三つ巴の争奪戦 ♯.3
お待たせしました。
少々短いですが、前回の続きです。
シャドウの動きはあからさまに人の動きそのものだった。
腕と同化している刀を振るうその姿も、こちらの攻撃を回避したり防御したりするその姿も、全てにおいて人の動きを模したものという印象が拭えなかった。
そのためかモンスターと戦っているという感覚は薄く、対峙している相手であるシャドウには顔も無く、装備品らしいものもない。あるのは素体のみという外見は相手がモンスターであることを物語っているのだが、やはりその動きはプレイヤーに似ていると言わざるを得なかった。
「ムラマサっ。大丈夫か?」
「ああ。問題無い。けど…これは……戦い難いね」
自慢じゃないが、ムラマサも俺もPVPの経験はある。
ちゃんとした決闘の他にもPKに襲われた時に対応した経験も少なくないのだ。それでいて俺たちに烙印がないのは、自ら好き好んでPKを仕掛けていったわけではないからに他ならない。その事実が物語っているように俺とムラマサが経験したこれまでのPK戦は全て仕掛けられてきたそれを撃退するという形だったのだ。
意外かもしれないが、これはアラドも同様で、それを証明するように俺は一つとしてアラドのキャラクターに烙印のような物を見たことは無い。
などと考えながらシャドウと戦っていると突然、刀になっていない方の腕が刀状に変化した。
長さは最初の腕の方には及ばないものの、その形状と鋭さは紛れもなく刀だ。
左右長さが違うというのは、時代劇で稀に見る脇差を使った二刀流を思い出させた。
「む。シャドウは二刀流なのか」
「どうした? 別に片方だけって決まってたわけじゃないだろ」
「それはそうなんだけどね。このタイミングで刀の二刀流を使う人型モンスターと相見えるとは想定していなくてね」
なにやら含んだ物言いをするムラマサに疑問の視線を向ける。しかし、戦闘中ということもあってかそれに答えてくれるつもりはないようだ。
俺もこのタイミングで問い質すつもりはないのでこの話はここで切り上げることにした。
となれば、次に注意を向けるべきなのは当然シャドウだ。
二刀流の相手と戦った経験は殆ど無い。モンスターが武器を持っているのを見たことは数多くあれどそれが二刀である相手は稀。プレイヤーが剣を二本使っている場合はあるのだが、PKに対する制限が多く設定されたことによりPVPの数は自然と減っていき、今では知り合い同士の研鑽となる決闘以外は中々経験することは出来なくなっていた。
突発的なPK戦が減ったことで安全なゲームプレイを楽しめている弊害がこんなとこで出てくるとは思ってもいなかった。
「ユウ、挟撃するぞ」
「…ああ」
刀を構えながらムラマサが言う。
俺も剣形態のガン・ブレイズを構え、シャドウを挟むように立った。
HPバーは一本でボスモンスターのようにHPが多いわけではないとはいえ、これまでの戦闘で有効打を与えることができていないのが気になる。
自分たちの攻撃が効いていないのではなく、当たっていないのも懸念材料となっているのだ。
だとしても二対一の図式はあからさまにこちら側が有利であることを物語っている。となればこの状況を最大限有利に働かせるべきだ。
アイコンタクトで攻撃を仕掛けるタイミングを計る。
顔が無いせいでシャドウが前を向いているのか後ろを向いているのかは体の向きで知るしかないのだが、今は俺とムラマサの両方を警戒するように斜めに立っていた。
頷き合い、同時に攻撃を仕掛ける。
元々SPEEDに違いがあるせいか、俺のほうが若干前に出ている形になった。
シャドウは的確に俺を捉え、その腕である長い方の刀を向けてきた。
「――くっ! だが、これで――ムラマサッ」
「任せろ!」
ガン・ブレイズとシャドウの腕の刀による鍔迫り合いは互いをその場に縛り付ける。
ATKが拮抗していることに驚きつつも、俺はニヤリと笑った。
自分とシャドウが動けない今、唯一動ける存在であるムラマサの攻撃を防ぐ手段がシャドウには無いことが明白となったからだ。
「〈凍れ〉」
