三つ巴の争奪戦 ♯.7
――どうしてこうなった。
日本の古き良き田舎の集落を彷彿とさせるのがジルバリオに案内された日の里と呼ばれる場所だ。
里にある家屋は全てが木造で、屋根は三角のかやぶき屋根。里の中心には大きな井戸があり、地面は舗装されていない土が露出しているものでしかない。最近グラゴニス大陸の町の至る所で見かけるようになった魔法を用いた文明機器は一つとして置かれていない。
和で平穏だったであろう日の里に漂っている現在の空気感はお世辞にも和やかといえるものでは無かった。この空気を醸し出しているのは言わずもがな日の里の住人。彼らは皆、一様に暗く沈んだ様子だった。
その原因は考えるまでも無い、月の里の襲撃だろう。
しかし、だ。それはそれとして、俺たちはジルバリオに協力すると言ったはずだ。
加えてシステム的に言えば月の里奪還クエストだって開始した。
それなのに何故俺たちは、親の仇でも見るかのように睨みつけてくる堕翼種の男たちに囲まれて針のむしろ状態になっているのだろうか。
俺たちが案内された家屋は想像していたよりも広い。それは周りを囲んでいる男たちの数からも明らかだ。だが、この広さを持つ家屋が何の目的で建てられたのかまでは不明。言ってしまえば今回のように突然の来訪者を迎え入れる役割を与えられた建物のようにも思えた。
男たちの視線を受けている俺たちは木張りの床に直接座っている。居心地が悪いなんてものでは無かったが、それでも何もアクションを起こさない男たちを俺は無視することに決めた。
「なあ、二人はこれからどうなると思う?」
「さアな」
「んー、幸いなのは武器を取り上げられていないってことかな。まあ、オレたちを信用してくれているってわけじゃなさそうなのが気になるけどね」
どちらかといえば奪おうとすることによって反撃されるのを防ぐためだと思う、と言外に伝えてくるムラマサに俺は神妙な顔になった。
重い沈黙の中、待ち続けていると不意に横開きの扉が開いた。
「ん? 誰か来たみたいだ」
襲ってきた者たちに日の里へと案内された時、ジルバリオが代表して里の奥にある屋敷へと入ったのを見計らったかのように武装した男たちが現れた。それからはお互いに手を出さずにここまで来た訳で、当然のように無理に制圧するわけにもいかず、お互いに不可侵の距離を取りながらジルバリオが戻ってくるのを待っていたというわけだ。戻ってくるまでどれくらいの時間が掛かるのだろうと思いながら待っていた結果現れたかの人は果たして俺たちに好ましい展開を招く人に成り得るのだろうかと微かに眉を顰めた。
「皆の者、落ち着くのじゃ。その者達に敵意は感じられぬ」
ジルバリオが連れてきたのは同じ堕翼種の老婦人。目を閉じて立つ老婦人は長い白髪を一つの束に括り、腰の翼は常に微かな光を宿し明滅している。
「貴女は?」
「儂はこの里の長を務めておるユサミネじゃ。ジルバリオから話は聞いておる。本当にお主らは儂等の里の奪還に力を貸してくれるというのかの」
「ええ。その為にオレたちはここに来たのですよ。ユサミネ老」
和やかに微笑み告げるムラマサに続き俺は頷いてみせた。
表情一つ変えずに目を閉じたままのユサミネにそれが伝わったかどうか不明だが、隣に立つジルバリオは難しい顔をして自分の体の影に隠れるようにその拳を強く握っていた。
「ちょっと待ってください、里長様。月の里の奪還ならば我らだけで十分かと」
「そうだ。得体も知らない奴らの手を借りるなど、あってはならない」
「そもそも、こ奴らがあの連中と関わっているかも知れないのですぞ」
まるで国会の野次のように思い思いに俺たちにたする疑惑の声を上げて堕翼種の男たちが騒ぎ立ててくる。たった一人の男を起点に始まったこの声は次第に周りを囲んでいる男たち全員へと伝染していった。
それからはまさに聞くも絶えない罵詈雑言の嵐だった。
突然現れた俺たちに対する誹謗ならばまだ理解できるが、遂には俺たちを連れてきたジルバリオや、俺たちを受け入れたユサミネに対する罵倒もちらほら見受けられ始めた。我関せずと口を挟まず無言を貫いているアラドも傍から見て解るほど顔に不快感を露わにし、ムラマサは戸惑い表情を硬くしている。
