三つ巴の争奪戦 ♯.16
お待たせしました。短いですが今週分の更新です。
月の里からサラナの町に着くまでに要した時間は僅か数十分だった。
移動距離と到着までに掛かった時間が比例しないのはひとえに俺たちの移動速度が常人の枠を大きく逸脱しているからだ。
移動に用いた手段は当然、精霊器ガン・ブレイズに宿る存在である巨大な黒いフクロウのクロスケ。その背に乗り大空を飛行してサラナの町の近くに降りるとそのまま歩いて町には行ったというわけだ。
そうして足を踏み入れたサラナの町は明るく賑わっていた。
多くの人で溢れ、街道沿いには無数の出店が並んでる。
「祭りでもやってンのか?」
町の入り口の近くで立ち止まり茫然の途切れることの無い人の流れを眺めながらアラドが呟いた。
「んー、どうだろう? この町に来るのはオレも初めてだから」
キョロキョロと辺りを見渡しながらムラマサが答える。
とりあえず入り口付近で立ち止まっていては他の人の邪魔になると思い、俺は人の流れに従い進むことを提案した。
町のおおまかな造りは手元に表示させたマップで確認すれば把握することができる。とはいえ、無数に近い露店が並んでいるせいなのか街道の大きさなんかはマップとは違っているし、裏通りまでもマップには表示されていない店舗が溢れている感じだ。
そもそもマップに表示されるのはこの町に最初からあった宿屋やアイテムショップ等のみでプレイヤーが新しく建てた店舗などは反映されない。つまり、この町の大半を占める露店や小さな店舗の殆どが後になってプレイヤーの手で建てられたものだということになる。
「サラナってこんなにプレイヤーが集まるような町なのか?」
「どうなのかな? このイベントが理由で賑わっているのは間違いなさそうだけど」
道の両隣に並ぶ露店を通過しながら溢したこの一言が俺がサラナという町を知った時の印象と現在見ている町の印象との違いを受けての感想。
元々ここまで賑わっているような町ならばもっと話題に出ていてもいいと思うし、アラドやムラマサだって知っていてもおかしくはないのだ。
そうではないということは、この町の現状が最近になってできたということなのかもしれない。
どことなく拭い去れない疑問を抱いたまま町の中心部へと進む。
マップでは町の中心にあるのは広場で、人の流れが向かっている先もまたそこのようだ。
自分たちがこの町に来た理由と他のプレイヤーの目的が同じだとするのならば、その広場にあるものは自ずと限られてくる。
「ほら、どうやらあそこが目的地で間違いなさそうだよ」
広場が覗く頃にムラマサが言った。
そこにあったのは大きめのテントとその下に設置されている三つの同じ大きさをした宝箱。箱の蓋は常に開かれたままで、その中にプレイヤーが何かを投げ込んでいる様が見て取れた。
宝箱に投げて入れている物は言わずもがな秘鍵だ。
数個適当に投げ入れている人もいれば、十個以上を纏めて落し入れているプレイヤーもいる。
「ん? 全員が全員、秘鍵を収めているわけではないみたいだね」
とムラマサの言葉の通り、秘鍵を納品する宝箱をスルーしている人もちらほら見受けられた。
よくよく見れば納品しているプレイヤーも所持している秘鍵の全てを収めているわけではなく、幾つは手元に残しているようだった。
「これに他の使い道があるってのか?」
「知りたい?」
ストレージから取り出した秘鍵を一つ握りながら呟いていると不意に肩が叩かれた。
咄嗟に前方に跳び距離をとり、腰のガン・ブレイズに手を伸ばし臨戦態勢になる。
しかし、一瞬にして高まった戦意と緊張感はものの見事に消え去ってしまう。
「リタ?」
「やっほー。元気にしてた? って聞くまでも無いのかな」
装備している防具は新しく作ったものなのだろう。見慣れないものだったがその性能の高さが自然と窺えた。
これまでのリタの防具は金属製の部位が殆どない服で、鍛冶をする関係から生地が厚く耐火、耐熱性能に優れているものが多かった。おそらく彼女が今身に付けている防具もそれらに優れているはずで、性能が高いだろうということ以外が解らないのは一番外に着ている丈の長いローブだけだった。
ローブと言えば魔法使いのプレイヤーが身に付ける防具の代表格であり、近接戦闘を主にする、それでいて生産職であるリタが使う武具としては多少の違和感があった。
