三つ巴の争奪戦 ♯.20『第二のヘビ』
お待たせしました。
二月最初の更新です。
四方八方、立ち並ぶ建物の壁や天井などありとあらゆる場所を蠢き這いまわるスワンプ・スネークはどれだけ討伐しようともその数を減らすことは無かった。
無論、この場で戦っているのは俺たちだけではない。
名も知らぬ数多のプレイヤーたちが突如この町を襲ったモンスターを相手に奮戦しているのだ。
絶え間なく襲い掛かってくるモンスターとの戦闘は滞りなくプレイヤーが優勢に進んだ。
しかし優勢というだけで、この戦局を決定付けるような出来事が起きていないのもまた事実だった。
「どこからこんな数のモンスターが沸いて来るんだ?」
モンスターの出現という現象は、このゲームの世界においては平凡な事。
どんなに倒すのに苦労したモンスターだろうとも、どんなに強力だろうとも倒されてさえしまえば時間と共に復活する。
そうして次のプレイヤーがまた同じ強敵に挑むことが出来るというわけだ。
雑魚モンスターもその仕組みの中にいる。
倒しても復活することは同じだが、今回問題となるのはその復活するまでの間隔。
絶えず寄せては返す波のように、途切れることなくその姿を現し続けている。
「疲れたかい?」
「まさか! でも、これだけ倒したのに減る気配すら無いのは変じゃないか」
「んー、それは確かにね。ならば、ユウはどんな可能性があると思っているんだい?」
近くのスワンプ・スネークを切り捨てて俺と背中合わせになったムラマサが楽し気に口元を歪めながら問いかけてきた。
「可能性は二つ。一つは単純にスワンプ・スネークの出現数が多いこと。もう一つは、スワンプ・スネークを呼び出している何者かがいるか」
「ユウの考えは?」
「おそらく、後者」
「つまり、呼び出している何者かが存在している、と」
「ああ、それでいて未だ姿を現していないヤツがな」
スワンプ・スネーク自体の強さが大したことが無いからだろう。プレイヤー側に被害は出ていないのが幸いだ。心配していた毒の被害も中級以上の解毒薬ならば効果があることを商会ギルドから告知されたことでかなりの数を軽減することができていた。それに加えて避難している低レベルのプレイヤーやNPCたちの毒の被害を事前に防ぐことが出来たという報告も来た。
そうなればこの町に対する残された問題は言わずもがなこの三種類のモンスターだけになるのだが、それに対する解決の糸口も掴むことすらできていないのが現状だ。
今、俺がムラマサに言ったスワンプ・スネークを呼び出している何者がいるかも知れないということも今回の状況に似たシチュエーションと考えた場合に浮かんできた可能性の一つでしかない。
「問題はその存在をどうやって誘き出すか、だね」
「そうだな。けど――」
言うは易く行うは難しとはよく言ったもので、自らが提言した可能性を確かめる術が自分に無いのもまた問題だった。
「このままスワンプ・スネークを倒し続けるだけで活路が開くと思うか?」
「無理、だろうね。仮にそんな存在が控えているのならばここ以外の戦場でも同じことを考える人がいてもおかしくはないからね。それにリタの話ではここ以外の場所、特にブラッド・バッドが出現した場所には例の『勇者』が数人参戦しているらしいし」
「あー、あまり良く解ってないんだけどさ、勇者っていうのは何なんだ?」
「簡単に言えば強力なスキル持ちって所かな」
「強力なスキル?」
「基本的には戦闘スキルに限られるようだけどね。例を上げるなら専用スキルや魔法スキルかな。それらのスキルの名称の後ろに『勇者』という単語が追加されるらしい。条件としてはかなりの上位スキル、それも高レベルのものが該当するようだけど」
「ん? 勇者ってのはスキルじゃないのか?」
「ある意味ではスキルと言えるんだろうけどね。既存のスキルが変化したものっていう位置づけになるらしい。そして、そのスキルを有している者が『勇者』と呼ばれるようになったというわけさ。まあ、分かりやすく言えば称号みたいなものかな」
「称号……だったら、その勇者スキルになっているのと同種スキルとには違いはあるのか?」
「オレの感想で構わないかい」
「ああ。勿論だ」
「それなら言うけどね。オレには勇者スキルに他のスキルとの違いがあるように感じられなかったよ」
「え!?」
軽口を叩き合っているなか平然とスワンプ・スネークを倒していく俺たちを奇妙に思ったのだろう。近くで懸命にスワンプ・スネークと戦っている他のプレイヤーたちが一瞬怪訝そうな目を向けてきた。
「勇者というのは完全な称号だというわけさ」
あっさりと言い放ったムラマサに俺は自然とブラッド・バットがひしめき合っている塔の方を見た。
