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三つ巴の争奪戦 ♯.10

お待たせしました。

今週分です。

 初めて。障壁という障害物が消えてようやく俺はリョウメンスクナというモンスターを直に感じることができたのだろう。

 データ上の存在で、その奥に人がいないプログラムでしかないと理解していても、あの存在から発せられる言いようのない威圧感に戦慄を覚えた。


「ユウ!」


 不意にアラドの怒号が飛ぶ。

 その瞬間、俺の体はビクッとなり、それまで金縛りにあっていたかのように動きを止めていたことに気付いた。


(どのくらい止まってた?)


 降り注ぎ続けている障壁の欠片は地面に落ちて消えていく。その光景は正に冬に目にする雪のよう。次第に収まっていくそれと攻撃を仕掛けるアラドが振るう黒い大剣の軌跡が描く黒いラインが作り出す白と黒のコントラストが目の前の状況に相応しくない、幻想的な光景を作り出していた。


 障壁を失ったリョウメンスクナはそれまで見えなかった神々しい金色の光を全身から迸ている。

 まるで自身がモンスターではなく、もっと別の何かだと物語っているかのように。


「すまない」


 果敢に攻撃を仕掛けているアラドに負けじと俺もガン・ブレイズを振るう。もちろん攻撃はアーツを併用している。

 けど、今回使っているのは攻撃速度を上昇させる〈アクセル・スラスト〉だ。

 一発の威力も大事だが、初めての障壁突破によるリョウメンスクナの行動の変化を警戒しての選択だった。


 大剣から出現させた黒い腕を器用に使いアラドはリョウメンスクナの眼前まで跳び上がりその腕や胸を斬り付けている。

 ならば俺はその巨体を支えている足を狙う。

 両足をバランスよく狙うのではなく片足、アラドの攻撃範囲に被らない為にもアラドが攻撃を仕掛けているのとは反対の足を重点的に狙っていく。


「思ってたよりも硬いッ」


 ガン・ブレイズを通して感じる斬り付けた感触はこう言っては何だが、人型をした他の種のモンスターと大差がない。確かに頑強な筋肉の鎧は刀剣類の攻撃を阻むものになるし、あの巨体だ、こちらの攻撃が何の抵抗も無く通るとは考えていなかった。

 しかし、自分に返って来た感覚とリョウメンスクナのHPバーの減り方にあからさまな齟齬がある。


 何より攻撃を仕掛けているのは俺一人じゃない。

 アラドという仲間が一緒なのだ。

 それに加えてリョウメンスクナのHPバーは一本しかない。初めて見る白い色だったそれが衝撃の耐久値だったのは先程の攻防で確認済み。となれば残っているのは何の変哲もない通常のHPバーのみのはず。


 悉く自分の予想を裏切ってくるリョウメンスクナというモンスターを前にして不意に嫌な想像が脳裏を過った。


「今はまだ動きが遅いけど、多分……」


 障壁とは身を護るためのものである。だからそれを破壊しなければこちらの攻撃は通らない。

 それは紛うこと無き事実だろう。だが、その事実もまた真実の僅か一面に過ぎない。


 もし、隠されている面があるとすれば。

 それが自分たちにとって好ましくないものだという可能性は大いに残されているのだ。


「――目が…光った!?」


 きっかけとしてはわりと解りやすいものなのだろう。

 ゲームの演出としてもありきたりだ。


 必死になってリョウメンスクナの足に攻撃を加えていた俺はそれを目にし即座に後退する。アラドも黒い手を伸ばし後方へと下がった。


「何が起きやがった!?」

「多分、ここからが本番ってことなんじゃ」

「あン?」

「あの障壁は俺たちの攻撃を防ぐことも出来たんだと思う。けど本来の使い方はその逆。リョウメンスクナを封じておくための封印みたいなものだったとしたら」


 訝しぐわけでもなく真剣に俺の言葉に耳を傾けているアラドは険しい目つきで対峙しているリョウメンスクナを見上げる。

 自分たちがしたことはリョウメンスクナを解き放つ行為だったのかも知れないと語る俺は静かに息を呑んだ。


 戦闘の合間に生まれた一瞬の静寂。それを破ったのは他の誰でもないリョウメンスクナ自身。


ォオオオオオオオォォォォォォォォオオオオオオオオオオン!!!!!


