はじまりの町 ♯.27
四体ものボスモンスターを討伐するクエストに街道を塞いでいるボスモンスターを討伐するクエスト。
次の町に行くには合計五体ものボスモンスターを倒す必要がある。
「もちろん、全部を手伝ってもらおうなんて思っててないよ。最後の一体。街道を塞いでいるボスとの戦闘に参加してほしいの」
「知り合いに手伝ってもらうんじゃないのか?」
「そのつもりだけど、ユウ君が約束してくれるならその時集める人数少なくて済むじゃない。それに、私がそのクエストに挑むのはもう少し先になると思うから、その時にはユウ君もっと強くなっているはずでしょう」
リタの言うように時間があればその分強くなりたいとは思う。このままの実力で停滞するつもりなど毛頭ない。しかし、都合よく強くなり続けられるとは思えない。レベル的にはゲームを続ける限りこれからも上がり続けていけることだろう。だがそれが純粋に強くなったと言えるのだろうか。
「わかった。約束する。その時は必ず力を貸すよ」
「ありがとう」
約束は守る。そのためにも今よりももっと強くなる。
「それじゃ、着てみてよ」
マネキンから外した防具を手渡してくる。
防具を受け取るとストレージに収まった音が聞こえた。
「うんうん、似合ってるじゃない」
コンソールを操作するとユウの着ている防具が一瞬にして姿を変えた。
実際に着替えることでも防具の変更は出来るが、こうしてコンソールの操作一つで変えられるのはゲームならではの便利さがある。
マネキンに着せられていた防具はユウの体のサイズにピッタリと合わさっている。あくまでデータでしかない防具は装備したキャラクターに合わせて自動でフィットするようになっているらしい。
「これは、凄いな」
初期防具に比べてしまうと申し訳ないのだが、新たな防具は着ただけで防御力が格段に上昇している。デフォルトになっている剣銃を収めるホルダーと元々付けていた二つの指輪も問題無く新しい防具に馴染んでいる。
「ご要望通り、外着の裏に証の小刀を収めるポケットを作っておいたから」
そう言われ裾を捲ってみると細く長いポケットが外着の内側に備え付けられていた。
ストレージから取り出した証の小刀をそのポケットに入れるとその為に作ったという言葉通りに綺麗に収まった。
「防具の代金を払うよ。受け取ってくれ」
所持金から十万が消え、リタのもとに渡った。
「まいどあり。強化して欲しかったら素材と代金持ってきてくればいつでもするよ。強化の代金は一律三万Cだからね」
「ああ、その時は頼むよ」
防具は常に新しく買い替えてゆくものと思っていた俺はリタの強化出来るという言葉に驚きを感じながら答えた。
これでこの先ずっとこの防具を使い続けることが出来る。
気分を変えるために新しい防具を買い足すでもしない限り、手に入れた素材はこの防具の強化に回せばいいということだろう。
「って、そうだ。これは防具の強化に使えるのか?」
そう言って見せたのは先程のクエスト報酬として手に入れた霊石。状態異常耐性を付与するというこのアイテムは素材として使えるのだろうか。
「もちろんだよ。今から強化してみる?」
「いや、止めとく。もう少し手持ちに余裕が出来たら頼むよ」
正直強化の代金は今の懐事情でも払えない金額ではなかった。ただし、払ってしまえば正真正銘他には何も買えない状態に陥ることは避けられそうもないが。
「これからクエストに行くの?」
防具の受け渡しは終わった。
それはリタの所にいる理由も無くなったということだ。
「まだ約束の時間まで一時間以上あるからな。スキルの組み合わせってやつを試してみるよ」
用事が終わり時間が余ったら試そうと思っていた。
スキルを習得するためのポイントは有限だが剣銃でも使える技を習得するためにはいくつも組み合わせを試してみる必要がある。成功するかどうかすら怪しいが一つでも技が手に入れば上々だと思ってやってみるしかない。
