三つ巴の争奪戦 ♯.19『町の中の敵』
お待たせしました。
今週分の更新です。
「この町で起きていることはスタンピードよ」
「スタンピード?」
「簡単に言えばモンスターの突発的な異常発生の事だよ」
俺とムラマサがリタのいる倉庫へと辿り着くと商会ギルドの人に案内された場所は事務所にしているとリタが言っていただけはあって同じような形状をした机が並んでいた。
机の上には備え付けのオブジェクトのようにも見える書類の束がいくつも山のように積まれており、リタがいるのはその書類の山の奥。
リタが疲労困憊した様子で告げたその言葉は聞き覚えが無かったのだが、隣に立つムラマサがその単語の意味を教えてくれたことからも以前から知っていたらしい。
「異常発生ってことは、俺たちがここに来るまでに倒したヘビとかネズミのモンスターもそうなのか?」
「まあね。商会のギルドメンバーからの報告だと町中に突然大量に現れたそうよ」
「リタたちの被害はどうなんだい?」
「商会ギルドとしては今のところ軽微とは言い難いのが現状ね。一応、町の人に人的被害が出てないだけマシなんでしょうけど」
「どういう意味?」
「この町に現れたモンスターは三種類。ユウくんたちがいうヘビやネズミのモンスターの他にコウモリ型のモンスターが現れたみたいなの。それらのモンスター自体、大した強さがある訳じゃないんだけど……」
「何か問題があったんだね」
「町に現れたこの三種類のモンスターは全て強力な毒を持っていたの」
「毒だって?」
「あれ? ユウくんたちもここに来るまでに何体か倒したって言っていなかった?」
「まあ、俺たちは殆ど一撃で倒してたから反撃されることも無かったし、攻撃を受ける前に倒してたからさ」
俺の一言にリタはここに来るまでの俺たちの様子を想像したのだろう。険しく眉間に皺をよせていた顔が驚きと呆れが入り混ざったような表情に変わった。
事実俺たちは道中モンスターが襲い掛かってきた時に俺はガン・ブレイズの早撃ちで、ムラマサは腰の刀の神速の居合いで悉く返り討ちにしていった。
それは与えられるダメージ量の差だったのだろう。今にして思えば比較的安全にモンスターの襲撃の中を進むことができていたのは俺たちが強いからではなく出現しているモンスターが弱いからなのだとさっきのリタの話で納得できた。
しかし、そのモンスターが強力な毒を持っているとなれば話は別だと思う。モンスターが使ってくる毒の程度にもよるが、仮に俺が想定いているよりも強力な毒だったのならば一発でもモンスターの攻撃を受けてしまうと、それだけで致命傷になる危険性があったかもしれなかったのだ。
今更になって自分の警戒心の薄さに呆れていると、リタの表情が再び険しくなった。
「どうした?」
「今報告が入ったわ。町の中に現れたモンスターによって露店の七割が破壊されたって」
リタから放たれた一言に俺は目を丸くした。この町にある露天なんかは町の雰囲気を演出する破壊不能オブジェクトであり、露店を出しているプレイヤーはそれを使っているのだと思っていたからだ。
しかし、露店が各プレイヤーが自前で用意したもの、あるいは商会ギルドで用意されたものなのだとすれば事は単純な町の破壊では済まない。何よりプレイヤーやNPCは無事だったとしても商会ギルドや個人のプレイヤーが出している建物の方が壊滅的になってしまったのだとすれば、商会ギルドが目論んでいたこの町での商業活動による秘鍵の収集は出来なくなったと見て間違いないだろう。
「そっか。それじゃあリタたちはこれからどうするつもりなんだ?」
「え?」
「露店は壊滅的だとしてもプレイヤーは無事なんだろ? 出現したモンスターをせん滅してからもう一度露店を出すことも可能なんじゃないのか?」
「それは難しいと思う。商会ギルドに属しているプレイヤーと露店を出しているプレイヤーに限らず積極的に商売を営んでいる人っていうのは戦闘よりも生産を主軸にしている人が大半だし、一度壊された露店をもう一度建てるだけの時間も資材も残ってないから」
「だったらさ、しっかりとした店舗じゃなくて簡単なテントならどうだ?」
「うーん、それなら可能だと思うよ。でも、秘鍵を集めるっていう目的は達成できないと思うし……」
「まあ、イベントはまだ始まったばかりだし、今日の所はお祭りみたいな感じでいいんじゃないかな?」
「そうね。ムラマサさんの言う通り再開するなら今日の所は持ち寄ったものを売り合うフリーマーケットみたいな感じに変更することにするわ。でも、その為には――」
「分かっているともさ。出現したモンスターの掃討が絶対条件だね」
ムラマサの一言に気持ちを切り替えることができたのだろう。僅かだがリタの表情が明るくなり、声のトーンが微妙に上がった。
「それなら、まずは出現してるモンスターの詳細な情報が欲しい所ね。ちょっと待っててくれるかしら。ギルドメンバーに指示を送る次いでに情報を集めてくるから」
「ああ。頼むよ」
