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三つ巴の争奪戦 ♯.2

お待たせしました。

今週分の更新です。

 イベント当日。


 昨夜、というよりも今日の午前0時くらいにログアウトした時と同じ借りている家のリビングで俺たちはその時を待っていた。


「オルクス大陸に行かなくていいのは楽なんだけどね。ここまでリラックスしていてもいいのかな」


 俺の淹れたお茶を飲みつつ困ったように笑うムラマサが言う。


「いいンじゃねェか? どうせ一つの大陸で固まっても意味なんかねェンだろうしよ」

「宝探しの舞台は四天大陸全土だったっけ」

「ああ」

「だとすれば一番激戦区になるのはこのグラゴニス大陸になるんだろうけどね」


 今日ログインしてきた時、現実よりも時間の経過の早いゲーム内の世界だからこそ、想定以上時間的余裕が生まれた。俺とムラマサはその時間を利用して家に籠っているよりはいいと、情報収集の為に近くの町に向かったのだ。

 平時に比べ大勢のプレイヤーが行き交う町は活気に溢れているように見えたのだが、その裏では自分以外のプレイヤーがどの勢力なのか探り合っているようにも見えた。

 疑心暗鬼とまではいかないが、微妙な空気の緊張を感じ、俺たちは素早く買い足しておきたいアイテムを買い揃えこの町にある家に戻ることにした。


 自分から虎の尾を踏むことは無いという判断を下し、家に戻ってきた俺たちは一息吐こうと買い足したばかりの茶葉を使いお茶を淹れ、アラドがログインしてきた後もこうしてソファに座りじっとその瞬間が訪れるのを待っているというわけだ。


「………そろそろか」


 徐にムラマサが呟く。

 手元に出現させているコンソールにある現実の時間を示すデジタル時計がイベント開始予定時刻である11時になった。


『只今からイベント【秘鍵(ひけん)争奪戦】を開始します』


 天から運営側の『なにか』の声が轟く。


『プレイヤーの皆さんのコンソールに今回のイベントのルールを表示します』


 『なにか』の声に誘われるように俺たちは一様にコンソールに集中する。


 そこに記されていた中で事前に発表されていたイベント内容との差異がある項目はそう多くない。

 まず、イベント開催期間は現実時間で一週間であること。それ自体はこれまでのイベント期間を考慮すればそう例外的な話ではなかった。

 各勢力の順位によって獲得できる報酬は事前に知らされているものと同じ。


 既知の内容は後に回すことにして、俺が真剣にその内容を確認しているのは昨日アラドとムラマサとの会話の中で出てきたPKに関する懸念を払拭したいがためだ。


 そして目的の項目を見つけた時、俺は思わず息を呑んでしまった。


「なんだと……」

「これは……想定外だね」


 ムラマサも俺と同じ箇所で視線を止め、同じように戸惑った反応を見せた。


「ああ。まさかここまで無視に近い状態で放っておくとは思ってなかったよ」


 今回のイベントでPKに関する明確な規則は三つ。

 まず、基本的には他のプレイヤーが獲得した秘鍵を奪うことは出来ないということ。


 獲得前に攻撃を仕掛けることは可能だが、それは普段のPK行為と同様に扱われるということ。敗北しても失うものはなく、勝利してもPK行為をしたプレイヤーとしての烙印が押される。その烙印はキャラクターの顔や体に決して消すことの出来ないランダムな模様が刻まれるということ。

 ゲーム内のキャラクターにファッションとしてタトゥーを施しているプレイヤーも少数ではあるものの存在している為にそれとの差別化を図る目的で、烙印の色は腐った水のように濁った色をしている。それに加え装備している防具やアクセサリ等で隠すことは出来ないようになっているのだ。

 顔に付けられた烙印を隠す為に顔を覆う兜を被ろうともその兜の同じ場所に烙印が浮かび上がってくる特殊仕様。この烙印のあるなしでルール違反となるPK行為を行っているプレイヤーかどうか判別することが出来るのだ。


