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三つ巴の争奪戦 ♯.5

お待たせしました。今週分です。

 俺たちが踏み入れた山は驚くほどに静かな場所だった。

 聞こえてくるのは木々を揺らす風の音だけで、動物や鳥の声などは一切聞こえてこない。

 不自然な静けさが漂う山は自然の匂いに溢れ、その匂いに包まれながらも進むのは先人が残したであろう登山道。


 獣道ではなかったのは幸いだが、それでもここ暫くは誰も足を踏み入れていないのか、雑草が生い茂り、小石ではない石が道の至るところにあった。

 中世が舞台のRPGでは定番の馬車などはこの道を通ることは不可能とまで思わせる具合だ。

 とはいえ、徒歩で、それも凄まじいスピードで進む俺たちには関係の無かった話なのだが。


「お、またあったよ」


 そう言って道から僅かに外れ、近くの草むらを掻き分けたムラマサの手には真鍮製の鍵、秘鍵が握られていた。

 実の所この山に潜り始めてからというもの秘鍵はかなりの数を見つけることができていた。その理由が他のプレイヤーがまだ到達していない地点であり、未探索であるからだと俺は考えているが、それにしては以前に三本の秘鍵を見つけた場所に比べると驚くべき数であると言わざる得ない。


「……」


 秘鍵を握ったままのムラマサは数秒間その場所で立ち尽くしている。

 その理由は単純、シャドウの出現に備えているからだ。

 俺とムラマサがシャドウと戦った時、それが出現する前に手に入れた秘鍵が熱を帯びたのだという。反対にシャドウが出現しなかったアラドはそのような熱を感じることは無かったのだといっていた。

 つまり、シャドウが出現するかどうかを判断する基準は秘鍵が熱を帯びるかどうかということ。


 シャドウと戦うことを目的として秘鍵の探索を続けている現状、秘鍵が熱を帯びる状況が求められているのだが、山に入ってからというものこれまでに一度としてその兆候が現れることは無かった。

 秘鍵を握る手を弱め、首を横に振るとアラドは「チッ」とわざとらしいくらい大袈裟に舌打ちをした。

 アラドの落胆と苛立ちは解らなくも無いのだが、シャドウが出現するかどうかはあくまでも運によるものだと思っている俺はそれに対して掛ける言葉を見つけることができなかった。せいぜい「次に期待だ」程度は言えるかもしれないが、俺が言うよりも早くアラドは頭を切り替えて次の秘鍵を探し始めているのだった。


 幸いなのはこの場所に秘鍵がまだ他にもあるだろうと確信できること。

 移動を始めて数分もしない後にまたしても別の秘鍵を見つけることができた。


「どうだ?」


 見つけた秘鍵を拾ったのはアラドだ。表情を変えずそれを握っているアラドに問いかけると不機嫌そうにそれをストレージに収めてしまった。


「ダメだったみたいだな」

「フンッ」

「これでオレたちが集めた秘鍵は初日にしてはそれなりの数になったと思うんだけど、どうするんだい? まだ探索を続けるかい?」


 通常、フィールドに出た探索を切り上げる基準はいくつかある。例えば回復アイテムが枯渇したり、踏み込んだ場所が明らかに自分たちよりも格上のモンスターが出現するようになったり、あとは武器の耐久度が戦闘に耐えられない領域に突入した場合などだ。

 パーティを組んでいる場合はメンバーの誰かに続行不能な何かが現れた時点で切り上げることも多い。それはパーティ単位での戦闘ないし探索を念頭に置いているからであって、一人でも欠けてしまえばそれができなくなると理解しているからだ。


 俺たちの場合は、アイテムの枯渇という誰にでも訪れるそれ以外の理由では滅多に途中で切り上げなければならなくなってしまうことはない。武器の耐久度の減少は精霊器特有の『不懐属性』によってカバーできるし、防具の耐久度や二つ目の専用武器の耐久度については、前者は防御より回避を行うことが多い俺たちにとってはあまり考えなくても良いことだであり、後者も元々メインで使っている武器ではない俺とムラマサは勿論のこと、アラドは不懐属性の付いた精霊器であるノワルの宿る大剣を使っていることからも基本的に無視していい。何よりランクを上げるほどやり込んでいる俺たちが使う武器の耐久度というのも始めたばかりのプレイヤーや中級者程度のプレイヤーに比べれば上限が高く設定されている。


 武器の性能はそれまでに自分が鍛え上げた結果なのだが、武器鍛冶を嗜んでいる俺からしても十分な性能を有していると言い切ることができるものになっているのだ。


「戻る理由はねェはずだ」

「まあ…な」


 実の所、この山に入ってからは戦闘らしい戦闘を俺たちはしていない。唯一戦闘と呼べるのは森の入り口付近で見つけた『トレント』と言う木のモンスターの最もレベルの低い種との一戦だけだ。それも先行していたアラドが大剣で一刀両断していたから俺とムラマサが手を出すまでも無かった。


