三つ巴の争奪戦 ♯.9
一週間ぶりです。
前回の続きから。この続きは次週になる予定です。
砂溜まりの中から出てきたのは秘鍵。
それはこれまで俺とアラドが戦っていた亡者の数だけ地面に落ちている。
「これ、持って行ったほうがいいんだよな?」
いったい幾つの秘鍵があるのだろうと若干辟易しながら自問するとアラドが険しい顔をしたまま舌打ちをしてみせた。
俺はてっきり面倒だから舌打ちをしたのだとばかり思っていたがアラドが見ていたのは別のモノ。
「オイ、聖水は後どれくらい残ってンだ?」
「どうしたんだよ、いきなり」
「いいから答えろ」
「残り二本だよ」
「――チッ、それで間に合うか?」
「何にだよ」
そう問いかけようとした刹那、あちこちに散らばっている秘鍵が再び砂に包まれてもぞもぞと蠢くのが見えた。
まるで一斉に地面から這い出して来る芋虫の行進のようで、虫が苦手な人ならば背中にゾッとしたなにかを感じるに違いない。
とはいえ、今の問題は別のこと。
砂に包まれた秘鍵が虚空に浮かび、それを中心にして別の無数の秘鍵が砂と共に集合していく。
「何が出てくンだ?」
小さく呟いたアラドが無意識のうちに黒い大剣を構えている。
俺は見たことも無い光景に茫然と立ち尽くすことしかできなかった。
時間にすれば僅か数秒。一分にも満たないだろう。
たった一つの秘鍵を中心にして集合した無数の秘鍵が脈動を始めた。
それからの変化はファンタジー然としていた。
秘鍵と共に集合した砂が足を作り、腕を作り、体を、頭を作り出していった。
秘鍵が形成していたモノが完成した時、そこには俺の身長を遥かに超える異形の巨人が目の前に出現していた。
筋骨隆々の巨人の足は二本でしっかりを大地を踏み締めている。
俺が異形だと思ったのは巨人の他の部位を見たからだ。
分厚い胴体から伸びる腕が左右に二本ずつ、計四本も存在しているのだ。四本の腕にはそれぞれ形の違う銅の色の剣が握られている。
頭部もまた異形だと言わざるを得ない。
顔の形が妖怪画に出てくる鬼のようだったのはまだいい。モンスターとしてそれ程見慣れないものでは無いためだが、それが二つ。双子みたいに同じ造形をした頭部が並んでいる個体は珍しい。
聞いた話では二頭を持つ竜がボスモンスターとして標高の高い山のフィールドで現れたことがあるらしいが、目の前にいる鬼のようなモンスターでは俺の知る限り初めてだ。
「新種か?」
「かもな」
新種のモンスターに対して、こっちの戦力は僅か二人。
相手がフィールドに出没する類の雑魚モンスタークラスならば問題ないだろうが、目の前のソレが醸し出している雰囲気は明らかにボスモンスタークラス。
――どうする?
ここで退くのも間違った判断ではないだろう。ここに来た理由の一端である月の里の奪還には失敗してしまうが、ムラマサがジルバリオと一緒に月の里の生存者を救出したのだから、それで満足してもらえばいい。
否応なく浮かんでくる言い訳に、俺は沸き上がる自分に対する不快感に表情を歪めた。
それでは駄目なのだ。ここで逃げ出すことが間違いではないのだとしてもそれが正解であるわけがない。
「来ンぞ」
二頭を持つ鬼が瞳を開き不気味な声を上げる。
四つの腕が蠢き、四本の剣を天へと掲げた。
俺は瞬時に銃形態のガン・ブレイズを向けた。
浮かぶ名称は『リョウメンスクナ』
名は体を表すというか、むしろ名前のままのかの存在は漫画やアニメに詳しい人ならば一度は目にしたことはあるかという有名なモンスターの名だ。
伝承そのままの名前もそうだが、このモンスターに見られる他とは違う箇所がもう一つ。
現在のHPの残量を示すHPバーの色が初めて目にする白だったのだ。
「先に行くぞ」
黒い大剣片手にアラドが飛び出す。
現実では有り得ないような跳躍を見せたアラドが勢いを乗せた斬撃を放つ。
正確にリョウメンスクナの頭部を捉えた一撃が黒い軌跡を描く。
たった今まで戦っていた亡者を一撃で葬ることの出来た攻撃だ。強力なボスモンスターであるリョウメンスクナに対しても有効打になり得るだろうという俺の予想は不可解な何かによって妨げられてしまっていた。
「アァ!?」
攻撃を防ぐ何かごと押し切ってしまおうと気合を込めて大剣を押し出したアラドだったが、その目論見は儚くも崩れ去ってしまう。
「バカな、障壁だとっ」
自身を守る不可視の壁である障壁を発生させる能力を有するモンスターはこれまでに何種類も確認されている。しかしそれらの共通点は決まって魔法的な能力に長けた種のモンスターばかりだった。
