三つ巴の争奪戦 ♯.1
お待たせしました。
第十一章、開始します。
その日【ARMS・ONLINE】の世界に三つの柱が現れた。
一つは黒い柱。魔人族が暮らすオルクス大陸に現れた柱の前方に黒い羽根を広げた人が一人、静かに佇んでいる。
二つ目は白い柱。人族が生きるジェイル大陸に突如現れたその前に白い翼を広げた人が両手を胸の前で組み合わせる祈りを捧げる時のような格好をして目を閉じ浮かんでいた。
三つ目の柱の色は空や海のように青く透き通っている。これは獣人族が生息するヴォルフ大陸に聳え立つその前には白く透き通るドレスを着た人が幽霊のように浮かんでいる。
四天大陸の中、唯一柱が出現しなかったのは全ての種族が等しく存在し、この世界に生きる存在以外であるプレイヤー全体の三分の一程が活動するグラゴニス大陸だけ。
柱が現れたその時、多くのプレイヤーは歓声を上げた。
それはこの柱の出現こそが新たなるイベントの始まりを告げる鐘の音だと知っていたから。
そのイベントの名は【秘鍵争奪戦】
四つの大陸にばら撒かれた秘鍵を探し集めることを目的としたイベントだ。
イベントの期間は一週間。
その間にプレイヤーが集めた秘鍵を各柱付近に設置された拠点にある箱に収めることでその数が陣営の獲得数としてカウントされる。
獲得数によって順位が決定し、その順位によって報酬が決まるという仕組みのようだ。
まず一位の報酬が各柱の陣営によって違う。
オルクス大陸に出現した柱を選択したプレイヤーには新たなる種族の姿。この場合は魔人族の延長線上に位置するモンスターハーフと同じようなものになるらしい。
柱の前に出現した象徴的な存在と同じ、腰から生やした黒い羽根と頭部にあるティアラのような角が特徴の種族。
その名は『堕翼種』
種族的なパラメータの差異は魔人族の特徴である魔法特化をより強くしたものらしい。
同じカテゴリにいる通常の魔人族よりも多いMPに加え、発動した魔法に一定値の威力ボーナス付与。
反面、アンデッド特攻のように闇に起因するモンスターやその属性を宿すプレイヤーに対する特攻を持つ相手に対してより不利になるようになってしまうらしい。具体的に言えば堕翼種の繰り出す攻撃は半減以下となり、受けるダメージは二倍近くになってしまうということだ。
アンデッドが蔓延るダンジョン等にはうってつけの種族というのが堕翼種の謳い文句のようだ。
次にジェイル大陸に出現した柱を選択したプレイヤーには新たなる種族の姿、ではなく、柱の前にいる白い翼を広げた存在を使役することの出来る高等魔法を有するスキルの解放。
かのスキルの名は≪天使降臨≫
柱の前の存在を天使と呼ぶこと自体は明言されていなくとも全てのプレイヤーが想像できたことだろう。
それを自分の戦力として使役できるのだから確かに強力なスキルなのだろう。
公開された一例では天使による広範囲のモンスター掃討攻撃。
誰を貫くようにデザインされているのかどうか分からないほど装飾過多な金の槍を用いた攻撃は普通の魔法スキルを用いるプレイヤーに比べても強力だと言える。
問題はその燃費の悪さ。
説明文の中には保有最大MPが5000以上、且つ最低消費MPが4000以上。それは最大MPに比例して増加するらしく、回復手段を持たない状況では戦闘開始から間もない状況のみでしか発動することが出来ないだろう。
加えて言えばその発動時間も問題だ。
スキルレベルが低いままでは天使を呼び出したとして三十秒維持するだけで精一杯。しかしその威力は紛れもなく一級品。
他種族に比べ特徴が無い人族だからこそ特別や専用という類の言葉には甘い誘惑があるらしい。
そしてヴォルフ大陸の柱を選んだ陣営が勝利した場合は獣人族の潜在能力を解放すると記されていた。
それは柱の前にいる存在のように獣人族の体から豊富なHPを代償に出現させる幽霊のようなもの。
種族の特色としては例外的に名の付いた能力『幽鬼』
実体を持つ幽霊として呼び出された幽鬼は使用者の意思のままに動く。
このイベントの報酬が発表された段階で最もプレイヤーを賑わせたのはこの獣人族の幽鬼だった。