 二面四腕の鬼はまるで自分以外の全てを呪うかのような雄たけびを上げたのだ。


「―――ッ!」


 気圧されまいと気を張っても無駄。

 俺とアラドは無意識のうちに武器を持っていない方の手で耳を塞いでいた。


「……来る」


 俺とアラドの頭上にリョウメンスクナが持つ四本の剣が一斉に襲い掛かる。

 全てが縦の斬撃。剣道で言えば面打ちだ。

 単純にして、洗練されたその斬撃は咄嗟に横に跳んだ俺とアラドの中間に落ち、地面に大きな抉られた傷跡を残した。


 一瞬にして全身を駆け巡る戦慄はそこにいないはずの自分を見たから。

 もし回避するのが一瞬遅れていたらどうなってしまっただろうかと考えるだけでガン・ブレイズを握る手に汗が滲む。


「ォラァアアア!」


 攻撃後に生じる隙を狙うのは戦闘の常套手段。

 剣で地面を叩きつけたリョウメンスクナの腕の一本に黒い腕が掴みかかり、リョウメンスクナの腕を起点にしてアラドの体を宙へと運ぶ。


 空中を舞うアラドの姿に後押しされるように俺もまた駆け出していた。

 足への攻撃はいったん中止して地面に接近している腕を斬る。

 腕の一本一本が俺の身長ほどあるそれは何処を斬れば効果的なのかは解らない。そもそも先程の攻撃ですらリョウメンスクナのHPを殆ど削ることは出来なかったのだ。腕を攻撃しても何も変わらないかもしれない。


(そんなことわかってる!)


 自分の中に浮かぶ弱気を打ち払うように、俺は心の中で叫んだ。

 元々自分たちの攻撃が効かなかったのは解りきっていることだ。それでも戦うと、勝ってみせると決めたのは俺だ。

 だから、ここで退くことはできない。


「刺されぇぇぇ」


 動き出したリョウメンスクナの腕にガン・ブレイズを突き刺す。

 ダメージは殆ど無いとしても効いていないわけじゃないはずと、力を込めた俺の体が自分の意思に反して浮き上がる。


 腕にガン・ブレイズを突き立てたまま、ぶら下がっている俺ごとリョウメンスクナは乱暴にその四本の腕を振り回した。


「うっ、ぐっ」


 急激に左右に振り回されて体に押しかかるGに耐えるように奥歯を噛みしめて必死にガン・ブレイズを放さないようにと両手でその柄を握りしめた。

 遊園地の絶叫マシンなどめじゃない程の加速が襲う。


 ヒュンっとこれまでとは違う風切り音が過る。

 そして次の瞬間には全身に衝撃が襲い掛かってきた。


「――ぐッ……ガハッ」


 俺がその衝撃の正体に気付いたのは虚しくもリョウメンスクナの腕からガン・ブレイズの刃が抜けて自分の体が月の里の家屋に衝突落下したのだと知覚した時だった。


 一瞬にして減少する自分のHPバーに焦りを覚える。

 俺い降りかかる半壊した家屋の瓦礫をガン・ブレイズを持つ右手で払い除けながらも、空いている左手でストレージから効果の高いHPポーションを取り出す。

 乱暴に栓を開けてその中身を一気に煽ると一瞬にして俺のHPは回復した。


「まだ――やれるッ」


 自分に言い聞かすようにそう呟き、半壊した家屋から飛び出す。

 そこにはこれまでにないほど活発に動くリョウメンスクナと黒い腕を使い空中機動を繰り広げるアラドの戦闘の様子があった。


「……凄い」


 アラドの動きはリョウメンスクナに負けていない。そう確信しながらも俺は同時にそれとは違うことも確信してしまっていた。

 アラドにリョウメンスクナの攻撃がクリーンヒットすることは無いだろう。それは俺にそう思わせてくれる動きをアラドが見せているからだ。しかしアラドがリョウメンスクナを倒すことも不可能に見える。

 リョウメンスクナを倒しきれるだけの威力を持った攻撃手段はアラドに残されていない。


 通常の攻撃アーツでも威力は十二分に発揮されているはず。しかしそれにしてはリョウメンスクナのHPが減少していないのだ。

 HPに比べて防御力が異常に高いということなのだろう。

 ならばその防御力を上回る攻撃を繰り出せばいいだけなのだが、それが出来ていない。俺が使える通常の攻撃アーツで威力特化のものを使用したとしても状況は大して変わらないはずだ。


