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三つ巴の争奪戦 ♯.22『討伐とタイムリミット②』

お待たせしました。今週分の更新です。

「あの砂時計のアイコン。ユウはどう見る?」

「何か強力な攻撃が繰り出されるまでのカウントダウン。あるいはこの戦闘のタイムリミット」

「ユウの予想は?」

「タイムリミットの方だな。ムラマサはどうだ?」

「オレも同感さ」


 スワンプ・ゴーゴンのHPバーに重なるように出現した砂時計型のアイコンについての俺とムラマサの意見は一致した。

 限られた時間内での討伐しなければならないという戦闘条件はそう珍しいものでは無い。町で受けられる討伐系のクエストなんかでは結構目にするものなのだ。とはいえ、この戦闘の途中にその条件が開示されることは珍しいことでもあるのだが。


「――っと。ここまで届くのか」


 それなりに安全な距離を保って射撃していたつもりだったが、想定外なほど近く目前に振り下ろされたスワンプ・ゴーゴンの尻尾が大地を揺らす。

 俺は咄嗟に射撃を止め、後ろに跳んだ。

 他のプレイヤーの戦闘にまでは影響を及ぼさないようになっているみたいだったが、スワンプ・ゴーゴンの同じような攻撃が発生させた衝突音がいろんな場所から響いてくるのが分かる。

 どうやら今の俺と同じような攻撃を使われたプレイヤーが少なからずいるということだ。


 まあ、戦闘の最中に考え事をするものではないな。


「それにしても。防御力がそれほど高くないのはこの設定があったからなのか。まあ、その分攻撃力は高いみたいだけどさ」


 尻尾が届かないだろう距離に下がった俺は射撃を再開した。

 無論その攻撃には威力特化の射撃アーツ、<インパクト・ブラスト>を織り交ぜている。

 攻撃の全てをアーツの攻撃に出来ればよかったのだが、MPの都合でそれは出来ない。


「うん。今は無理をするタイミングではないだろうけど……」


 このままでは埒が明かない。スワンプ・ゴーゴンを倒す前に時間が無くなってしまう可能性が高くなるだろう。

 だが、強引な攻勢に出ればどうにかなるという問題でもないし、それを得策とはいえない。


「勝てない相手じゃないってのが微妙なんだよなあ」


 スワンプ・ゴーゴンの強さは確かにボスモンスタークラスだろう。しかし、今の俺たちで勝てない相手ではない。寧ろ勝率が高い相手だと言える。

 ダメージの通りが悪く見えるのも相手のHPが多いからだ。

 実際俺たちの攻撃で与えているダメージを数値化するとかなりの数になっているはず。


「スワンプ・ゴーゴンは攻撃力とHPが高く、防御力は低い。それでいて行動速度や移動速度は並。うん。やっぱり普通のボスモンスターだよな。特に気を付けるのはあの毒攻撃くらいみたいだし」


 目に見える脅威は曲刀や尻尾などがあるが、それらによる攻撃は比較的回避しやすく思えた。それらの攻撃はこれまでの戦闘を鑑みると大振りな攻撃で予備動作も大きいものばかりなのだ。


「――ッ! アイコンが進むのが早いッ」

「まさか! もうタイムリミットだと言うのか!? まだ戦闘中のパーティは大勢いるのというのに!?」


 焦った表情を浮かべたムラマサが呟く。

 俺たちは突然の事態に戸惑いながらも攻撃を続けるが目ぼしい進展がないままスワンプ・ゴーゴンのHPを六割も残した時にHPバーの上にある砂時計の砂が全て落ち、一回転した。

 そして再び落ち始めた砂を見つめつつ、俺はタイムリミットが訪れたわけではないことに胸を撫で下ろしていた。

 自分がどんなに早過ぎると感じていてもそれが訪れるのはいつも突然。一度目の砂時計の回転が終了を告げなかったのは幸運だったという他ない。そう感じたのは俺たちだけでないようで他のパーティたちの攻撃の勢いが増していた。