 そういうこともあってか、ここに至るまで俺たちのHPもMPも全快状態で維持されているのだ。勿論アイテムの消費も無し。

 初心者向けのフィールドでももう少し手応えがあったとすら思ってしまうほど、この山は平穏そのものだった。


「一応さ、最初にモンスターが襲ってきたんだから戦闘不可領域ではないんだよな」

「ああ。そのはずさ。そもそもセーフティゾーン以外でフィールド内にモンスターが出没しない場所があるなんて知らなかったし。それにしては寂れていると思わないかい?」

「ってことは、何か理由があってモンスターが出てこないってことになるのか」

「おそらくはね」


 立ち止まる事無く考える。

 俺たちが進んでいるこの一本道も今は整備されていないとはいえ、最初は誰かが目的を持って作った道のはずだ。

 道であればその先にあるのは村か町、あるいは別の国。


 しかし常に表示しているマップを見ても先に人が暮らしていそうな場所は無かった。

 思いつく限りの到達点を想像しながら進む最中、アラドは的確に秘鍵を見つけ次第入手していた。


 生憎と新たに発見した秘鍵を手に入れてもシャドウは現れなかった。

 最初に出現した時が幸運だったのか、それとも別の条件があるのかと考え始めたその時、不意に視界が揺らめいた。


「――ッ」

「なンだッ」

「これは――ッ」


 その場で片膝を付く俺。

 背中の大剣に咄嗟に手を伸ばし耐えるアラド。

 ムラマサは近くの木の幹に手をついていた。


「収まった…のか?」


 未だ地面が揺れている気がする。

 それでも先程感じた強烈な揺らめきは過ぎ去り、ゆっくりと立ち上がる分には問題がなさそうだ。


「何が起きた」

「解らない。けど、この霧が無関係ではないだろうね」


 一瞬で鋭い目つきに変わったアラドとゆっくりとだが確かにその腰の刀の柄に手を伸ばすムラマサが周囲を警戒しながら呟く。


「……霧?」


 ムラマサの言葉にあったそれは注意を向けなければ解らないほど薄い。

 だが時間と共にそれは確実に濃くなっていっているのがわかる。


「ムラマサ」

「解っているさ」


 俺とムラマサは瞬時にアラドの近くに集まった。

 背中向けて正三角形状に並び、それぞれの死角をカバーする。


 手にはそれぞれ自身の精霊器が持たれている。


「ここまで見えなくなる…か」


 まるで状態異常だなと呟く。

 濃いミルクのような霧に包まれ俺はすぐそばにいるはずのムラマサとアラドの姿を見失っていた。

 僅か数十センチに程度の距離ですら見失ってしまうくらいだ。今何者かに襲撃されれば一たまりもない、とまではいかないが、確実にダメージは負ってしまうだろう。


 それにはもちろん相手側からこちらが見えているという条件の上の元に成り立っている危機ではあるのだが。


「無事か?」

「まだ何も起こってはいないみたいだね」

「アラドは?」

「今ンとこなンでもねェよ」


 どうやら声は届くようだ。

 しかし、二人の息遣いや剥き出しの地面の上で動くときに出てしまう音が何も聞こえてこない。

 声だけが届くのがおかしいのか、それとも些細な音が聞こえないことこそが異常なのか。残念なのは確信を得るための情報は何もないことだ。


「今は動けない、けど……」


 このまま霧が消えなければずっと立ち往生してしまうことになる。

 それでは例え初日だとしても無益に一日目が終わってしまうことになりかねない。


「さて、どうするか」


 いっそのこと霧がいずれ途絶えると割り切り前に進むか。そう考えてふと指針にしていたマップに視線を落とすとそれまで表示されていたそれに『NO・DATA』という文字と黒塗り状態の森の外周らしき画像が表示されているだけだった。


「…マップが使えない!?」


 これまでにもマップが同様の状態になったことはあったからこそ、そこまで慌てることは無かったのだが、何の変哲もない道の半ばでそうなるとは思ってはおらずに驚いてしまった。


「――ッ!!!!」


 音は無くとも気配は伝わってくる。

 俺の右隣にいたはずのアラドが咄嗟に動いたような気配が。


「何があった?」


 と訊ねる前に、アラドが、


「敵だ」


 と告げた。

 アラドだけではなくムラマサも身構える気配がする。俺も同じだ。射撃は不可能と早々に割り切り、剣形態にしているガン・ブレイズを構え、見通しの悪い状況でも最大限の警戒を行った。