「静まらんか、馬鹿者が。儂等だけではあの連中を御しきれぬのは解りきっているはずじゃ」
「ですが、里長様…」
「それともお主は他に月の里を取り戻す名案でもあるのかの?」
「それは……」
言い淀む男を一瞥し、ユサミネが微かに目を開いた。
「ならばこの者達に力を借りることに異論はあるまいて」
そう言って俺たちを見たユサミネは一度深く頭を下げた。
「という訳じゃ。済まぬが儂等に一つ力を貸してはくれぬか?」
「元よりそのつもりです」
代表してムラマサが答え、それに続き俺も頷くが、アラドは辺りにいる男たちを一瞥し何やら冷めた目をしていた。
「オイ、まさかコイツらも来るってのか」
「儂としては全てを任せっきりにするつもりはないんじゃがの」
「ジャマだ」
最初は自分たちのことを言われたと思わなかったのだろう。だとしても数瞬の後、アラドの言葉を呑み込んだ男たちが一斉に立ち上がり、持ってきていた訓練用らしき木で出来た剣を手に取った。
実際に刃のある剣を所持していなかったのは俺たちに対する多少の遠慮があったというわけのようだ。もっともその遠慮を抱いたことを後悔していないとは限らないのだが。
「ええぃっ、落ち着かぬか。それから其方も滅多な事を言わないでくれんかの」
「ハッ、コイツらに何ができンだよ」
またも嘲笑するようなことを言い放ったアラドに男たちは一様に木剣を持つ手に力を込めた。
木剣が来る、そう思い身構えた瞬間、ユサミネの翼に絶えず宿っているそれとジルバリオが見せたのと同じ光が男の腰の翼に宿り始める。だがその光はジルバリオに比べると弱々しく見える。それはジルバリオが特別なのかと思わせてしまうくらいにだ。
それだけ俺たちの周りにいる男たちが宿す光に差は見受けられなかった。
「馬鹿にして……〈我が翼に宿る光よ――〉」
一斉に唱え始めたそれが何かの始動キーであることはジルバリオが使ったのを見ていたから知っている。
発動されれば脅威となる攻撃だとしても発動されなければ問題ない。そんなことはアラドならば百も承知のはず。
「う、うわぁああああああ」
そんな風に考えていると、突然光を発動させようとしている男の一人が悲鳴を上げた。
その悲鳴に引きよせられるように視線を巡らした先には二本の黒い腕によって天井に張り付けられている一人の男がいた。
「き、貴様っ、何をした」
「見て解ンねェのかよ」
「あ、ぁあ……たすけてくれ……」
ミシミシと軋む音を立てる男が苦悶の声を漏らす。
「ふむ、これはどういう意味なのか聞いても良いかの?」
「見え見えの攻撃にすら誰一人として反応も出来ねェとはな。ンな連中連れてくだけムダだろうが」
それは偽ることの無いアラドの正直な考えで、俺たちも心のどこかでは思っていたことなのだろう。現にムラマサは困ったように眉尻を下げ腕を組み考え込む素振りを見せているだけでアラドを嗜めようとはしていない。
「だ、だが、月の里を占拠した余所者はかなりの数が居たと聞く。それを其方等三人だけでどうにか出来ると言うのか」
天井に張り付けられた男を目の当たりにして困惑するジルバリオが問いかけてくる。
ムラマサがその問いに困ったような笑みを浮かべ頷きと肯定の言葉で返す。
「あなた達が余所者と呼ぶ襲撃者を掃討するだけでいいのであればオレたちで十分なはずですよ」
その後、ムラマサが告げた言葉に異議を申し立てようと立ち上がった男たちは揃ってユサミネを見る。まるで俺たちに対して何か言ってくれと懇願しているかのような眼差しだったが、当のユサミネはそれを涼しい顔で受け流していた。
自分たちの味方になってくれないユサミネに苛立ちを覚える男たちは恨めしそうに俺たちの顔を見つめてくるが、それよりもジルバリオが焦ったように制止するように言った。
「待ってくれ。では其方等は月の里にいる者を根こそぎ討伐するつもりだというのか?」
「そうだ」とアラドが平然と答える。
「駄目、というわけではないが、生存者がいた場合どうするつもりなんだ?」