意識を切り替えることにより覇気を取り戻したリタはギルドメンバーの一人にフレンド通信を入れテキパキと指示を送り始めた。
「――いい? 無理な戦闘は避けて情報収集に専念して欲しいの。それから町の中にいる戦闘が苦手そうなプレイヤーが居たら避難を誘導して。避難先は商会ギルドが借りている倉庫を使ってくれればいいから」
フレンド通信を繋いだままのリタから聞いたのは商会ギルドが受けた被害の状況報告と受けた毒に対する処置はどうすればいいのかの相談。具体的にいうならどの程度の解毒薬を使えばいいのかだ。
俺としてもまず気になったのが初心者でも買える安価な解毒薬でも効果があるのかどうかだったのでこの報告は有り難い。
安価なもので駄目で高価なものなら解毒可能となればかなり困ったことになるのだ。前者ならばいいが、後者なら毒を受けたプレイヤーやNPCが回復できる可能性は低くなってしまう。
このイベントは熟練者だけではなく比較的初心者のプレイヤーでも積極的に参加している場合が多い。つまりこの町に初心者プレイヤーが来ている可能性は決して低くはなく、それに加えてNPCはプレイヤーよりも毒に対する耐性が低いかもしれないのだ。
故にリタはこう宣言する。
「毒を受けたプレイヤーとNPCは積極的に受け入れて。解毒薬は商会が保存している物も提供するからバンバン使って。――ええ、そうよ。高い物でも構わないわ。助けられるようなら全員助けなさい」
そう言って通信を切ったリタは机の上に置いてあった水差しの水をコップに注ぎ、一気に飲み干した。
「二人にはまず、出現したモンスターの種類を言っておくわね。ヘビのモンスターは『スワンプ・スネーク』ネズミは『アンダー・ラット』。それからコウモリのモンスターが『ブラッド・バット』。二人が知ってる通りレベルやパラメータは低いけど毒攻撃を使ってきたりするし、何よりも数が多いから一匹見つけたら三十匹はいると思ったほうがいいわね」
しかめっ面で言い棄てるリタも俺と同じ想像をしたらしい。まさにどこの害虫の話だよってことだな。
「問題なのは全部でどのくらいのモンスターがいるのかだけど。それは把握できているのかい?」
「ごめんなさい、数が多すぎて把握できていないの。でも他の種類のモンスターが現れたって報告は来てないから現れたのはその三種類だけみたい」
「うーん、そうなると全滅させられるかどうか怪しくなるね。毒を使わず、好戦的なモンスターじゃないなら放置してもいいと思うけど」
「今回はせん滅が最低条件になるんだよな?」
「この町で今日露店を再開するのなら、だけどね」
肩を竦めるリタに俺は勿論だと頷いた。
自分で言いだしたことでもあるが、何より一度悪評が付いたマーケットが成功するとは思えない。だからせめても今日起きた問題は今日の間に解決しておきたいというのだろう。
「残念だけどオレとユウが加わっただけでせん滅できるとは思えない。というよりも不可能だろうね」
「分かっているわ。だから一応商会ギルドでも戦闘が得意な人には積極的に戦って貰うつもりだし、町に残ってるプレイヤーにもモンスターせん滅の協力を要請するつもりなの」
「それでもさ。無数のモンスターを根こそぎせん滅するなんてことは出来ないよ」
きっぱりと言い放つムラマサにリタが唇を噛みしめる。
「もしかするとだけどね、オレたちが考えなければならないのはモンスターをせん滅する方法じゃなくて、何故この町の中にモンスターが現れたのか、なのかもしれないよ」
「どういう意味なの?」
「モンスターを倒すのはあくまでも対処療法でしかないのかもしれないということさ」
ムラマサが自信たっぷりに言い切ったのを目の当たりにして気付いたのだろう。リタがハッとした顔をしてコンソールを触り始めた。
「町の中ってのいうのは元来、戦闘行為不可領域だったはず。それなのに今では平然と戦闘行為ができる上に、普通なら現れることの無いモンスターが闊歩している……」
ぶつぶつと呟きながらコンソールのホロキーボードを叩くリタがふとその手を止めた。
「……だめ。解らない」
短い時間情報収集に集中していたリタが首を横に振り、溜め込んでいた息を吐き出した。
「それだったらオレたちはとりあえず町に出てみたほうがいいみたいだね」
「ああ、そうだな。リタもそれでいいか?」
「え、ええ。私の方でもまた何か解れば知らせるから」
軽く手を振り倉庫を出た俺たちリタと話しをしていたこの僅かな時間に様変わりをした街の景観に唖然としてしまった。
倉庫街が町の裏通りにあるとはいえ、ほんの少し前まであった町の賑やかさは消え去り聞こえてくるのは他のプレイヤーとモンスターの戦闘音だけ。
「こっちの方にまではモンスターは来ていないみたいだな」
「けど、それも時間の問題だろうね」
こうして倉庫の前で行く方向に迷っている間にも徐々にではあるが戦闘音が近付いてきているのが分かる。
「これからどうするんだい?」
「そうだな。まずは町の中心部を目指してみるか。何かがあるとすれば大抵が中心部だろうし」
