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三つ巴の争奪戦 ♯.13

お待たせしました。今週分の更新です

 壁画に記されているリョウメンスクナは姿こそ俺たちが戦ったそれと同じであれど、その扱われ方は全く違っているように見えた。

 俺たちが戦ったのはモンスター然としたリョウメンスクナだ。しかし壁画にあるのはおそらく堕翼種と思われる腰の辺りに翼を持つ人たちに崇められている、それこそ神のような存在のように描かれていた。


「この巨神は儂等の先祖が崇めていたモノと聞いておりますのじゃ。どうですかな? これが其方等が戦ったモンスタ-で違いないですかの?」

「あ、ああ……多分」


 振り返り問いかけるユサミネに俺は曖昧な返事しか返すことができなかった。それだけ壁画に描かれているそれと自分が戦ったリョウメンスクナとの印象に差異が見られたからだ。

 例えば俺たちが戦ったリョウメンスクナはその四本の手の総てに剣が持たれていたのに対して壁画に描かれているそれの手にはそれぞれ剣、槍、斧、杖といった別々の武器が持たれているのだった。


「姿は同じ…だと思う。けど、何て言うか、こう上手く言えないんだけどさ、違うとも思うんだ」


 まじまじと壁画を見て告げた俺の言葉にユサミネは何故だか得心がいったというように深く頷いてみせた。


「何か心当たりがあるみたいだね」


 一歩下がった場所に立っているムラマサがユサミネの様子を見て呟いた。


「ふむ、正確なことは言えないのじゃが、其方等が戦ったというモンスターはここに描かれているリョウメンスクナノカミ様とは違うようじゃの」

「リョウメンスクナノカミ? リョウメンスクナじゃなくてか?」

「その通りですじゃ。この壁画に描かれているのは儂等の里の守り神、リョウメンスクナノカミ様じゃ。おそらく其方等が戦ったのはリョウメンスクナノカミ様を模した偽物。所謂【偽神(ぎしん)】じゃろうて」


 偽神という聞き慣れない単語に首を傾げる俺の近くでアラドが息を呑んでいた。その表情は珍しくも困惑の感情が前面に現れており、同時にユサミネの言葉を訝しんでいるようにも見えた。


「どうしたんだ? 何か気になることがあるのか?」

「……なンでもねェよ」

「いやいや、何でもないって顔してないぞ。気になることがあるなら言ってくれよ」


 何を黙っている必要があるのかと問い詰めようとする俺を止めたのはムラマサの驚愕混じりの一言だった。


「アラドは神域のモンスターと戦った経験があるのか!?」


 【神域】またしても聞き慣れない単語だ。


「ん? その様子だとユウは知らないみたいだね」

「ああ。教えてくれるか?」

「いいともさ。神域というのは文字通り神の領域に踏み込んだ存在のことを指すのさ。例えば【神剣】というアイテムのようにね」

「ちょっと待て、そんなアイテムを作ることは出来ないはずだ。神剣だけじゃない、魔剣だってプレイヤーが作りだすのは不可能と言われてるはずだ」

「その通りだよ。だから神剣のようなアイテムはプレイヤーが作り出せる物じゃない。加えて言えばダンジョンドロップでもモンスタードロップでも、クエスト報酬なんかやイベント報酬でもない。言ってしまえばゲームとしてのバックストーリーにだけ記されている伝説の存在ようなものなのさ」


 ムラマサが告げたことは曲がりなりにも生産を行うプレイヤーである俺にとっては百も承知なことだった。ムラマサは言わなかったがプレイヤーが神剣のような通常のアイテムとは違いがあり過ぎるアイテムを作り出せないのはシステム的な制約が掛けられているからなのだ。