「里を占拠され、この里との連絡通路である橋すら断ったと聞きましたが。月の里にはまだ生存者がいるのですか?」
有り得ない、と言い切るだけの材料を俺たちは持っていない。
そもそも月の里に関しての情報は俺たちよりもここに暮らす堕翼種の人々のほうが多く持っていて当然だ。俺たちはあくまでも現状から推測して月の里にいた人たちの生存は絶望的と判断したに過ぎない。
「可能性はある…と思うがの」
ユサミネが僅かに語気を強めて言った。
しかし、それは俺たちを説得するため、ではなく、俺には自分の言葉が真実であってほしいと願っているかのように思えてならなかった。
「あの町には里の者以外は決して知らない秘密の地下室があるのじゃ」
そう言ったユサミネに回りの男たちは騒めきだった。唯一冷静だったのはジルバリオだ。だが、そんな彼女もユサミネの言葉には面食らった為に固まってしまっているとも取れるような顔をしている。
「里長様。それは部外者には話してはならないのでは…」
「だがのう、生存の可能性を証明しなければこの者達は三人だけで行ってしまうのではないかの。それに、生存者が地下から出てきたときに鉢合わせしてしまえば、今度はこの者達の手で里の者が殺められてしまうやも知れん」
無い話ではないと思う。ユサミネの危惧は尤もだ。俺たちが襲撃者と元から里にいた人たちを見分けるのは不可能だろうし、仮に襲撃者と混同してしまった場合は倒してしまうかもしれない。
「儂とて全員が全員無事とは思っとらんよ。だがの、女子供や老人は率先して逃がされてるはずなのじゃ」
「それすら出来ないほどに早く占領されている可能性は?」
「無論、ある。反面、当然されていない可能性もの」
結局は自分たちの目で確認しないことにははっきりとしたことは不明のままというわけのようだ。
「わかりました。では生存者を見つけた場合はその都度保護するということで」
「それを見分ける方法はあるのですかな?」
片目を開き俺たち三人を挑発するように言った。
ユサミネが言い淀む俺たちに向けていた視線をジルバリオに変える。
「ここの全員を連れて行けとは言わん、だがせめてこのジルバリオだけは連れて行って貰えんかの。戦力にはならずとも里の者を見分ける程度には役立つだろうて」
戦力としてではなく、月の里の人たちと襲撃者を見分けるための人材ということか。それなら、
「わかった。ジルバリオがそれでいいのならだけど」
「構いません」
全く躊躇することなく受け入れたジルバリオに驚きつつも俺はユサミネの方を見た。
「では、ジルバリオを含めた四人で行くことにするよ」
「うむ。頼みましたぞ」
「フン」
「そんなに不機嫌そうにするなって」
頭を下げたユサミネに顔を背けるアラドが苛立ちを露わにした。そんなにジルバリオを連れて行くことに反対だったというのだろうか。俺が知るアラドはそこまでNPCを毛嫌いするような奴では無かったと思うのだが。
「ちょっと来い」
「ンだよ?」
「アラドだって解ってるんだろ。今がジルバリオが必要な場面だってことが」
ジルバリオとユサミネから離れて俺は小声でアラドに話し掛けた。
「月の里の人たちが生きてるなら助けるべきだし、助けたい。アラドは違うのか?」
「さアな。強いて言うなら俺は別にどっちでもいいのかもな」
「だったら俺に乗れ」
アラドの正面に立ちその目を見る。
嘲るように誤魔化していると聞こえるが、その実、アラドの考えは決まっているようだ。
小さく溜息を漏らし俺はムラマサたちの方へと向きを変えた。
「その前に一ついいか?」
問いかけたのはユサミネにだ。
「何かの?」
「アンタたちは襲撃者に心当たりがあるのか? ジルバリオが見分けられて俺たちが出来ないとなれば、相手も堕翼種なのか?」
有り得ない話ではないように思えた。そもそもこの月の里奪還のクエスト自体が堕翼種同士の争いなのだとすればの話ではあるのだが。そんな俺の想像は瞬時にユサミネによって否定された。
「違う。襲撃者は皆、人族だった」
「見たのか?」
まるで見てきたように断言するユサミネに違和感を覚えつつも問い返す。