 ちなみに違反行為であるPKを繰り返す度にこの烙印は増えていき、終いには全身烙印塗れ、という事態にもなり得てしまう。現状そこまでのプレイヤーはいないらしいが。


 このイベントで起こってしまうPK行為の罰則を普段のそれに準ずらせるのはまだいい。俺たちでも予想していたことだ。だが、気になるのは残る一点。


 双方同意のもと決闘を行い、その勝者となった場合は相手が所持する秘鍵を奪うことが出来る。


「同意が必要な決闘だからこそ安全。それはある意味初心者のプレイヤーを守る為だと考えれば納得できそうだけど」

「微妙なところだね」

「まあな。運営がどんな意図でこんな設定にしたかは解らないけど、これじゃ至る所で強引な決闘が行われてもおかしくはないはずだ」


 あくまでも可能性であり、最悪の場合に限るのだが、必ずしもそうならないという保証はない。

 むしろそういう風潮へと誘導する者がいれば、その可能性は増していくばかりだ。


「その時はその時だ。違うか?」


 驕りでも過信でもなく、自分ならそのような火の粉は振り払えると自信たっぷりにアラドが言った。


「確かに。自分が気を付ければいい話だな」

「一応、気を付けるようにギルドの皆に言っておくよ」

「ああ、頼むよ」


 時間にして五分。

 コンソールを確認するために宛がわれた時間は三度天から聞こえてきた『なにか』の声によって終わりを告げた。


『これから五分後にイベント【秘鍵争奪戦】を開始します。プレイヤーの皆さんは準備をして下さい』


 準備と言われても特別することのない俺は手元のカップにお代わりを注いで静かにその時を待つ。


『時間になりました。只今よりイベント【秘鍵争奪戦】を開始します』


 四度目の声の(のち)、空から無数の星が降り注いだ。


「あの星の一つ一つが『秘鍵』ってわけか」

「確かにあれだけ降り注げば無数というのもあながち過剰表現ではないと納得できるね」


 突然の流星に引き寄せられるように俺とムラマサは並んで家の窓から外を眺めながら言った。

 アラドは今もソファに座ったまま。

 数え切れない星が落ちたのを見届けた俺とムラマサは再びソファに腰掛けると目の前のアラドに視線を送った。


「それで、これからのオレたちの行動だけど」


 どうするのかと視線で問う。

 この時の俺のパーティは新たにムラマサが加入したことで三人になっている。人数が増えて出来ることも増えたのだが、それだけでこれからの方針が決まるわけではないのが残念だ。


「形を確認する為にもまずは一つでも『秘鍵』を手に入れておきたいと思うんだけど」

「オレも同感だ。今のオレたちは『秘鍵』の形すら解っていないのだからね」

「なら話は早ェ。ここの近くにも落ちたンだろ? まずはそれを取りに行くぞ」


 さっき座ったばかりだと文句を言うことも無く、俺とムラマサは先に立ち上がったアラドに続く。

 一歩家から外に出ると多くのプレイヤーが町の外へと駆け出していくのが見えた。

 町の中に秘鍵が無いのだろうかという疑問は当然の様に浮かんでくる。しかし、開始直後のこの僅かな時間とはいえ町中でそれを手に入れたというプレイヤーの姿を目にすることはなかった反面、町の外ではそれを入手したという人は少なからずいるようで、町の外にあるフィールドに向かう道中に数回、何かを持ってパーティの仲間と話しているプレイヤーが目に入った。


「さて、ここまで来れば他のプレイヤーと鉢合わせすることは無いかな?」


 辺りを見渡しながらムラマサが言う。

 イベント開始直後ということもあってか秘鍵の探索にフィールドの奥まで進んでいるプレイヤーの数はまだ少ない。今のところ他人の目を気にする状況ではないのにもかかわらずここまで来たのは探索中に別のパーティと同じ秘鍵を奪い合うようなことは避けたかったからだ。

 ランクを上げ、レベルも上げた俺たちの移動速度はその気になればかなりのもの。走っている最中こちらを見たプレイヤーが驚いたような素振りを見せたが、それすら無視してここまで来れたのだが。