「ン、リタがどうしてここにいるんだい?」
「あら? ムラマサさんも気付いてなかったの? この町に露店を出しているのは私たちのギルド『商会』なのよ」
「え?」
「そうなのか?」
「ほら、あそこ露店の看板に『商会』のエンブレムがあるでしょ。それが付いている露店は全部私たちが出しているか、承認を出している露店なの」
「リタたちが出している以外の露店は?」
「それは私たちが露店を出すことを知って露店を出したフリーの商人の店だね。まあ、ここに露店を出すってのもこの町の市場を私たちだけで独占するつもりが無いから意図的に流した情報なんだけど。あ、とりあえずゆっくり話ができる場所に行こうよ。その前に秘鍵を納めたいならそこに入れればいいよ」
「んー、どうするかな? 正直このタイミングでリタが現れた理由を知りたいってのもあるんだけど」
ちらりと横目で俺に確認をしてくるムラマサに頷きで返すと、俺たちはリタに案内されるまま町の裏通りへと進んだ。
表通りに比べ人通りが少ない裏通りにも僅かではあるが露店はあった。だが、そこで売っているアイテムはどれも一般的とは言えず、生産職である俺でもどう使えばいいのか解らないようなアイテムばかりだった。
「裏通りには私たちが使っている宿屋があるの。話をするのはそこでいいかな?」
「ああ。それでいいよ」
結局俺たちは秘鍵を納品することは止めた。
秘鍵に他の使い方があると思ったからだ。
リタに案内された宿屋はあまり大きくはなく、こじんまりとした宿屋だった。このサイズがサラナの町の宿屋の平均になっているらしいと説明された。
受付のNPCに迎えられ、俺たちは二階にあるリタが借りている部屋に入った。
部屋の内装は木製のテーブルが一つと椅子が二つ。ベッドが二つに壁際にクローゼットがある程度。本当に簡素な宿屋といった風体だ。
リタとムラマサがベッドに腰掛け、俺とアラドが椅子に座り向かい合う。
「さてさて、先ずはその秘鍵の使い方だったっけ」
「秘鍵ってのはこのイベント専用に準備されたアイテムなんじゃないのか? 納品以外に使い道があるっては聞いたことないけど」
「うん。使い方としてはその通りだよ」
「だったら――」
「でも、私に、ううん。私たちにとっては違う意味もあるの」
「ん?」
思わず首を傾げた俺に続きムラマサが疑問を声に出した。
「このイベントが始まってから通知されたんだけど、このイベントには秘鍵の納品数ギルドランキングってのがあるみたいなの。ちなみに個人ランキングもあるみたいだからユウくんたちも頑張ってみてもいいかもね」
リタの告げた一言に驚きコンソールを出現させてイベントの情報を見ると、イベント開始前には無かったランキングというページが存在していた。
そこにある個人ランキングには見知らぬプレイヤーの名前が羅列されていて、ギルドランキングも同様に知らないギルドの名前が並んでいた。
「この個人ランキング、昨日一日分にしては納品数が多過ぎないか?」
「それがガチのプレイヤーさんなんだよ」
どこか遠い目をするリタに俺は何も言うことができず、
「そ、そうですか」
と返すだけで精一杯だった。
「このランキングが関係しているってことは、リタたちはこのランキングに載ることが目的なのか?」
「……う、そうなの。正直私はどうでもいいんだけど、報酬も無いみたいだし」
「ん? 称号が付与されるって書いてあるけど?」
「それに何の意味があるっていうのよ? 第一、称号に効果ないのは解りきっていることじゃない」
「え? 何の意味も無いのか?」
「そうなのよ。前のイベントでも称号が配布されたらしいけど、それを獲得したプレイヤーも意味ないって言ってたわよ。まあ、名誉みたいなもので喜んでいる人もいたみたいだけど」
「ってことはリタたちはその名誉が欲しいってことなのかい?」
「ううん。そうじゃないの」
一瞬にして表情を曇らせるリタに俺は思わず「どうした?」と問いかけていた。
「実は、前にあるギルドが宣戦布告してきたの。次のイベントでどっちが称号を獲得できるか勝負しようって。私たちも初めは無視してたんだけど、次第にそうもいかなくなって」
「何があったんだい?」