 尤もダンジョンドロップなどでも手に入らないというのは初耳だったのだが。


「神域のモンスターというもの同じだね。ゲームとしてのストーリーにだけ出てくる伝説の存在。そのはずなんだけどね……」

「アラドはそれと戦ったことがあるっていうのか?」


 俺とムラマサの視線がアラドに集中する。

 好奇心に駆られた視線を向けられてバツが悪そうにアラドはそっぽを向いた。


「オレたちはパーティを組んでるんだ。少しくらい教えてくれても良いんじゃないかい?」

「―――チッ。オマエらが期待してるほどじゃねェぞ」

「分かっているとも。それでも知りたいと思うのは仕方ないことだろう?」


 ちらりとユサミネを見てから「わかったよ」と呟くとアラドは語り始めた。


「俺が戦ったのは樹竜。それも古樹竜――エルダー・ツリー・ドラゴン――だ」

「なるほど。竜種のモンスターなら神域に到達している存在がいてもおかしくはない…のか?」


 アラドの話に嘘は無い。頭ではそう理解していてもムラマサはいま一つ納得できないでいるようだ。


「何か気になることがあるのか?」

「神域のモンスターなんてものが出現したという情報はどこにも出てなかったような気がするのさ。勿論真偽が定かではないものは幾つも見受けられたんだけどね」

「その中に真実が含まれていただけって話じゃないのか?」

「うーん、そうなんだろうけど……」


 尚も考え込むムラマサを横目に俺は一番気になっていたことをアラドに訊ねることにした。


「で、アラドはその古樹竜に勝ったのか?」


 何気なしに問いかけた言葉に、ムラマサは思考を止め、アラドは怪訝そうな視線を俺に向けてきた。


「え? 何? 変なこと聞いたか?」

「いや……そうだね。ユウは神域のことを知らなかったんだよね」

「ああ。最近は自分でも情報を集めるようになったと思うんだけど、そんな単語どこにも載ってなかったと思うぞ」

「公式サイトは見てるかい?」

「イベントの告知とかくらいは」

「ならそこにある【STORY】の項目は見てないんだね」


 微かに記憶の中にある公式サイトのレイアウトを思い出しながら頷く。


「そこにはこのゲームの世界観設定みたいなものが漠然とだけど書かれているのさ。神域というのはそこに出てくる言葉なのさ。細かいことは置いておくけど、神剣とかアラドが戦った古樹竜のようなモンスターみないなものが神域にあると言えるんだ。まあ、今に至るまでそれが確認された試しは無かった訳だ。せめて確認できればいいんだけど……」

「無理だな」

「どうして?」


 きっぱりと否定するアラドに俺は思わず問い返していた。


「古樹竜と戦ったのだって偶然だったからな」

「倒した……わけじゃないんだな」


 俺からしたらそれは答えづらい質問のつもりだった。しかしアラドは平然と何のこともないように「そうだ」と返してきた。


「アレが神域ってワケか」


 と、まるで昔を懐かしむように呟いた。


「明らかに他のモンスターとは違った。レイドボスモンスターとも違う、もっと上位の存在であるとひしひしと肌で感じることができた。だからさっきのコイツの話には違和感を感じた。それも偽神って言葉で納得できたがな」

「どういうこと?」

「そもそも神域に達したモンスターをたった二人で倒すことなんて出来ないってことなんだろ」

「ああ。古樹竜と戦った時だって俺一人じゃなかったからな」

「え!?」

「ンだよ?」

「あ、いや、アラドが前にもパーティを組んでたんだなって」


 何となくアラドが普通のプレイをしていたことが意外に思えてそう呟いていた。

 一瞬、俺の言葉に不機嫌を露わにしたアラドもこれまでの自身の行動を思い返して仕方なしと思ったのか、微かに鼻を鳴らす程度だ。


「違ェよ。あの時は周辺に居たプレイヤーの全てを巻き込んだ強制レイド戦が始まったってだけだ」

「ああ、よかった。安心した」

「なンでだよ」

「まあまあ、それで、アラドが戦ってみた感想は? 勝てなかったまでも善戦したんだろ?」

「いいや、瞬く間に全滅させられた。あの時の俺のレベルは今よりも高く79。ランクを上げる前とはいえ、近くに居たプレイヤーも似たようなもンだったはずだ」


 高レベル帯のプレイヤーが集まったレイド戦を圧倒してみせたという話に戦慄を覚える。


「古樹竜が行った攻撃は三回。全てがブレスだ。たったそれだけで俺たちは全滅したってことだ」


 悔しさを滲ませているというよりは、晴々とした表情を浮かべアラドがいった。


「あの場に居たのは20人くらい。黙ってるヤツもいるだろうから、話題に上がらねェのも無理ねェハズだ」

「確かに」

「それに同じ場所に行ったとしても同じことが起きる保証も勝てる確証もねェからな。再戦を挑んだヤツもいねェってことだろ」

「それが情報が表立って出てこない理由ってわけか」


 納得したとムラマサが頷いた。

 あと少しで勝てたかもしれない。あるいは勝ちに繋がる方法を見つけられた。レベルを上げれば何とかなる可能性がある。再戦を挑む理由は大概そのようなものだろう。だからそれらが見いだせない限り手を出さないのは何もおかしくはない。