「ちょっと待って。なんでスキルの組み合わせなんてものを自分で調べるの?」
「なんでって、使える技が無いからに決まってるだろ」
ボスモンスターとの戦闘で自分自身の足を引っ張った最たる要因はこれに尽きる。
同じ攻撃をするタイミングがあるのならより大きなダメージを与える攻撃の方が良い。俺の知るなかでそれが出来るのはスキル習得で得られる技だけだった。
「技が無いって本当なの?」
ここまで驚くリタを見たのは初めてだ。
それもそのはず、パーティ戦闘だということを差し引いても技を持たないプレイヤーが勝てるとは思っていないのだろう。
事実、勝てたのは仲間の力があってこそ。俺が出来たことと言えばボスモンスターの気を引いて走りまわってたことくらいだ。
「一応あるはあるんだけど、な」
唯一使える技は剣銃に弾を込め直す≪リロード≫。
これが無ければまともに剣銃を使えないことは明白だが、それが戦闘用の技で無いことは初心者の俺ですら解かる。
いま欲しいのは戦闘用の、一撃のダメージを引き上げる技だ。
「とりあえず色々試したいから、行くわ」
安全に且つ適度な相手に試すためにはどこかのエリアに出向くべき。四つの初心者エリアでそれに向いているのは西の草原エリアだろうか。
「ちょっと待ってってば」
「なんだよ」
歩き出そうとする俺の腕を掴みリタが引き止める。
「どのスキルを取るか決めてるの?」
「まさか。目に付いたものから試すつもりだ」
どれか一つでも当たりを引ければいいと考えているのだ。習得したスキルの大半は死にスキルになってしまうだろう。
「やっぱり……いいわ。私が相談に乗ってあげる」
「いいのか?」
リタは俺なんかよりも知識がある。
どれと組み合わせれば良いか知らないとしても、全く見当はずれなものかそうでないかくらいは分かるはずだ。
「試すのもここでやればいいよ。私以外の人にとってはここにあるものは殆ど破壊不能オブジェクトみたいなものだし、壊れそうなものはストレージに仕舞っちゃえばいいから」
「助かる」
スキルの組み合わせというのはある種、個人が見つけだした固有スキルのようなものだ。誰でも考えつくような組み合わせは攻略掲示板に載せられているが、それ以外は秘匿されている場合が多い。だからなのか≪剣銃≫スキルを使った組み合わせは全く出回っていないようだった。
エリアで試行錯誤の果て組み合わせが見つかったとしてもそれを誰かに見られて、組み合わせ見破られてしまうと他の誰かが自分と同じことをし出すかも知れない。いつか、遠い未来にそれが基本形となって知られるまで自分だけの組み合わせとしておきたいと思うことは別に悪いことではないはずだ。
「今ユウ君が習得できるスキルを見せてくれる?」
コンソールを可視化モードに変更し、習得可能スキル一覧を表示させる。
俺の隣に並ぶようにして覗き込むリタは真剣な眼差しで一覧を捲っていく。
「どうだ? なにか気になるのはあったか?」
「うーん、今のところ二つかなぁ」
一通り一覧を見終わって思案顔になったリタに問い掛ける。
「どれだ?」
「えっと、この≪無属性強化≫ってのと≪基礎能力強化≫ってやつ」
言われるまま二つのスキルの項目に触れる。拡大表示される詳細なデータは確かに今の俺には心強い力になってくれそうなものだ。
≪無属性強化≫はその名の通り各種属性が宿っていない攻撃に対する強化スキル。剣銃で行う全ての通常攻撃に対して効果がある半面、これから先、別の属性を身に付けるだけで効果を失ってしまうデメリットがある。
≪基礎能力強化≫は使用するだけで特定のパラメータに補正がなされる。MPを消費するだけで自由に強化出来るのは便利そうに思えるが、実際はその強化される時間が短く、上昇する値もレベルが低ければ微々たるもの。戦闘に使えるようになるまでかなりの時間を要するだろう。
「微妙じゃないか?」
「だねー」
渋い顔をする俺にリタが同意する。