「その……簡単に言うと商会のギルドホームの前とか、直営の店舗の前でずっと向こうのギルドのギルドメンバーが「勝負、勝負!」って叫ぶようになってさ……営業妨害だからって抗議したんだけど、実害はまだ出てないからいいだろって言われて。一度運営に通報しようかって話にもなったんだけど、そこまですることも無いって結論になって」
リタが困惑顔で言う。
「で、今回のイベントでケリをつけるようになったってワケか」
「ええ……その通りよ」
大きな溜め息を吐きながらアラドに答える。
「まあ、勝負すれば納得してくれるならそれでも良かったんだけど、問題もあったの」
「問題?」
「ユウくんたちなら知ってると思うけど、シャドウよ。シャドウはパーティで一番レベルが高いプレイヤーをコピーするの。それで、私たち生産職は戦闘が苦手なプレイヤーが多いの。だからちょっと入手が難しい素材なんかはレベルが高いプレイヤーや戦闘が得意なプレイヤーに手伝ってもらってるのよ」
つまりただでさえ戦闘が苦手なプレイヤーが戦闘を行わなければならないことに加え、相手となるのは最もレベルが高いであろうプレイヤー。それではシャドウに負けてしまうのも無理はない。まして俺たちのように偽神のようなモンスターと戦うような事態になれば全滅は必至。
勝負しているギルドがどのようなギルドなのかどうかは不明だが、勝負を仕掛けた側が勝算も無く挑むとは考えにくい。
「だから別の方法を考える必要があったってわけ」
「それがサラナの町で開いている露店ってわけか」
「うん。露店では普通の通貨も使えるけど、秘鍵も代価として使えるようになってるの。それが商会ギルドが秘鍵を集める方法としては一番正攻法だろうってことになって」
ようやくこの町で所持しているすべての秘鍵を納品していなかったプレイヤーの意図が理解できた。
「だからユウくんたちもここの露店で是非買い物してくれると嬉しいな」
「別にいいけど。一つ聞いてもいいか? リタたちはどの勢力に秘鍵を納品してるんだ?」
俺たちは魔人族がトップになるようにするつもりだ。理由はギルドメンバーに堕翼種のキャラクターが興味あると言われたからなのだが、ここでリタが別の勢力にしているのならば協力することを躊躇してしまいそうだ。
「最初私たちは全部の勢力に等しく納品するつもりだったんだけど、それだと全体ランキングしか狙えないってこともあって、どれか一つに絞ることになってね。ユウくんが知りたいのはそれだよね」
「ああ」
「私たちは人族よ。ギルドメンバーに人族が最も多いってのが理由ね」
「だったら悪いけどあまり協力は出来ないと思う。俺たちは魔人族が勝つようにしたいからさ」
「そっか、残念。でも、普通に買い物のできるから良かったら露店を覗いて見てね」
「ああ。それなら」
残念そうに告げたリタだが、同時に仕方ないとも思っているようで、それ以上何かを言ってくることは無かった。
「一つ気になったんだけど」
「何? ムラマサさん」
「他の場所でも同じような事してるのかい?」
「町単位ならここ以外にも二つ。納品箱があって中規模な町で同じような露店を出しているわ。大規模な町は手が回らないってことで今回は見送ったの。後は個人に任せてるわ」
サラナの町と同規模な露店を三つの町で開催していることに感心していると突然手元にコンソールが出現し、フレンド通信が入った。
通信の相手はヒカルでそれ自体珍しいことではないが、現在別行動していることは知っている彼女からの連絡は何かがあったことの証拠。
ムラマサに視線で何かあったことを伝えるとコンソールを可視化させてフレンド通信に出た。
「どうした?」
『ユウ! 大変なんです。どうすればいいですかっ!?』
とても焦ったようなヒカルの声。
この声が俺たちのギルドの在り方を変える一報であることをこの時の俺はまだ知らなかった。
これにて本年の更新は以上となります。
些か中途半端なところで切ったような感じになってしまい申し訳ありません。
この続きは来年に。
来年の更新は一月から再開しますが、第一周の1月5日は正月休みとさせて戴こうと思います。
つまり次回更新は1月12日ですね。
少々長く更新間隔を空けてしまうことになりますが、本作を温かく見守って頂ければ幸いです。
では、今年もありがとうございました。
皆様よいお年を。