「湖か。見通しは悪くなさそうだね。これなら秘鍵を探すのもそう難しくは……」


 湖の表面を反射する太陽の光を遮るように手を翳しながらムラマサが目を細める。


「ってか、なんで二人ともそんな平然としてるんだよ………」


 太陽の光を反射し輝いている湖面を楽しむように穏やかな笑みを浮かべるムラマサに、我関せずと視線を動かし秘鍵を探すアラド。

 二人と俺はここに至るまで走って来たのだが、俺と二人では大きな違いがあった。俺は〈ブースト・ウォリアー〉を発動させて速度上昇を図っているのに対して、二人は平時のまま息を切らす素振りすら見せなかったのだ。

 現実の体ではないのだとしても、体力の差の一言では納得できないものがある。


「強化したとは言っても、ユウだって全力で走ってきたわけじゃないのだろう? それに対してオレたちは少しだけ本気で走った。それでは納得できないかい?」

「出来ない……といっても説明してくれるわけじゃないんだろ」

「そうだね。残念ながら今ここですべきことではないだろうからね」


 肩を竦め告げるムラマサに対して俺は大きな溜め息を吐き、乱暴に頭を掻き毟った。


「まあいいさ。……それでアラドは何か見つけられそうなのか?」

「さアな。こっから見ただけじゃ解ンねェよ」


 俺とムラマサの会話を聞きながら無言で湖の周りを歩き回っていたアラドが答える。


「……だよな」


 他のプレイヤーはまだ疎ら。そんな現状では急ぐ必要は無くのんびりと探索をしてたとしても問題はない。

 事前に相談したわけでもなく俺たち三人は思い思いに湖に散っていた。


「わぁーいい景色ですねー」

「こんなとこに来るならお弁当を用意しておいて欲しかったな」

「わたしは食べられないのですけど、なんとなく同意するのですよ」


 呼んでもいないのに出現したフラッフ、リリィ、ノワルがふわふわと浮かびながらのほほんとした話をしていた。


「てなわけで、ユウ! 食べ物ちょーだい」


 フラッフの頭の上に乗っていたリリィが俺のもとへ飛んでくる。


「あのな…俺たちはここに遊びに来たんじゃないんだぞ」

「そんなことわかってるけどさー、ここには何もないんだもん。暇だよー」

「フラッフも何か食べたいのか?」

「私ですか!? その……私は別に……」


 突然話を振られ戸惑うフラッフはその短い脚で自分の顔を隠すように丸まった。


「だとさ」

「うー、そんなの遠慮してるに決まってんじゃんかー」


 俺の顔の近くを飛び回るリリィの良い分に対して言葉に出さないものの、その通りだと思っていた。

 仲間になって日が浅いからか、それとも元来の性格故か、フラッフは俺に対して積極的に何かを求めてくることはなかった。そういう意味ではリリィは俺に対して遠慮が無いように思えるのだが、言いたいことを胸に秘めたままでいられるよりは幾分か気は楽だ。