 アラドに放たれた攻撃がモンスターからなのかどうかも解らない。もし、別のプレイヤーなら状況は一層悪い。

 相手は自分たちを捉え好き勝手攻撃できるのに対し、俺たちは自衛するだけで精一杯。これではまともな戦闘など出来るはずもない。


「この霧が自然に発生した物でないのなら――」


 アラドが敵襲を告げてもなお沈黙を保っていたムラマサが徐に呟いていた。


「よしっ。二人とも聞こえているね」

「ああ」

「なンだ?」

「オレがこの霧をどうにかしてみせるさ。だから――動くんじゃないよ」


 視覚は潰されていたとしても他の感覚は生きている。

 その感覚がはっきりとある変化を伝えてきた。


「……寒っ」


 それは温度の変化。

 急激に冷え込むその原因を俺は知っている。


「〈凍れ〉」


 俺の左隣にいるムラマサを起点に、周囲に氷が現れる。

 それはムラマサが使う≪魔刀術≫スキルにある属性を操るアーツがもたらした現象だった。


 自然発生する霧も、そうでは無い霧も基本的には細かな水の粒子が成しているものだ。霧を晴らす方法は全てを吹き飛ばすくらいの強風をで払うか、すべてを凍らせてしまえばいい。そのどちらもが現実ではおよそ個人の手では再現不可能なものであったとしても、この世界ならば。それができる力を持つプレイヤーならば可能なのだ。


 足元から徐々に凍り付き、砕け、雨のように氷の粒が雹となって降り注ぐ。

 そうして雹が降り注ぐなか、霧は絶えず発生し続けた。

 霧を凍らせ続けられるだけムラマサのMPがもつかどうかの勝負。


 勝利を収めたのはムラマサだった。


 ザッという氷を踏む足音が聞こえてくる。

 どうやら霧が生む遮音効果が無くなったらしい。


「ソコかァ」


 霧が消えたその瞬間、アラドが大剣から二本の黒い影のような腕を伸ばし一点へと放つ。

 雹が降り注ぐなか、実体があるようでないその腕は雹をものともせずに動き、木々の影にいる何者かを穿った。


「――くッ」


 黒い腕が咄嗟に逃げようとした敵を正確に木の幹に縫い付ける。

 それがモンスターではないことは明白。だが、プレイヤーであるかどうかははっきりしない。

 プレイヤーなのだとすれば魔人族になるのだろう。しかし、現実の人が作ったキャラクターにしてはあまりにも装備している防具や持っている弓がおざなりすぎる。


「ユウ!」

「解ってる!」


 アラドによって幹に張り付けられた男の反対側に動く影を見つけた。

 この影も俺たちを狙っているのだろう。ならばこちらから攻撃を加えてはいけない道理はない。

 剣形態だったガン・ブレイズを銃形態にして、そのまま影に銃口を向け引き金を引いた。


 撃ち出される弾丸が俺たちを狙って放たれた矢を吹き飛ばす。

 狙っていたわけでもなく、むしろ攻撃されるよりも先に攻撃するつもりだったか。それ故にこの矢と銃弾の衝突は想定外だったが、自分たちへの攻撃を防ぐことができたと考えて良しとしよう。

 気を取り直し、俺はもう一度引き金を引く。


 弓とガン・ブレイズの銃形態。

 次弾を放つのに要する時間は確実にこちらが有利。

 正確に放たれた弾丸は矢を放ってきた何者かを捕らえていた。


「まだ居るっ!」


 更に二つ、木々の上で影が蠢いた。


「任せろ。〈凍れ〉」


 その場で一回転するように刀を振るう。

 まるで舞うように動くムラマサを見たのは久々だ。それも太陽の光を反射して輝く氷を発生させながらの一撃だ。正体不明の襲撃者と対峙している最中だというのに思わず見とれてしまいそうになった。


 刀を振り抜いた軌道の先にある木々が凍り付いていく。

 無色透明な氷が二人の襲撃者の足をその木々に張り付けたようだ。


「他には――」


 周囲を見渡す。

 さっきはパッと見た種族と装備品にしか注意がいかなかったが、こうしてじっくりと観察できるようになった今、一瞬にして戦闘不能状態に追い込まれた四人は全て男の魔人族にして、全て同一の特徴があることが分かった。

 日に焼けたというよりは元より黒いだろう肌に、先が尖った耳。そして最も興味を惹いたのはその腰から覗く小さな翼だろう。


堕翼種(だよくしゅ)だと?」


 そう、それはオルクス大陸に出現した柱の前に顕現した存在と同じ特徴を持つ存在だった。


「動くな――」


 警戒を怠っていたわけではない。

 だが、自分たちが捕らえた男を見て意識をそれに持っていかれていたのも事実。

 いつの間にかアラドの背後に現れたもう一人の堕翼種がその背中に三日月のように刀身が曲がった剣を突き付けていた。


「我が仲間を解放してもらおうか」


 黒い翼に夜空に浮かぶ星々のような光を蓄えながら、冷たく言い放つ。

 それは初めて見た女性の堕翼種であり、髪の色が他の男たちとは違い、炎のように真っ赤だった。



という訳で新キャラ追加です。

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