それがアーツ名だと気付くよりも早く、ムラマサの斬撃を受けたことでシャドウは氷の中に閉じ込められていた。
「アーツ、なのか?」
「まあね。これが精霊器になったことでアーツ名が変化、統一されたのさ。残念なのは上位版となるアーツがないことかな」
「どういう意味だ?」
「ほら、アーツには強威力のものや、弱威力の物があるだろう。精霊器となったこの武器の専用スキルである≪魔刀術≫にはそれが無くなったんだ」
そう言って肩を竦めるムラマサだったが、俺は自分の使う攻撃用のアーツがいつまでも少ない種類だったことを隠した。剣形態の時は横斬りの攻撃範囲特化のアーツと縦斬りの威力特化アーツと突きの攻撃速度特化アーツだけ。銃形態の時ですら、射撃速度特化と威力特化の二通りしかない。俺が知る他のプレイヤーはどうだっただろうかと記憶を探るも、これまでの戦闘で敢えて弱い攻撃を使う場面には出会ってこなかった。尤もそれはムラマサも同じはずだが。
「ムラマサはこれまで使い分けてきたっていうことか?」
「勿論さ。通常攻撃一発では倒しきれないけど、強威力のアーツを使うまでも無い相手はそれなりにいたからね。なにより弱威力のアーツはMPの消費が少ない分、連続使用にも向いているという利点もあるからね」
「へ、へえ。そうなのか」
的確なアーツの使い分けは俺には出来そうもない。そもそも一対一程度ならまだしも一対多の戦闘中に相手を見極めて余力を残してわざわざ弱い攻撃をする何てことは余程の観察眼がなければ無理だろう。だが、消費を抑えたいという目的なら総じて一対多の場面であるはず。
自分の性分だと一体に対して弱い攻撃を使うよりも、多数に向けて強い威力の範囲攻撃を使うほうがあっている気がする。
というわけで、アーツの使い分けができない等ということに引け目を感じる必要は無い。
そう思うことにした。
「さて、凍らせたはいいけど、どうするんだい?」
「どうするって…倒したんじゃないのか」
「半分っていうところかな。凍らせた状態で相手が活動することは無いと思うよ。けど、このままだと氷が解け切らない限りずっとここに存在し続けることになるんじゃないかな」
刀を鞘に収めながらムラマサが告げた。
「ユウが自分でどうにかしたいというのなら任せるけど、そうじゃないならオレに任せてくれないか?」
「まあ、俺は何かしたいってことはないけどさ。何するつもりなんだ?」
「それは見ていてもらえば解るよ」
そう言うとムラマサはニッコリと笑い刀を鞘ごと腰から抜いた。
「おいで。ゴハンだよ。ムゥちゃん」
ムラマサが誰かを呼ぶと刀を包んでいる鞘の周りに周囲の水分が集まり、凍り付いていく。
俺は僅かに下がった気温に寒さを感じつつも、物珍しい現象に視線を奪われていた。
鞘の周りにある水滴が凍り、氷の粒となったそれが不自然な動きを見せた。
小さい粒が鞘の先に集まり、大きな粒を成していく。
時間にして数瞬、しかし初めて見るその光景は数分にも及んだように感じられた。
「それは、なんだ?」
「ムゥちゃん。オレの刀に宿る精霊となった存在だよ」
鞘の先からぴょんと飛び降りたムゥちゃんは大きなダイヤモンドの塊かと見紛う程の美しさを持ち、絶えず仄かな光を放っている。
「種族はクリスタルスライム。スライムといっても結構珍しい種族なんだ」
ムラマサが自分の周りを飛び跳ねているムゥちゃんを自慢してきた。
「それでそのムゥちゃんでどうするつもりだ?」
「見ていればわかるさ。といっても少しびっくりすると思うけどね」
「……びっくり?」
首を傾げる俺の隣でムラマサはムゥちゃんに「いいよ」と告げた。
それからの光景を俺は暫くの間忘れることはできないだろう。何といってもムゥちゃんが氷漬けになっているシャドウをその氷ごと丸呑みにしてみせたのだから。
「あれは……食べてるのか?」
「その通り。一般的にスライムというモンスターは弱いけど、中には特殊な個体があるのは知ってるだろう」
「まあな。巨大な『グランド・スライム』なんかは見たことあるけどさ、クリスタルスライムなんてのは初めて聞いたし、初めて見たぞ」