 仲間になったばかりで慣れてないだけなら時間が解決してくれるだろうが、そうでは無いのならば、俺との付き合いが一番古いリリィに橋渡し役になってもらうべきなのだろう。


 顔を隠すフラッフと、その背中に留まるこれまたいつの間にか現れたクロスケを交互に見て仕方ないなと笑みがこぼれた。


 ストレージに保存してあるサンドイッチは入っているバスケットを取り出し、


「フラッフ。これを三人で分けて食べててくれるか? 秘鍵を見つけるまでは暇になってしまうだろうからさ」

「いいんですか?」

「ああ。まだいくらか残っているからな。それに、このままじゃリリィがうるさいし」


 等と言いながら笑いかけると、フラッフは竜の顔ながら笑い返してきた。

 これで少しは遠慮なく色々言ってくるようになってくれればいいのだが、一朝一夕では無理だろうな。


「ユウー、ありがとー」

「いいから。独り占めするんじゃないぞ」

「わかってるよ」

「マスター、戴きます」

「ああ。飲み物はここに置いておくから自由に飲んでくれ」


 サンドイッチだけでは喉が詰まると言ってきそうなリリィに先回りして用意したのはリンゴのような味をした果実を使ったジュース。

 自分たちで飲むつもりで作ったものだから遠慮無く飲んでくれて構わない物だ。

 もちろん自分たちの分は取り分けてあるから問題なし。


「さて、こっちはこれでいいとして、秘鍵を探さないとな」


 どうやらアラドもムラマサもまだ見つけられてはいないようだ。

 そもそも、どんな形をしているのか解っていないのここまで探索が難航している原因なのだ。一応は秘鍵と言うくらいなのだから鍵の形をしているとは思うのだが、古今東西、鍵と一口に言ってもその形状は様々。

 最近一般的になった電子キーのように個人のスマホ等の端末に情報として記録されているものならば実体はなく見つけるということは不可能。それはテンキーで暗証番号を打ち込む型や金庫に用いられているダイヤル式の鍵も同様だが、こちらには一応それを開けるための番号自体が鍵ということになる可能性は残されており、その番号を探し出すという意味では鍵探しで間違ってはいない。

 一番望ましいのが車やバイクのような物に使われているシリンダー式の鍵、もしくはホテル等に使われることの多いカードキーだ。これらは物体としての鍵があるはずなのだから、探すという形のイベントにしては最も相応しいような気がする。


 何よりゲームに慣れたプレイヤーとそうではないプレイヤーが一様に同じイベントに挑むのならば目的の物の形状は解りやすくなっていて然るべきだ。


 湖の周りの草原に落ちているのかも知れないと下を向いたまま歩き回り、そうではなく木々に引っ掛かっているかもしれないと思えば見上げたまま歩く。

 そうして同じ場所を行ったり来たりしてようやくここにはなさそうだと判断することができるのだ。


「はあ…非効率過ぎる」


 アラドとムラマサと同じ場所を探さないように、そして自分が見逃してしまわないように気を付けているとは言っても、この湖はそれなりに広大だ。

 上と下。同じ場所を最低でも二回見て回らなければならないのは面倒なことこの上ない。

 探すことに対して疲労が溜まってしまえば自然と目溢しは増えてしまう。そんなことは避けなければらならないと重々承知しながらも同じだけの集中力を維持し続けるのは、実体が無い探すのと同じくらい不可能に近いことだった。


 一呼吸入れようとストレージに入れておいた苦めのお茶が入った瓶とからのコップを取り出した。

 飲み方としては砂糖や果実を入れて飲むのが正しく美味しいが、気が緩み集中力を欠いた今はその苦みで無理矢理集中力を取り戻すのに役立ってくれた。


「オレにもそれと同じ物を一杯頼めるかい?」


 顔に疲れを滲ませたムラマサが声を掛けてくる。

 俺は苦笑と共に新しいコップを用意して苦いお茶を注ぎ渡した。


「ムラマサも難航しているみたいだな」

「まあね。っと、頂くよ」


 渡したお茶を口に含み感じた苦みに一瞬顔を顰めたが、良薬は口に苦しというように飲み干した。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 空になったコップを二つと半分程になったお茶の入った瓶をストレージに戻す。


 アラドはどうなっただろうと離れた場所に目を向けると、そこには乱暴に草木を踏み潰し進むアラドの姿があった。


「あっちもあまり芳しくないみたいだ」

「そうだね……ここに落ちたのは間違い無いと思うのだけど」

「ここまで見つからないとなると、やっぱり湖の中…か」


 水の中に入る装備も、ゲームの中で泳ぐスキルも持っていない俺からしたらそこは出来るだけ避けたい場所でしかない。

 とはいえ、そこにしかないのだとすれば意を決して入る以外の選択肢は手ぶらで帰るしかなくなるのだが。


「もう少し辺りを探してみようじゃないか。近くにある森の中に入れば見つかるかもしれないからね」


 希望的観測だと言って棄てるよりも、その可能性に賭けた方が建設的と俺とムラマサは二人並んで森の中に入ることを決めた。

 フラッフたちは呼び寄せようとすればいつでも自分の元に呼び寄せることが出来る。それでも先にこれから呼ぶことがあるかもしれないということだけは精霊の指輪を通してリリィに伝えておくことにした。