見る限り近接戦闘系であるリョウメンスクナが魔法能力が高いとは思えないのだ。
「だったら、ソレごと叩き割るだけだッ!」
言うより早くアラドが空中で大剣をリョウメンスクナが纏う障壁に向けて連続で振り回した。
障壁に大剣がぶつかる度にガンッガンッと大きな音が響く。
「アラド、危ないっ」
「…チッ」
だがその攻撃はあまり意味を成さず、振り抜かれたリョウメンスクナの右腕によって叩き落とされてしまった。
アラドが数回バウンドを繰り返して転がる。
轟音を立てた最初の衝突の時にアラドのHPが大きく削られた反面、連続して攻撃を受けていたリョウメンスクナのHPバーに変動は見られない。
それだけ分厚い障壁ということのようだ。
そして俺も自分の攻撃の無意味さに密かに胸の中で嘆いていた。
アラドが大剣を振り回していた時、何も俺は無意味に立ち尽くしていたわけではない。頭部に目掛けた攻撃が障壁に防がれてしまうのだとしたら別の場所はどうなのだろうと思い、脚を初めとして胴体や腕に目掛けて銃撃を放っていたのだ。
MPの弾丸が命中したその時、アラドの攻撃を防いだのと同じ障壁が発生して着弾を防いでいたというわけだ。
攻撃アーツを発動させなかったのはその障壁が持つ特性が反射である可能性を考慮した為。アラドの攻撃をその場で受け止め続けているという事実がその可能性に行き着いた理由だった。
アラドが払われたのを見て僅かに安心したのはリョウメンスクナが纏う障壁に反射の能力がないだろうと思えたからだ。
仮に障壁にその能力があったのだとすればアラドを振り払うのにわざわざ自分の腕を使うことは無かっただろう。
「この……」
「無事か?」
「オマエが心配する必要はねェよ」
「そうかよ。で、どうだ、アイツは倒せそうか?」
起き上がってきたアラドを追撃する素振りを見せないリョウメンスクナは未だ完全に目覚めてはいないという風に見えた。
理由は不明だが覚醒前だから積極的な攻勢に出ることはなく、あくまでも襲い掛かってくるものを迎撃するだけで銃撃していた俺を狙うことも無かった。
それは近付いて攻撃を仕掛けてくる者のみを標的に絞った迎撃であることを示しているようだ。
冷静に自分たちの戦力とリョウメンスクナの能力を分析する。
現状たった一度の攻撃で俺たちが戦闘不能に追い込まれる可能性は低い。これまでに培ってきたパラメータが役立っていたというわけだ。
しかし俺たちの攻撃で障壁を破壊することもまた困難。
「聖水の効果もあまりなさそうだな」
相手がアンデッド系になるのならばその効果により俺たちの攻撃が通りやすくなっているはず。その傾向が現れてないのてだから、リョウメンスクナはアンデッド系ではないということになる。
外見から推測すれば鬼系。体を構成していた時のことを考慮すればゴーレム系になるのだろう。
「となれば、普通に攻撃で障壁を抜くしかないってわけだ」
俺の言葉にポーションの瓶を咥えているアラドは表情を翳らせる。
自分の手札にリョウメンスクナを倒すことの出来る的確な札が無いことに気付いているからだ。
「それに、アーツを使った攻撃ても効果が無かったら本当に打つ手なしだな」
「随分と楽しそうに言うンだな」
「ちょっとした開き直りさ。後はまあ、こういうことにも慣れてきたって感じかな」
「あン?」
「いやさ、思い返してみてもボスモンスターとの戦闘がすんなりいったことの方が少ないと思ってな」
初見のボスモンスターとの戦いでは手探り状態になることも多かった。
事前に戦う相手のことを調べてから望む時があったとしても、実際に自分で向き合ってみると全てが事前情報通りになることはなかった。
「もういいのか?」
「ああ」
空になったポーションの瓶を棄ててアラドは獰猛な獣のような笑みを浮かべる。
「次は俺も行くぞ」
ガン・ブレイズを剣形態に変えてリョウメンスクナを見据えて告げる。
反撃が来ることを前提に動けば問題ない。
「オマエは左から行け」
「ってことはアラドは右か? 挟撃しても障壁は弱まらないと思うけど」
「知ってンよ」
平然と答えるアラドに俺は目を丸くしてしまう。
「だったら……」
「だとしても反撃を分散させるのには十分だろうが」
人の倍もある二対四本の腕とそれぞれに握られてる四本の剣を一人で引き受けるのは困難。だからそれを分担させようという意図は理解できた。
「かもな」