 敗北してデスペナルティを受けるくらいならば、勝てるという確信が持てるまで見送るのもまた、正しい判断だ。


「話は終わったかの?」


 一人置いてけぼりになっていたユサミネが俺たちの話が一段落ついた時を見計らって話し掛けてきた。


「ああ」

「ならば、戻ろうかの。ここにはこれ以上の用は無いはずじゃからの」

「ん?」

「まさかオレたちにこの壁画を見せる為だけに連れてきたっていうのか?」

「その通りじゃ。其方等が戦った偽神とリョウメンスクナノカミ様が違うことも確かめたかったというのもあるがの」


 そう言って来た道を戻るユサミネに続き俺たちも元の場所へと戻って行った。

 もはや懐かしい和室に戻ってきた俺たちは再び用意された座布団に座り、ユサミネとジルバリオに向き合った。


「さて、見せたい物も見せ終わったしの。渡すものを渡してしまおうかの」

「渡す物?」

「そうじゃ。其方等流に言うならクエストの報酬じゃの」

「おお!」


 忘れていたと言わんばかりに歓声を上げる俺にムラマサの生暖かい視線が突き刺さった。


「まさか忘れていたのかい?」

「あ、ま、まあ。色々あったから」

「全く。ユウたちは何の為に戦ったと思っているんだ」

「それは、その、ここの人たちを助ける為……とか」


 人助けは大事だからな。

 なんてことを考えながらうんうんと頷く俺にアラドとムラマサは大きな溜め息を吐いた。


「とにかく! ユサミネさん。俺たちに何をくれるんだ?」


 誤魔化すように向き直り身を乗り出して問いかける。


「う、うむ。それはこれじゃ」


 予め用意してあったのだろう。ユサミネは漆器の箱を取り出して、その蓋を開けてみせた。


「これは? 珠?」

「うむ。『取り直しの宝珠』という」


 漆器の箱の中に入っていたのは俺たちのパーティの人数分のゴムボール大のガラス玉。中に何も入っていない球に見えるが、ユサミネがこうも自信あり気に差し出したものだ。ただの珠であるはずがない。