「おいっ、無理な攻撃をしてもダメだッ!」


 戦闘中に叫ぶムラマサの声が他のパーティに届く訳もなく、視線の先で戦うパーティ組んでいる数名のプレイヤーにスワンプ・ゴーゴンの攻撃が直撃した。

 悲鳴を上げ倒れていく彼らの姿にまるで自分たちの未来の姿を見ているような気になってしまい、俺は思わずその光景から視線を逸らしていた。


「――くっ」


 目を離した俺が悪いのか、それともそのタイミングが悪かったのか、スワンプ・ゴーゴンの曲刀が頭上に迫る。

 何時、これ程の接近を許していたのか。

 何故、こうなるまで気が付かなかったのか。


 後悔に苛まれながらも俺は自分にできる事をする。


「<ショート・シールド>!!」


 咄嗟に前に構えた左手の第二の専用武器――魔導手甲が使えるアーツを発動させた。

 不可視の盾だったそれはスキルレベルを上げたことにより代わりに盾の紋章を模した半透明の盾が出現するようになっていた。

 ガンッという大きな音を立ててスワンプ・ゴーゴンが振るう曲刀が弾かれる。

 多少の衝撃は伝わってくるものの、俺が受けたダメージは0。


「どうやらこのアーツで防げる攻撃みたいだな」


 思い起こせばこの盾のアーツはこれよりも強力な攻撃も防いだことがある。持続力が無いのがネックだが、それでもこのアーツが誇る防御力は一級品だ。


 後方に転がって衝撃を逃し、起き上がる俺にムラマサが声を掛けてくる。


「ユウ、無事か?」

「あ、ああ。でも、他の人たちが……」


 視線を向けた先ではぽつぽつと戦闘が終了し始めていた。

 自分たちよりも強いプレイヤーが居ても当然で、彼らが俺たちよりも先に戦闘を終了させたということに疑問を感じることはなかったが、目に映る実際の光景は俺の予想とは違う結果になっていた。

 この段階で戦闘を終えたパーティの殆どはスワンプ・ゴーゴンに敗北し、この場から姿を消している。数少ない勝利を収めたパーティも大抵が満身創痍であり、決して簡単に勝利したというようには見えない。


「……」


 黙り込んで敗北したパーティが戦っていたスワンプ・ゴーゴンの動向を窺う。

 通常、戦っていた相手が居なくなった雑魚モンスターは再び自身のテリトリーを徘徊し始めたりするし、ボスモンスターは戦闘開始の地点で待機状態になることが多い。

 しかし、スワンプ・ゴーゴンというモンスターはどこかでプレイヤーを待ち構えていたというわけでもなく、突然その場に出現してみせたのだ。

 ならば、戦う相手を失くし茫然と佇むスワンプ・ゴーゴンはどうなるのだろう。

 俺は自分たちが戦っているスワンプ・ゴーゴンに対する警戒は緩めずに、ひと時攻撃の手を止めて件のスワンプ・ゴーゴンたちの行く末を見守っていた。


「動かない……? いや、あれは――」


 ほんの些細な変化を見逃さずにムラマサが呟く。

 その視線の先で佇んでいたスワンプ・ゴーゴンの体の端々が雨に濡れ崩れる砂山のようにボタボタと地面に落ち始めたのだ。


「消えていく? んー、それならこっちに来る心配はないみたいだね」

「ああ。正直助かった。相手が増えるなんて勘弁して欲しかったからな」

「ははっ、同感だね」


 十秒にも満たない僅かな時間で小さな泥の山へと化したスワンプ・ゴーゴンはその後、さらに数秒の時間を掛け完全に地面と同化してしまう。

 まるで最初からスワンプ・ゴーゴンが居た痕跡自体を消してしまったかのような光景に安堵したのも束の間、俺たちが戦っているスワンプ・ゴーゴンの頭部の無数の蛇がこれまでにない攻撃を繰り出す兆候を見せた。