それだけが攻略法になるとは思えなかったが、何も策を講じなけいよりはマシのはずと俺はアラドの提案を受け入れた。
仕切り直しだと並び立つ俺たちを見下ろすようにリョウメンスクナが低く唸りを上げる。
「行くぞ。〈インパクト・スラスト〉」
俺は威力特化の攻撃アーツを発動させてリョウメンスクナの足に目掛けてガン・ブレイズを振り抜いた。
「くっ、堅い……これほどか」
手に返ってくるのは頑丈な石を斬り付けたかのような感触。
それがリョウメンスクナの体を斬り付けた感触ならばまだよかったのだが、それが障壁を斬り付けたために返って来た感触なのだから何とも言えない気持ちになる。
しかも攻撃アーツを伴ってもというのだから尚更だ。
「オラァ〈クラッシュ・ガイスト〉」
アラドの黒い大剣から一際大きな腕が出現しその爪でリョウメンスクナの障壁に爪を立てた。
この局面で使用したのだから、あれがアラドの使う威力特化の攻撃アーツなのだろう。
「…アラドでも無理か」
「ハッ、一発でムリなら何度でも叩くだけだろうがッ。 〈クラッシュ・ガイスト〉」
連続して剣を振り抜くその度に出現する黒い腕がリョウメンスクナの障壁を連続して叩きつける。
アーツを使用した連続攻撃を繰り返すアラドに倣い俺も〈インパクト・スラスト〉を発動させての連続攻撃を放った。
ガンガンと金属を穿つ音が響くなか繰り出されるリョウメンスクナの反撃は俺たちプレイヤーに照らし合わせるならば通常攻撃でしかないのだろう。それが極力無比だから困りものなのだが。
被弾を避けながら攻撃を仕掛けていく。
盾役のいないボスモンスターとの戦闘では常套手段であるそれは一瞬たりとも気を抜くことができないものだ。
左右に分かれた俺とアラドを狙う四本の腕が振るう剣撃を掻い潜りながらの攻撃は次第に自分たちを掠め始めていた。俺たちの動きが遅くなり始めたのではないとすれば、リョウメンスクナが俺たちの動きに慣れてきたということだろう。
抱いた危機感に俺は回避よりも攻撃に自分の動きの比重を置くことにした。この際、軽い反撃は受けても構わないというスタンスに変更したということだ。
今の俺のステータスならば攻撃アーツを使い続けた所でそう簡単にMPが枯渇することはない。とはいえ、全ての攻撃がアーツ込みになっている以上、俺のMPは目に見えて減っているのも確か。
障壁が壊れる兆候すら表れないのならば、今の戦い方では駄目ということ。そうなれば早めに戦い方を変える必要が出てくる。
戦い方を変えるタイミングを見誤らないように一瞬注意をリョウメンスクナからその頭上に浮かぶ白いHPバーに向けた。
「あれは……」
俺は思わず目を凝らす。
リョウメンスクナのHPバーの白い部分が減り、その下にある緑色をしたHPバーが見え始めていたからだ。
そこでようやく俺は思い至る。
この白い部分がリョウメンスクナ自身の何らかのステータスを表したものでは無く、纏う障壁の耐久度であることを。
「アラド!」
気付いたのならば知らせるべき。そう思って声を上げた俺をアラドがしっかりと見返してきた。その視線はまるで「知っている」と訴えてくるかのようだった。
気付いていたのならば先に言えと思わなくもなかったのだが、仮に教えられたとしても俺がすることは同じであることに苦笑を漏らしていた。
違いがあるとすればアーツを伴った攻撃の目的が僅かに異なるだけ。
リョウメンスクナのHPを削るのではなく、その前段階である纏っている障壁の耐久度を削ること。
それが今の俺がするべきことだ。
自分のするべきことを理解してからの攻撃は、言い方は悪いが雑になった。
リョウメンスクナが纏っている障壁は全身にまで及び、何時如何なる場所を狙った攻撃でも確実に防いでしまう。だが、裏を返せば障壁を破壊するという目的ならば何処を攻撃しても大差ないということだ。
ならば反撃が来る可能性が低いであろう背面とか、反撃を回避するのが容易な少し距離を取ったものであっても攻撃の効果は変わらないはず。
そうしてHPを削る前に障壁の耐久度を減らすことに集中していった結果、数分の攻防の果てに白いHPバーは減り続けその瞬間が訪れた。
ガラスが砕けたような音と共にリョウメンスクナの全身から透明な障壁の欠片が降り注いだ。
作者の近況ですが、首が治ったと思えば次は背中に痛みが。
寒さに負けて暖房をつけるまであと何日耐えられるでしょうか。出来れば真冬にでもならない限り厚着をしたりすることで耐えて行きたいものですねぇ。
まあ、風邪をひくよりは何倍もマシなんですけど。