 序にパーティ通信を使いアラドにも同様のことを伝えたのだが、返って来たのは「好きにしろ」という短いもの。アラドらしい物言いに幾許かの安心を感じてしまうのも、アラドとの付き合いに慣れた証だろうか。


 生い茂る草木はこれまで人の手が入っていないからこそ。

 道らしい道は無く、自分たちで地面を踏み締めて作る獣道を通り森の奥へと進んだ。


 木々を掻き分けながら歩く足取りは重い。

 それだけ慎重になっているのだろうけど、今のところここでモンスターの影を見てはいない。そうだというのに俺は無意識のうちにこのような態度を取ってしまっている。

 何故と声に出さず自分に問いかける。当然返ってくる言葉などはない。だが、同じような速度で歩くムラマサも俺と同じように感じているのだろうことは、その左手が腰の刀の鞘に伸びていることからも察することが出来た。


「アラドから離れ過ぎるのはよくないね。一度ここで方向を変えるか、さっきの地点に戻ってから出直すべきだと思うんだけど。ユウはどうかな?」

「ああ、そうだな」


 立ち止まり、辺りに秘鍵らしきものが確認できないかどうかだけ確かめて、俺は嘆息しながら返事をした。

 正直ここまで見つかり難いものだとは思っていなかった。町の周りのほうが見つけやすかったかもしれないと後悔してしまいそうになるほどだ。

 けど、今も隣で秘鍵を探しているムラマサや湖の周りを虱潰しに探しているアラドの姿を見てしまえばそんなこと口が裂けても言えはしない。諦めそうになる自分を振るい建てて目を凝らし、足を動かす。


 Uターンして元の場所に戻ることを決めたことは決めたのだが、俺たちは敢えて自分たちが通ってきた道を使うことを止めて新しい道を作ることにした。

 元の場所から大きく離れることは無かったが、ゆっくりと進むことでそれまで見逃していた場所も確かめることが出来る。


「ん? 何をするつもりなんだい?」


 ガン・ブレイズを腰のホルダーから取り出し、剣形態へと変形させた俺を訝しむようにムラマサが問いかけてきた。


「ちょっと邪魔な枝を切ろうと思ってさ。ほら、あっちの方。他の場所に比べて枝が発達して壁になっているように見えないか?」


 そう言いながら俺が指し示した場所にムラマサも注目した。


 葉や枝の合間を縫って降り注ぐ太陽の光が幻想的な景色を生み出すその場所から僅かに右に逸れた場所。

 隣の木々が伸ばす枝葉が器用に重なり合うようにして何かを隠しているようにすら見えるその場所は、今の時間にしては異様なくらいに陽の光が届いてはいない。それでも完全な暗闇では無いのは助かった。