「避けろっ!」


 先程の曲刀による攻撃を防いだ時と同じように盾のアーツを発動させるべく魔導手甲を付けた左手を前に構えようとする俺にムラマサの声が届く。

 防御するよりも回避した方がいいのだと判断したムラマサの直感を信じ、俺は咄嗟に不格好になりながらもさらに後方へと転がった。

 それまで俺が立っていた場所に命中したのはスワンプ・ゴーゴンの頭部の蛇が吐き出した微量の液体の雨。

 針の無い注射器のおもちゃで中の水を押し出した時のような勢いしかない液体は地面に当たった瞬間にシューッという音と共に白い煙を立たせ、同時にツンっとする臭いを辺りに充満させた。


「溶けたっ!? まさか毒じゃないのか?」

「いや、これも毒の一種みたいだね。腐食毒というみたいだ」

「……腐食毒」


 初めて聞いた毒の種類に驚く俺の近くでムラマサが地面に残った毒に足で砂をかけている。

 時間が経って毒の効力が弱まったようでムラマサがかけた砂が溶けることは無く、地面に残っていた毒の痕跡を完全に覆い隠すことに成功しているようだった。


「腐食ってことはアーツまで溶かしてくるかもしれないってのか。いや、まさかな」


 ≪魔導手甲≫のアーツが盾として実体化したように見えていても厳密に言えばアーツは物質ではない。

 物質で無い物まで溶かしてくるとなればこちらの攻撃までも溶かしてくる可能性もあるわけでその場合スワンプ・ゴーゴンの危険性は今の何倍も増す。


「ユウ、無駄に危険な賭けを犯す必要はないさ。そうだろ?」

「ああ…そうだな」


 刀の切っ先をスワンプ・ゴーゴンに向けたまま俺に近づいてきたムラマサがウインクをしながら言ってきた。


「それにしても、ここまで厄介だとは思わなかったぞ」

「そうかい? オレはこうなるかもしれないと思っていたよ」

「……本当は?」

「予想外」

「だよな」


 毒液を放ってきたスワンプ・ゴーゴンの頭部の蛇の口からは今も白い煙が漂っている。

 まるで二度目の毒液攻撃を使う準備は整っていると言わんばかりの光景に俺は思わず息を呑むのと同時に一つの決意をした。

 ストレージから二種のポーションを取り出し使用する。

 瞬間的に回復していくHPとMPを確認し、俺は魔導手甲を嵌めた左手を握り締め、ガン・ブレイズを強く握った。


「<ブースト・ハート>!」


 それまで自分を強化していた<ブースト・ブレイバー>が自動的に解除され真っ新な状態へと戻った次の瞬間、俺の体を別の紋章が透過する。

 騎士でも剣でも盾でもない。竜の紋章。

 それが通り過ぎた後、俺の身に起きている変化は一つ。


「変身……したのか?」

「ああ。前にも一度見せたと思うけど、驚いたか」

「んー、そうだね。どちらかといえばユウがそこまで覚悟を決めたのだということになら驚いたかな」

「覚悟、か」


 ムラマサが言う覚悟というものなのかどうかわからないが、俺はこの戦闘で<ブースト・ハート>を使うことを決めた。

 一度使用すれば一定時間使えなくなってしまう制約を持つ奥の手であるこの強化を。


「どっちにしても長くは保てない。速攻でケリをつけるぞ」


 微量ではあるが常に減り続けている自分のMPを見て告げる。

 この強化はMPが尽きた瞬間に解かれてしまう時限式の強化なのだ。


「先に……行くッ」


 強化した俺の姿は全身に白と赤の鎧を纏った騎士。

 普段は服のような形をした防具のみを纏う俺としたら全身金属的な鎧を纏ったこの姿はイメージからして百八十度違う。

 同じなのは左手の魔導手甲と右手のガン・ブレイズだけ。

 物理、魔法、両方の攻撃力に加え防御力、それから素早さに至る全ての能力を同時に爆発的に強化するこの強化を使えば俺の動きはそれまでとは比べ物にならない。

 それは通常攻撃も同様で一撃一撃の重さが通常時のアーツ発動時に匹敵する。


「まずはその邪魔な曲刀…破壊させて貰うッ」


 剣というものは総じて横からの衝撃に弱いと聞いたことがある。

 だから狙うのは曲刀の横っ腹だ。


「<インパクト・ブラスト>!」


 通常攻撃がアーツ攻撃に匹敵するまで引き上げられているとしても、同様に威力が底上げされたアーツ攻撃には及ばない。

 MPの自動消費というデメリットが存在しているとはいえ、俺は攻撃の手を緩めたりはしない。

 威力特化の射撃アーツを使い曲刀を狙い撃った。


「一発でダメなら、何度でもッ」


 一撃の射撃アーツが命中したくらいでは曲刀は破壊されたりはしない。そんなことは解ってる。しかし、その刀身に僅かなひびが入ったことから察しても破壊が不可能というわけではないようだ。