「んー、それはどうだろう? 確かに町の端にある倉庫街までモンスターの手が及んでいないことは町の中心部が怪しいんだろうけどね、こうも詳細不明の状況の中そう単純に事が運ぶとは思えないのさ」
「だったらムラマサには何か当てがあるのか?」
「当てというほどじゃないんだけどね。三種類という数が気になるんだ。これを見てくれるかい?」
ムラマサが俺に見せてきたのはこの町のマップ。
最初は気にしてなかったがこの町のマップにはYの形をした大きな通りがある。その端々が町の外と繋がっていることからもそこからモンスターが侵入したと考えるのが自然だろう。倉庫街にまで被害が及んでいないのはこの大通りから外れた場所にあるからか。
「一番近いのはこの道か」
マップを指差しながら言う。
「行ってみるかい?」
「そうだな。今の所それ以外手掛かりっぽいものは無さそうだからな」
「っぽい?」
「だって確信はないんだろ」
「確かにね」
俺とムラマサはマップを出現させたまま駆け出した。
開けた通りに出た途端件のモンスターたちを見つけることができた。幸運なのか、そもそもこういった事態に巻き込まれていることが不運なのかは不明だが、ムラマサの予想は当たっていたということのようだ。
「このまま町の外へ向かってみよう」
「道中目に入ってきたモンスターは?」
「当然、倒すさ」
ニヤリと笑いながら刀を抜いたムラマサに続き俺もガン・ブレイズを抜き、目視で来た瞬間に飛び掛かってきたスワンプ・スネークを撃ち抜いた。
「よく当たったな」
「うん。俺も意外と驚いてる」
今、俺が撃ち抜いたスワンプ・スネークは体が細く頭が小さい。
現実にいるヘビそのもののようなモンスターだ。まあ、現実にいる場合は大蛇と言われるのだろうが、それでもこれまでに目にしてきた他のヘビ型モンスターに比べれば小さく細い。
剣で斬ったりするのならまだしも、弓や銃で狙うことは困難と思えるくらいのサイズだ。
「どうやらこっちは蛇の道だったみたいだね」
「……そう、だな」
「どうしたのさ、微妙な顔をして」
「いや、その、な。なんかその言い方が悪い道に足を踏み入れている気分になってさ。ほらよく言うだろ、蛇の道は何とかって」
「はははっ。気にすることじゃないさ」
軽快に笑いながら淡々とスワンプ・スネークを切り捨てていく後ろ姿が頼もしい。
俺も幾度も引き金を引いて撃ち倒していったが、討伐速度に関してはムラマサの方が何倍も速かった。
「ん? あっちはコウモリ型のモンスター、確かブラッド・バッドだったけ。その出現範囲なのか?」
「ああ。そのようだね」
俺が視線を向けた場所をムラマサも見つめている。
スワンプ・スネークの襲撃の狭間に出来たほんの僅かな時間、その中で数回目にしただけだったが徐々に町の南側にある塔の周りに黒く小さな影が群がっているのが見えた。
その影は常に羽ばたいており、鳥のようであることは明らか。そして今の町の状況を鑑みればその鳥がブラッド・バッドであることもだ。
「んー、何だか不穏な雰囲気だね」
「まるで墓地に群がるカラスって感じだな」
「まさにホラーゲームのよう、かい?」
「違いない」
小さくなっていく塔を後ろに辿りついた大通りにはこれまで襲い掛かってきたのよりも数倍の数のスワンプ・スネークが地面、町の建物の天井や壁の至る所に這いまわっていた。
「…うわっ。この光景は何というか」
「ヘビが嫌いな人が見たら発狂しそうだよね」
別段ヘビが苦手ではない俺も、ここまで大量に蠢いている様を目の当たりにすると幾許かの気味の悪さを感じてしまう。
「他のプレイヤーたちは気にしている様子がないね」
「まあ、ずっとここで戦っているんじゃ慣れたんだろ」
「成る程。ではオレたちも本格的に参戦するとしようじゃないか」
不敵に笑い、ムラマサは戦闘の渦中へと飛び込んでいく。
それは四方にいる無数のスワンプ・スネークが襲い掛かってくるのとほとんど同じタイミングだった。
日本各地、雪が降って大変ですが、皆さん大丈夫でしょうか?
作者は日々の雪かきに追われております。
本編ですが、今回の更新分から試しに一話分のサブタイトルを付けてみました。
今回よりも前の分も徐々にと思っているのですが、こうして話数が増えていく毎にいつかは被ってしまうかもしれないと戦々恐々しております。
本編の内容に関してはこれより町の中での戦闘描写が続くと思います。
今回出てきた三種のモンスターの他にも、イベント二日目のボス的な存在や別のモンスター等々考えておりますので、それらを出して討伐することが作者的な目標です。
あー、イベント三日目からはどうしましょう。
秘鍵に関するあれこれに触り始めるのにはそのくらいが丁度いいのかもしれないと思っているのですが、如何せんどうなるか。
内容が作者のノリと思い付きで最初の構想と変化していっているので何とも言い難いですが。
今回はこんなところで。
次回は二月第一週の金曜日になります。
では、また次回お会いしましょう。