「あ、ああ。それはそうだと思うよ。なんせムゥちゃんは最初普通のスライムだったのだからね」
平然と告げたその一言に俺は目の前で起こったスライムの捕食現場の目撃よりも大きな驚きを感じていた。
「精霊器となるために武器に宿す存在が多少の変化をするのは知っているな?」
「えっ!? そうなのか? クロスケが変わったようには見えないんだけど」
「んー個体差はあるだろうから、気付いていないだけじゃないのかい」
個体差、そう言われれば確かにそうだと言わざる得ないが、その一言で済ませるにはムゥちゃんの変化はあまりにも大きすぎる気がした。
そもそも変化というのは種族までも変えてしまうのだろか。
その実例が目の前にいるのだから疑うべきではないのだろうけど、ムゥちゃんが元々珍しい種族であった可能性のほうが高い気がする。
「おぉー、食べ終わったみたいだなー」
再びぴょんぴょんと跳ねながら戻ってきたムゥちゃんの向こうにあったシャドウを閉じ込めた氷の塊は綺麗サッパリ消えていた。
「とりあえず、これでシャドウは倒したってことになるんだろうけど、秘鍵は何処にあったっけ?」
「確か……あそこの茂みに……」
戦闘が始まる前と大して景観が変わっていないのを幸いに記憶の中にあるムラマサが投げ放った秘鍵を探した。
「お、あったあった。ほらあそこに――」
僅かな時間で見つけることができた秘鍵を指差し、ムラマサに知らせようとした途端、小さな黒い鳥――カラスのような小型モンスターが真鍮製の秘鍵を啄んで飛んで行った。
「はあっ!?」
「ちょっと待ってくれ、今凍らせるから」
「いや、間に合わない! 来いっクロスケ」
慌てて刀を抜こうとするムラマサを止め、俺はガン・ブレイズからクロスケを呼び出した。
精霊器に宿るクロスケと≪魔物使い≫スキルによって契約しているフラッフとでは呼び出されるまでに掛かる時間が違う。リリィはクロスケと同程度の時間で呼び出すことは可能だが、カラス型のモンスターから秘鍵を取り戻すのは難しいだろう。
この状況で俺が取れる選択肢は自然と限られるというわけだ。
「あのモンスターから秘鍵を取り戻してくれ」
任されたと言わんばかりに一鳴きし、クロスケは猛スピードでカラス型のモンスターを追いかけていった。
これまで以上のスピードで遠ざかっていくクロスケの姿に俺は先程のムラマサの言葉が外れていないことを知った。
「た、確かに変化してるみたいだ」
クロスケの本来の姿はダーク・オウルという大型のフクロウのモンスターだ。それ故にこれまでもかなりの速さで飛ぶことができたし、純粋な戦闘力も高かった。
これまで俺は自分で扱いきれないと思ってあまり戦闘の前線に出してこなかったが、精霊器に宿る存在に変化したことでそれまで以上にこちらの意思を汲みとってくれるようになったようだ。これならば戦闘にも使えるかもしれないと思ったのだが、精霊器であるガン・ブレイズを使う以上その根本となる存在は武器に宿っていてこそ。今回のように俺が戦う場面ではないならまだしも、同時に戦闘をするとなればやはり召喚してそのままとはいかないだろう。
「お、戻ってきたみたいだな」
程なくして足で秘鍵を掴み戻ってきたクロスケを迎え入れる。
そして渡された秘鍵を俺はムラマサに見せた。
「今度は熱くならないみたいだね」
「ああ。普通の鍵そのものだ」
ごくろうさんとクロスケに言い、ガン・ブレイズに戻るように促した。するとクロスケもそこを自分の家か何かだと考えているのかすぅっと消えるようにガン・ブレイズの中に吸い込まれていった。
「それじゃ戻ろうか。アラドの方にも何か進展があったかもしれないし、何も無くてもそろそろいい時間になったからな」
週一更新とお待たせしてばかりですが、末永くお付き合いくださると幸いです。
今回の敵であるシャドウは動きに慣れてしまえば弱い敵ですが、プレイヤー戦に慣れていなければ手こずる程度の相手となります。
シャドウの性能の秘密は次話にて。
まあ、だいたい想像の通りだと思いますが。