塔に向かったプレイヤーの主戦力とされているのが勇者のプレイヤーだ。彼らに何か特別なモノがあると思っていた俺は自分の想像が外れたことよりも、ブラッド・バットがいる場所の戦力が足りているのかどうかが気になった。加えて言えばアンダー・ラットの方も無事なのだろうか。
「心配かい?」
「そう…だな。勇者が俺が想像していたのとは違って戸惑っているってのもあるけど」
「大丈夫。心配はいらないさ。なんと言っても勇者が与えられるのは皆強いプレイヤーばかりだからね。だいいち勇者を獲得する条件上、それを得ているプレイヤーは全員が勇者云々抜きにしても十分に強力なスキルを有しているのは間違いないだろうからね」
それならば安心、なのだろうか。
どっちにしてもスワンプ・スネークをせん滅することが出来ていない俺が他の場所を気にかけていられる余裕はない。例えどんなに弱いモンスターが相手だろうと圧倒的な物量が相手では時間が経つにつれて不利になってしまうのは明白なのだ。
「それよりもだ。オレたちと同じようなことを考えているプレイヤーが他にもいるみたいだよ」
俺とムラマサが戦っている場所とは少し離れた所で同じようにスワンプ・スネークを討伐しているパーティが戦い方を変えたのが見えた。
それまではただ向かってくるスワンプ・スネークを倒すことを考えて黙々と倒していたのに比べ、今は倒す方法を変えている。
武器による通常攻撃以外にも魔法を行使したりアーツを使ったり。その魔法も属性を変えてみたりと傍から見ていても多種多様な方法が用いられてスワンプ・スネークが討伐されていた。
巨大な炎の旋風が巻き上がり、数十匹のスワンプ・スネークが一度に消滅していく。
ぱらぱらと風に舞うのは焼けた瓦礫の欠片と霧散する最中のスワンプ・スネーク。
広範囲攻撃を放ったことにより一時的に間引きされたその場所に次の復活が行われるまでの猶予が与えられたかに見えた。
「何だ?」
きっかけは間違いなくあの広範囲攻撃。
それでもたった一度の使用で変化が起こるとは思えず、おそらく他のパーティも何らかの広範囲攻撃を使用して大量のスワンプ・スネークを一度に倒してみせたのだろう。
確証はないが一定数の大量討伐が行われることが条件である可能性が高い。
町の景色が歪み、無数に存在していたスワンプ・スネークが一斉に姿を消した。
隠れたのではなく、消えたのだ。
「何かが……来る!」
ムラマサが呟いたその瞬間、周囲にあるのと同様の歪みがスワンプ・スネークとの戦闘区域のあちらこちらで集約し始めたのだ。
ドスンっと地震のような地鳴りが響き、辺りの建物の窓ガラスが一斉に割れた。
そして、この歪みの中から現れたのはドラゴンのように巨大な体躯を持つ十数匹の巨大なヘビのモンスターだった。
「でかくなっただけ…ってことはないんだろうな」
ゆったりと上体を起こしたヘビの全貌が露わになったその時、俺は得も知れぬ戦慄を覚えた。
まるで蛇に睨まれた蛙という一文がそのまま自分に当て嵌まってしまったかのように、俺の体は動くことが出来ない。
「ユウ! 何をしている! 完全に目覚めていない今が好機だぞっ」
いち早く駆け出したムラマサはいつの間にか両手にそれぞれ刀を携えていた。
通常の専用武器である刀と精霊器であるもう一振りの刀。
二振りの刀を構えるその姿はどこかの剣豪のよう。
「え!? あっ、ああ!」
ムラマサに叱責されたことで硬直が解けた俺は慌ててガン・ブレイズを構え前に出た。
スワンプ・スネークの後に現れた新たなモンスターの名は『スワンプ・ゴーゴン』ゴーゴンの名の通り、かのモンスターの上半身は女性のもので下半身は巨大な蛇。髪の代わりに無数の蛇が頭部で蠢いており、全身の鱗が日の光を受けて怪しく輝いている。
「<インパクト・スラスト>!」
まだ完全に覚醒していないのかムラマサが言うようにスワンプ・ゴーゴンの挙動は遅く、俺たちの初撃は簡単に命中した。
しかし、返ってきた手応えは想像とは違い、堅いゴム質の塊を殴り付けているような感触だった。
ガン・ブレイズの剣形態での攻撃だというのに斬り裂いたという感覚は無く、スワンプ・ゴーゴンに与えた傷も見当たらない。
「効いてないのかっ!?」
俺たちの攻撃が意味を成していないと思った矢先、スワンプ・ゴーゴンの全身にある鱗が弾け、弾丸のように周囲に広がった。
「――っ!」
「うおっ!」
地面を、壁を、建物を削り飛来する鱗の飛礫を避けきることは出来ずに俺の全身を撃ち抜いていた。
「――くっ」
想像以上の衝撃を受け膝を付き、咄嗟に受けたダメージを確認するのとほとんど同時に、スワンプ・ゴーゴンの瞳と頭部に居る無数の蛇の目が光った。
慣れた手付きで瞬時にストレージからポーションを取り出して使用する。
みるみるうちに回復する自身のHPを一瞥し、俺はガン・ブレイズを握り直した。
グオオオオオオオオオオオォォォォォォオオォォォオォォオ!!
