さしかない戦場でスワンプ・ゴーゴンのような巨体のモンスターでは回避することは不可能。仮にこれが他のプレイヤー戦だったとしても防御はおろか回避すること自体が困難であり、直線的な射撃のみを放つ俺の必殺技よりも汎用性は高いように思えた。
「おっと、四回目の<チャージ・リロード>だ」
氷漬けになっていたスワンプ・ゴーゴンのHPが赤く点滅を始めた。それはHPバーの上にある砂時計のアイコンと同じ変化だった。
「ムラマサの必殺技は凄まじいな。けど、あれだけの攻撃を受けても平然……とまではいかないみたいだけど、まだ立っているか」
自分の出番が残されていることを喜ぶべきか、それともあの一撃を受けてもなお無事なスワンプ・ゴーゴンに慄くべきか。
曲刀を代表に武器という武器を失ったスワンプ・ゴーゴンは苦悶の声を漏らしながらも今だ俺たちに敵意を露わにして睨みつけてきた。
必殺技の発動の影響なのか刀を鞘に戻し深く息を吐き出したムラマサがその視線を俺に向ける。
俺は<チャージ・リロード>のリキャストタイムを待つ間に銃形態のガン・ブレイズによる通常攻撃を放ち更なるMPの消費とスワンプ・ゴーゴンに向けた牽制を行った。
「――っ!」
感覚でリキャストタイムが終了したのを察知すると俺は迷わずに五度目の<チャージ・リロード>を発動させた。
そして、すかさず、
「<バースト・ブレイク>!!」
蓄積していた威力とそれまでに積み重ねてきた消費MPを解き放つ一撃。
極太の光線のような銃撃がスワンプ・ゴーゴンを飲み込んでいく。
結果を見るまでもなく、スワンプ・ゴーゴンはHPを全損させ、その身を消滅させていた。
「ふぃ」
ほっと胸を撫で下ろし、溜め込んでいた息を吐き出した。
「お疲れ様」
「ああ、ムラマサも」
粉雪が舞うようにムラマサの額の角が消えていく。
それと同じように俺の変身も自動的に解除された。
一拍の間を置いて俺とムラマサの前にコンソ-ルが出現し、今回の戦闘のリザルト画面が表示された。
「おや? レベルが上がったみたいだね」
「ああ。ムラマサもか。まあ、たった一つだけみたいだけど」
「今のオレたちのレベルならそれでも十分さ。一つのレベルを上げるのに必要な経験値もそれなりだからね」
しみじみといったムラマサに俺は自然と納得していた。
「んー、ドロップアイテムは、少し残念かな?」
「確かに。数はそれなりだけど、全部が秘鍵みたいだし。まあ、イベント中の戦闘だから間違ってはいないのか」
「それに今回の戦闘はどうやら経験値戦みたいだね」
「経験値戦?」
「ほらRPG系のゲームにはよくあるだろう。ドロップアイテムは目ぼしい物がない代わりに倒すとかなりの経験値が得られるっていうヤツ」
「なあ、それって普通もっと倒しやすいモンスターなんじゃないのか?」
「そこはほら、このゲームだからって奴なんだろ」
つまりスワンプ・スネークやスワンプ・ゴーゴンのようなモンスターは倒せば他のモンスターから得られるよりも多い経験値が入るという類のモンスターだということのようだ。
ならば別の戦場に出現したブラッド・バッドやアンダー・ラットも似たようなモンスターだと考えて問題ないはず。
勃発したこの戦闘は全てムラマサが言う経験値戦だったというわけだ。
「お、他の戦闘も終わったみたいだぞ」
自分の前にあるコンソ-ルを見ながら話す俺たちの周りでは別のパーティたちの戦闘が次々と終了していった。
戦闘であるために勝ったパーティもあれば負けたパーティもいる。
引き分けたパーティがいないのは砂時計型のアイコンが示すタイムリミットが来た戦闘は全てプレイヤー側の敗北になるように設定されているらしい。
尤もここから見える範囲のみに限った話ではあるのだが。
「んー、スワンプ・ゴーゴンに勝ったパーティは全体の六割。半分近くが脱落したって感じみたいだね」
「それは…多いのか?」