「その宝珠の力は既に習得してあるスキルをリセットすることじゃ。その際、使用していたスキルポイントはスキルレベルに応じて戻るようになっておる」

「…ほう」

「便利といえば便利なアイテムだね」


 微かに嬉しそうにするアラドに反してムラマサは何処か微妙そうな表情を浮かべている。


「ムラマサはいらないのか?」

「今のところは使い道は無いかな。まあ、これから先に使うことがあるかもしれないし、珍しいアイテムだから有難いと言えば有難いんだけどね」


 そう言ってムラマサはこの中の取り直しの宝珠に手を伸ばし、三つある珠の内の一つを手に取った。

 それに倣うようにアラドと俺も宝珠を手にすると視界に出現したコンソール上に『取り直しの宝珠を獲得しました』とのログが流れた。


「さて、後は報奨金なんじゃが…すまぬがこの里はご覧のあり様じゃ。大した額は払えそうになさそうじゃ。すまんな」


 深く頭を下げるユサミネを目の当たりにして、俺はこれ以上の報酬を望むことは出来なかった。それはムラマサも同じようで、アラドはどうでもいいというように目を伏せた。


「これだけでも十分さ。それよりも一つだけオレたちの願いを聞き入れてもらえないだろうか」

「ふむ。出来る限りのことはするつもりじゃが、何かの?」

「日の里と月の里のどちらでもいいんだけど、休息をとるための部屋を貸してもらいたいんだ」

「それは別に構わんが。月の里でも良いというのは何故なんじゃ? あちらは大半の家屋が瓦礫になったんじゃなかったかの?」

「ああ。そうだ」

「ならば、何故かと聞いても?」

「それは、こちらの里は人も増えて大変だろうし、日の里も全ての家屋が使えなくなったわけじゃないはずだ。そうだろ?」

「ああ。無事な建物もいくつかは残ってるはずだ」

「だったらそれを使わせては貰えないだろうか」


 ムラマサは口には出していないが、俺たちが休むというのはそのままの意味ではない。ログアウトしこの世界から離れることを意味していた。


「分かった。だが、その家屋の中の物は出来るだけそのままにしておいてもらえないだろうか」

「使うな、とは言わないのか?」

「うむ。月の里の者達も直ぐには戻ることができないじゃろう。月の里に残っている食料品なんかも腐って捨てるよりは其方等に食べて貰ったほうがいいだろう。そのままにしておいて欲しいというのは……」

「解ってるともさ。住人の私物というわけなのだろう。無論、勝手に弄るなんて野暮なことするつもりはないさ」

「そうか。ならば好きに使ってくれて構わんよ。日の里、里長の名において許可しよう」

「助かるよ。では月の里の家屋の一つを借り受けることにするよ」


 ムラマサが独りで交渉を進めて、信じられないほどスムーズに自分たちの休息場所を確保してみせたその交渉の手腕に驚きつつも俺は心の中でそこまでの量の食材を使うことは無いのだろうと考えていた。

 その後、俺たちは特に話すことも無いので幾許かの沈黙ののちに解散することになった。

 ユサミネの家を出て俺たちは再び月の里へ。ユサミネはそのまま日の里に残りムラマサが助け出した人たちの身の振り方を共に考えるのだという。

 一度足を踏み入れたことのある月の里だ。俺たちは三人だけでも行くことができるとジルバリオの案内を断ったのだが、使ってもいい建物を教えると言われれば断ることなどできはしない。ユサミネはどれでも好きに使っていいと言っていたが、そこはやはりここで暮らす住人にとっては他人に手に触れて欲しくない場所や物だってあるのだろうと有り難くジルバリオの申し出を受けることにした。


 それから月の里に橋を踏み入れ、俺たちはジルバリオの案内のもと、俺たちが使ってもいい家屋を探した。

 ログアウトするだけなので三人がそれなりにゆっくりすることの出来る家屋という条件を出したつもりは無いが、それでもジルバリオは俺たちがここで体を休ませるだろうことを疑う理由も無いのである程度広い家屋を使うように言った。

 ジルバリオが指し示した候補は二つ。おそらく月の里の里長の家らしき建物――建物自体は無事だが、庭の一部や物置などに被害がある――と日の里で最初に俺たちが案内された建物のような所謂集会所のような建物。

 この二つの内俺たちが選択したのは里長の家。この方が家財道具がある程度揃っていると思ったからだ。

 実際にここで寝ることはしなくても明日ログインしてきた時に軽い食事を作ったり、簡単な生産作業をするとなった場合、火を起こしたりしても問題無い方がいいというわけだ。


 使ってもいい部屋、使ってもいい道具、使ってもいい食材などの簡単な説明をした後ジルバリオは日の里へと戻って行った。遠ざかっていくその姿を見送ってから俺たちは明日のことについての相談を始めた。


 まず俺の意見が明日は耐久度の回復や使用したアイテムの補充。それに加えてのレベルが上がったことによるスキルのレベルアップ等。

 ムラマサは獲得した秘鍵を納品しに行くこと。他は粗方俺と同意見だった。

 アラドだけがまだ戦い足りないと訴えてきたが、それは俺とムラマサによって即時却下された。


 かくして俺たちは順々にログアウトして行き、想像以上に濃密だったイベント初日を終えた。




ようやくイベント一日目が終わった・・・・・・

ここまで長くするつもりなかったのに・・・・・・

というか何故一週間という設定にしてしまったのだろうか。過去の自分に問い詰めたい。


などということはさておき、次回更新からはイベント二日目に突入します。

この章全体の構想は既に一日目にして多少の誤差が生じ始めてることは秘密にして、それ程長引かないように着々と物語を勧めて行ければと思います。


では、次回の更新も一週間後になるかと。

それではまた来週~


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