 戦線に復帰した俺は〈インパクト・スラスト〉を発動させた。

 当然狙うのは無防備を晒している足。

 リョウメンスクナの足に刻まれた斬撃を受けたことを表す一筋のエフェクト。


「やはり効かないか!」


 この予想だけは外れていて欲しかった。でなければ俺たちの攻撃はリョウメンスクナに対してほとんど効果がないものばかりだと解ってしまうから。

 しかし、試さずにはいられない。むしろ試さずに後回しにして良いことなど何もない。

 せめてもの救いは完全に無意味ではないということだけ。

 アーツを使った攻撃を繰り返して行けばいつかは倒すことができる。


 問題はそのいつかが文字通りいつの日になってしまうか解らないということ。


「ムラマサが来るのを待つか?」


 ふとここに居ないもう一人のパーティメンバーに思いを馳せる。


「いや、そんな時間も余裕も無い」


 ムラマサとは月の里の生存者を日の里まで連れて行った後に合流することにはなっているが、リョウメンスクナに見つからないように、それ以前の亡者共にも見つからないようにジルバリオの案内で普段使われていない道を使って月の里と日の里を行き来しているために、俺たちが戦闘をしている場所とムラマサが使う道は大きく離れてしまっていた。


 今も戦闘中であることは増減を繰り返す俺やアラドのHPバーから確認できるだろうが、月の里の人たちを放ってまで先にこちらに合流するのは考えにくい。

 受けたクエストを万全に期すためにも月の里の人たちが日の里に辿り着くまで守らなければならないのだ。


「だとすれば残る方法は一つしかないっ」


 ぎゅっとガン・ブレイズを握る手に力を込める。

 覚悟を決めた、などというのは大袈裟だが、俺はこの時、自分に残されているたった一つの方法を選んだのだった。


 必殺技(エスペシャル・アーツ)。日の里でアラドがジルバリオに使った〈ガウスト・ハンド〉と同種のそのアーツを使う決心をした。


 一度使えば当分使うことは出来ず、外してしまえば何にもならない、一発限りの必殺技。


「まさか、初日からここまでの相手と戦うことになるとはな」


 苦笑交じりに呟いた。

 俺もそれを使うとなれば今日の活動はここで終わりにせざるを得ない。でなければこの先リョウメンスクナと同じように強力なモンスターと対峙したときに勝てる可能性が低くなってしまうのだから。


 ストレージからMPポーションを取り出し、それまでのアーツの発動で消費したMPを回復させる。これから行う攻撃ではMPが全快していなければ万全とはいかないのだ。


 ガキンッ。


 重く鈍い鉄のぶつかる音がする。

 深く息を吸い、俺は剣形態のガン・ブレイズの引き金を強引に引いた。


「アラド、気付いているんだろ? 俺に合わせてくれよ」


 この声が届いているかどうかは解らない。いや、多分届いてはいないだろう。けどこれが現時点の俺たちができる最大の攻撃であることはアラドも勘付いているはず。

 果敢にリョウメンスクナに攻撃を仕掛けるアラドに交ざり俺も攻撃を仕掛けていく。しかし、今度はアーツの使用は無しだ。現状大した効果がないアーツを使うよりもそのMPを必殺技の威力に加算させたほうが得策なのだから。


 再びガキンッという音がする。

 それは攻撃の最中にもう一度引き金を引いた音。


 俺の必殺技はガン・ブレイズの引き金を引く度に一定の威力が加算されていく。

 その威力を最大限発揮させようとするのならば二回では足りない。もっと、もっとMPと注ぎ込む必要がある。


「もっと!」


 三回、四回と引き金を引き、その回数が六回を超えた瞬間にガン・ブレイズの刀身の周りに黒く小さな光が漂い始めた。

 一定の威力がチャージされたことを示す現象だ。けどまだ足りない。一度しかない攻撃のチャンス、命中しても大したダメージしか与えられなかったのでは話にならない。


 ガン・ブレイズの周りを漂う光の気配を敏感に察知したリョウメンスクナが四本の腕を広げ、それぞれが持つ剣をそのまま地面に突き立てた。


「何をする気だ?」


 初めてみせた挙動に一気に警戒の色を濃くする俺は攻撃の手を止めてまたもリョウメンスクナから距離を取った。

 不格好でも何でもいい。とにかく離れなければならないという直感から全力で走る。


ォオオオオオオオォォォォォォォォン!!!