「儂のチカラを使っての」
「ユサミネ老の力というのは?」
「儂等の里の中にのみ適応する見通しの目、というやつじゃよ」
「ということはユサミネ老は月の里が襲撃されていたのをその目で見ていたというのですか?」
「見ていることしかできなかったがの」
「だったら生存者がいるかどうかくらいは把握できるんじゃないのか」
「そのはずなんじゃがの。だが実際は襲撃を受けた段階で儂の目は曇り、何も見えなくなった」
「俺たちの姿もか?」
「目の前にいる者くらいはまだ見えるさね」
伏し目がちになるユサミネは自分の力が弱まっていくことを感じ、そのせいで精神的にも弱ってしまっているようにも思えた。
力の衰退、あるいは弱体が堪えるのはこの世界で平常ならざる力を有しているからこそ理解できる。もし、自分だったらと考えてしまうくらいにはそれに対して恐怖を抱いているのもだ。
「月の里の現状は儂にも解らん。だが、襲ってきた者共が儂等の同族ではないことは確かじゃ」
言い切るからには確証があると考えるべきだろう。
「せめて今も見ることができればよかったんじゃがの」
「別に問題ねェだろ」
なおも落ち込むユサミネに告げたのはアラドだった。
「目の前のことさえ見えていればよ」
さも当たり前だというように告げるその言葉にユサミネは目を見開いていた。
おそらく力が弱まってきたことを告げられた里の人たちは揃っていつか元に戻ると励ましたのだろう。だがそれはユサミネを追い詰めてしまう側面もある。ユサミネ自身も知らぬうちに追い詰められてしまっていたのだろう。それをアラドの一言で気付いたようだ。
それまでにないくらい表情を緩めたユサミネはアラドに敬意を込めた目を向けた。
「準備を整えてから行こうか」
ユサミネとの会話を終えて、俺は全員に聞こえるように告げる。
この里で調達できる物が何なのか知らない俺たちはそれぞれが持っているアイテムと自分たちの状態の確認が精々だ。時間を掛けずそれらを済ませると俺は月の里の入り口付近の開けた場所でガン・ブレイズをホルダーから抜き宣言した。
「来い、クロスケ」
精霊器となっているガン・ブレイズに宿っているクロスケが小さな黒いフクロウの姿で現れる。
「空から行くのかい?」
「ああ、俺とアラドが先行するからムラマサは俺たちの後からジルバリオを連れて来てくれるか?」
「了解だ。任せてくれよ」
いくら戦力とみなしていないとしてもジルバリオを連れて行く以上無視はできない。そう考えた場合、誰かを護衛のように残していくのが定石であり、その目的を戦闘以外に想定するのが常だろう。
ジルバリオを連れて行くことに僅かながらも不満を抱いているアラドは除外したとして、残る選択肢は自然と俺とムラマサになる。ジルバリオが女性ということを考慮してムラマサに頼めるかと聞くと快諾してくれたことも合わせて俺が月の里に行くことを決めた。
移動手段は今まさに呼び出したクロスケ。
元の姿であるダーク・オウルにすれば俺たちを乗せて飛行することは可能となる。以前は人一人乗せての移動が精々で、俺のレベルを上がったことで二人程度までは可能になったが、ここ最近のクロスケの変化はより顕著に表れていた。俺のランクが上がりそれに加えてレベルも上がってきたことでダーク・オウルは自身のサイズを自由に変化させることが出来るようになっていた。その際俺のMPが減り続けることになるのだが、事前に〈ブースト・ディフェンダー〉を発動させておけば多少消費量が上回ることになるとはいえ、回復量との比率は大体同じになる。
「俺とアラドは月の里に直接降りるから、二人は里から離れた場所か、ジルバリオが知る地下へ先に行ってみてくれ」
クロスケの背に乗り飛び立つ刹那、俺は三人に指示を送る。
三者三様に頷いたのを見届けるとそっとクロスケの首の裏を撫でた。そして「行け」と命令を出すと、翼で風を掴んだクロスケは一瞬にして天高く飛び上がった。
目指すは月の里。
唯一の心配は余所者である襲撃者の正体だけ。
俺はその懸念を払拭するためにもその人たちを見極めたいと強く思うようになっていた。