「どうなんだろうね。これから先に何が起こるのかによると思うんだけど……」
「とりあえず、スキルポイント云々は後回しにした方が良さそうだな」
得たポイントを使うよりも、減ってしまっているMPとHPを回復させる方が先だ。
ストレージから取り出した二種のポーションを使う。
空になったポーションの空き瓶が手の中から消える。以前は投げ棄てたりして廃棄することを明確にしなければならなかったそれも少し前のアップデートで使用し終えた段階で消滅するようになっていた。
『ユウ君、ムラマサさん、聞こえる?』
「リタ? どうかしたのかい?」
戦闘を終えたことによりフレンド通信が可能になったようで、心配そうな声をしたリタからの連絡が入った。
パーティ単位での通信のためムラマサも同時にリタと話すことが出来ているようだ。
『よかった。二人は無事みたいね』
「ああ。何とかね」
『ユウ君は?』
「俺も大丈夫。ダメージは回復し終えたし、武器の耐久度もあんまり減ってないみたいだ」
思い出したようにガン・ブレイズを確認すると一度の戦闘の割には多いと思えるくらいの耐久度の減少が見られた。それでも、直ぐに修理を行わなければならないかといえばそんなことは無く、まだまだ使えると判断できる程度だった。
「そっちはどうなっているんだい? 他の戦場の様子は把握できているのかい?」
『一応私のトコに入ってきた情報だけになるけど、勝率っていうか、生存率はムラマサさんたちのトコと似たようなものね。それに気付いていると思うけど、今回の戦闘は』
「ああ、経験値戦だってことだね」
『ええ。一応お金が欲しいなら商会ギルドで今回手に入れた秘鍵を買い取ることもできるようにするつもりだから』
「んー、オレはいいよ。ユウは?」
「俺も大丈夫。秘鍵は自分たちで手に入れた分として換算させて貰う」
『わかったわ。それで、これからだけど――』
そうリタが言いかけた瞬間だった。
翼を広げた鳥のような影が太陽の光を遮り、辺りに巨大な影を作り出した。
「な、何だ?」
「何が起こった?」
「戦闘は終わったんじゃなかったのか?」
周囲に居る人達が騒めき出す。
そして次の瞬間、影の中から一際大きな二頭を持つ大蛇が出現した。
「リタ、悪いけど一旦切るぞ」
『え、ええ。それは良いけど、何が起こったの?』
「さあ。よく解らないけど、戦闘はまだ終わってなかったみたいだ」
リザルト画面が出現した以上、スワンプ・ゴーゴンとの戦闘は終わっているはず。となればまた新しい戦闘が始まったと考えるのが正しいのだろう。
出現した二頭の蛇を見上げるプレイヤーはどこか戸惑っているように見える。
『あ、ちょっと待って』
「どうした?」
『他の戦場もユウ君たちと似たような状況になっているみたい』
俺とムラマサが息をのんで互いの顔を見合わせた。
『それからもう一つ。ユウ君たちの仲間のアラド君の現状だけど……』
「何か分かったのかい?」
『どうやらそことは違う場所で戦っているみたいなの』
「何? 今までずっと!?」
『うん。妙な話だよね。それじゃあまるで――』
その続きをリタが言うよりも早く、件の相手がこの場に姿を現した。
それは俺が<ブースト・ハート>を使って変身した時のように、アーツを使い竜の姿と成った満身創痍のアラドが空から降ってきたのだった。
これにてスワンプ・ゴーゴンとの戦闘は終了しました。が、直ぐに別の戦闘が始まります。
予定では次の戦闘がイベント二日目の大詰めになるはずです。
では、短いですが今回はこんなところで。
あ、それから四回も続いてしまった『討伐とタイムリミット』という話ですが、折を見てまとめて前後編くらいにしたいのですが、投稿した分は消去して投稿し直しても大丈夫なんですかね。
システム的に大丈夫そうならいいんですが、無理ならどうしましょう。
うーん、暫く考えてみます。