同じようにスキル一覧を見た俺もこれ以上はめぼしいと感じるスキルはなかった。
「でも、試すしかないよな」
どっちのスキルから先に習得してみるべきか。
死にスキルになり難いのは≪基礎能力強化≫だろう。これなら使えないと判断してもスキルポイントを無駄に消費しただけで済む。
スキル一覧から≪基礎能力強化≫を選び習得する。スキルポイントが減少するのと同時に、俺の習得済みスキル一覧に追加された。
≪基礎能力強化≫の発動手順は一つ。強化したい能力を決め、キーワードを宣言するだけ。
スキル発動のためのキーワードは『ブースト』だ。
「やってみるか」
まずは強化する能力を決める。今回は攻撃――ATKだ。
「ATKブースト」
キーワードを発すると俺の体に赤い光が宿る。
これは炎系の魔法を発動した時と同じように思えるが、当然の如く俺に炎の魔法は使えない。このゲームがイメージしている攻撃というのが赤色で示され、魔法に該当するのが炎の属性なのだろう。
パラメータを表示させてみるがとても上昇しているようには思えない。
この強化は数字で表されるのではなく、実質的な感覚として現れるのか。
「あ……」
僅か一分で赤い光は失われ強化の効果が切れたことを知った。
明確な効果が分からず、強化出来る時間もごく僅か。新たな技の一つとして使用するにはあまりにも使い辛過ぎる。
「今度は防御だな。DEFブースト」
新たに俺の体に宿ったのは黄色い光。この色の光は初めて目にするためにどの属性を表しているのかは分からない。
攻撃の時と同じようにパラメータを見てみてもやはり数値は変わっていない。このスキルで変わる能力は表示されないという理解で間違いないようだ。
「これが最後か。SPEEDブースト」
黄色の光が消え、俺は今使える最後の強化を施した。
次に体に宿ったのは緑の光。この色も初めて見た。
「これなら……」
攻撃や防御とは違い速度ならこの工房のなかでも試すことが出来る。走りまわることは出来ないが、一瞬の加速ならここでも十分だ。
足に力を込め、一気にダッシュする。
「おおっ」
速度を強化してみてこのスキルの効果が初めて実感できた。
僅か数メートルを進むだけだというのにこの体に感じるスピードはこれまでとは段違いだ。
「でも、これをどう技に昇華させればいいんだ?」
上昇した速度の感覚を考えるなら攻撃と防御も同じように強化されているのだろう。使うタイミングさえ間違わなければかなり使いようがありそうだ。一分という短い時間もその都度強化を変えることが出来ると思えばそれほどデメリットのようには思えない。
「うおっ。MPの消費凄いな。≪リロード≫の比じゃないぞ」
≪基礎能力強化≫の発動に消費するMPの量は初期の≪リロード≫よりも多い。全快状態の割合で消費していた≪リロード≫よりも多いのだからそう連発は出来ない。ここぞというピンポイントで使用する類いのスキルでもないのだから、本来は戦闘開始から連続して使えた方が良い。
「もう一つの方も試してみる?」
「んーやめとく」
≪無属性強化≫というスキルが持つ未来に待ちうけるデメリットを嫌がったというよりも、たった今習得したスキルを使いこなしたいと思ったからだ。
技を発現させる条件は様々。スキルのレベルを上げるだけで発現するものもあれば、特定の行動をして初めて発現するものもあると聞く。
いくら俺が新しい技が欲しいと願っても直ぐに現れるという訳ではない。だとすればありとあらゆる手持ちを駆使して活路を見出すしかない。
「どうだった?」
決意を新たにする俺にリタが問い掛ける。
「だめだった。でも、なんとかやってみるさ」
「そう……」
技が発現しなかったことを正直に話すとリタは残念そうな顔を見せたが、それでも俺が何か掴み掛けたと感じたのだろうか、直ぐにいつもの調子に戻った。
「応援してるから頑張って」
「ああ」
手にしたのは可能性に過ぎない。
これからその可能性をどう開花させるかは俺次第だ。