同じタイミングで同程度の雄叫びが町の一角に木霊する。
この叫び声の主がスワンプ・ゴーゴンであることは明らか。そして違う種類の叫び声も町の遠方から響いてきた。
違う叫び声が今、目の前に出現したスワンプ・ゴーゴンと同じ、それまでに出現していた残り二種のモンスターの上位種となるモンスターが出現したということなのだろう。奇しくもこの町に出来た三つの戦場は似たような状況へと進行しているようだ。
「出現したスワンプ・ゴーゴンの数は多い。とはいえ、見た感じだとここに居るパーティの数と同数のようだね」
「ってことはここに居る全員が自分たちの前に出現したヤツを倒せばいいってことだな」
「そうなんだけどね。ユウはここに居る全員にそれを出来ると思うか?」
「どうだろうな。あのモンスターの強さにもよるけど、多分全員は難しいと思う」
「同感だ。しかしこうなってくるとスワンプ・スネークの弱さが罠だったようにすら思えてくるね」
「罠、か」
「ん? ユウはそう思わないかい?」
「いや、言い得て妙だと思ってさ」
などと話している間にようやくスワンプ・ゴーゴンの戦闘準備が終わったようだ。
全身でとぐろを巻き、髪のように存在している蛇がこちらを威嚇する。スワンプ・ゴーゴンの人の上半身から伸びる鱗塗れの両手には黒い炎が宿り、その後に黒い火花を撒き散らしながら二振りの大振りな曲刀が握られていた。
俺たちはこの間ずっと好き好んで待っていたわけじゃない。先制攻撃となる一撃を繰り出しても無意味なのだと身をもって思い知らされたからだった。
「ユウ、準備はいいかい?」
「ああ! <ブースト・ブレイバー>!!」
スキルレベルを上げて新しくなった強化を施す。
自分のHPバーの下に浮かぶ攻撃力とスピードの上昇を示すアイコン。
体に満ちてくる力を感じながら俺はガン・ブレイズを構えた。
「行くぞ!」
幕が上がったスワンプ・ゴーゴンとの戦闘は派手なものだった。
巨大な相手に対する初撃の常套手段である遠距離攻撃が巻き起こす爆発が大気を揺らし周囲に爆炎と黒煙を撒き散らした。
だが、俺とムラマサは効果的な遠距離攻撃を持っていない。俺たちの戦闘での先制攻撃はムラマサが放った飛来する氷の斬撃だった。
「今回は効いているようだね」
スワンプ・ゴーゴンとの戦闘が本格的に始まる前の一撃は無為に終わった。だから心配していたのだろう。ムラマサがほっとした声を漏らす近くで俺も銃形態のガン・ブレイズで射撃を繰り出す。今回は俺が放つ魔力弾でもスワンプ・ゴーゴンの鱗に阻まれることは無くダメージを与えることが出来ていた。
自分たち攻撃が効くという事実に内心喜びながらも、始まったばかりの戦闘だ。気を緩めることはできない。
近接攻撃がメインである俺たちを迎え撃つスワンプ・ゴーゴンが放つ攻撃はその巨大な尻尾を使っての振り払い、両手に持たれた二振りの曲刀を使っての斬撃。
そしてもう一つ。頭部の無数の蛇がゴムのように伸縮しその牙を使った噛みつき。
これら三種類の攻撃の中で最も危険度が高かったのは頭部の蛇による噛みつき攻撃だった。髪のように頭部に無数に存在している蛇はその一匹一匹が先程戦っていたスワンプ・スネークよりも強力な毒を持っているようだったのだ。その証拠に俺たちを外れ地面に噛みついた一匹の蛇が残した噛み痕は金属が腐食した時に見られる痕跡が残っていたのだ。
無機物である地面をも腐らせてしまう毒を身に受けることは出来ないと注意を頭部の蛇にばかり向けていては丸太のような胴体の振り払いを受けてしまうかもしれない。それに二振りの曲刀で繰り出される剣技もまた素人がガムシャラに振り回すのとは違う。経験者が見せるそれに比べても何一つ遜色ないものだった。
「これは、あまり余裕ぶってはいられなさそうだ」
二振りの曲刀を避けたムラマサはその足元の地面に刻まれた傷跡を見て呟いていた。
どうやら腐食のような効果を持つ毒を与えるのは蛇による噛みつき攻撃だけではないらしい。
「元から余裕ぶるつもりはないから!」
「それもそうだね。しかし、毒付与があるとすれば防御も難しいかもしれない」
「だったら回避するまでだ」
ヘビの胴体による叩きつけを横に飛び退き避ける。
スワンプ・ゴーゴンとの戦闘はヘビ型モンスター出没区画の至る所で始まったばかり。そしてこの時、視界に映る全快していたはずのアラドのHPが再び大きく減少していた。
「――なっ」
二度目となるそれを目の当たりにして俺は思わず、
「またかっ! またなのかぁ!」
と叫んでしまっていた。
本編は前回から引き続き、町中での戦いです。
そして現実でも先月に引き続き雪の寒さが厳しい日々ですね。
最近は太陽も顔を出してくれているお陰で降り積もっていた雪も溶け、道路も通りやすくなって安心しています。
さて、今回のあとがきは短いですがこの辺りで。
次回の更新もいつものように来週の金曜日になる予定です。
では次回の更新でまたお会いしましょう。