 ならば、と俺は連続して射撃アーツを発動させて同じ場所を狙い撃つ。

 命中の度に広がっていくひびに確かな手応えを感じつつ、続けていると六度目の射撃の時に大きな破砕音を立ててスワンプ・ゴーゴンの持つ二本の曲刀の内の一本が砕け散った。

 砕けた曲刀は先にプレイヤー側の敗北によって戦闘を終了したスワンプ・ゴーゴンのように泥となって消え、地面に落ちた。


「武器破壊しても本体にダメージは通らないみたいだな。それでもこれでかなり戦いやすくなっただろ」

「ああ、助かるよ」


 音もなく俺の横を駆け抜けていったムラマサが左右の手に持たれた二振りの刀を自在に振るう。

 右の刀からは氷、左の刀からは風の刃がスワンプ・ゴーゴン目掛けて放たれた。


「んー、やはりこれでは足りないみたいだね」


 自由自在に舞う二種の刃がもたらすダメージはお世辞にも多くない。それでも確実にダメージを与えられているだけ十分なようにも思えるが、ムラマサはその威力に満足していないようだ。


「となればオレも全力を以って行かせて貰おう」


 自分に言い聞かせるような小さな呟きの直後、ムラマサが纏う雰囲気が一変した。

 これまでもムラマサが纏う雰囲気には独特の鋭さというものがあったが今はまるで抜き身の刀のような鋭さと危うさが混在するそれに変貌したのだ。


「ユウ、後方射撃は任せるぞ」

「お、おう」

「<鬼化術(きかじゅつ)氷鬼(こおりおに)>」


 その一言を切っ掛けに周囲の温度が急激に下がった。


「それは……角…?」


 初めて目にするムラマサ変貌に絶句した俺の口から出た無意識の呟きの通り、ムラマサの額には氷で出来た日本刀の先端のように尖った二本角が生えている。


「その通りさ」

「えっ!? 聞こえてるのか!?」

「この状態の時のオレは感覚がかなり鋭敏になっていてね。ちょっとした呟きも聞き逃さないのさ」

「地獄耳?」

「はっはっは。そうとも言うね」


 距離のある俺と平然と会話するムラマサに呆れながらも射撃の手を休めない。


「それはともかくオレのこの姿も今のユウの変身と同じように時間制限があるんだ。一気にカタを付けるよ」

「お、おう。解ってるって」


 氷の斬撃も風の斬撃もその精度と威力を増している。

 スワンプ・ゴーゴンの体に出来た無数の裂傷の半分は凍り付いており、もう半分はぱっくりと開かれている。血のようなエフェクトすら流れないそれはカマイタチによって出来た裂傷に酷似していた。


「スワンプ・ゴーゴンのHPはあと四割程度。ここからがクライマックスだ」


 ガン・ブレイズの照準をスワンプ・ゴーゴンに定めながら告げるその一言に呼応するかのように、スワンプ・ゴーゴンが咆哮を上げる。

 そしてスワンプ・ゴーゴンのHPバーに重なる砂時計が再び回転し、赤く点滅し始めた。



ふう。今回はいつも通りの文量にすることが出来ました。

本当なら前回少なかった分上乗せできればよかったのですが、雪が落ち付いたとはいえ未だ爪痕はかなり残されてますから程々になってしまいました。


本編は戦闘の終盤に突入したものの、この続きを考えると未だ半ばという感じなんですよね。

イベント全体で見るともう……

作中で分断した仲間との合流もまだ果たせていませんし、もう暫くイベント二日目にお付き合いください。


では、次回の更新も金曜日に。


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