 ガン・ブレイズの切っ先を払うように左右に動かし枝葉を落としていく。

 すると程なくして枝葉が折り重なって出来た洞窟のような場所に辿り着いた。


「この先、か?」


 それまでの場所とは一変する雰囲気に思わず息を呑む。

 けれど、その変化故に俺はここにあるかも知れないという期待を感じずにはいられなかった。


「アラドを呼ぶかい?」


 俺の隣で洞窟に好機の視線を向けるムラマサが言った。


「いや、向こうで何か手掛かりがあったかもしれないし、ここに来るまでの時間が勿体ないからな。俺たちだけで行こう」


 待っているのが面倒だという本音を上手く隠しきれたかどうかは解らないが、ムラマサも「わかった」と言ったのだから、今はそれでいいことにしておこう。


 短い草が敷き詰められている洞窟を進む。

 枝葉の合間から微かに漏れる光でも十分に思えるくらいの光量があるのは洞窟の壁になっている木々の根元に生えている仄かに光る苔のお陰のようだ。

 どれくらい進んだだろう。

 既に洞窟の入り口から見える光は小さな点となっているにもかかわらず、未だ洞窟の最奥は見えてこない。

 それ程までに長い洞窟だっただろうかと首を傾げたその時、不意に差し込む一筋の光を見つけた。


「あれは……」


 光の根元で微かに輝くそれを見つけてムラマサが歩く速度を速めた。

 俺も自然に速度を上げてそれについて行く。


「これが…秘鍵か。本当に鍵の形をしてたんだな」


 それ――秘鍵はファンタジー系につきものの宝箱を開ける由緒正しい鍵の形をしている。

 真鍮の色は光の当たり所では黄金色に輝いて見えた。


 ようやく探し当てた秘鍵をムラマサが拾い上げた。


「よし、戻ろうか。アラドにも見つけたと連絡しておいてくれるかい?」

「ああ。わかった」


 最初の一個にしては思いのほか手こずった印象があるが、何がともあれ手に入れることが出来たのは事実。

 一本道である洞窟を戻りながらパーティ内通信でアラドに「見つけた」と端的な報告をした。


 来た時に比べ戻りは速い。

 それは俺の足取りが軽いからか、それとも本当に洞窟の長さが違うのか。

 暗い日陰のような洞窟の中から出たその瞬間、ムラマサが不意に「あれ?」と疑問を口にした。


「どうしたんだ?」

「これが熱くなった気がしてね」


 これ、というのは言わずもがなムラマサが持っている秘鍵のことだ。

 今にして思えば何故ムラマサのストレージの収まっていないのだろうと疑問を感じるが、入手した時はそれまでの苦労と手に入れたことで生じた安堵感で気付かなかった。


「いや……確かに熱を帯び始めてるっ!!」


 遂に持っていられなくなったのか、ムラマサは慌てて秘鍵を二メートル程前に放り投げた。

 カランという金属が落ちる音が響き、秘鍵から溢れんばかりの光が俺たちを飲み込む。

 一方からの強い光を浴びただけでダメージや状態異常を受けた訳ではない。咄嗟に視界の左上を確認して、自分とムラマサの状態を見極めると、俺は秘鍵が落ちた場所を注意深く見た。


 秘鍵は変わらずそこに落ちたまま。先程生じた光も今は収まっている。


 何だったんだと警戒を解きかけたその刹那、まるで戦闘時のようなムラマサの声が聞こえてきた。


「そっちじゃないっ。後ろだっ!」


 この声に反応して俺は瞬時に振り返る。


「……いつ現れた?」

「今。あの光が消えたその瞬間だね」

「モンスター…なのか?」


 正体不明の存在はその外見からして異様だった。

 まるでバラエティの衣装のように全身黒づくめのタイツ姿。

 手は人のそれではなく、波紋も何もない抜き身の刀が握られているのではなく直接腕から生えているよう。

 表情も、構えも無い。それでいて感じるのは確かな敵意。


 ムラマサが腰の鞘から刀を抜く。

 それに倣い俺も腰のホルダーからガン・ブレイズを抜いた。


 銃形態のそれの銃口を向ける。

 浮かび上がるのは目の前の黒いモンスターのHPバーとその名称。


『シャドウ』


 文字通り影がその存在の名前のようだ。

 HPバーの本数は一本でボスモンスターでは無いのは解るが、その佇まいからは他のモンスターとは一線を画す印象を受ける。

 これまでの経験でシャドウに感じる印象で一番似ているもの。

 そう考えた時、真っ先に思い浮かんだのは他のプレイヤーとの戦闘。


 これから始まるのはモンスターとの戦闘であり、PK戦だ。




シャドウとの戦闘終了まで行く予定が、一万字に近くなってしまったので次回持ち越し。

今回に出てきたPKに関することは漠然としていますが、作者はルールは漠然としているものと思っているのでこのようにしました。

では、次回はシャドウ戦から始まります。

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