 戦闘が始まる前に聞いたのと同種の咆哮が周囲の空気を震わせる。

 耳を塞ごうとする前に生じた衝撃波をまともに受けてしまい、俺の体は宙を舞っていた。


 咆哮(ハウル)。モンスターが放つ咆哮であり、それは息吹(ブレス)の下位版とも言われている攻撃だ。

 息吹と咆哮の違いはそれに実体を伴う何かがあるかどうか。前者はドラゴンが放つ炎の息吹にも代表されるように属性が現象として伴われているものが多い。それに反して咆哮は現象が伴わずにそれが残す影響だけがもたらされるだけ。

 例えば対象を委縮させるものであったり、一時的な聴覚器官の麻痺だったり。


 リョウメンスクナの咆哮は俺の体を強制的に竦ませる。だが咆哮がもたらす影響がそれだけだとするのならばこうして体が宙を待っている理由が説明できない。


 スローモーションのように景色が流れていく途中、俺はふと耳にしたギルドメンバーのボルテックが言っていた話を思い出していた。

 それは雑魚モンスターなどではなく、クエストやイベントに登場するボスモンスターのような特殊なモンスターに限り特別な効果が含まれる咆哮を使用する場合があるということ。これまでにそのようなモンスターとは出会わなかった為に忘れていたことだったのだが、こうして実際に向き合ってみればその咆哮が持つ脅威は身に染みて理解できた。


「くっ、けどダメージは無い」


 体勢を整えて着地すると素早く自身のHPバーを確認する。

 咆哮を受ける前とHPの残量は変わってはおらず、MPも必殺技の為にチャージした時と同じまま。

 衝撃波を発生させるほどの咆哮を受けてダメージは全くのゼロ。近付てい来た相手を強制的に飛ばすためだけにしては大袈裟過ぎるように思えて俺は眉を顰めた。


「何か別の意味が……」


 プログラムで制御されているゲームだからその行動に無意味なものはないはず。それもこのタイミングでみせた初の行動であり攻撃だ。それならばと俺は自分に何か別の影響がないかどうか探ることにした。

 奇しくも生じた戦闘の幕間を利用してコンソールを出現させて自分のステータス画面を確認する。


 状態異常の類が付与されている様子は無い。

 だとすればその逆はどうだろうかとステータス画面に視線を巡らせた。


「これが、さっきの咆哮の意味かっ」


 ある意味元の状態に戻されていたと言えるのだろう。戦闘開始直後、いつものように使用した≪マルチ・スタイル≫のアーツ〈ブースト・ウォリアー〉によって強化されたパラメータがまっさらな状態になっていた。


「それならもう一度使うだけだ〈ブースト・ウォリアー〉!!」


 浮かぶ魔方陣が俺を透過する。

 上昇する攻撃力を感じながら、俺は七度目の引き金を引いた。

 ガン・ブレイズに宿る光が微かに強くなる。


「もっと…もっと……」


 俺の必殺技にある決定的な欠点。それはチャージしたMPは自動回復もアイテムによる回復もできなくなるということ。

 最大値まで回復させたMPを全て使えばあと最低でもあと四回はチャージすることができる。たった一度の≪マルチ・スタイル≫による強化を発動は問題ないが、何度も咆哮を受け、その度に発動していたのではMPの消費はそれまでよりも早くなってしまう。


「オラアァァァ!! ≪メテオール・ガウスト≫!」


 アラドが発動させたアーツは黒い大剣から出現させた黒い腕による連続した爪撃だった。それが連続した飛翔する黒い斬撃波として天空からリョウメンスクナへと流星の如く降り注いだ。

 やはりダメージは少ない。しかしこれまでとは違い少量ではあるリョウメンスクナのHPバーが減少していた。


「あのアーツ……消費MPが多いのか」


 攻撃後に荒く息を吐くアラドが大剣を地面に突き立て呼吸を整えている。どうやらあのアーツは消費MPが多いだけではなく使用後に一定の行動不可状態に陥ってしまうデメリットが存在しているらしい。


 アラドとリョウメンスクナを交互に見ながら引き金を引く。


――八回!


 引き金を引く度にチャージしたとして一定量のMPが減る。

 けどまだだ。

 まだ、足りない。

 もっと力を溜めなければ、リョウメンスクナには届かない。





戦闘の決着は次回持ち越し。

一つの戦闘が長引くのはいつものことながら、本編があまり進んでいないという……

とりあえず、この戦闘が終わればイベントの一日目は終了する予定ですが、二日目以降はどうなることやら。

あまり長くなり過ぎないように、さらりさらりと進ませたいものです。


では次回は来週です。



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