かの有名な漫画やアニメを彷彿させるそれはゲームという媒体に身を置く人たちにとってはある種、憧れのようなものがあったみたいだ。
幽鬼の能力は端的に言ってしまえば攻撃範囲の拡張。
プレイヤーの意思の通りに動く二つ目のキャラクターとでも言えばいいのだろうか。一つとして例外なく人の形を持つ幽鬼の腕や脚はそのまま自身の手足の様に扱える。それは直接戦闘に長けた獣人族のキャラクターだからこそ真価を発揮すると言えることだろう。
付け加えるならば問題点らしい問題点がないのも幽鬼の特徴。
現実では有り得ない二つの肉体の同時操作という離れ業が必要とされると思われていたそれも幽鬼の操作は半ば自動化されていて、攻撃や防御をイメージするだけである程度は思った通りに動かすことが出来るようだ。
各陣営の一位報酬はこのイベントを逃すと次のイベントで実装されるという保証はなく、獲得できるのはあくまでもこのイベントの報酬に限られていると思っていいはず。
但しそれでは一位だけが優遇されていると不満が出てくることもあり得ることを運営が懸念したらしく、二位以下にも報酬を用意した。
そしてその報酬は驚いたことに他のイベントの一位報酬に匹敵する内容だった。
二位の陣営が獲得する出来るのは選択制で以下の中から二つ。
貴重な生産素材。
ランダムに強力なスキルを取得することの出来るスクロール。
HPがゼロになる攻撃を一度だけ確定で耐えることの出来るアクセサリ。
個人で管理できるプレイヤーホーム。
防具に選択した属性に対する半減耐性付与の素材。
スキルポイント5。
賞金3000000C。
経験値150000。
スキル熟練度各70。
三位の報酬は二位と同様のラインナップから一つとなっている。
イベントに積極的に参加しなくともどれかの陣営を選択するだけでこの報酬のどれかは確実に手に入るとしてこのイベントは過去最大の参加者を記録した。
◇
イベント開始前日。
俺はアラドと共に仮の拠点として借りている工房付きの家の庭に居た。
何をしているのか、という問いに対する答えは単純。
俺とアラドが得た力を研鑽するための模擬戦だ。
しかも、その模擬戦はお互いの全力によるもの。俺たちの場合、それは変身をした状態を指す。
鎧竜となったアラドが大剣を備えた尻尾を器用に操り牽制と攻撃を繰り出している。それが短く切り揃えられた雑草と剥き出しになった地面をガリガリと削りながら俺の眼前に迫ってくる。
「――ッ! ホントに手加減無しだなっ」
剣には剣を。
ガン・ブレイズを操り迫る尻尾の先にある大剣の腹を打ち付けて軌道を逸らすことで直撃を免れることができた、のだが、
「ハッ、カゲンして欲しかったのかよ」
鎧竜化して表情が読めなくなったアラドが嗤ったような気がした。
だから俺も同じように口だけで笑い、
「冗談だろ」
と告げ、鋭く尖った爪を備えた手甲で切り裂こうとするアラドの右手を左手で受け止めた。
アラドが鎧竜になったように、俺も変身して全身鎧を纏った状態になっている。
ちなみにフラッフ曰く俺がこの状態になることを『竜皇化』と言うらしい。
竜皇化した俺の体は全身頑丈な鎧で覆われている。
アラドの爪を受け止めるくらいは問題ないというわけだ。
視界の端で弾き飛ばした尻尾が不自然な形で止まりその切っ先を俺に向けた。
「――チッ」
拳を打ち合わせたままでは回避も防御も出来ない。
ならばと俺はアラドの右手をしっかり握り、それを軸にして回転蹴りを繰り出した。
咄嗟の思い付きの攻撃もアラドの反応速度を上回ることは叶わず、右腕でガードされてしまった。
「まだだっ」
今度はアラドの右手を放し、ガードされたアラドの左腕に体重を乗せて強引に体を捻り、左足での踵蹴りを放つ。
「ハッ、当たらねえよ」
「俺もだ」
「――何? ああ、そう言うことかよ」
無理矢理な体勢で余裕を見せる俺に違和感を覚えたアラドは自分の手足の様に操っている尻尾が狙った先に俺がいないことに気付いたようだ。
それでも勢いの乗った攻撃を繰り出す尻尾を途中で止めることはアラド自身にも出来なかったらしく、それまで俺が立っていた場所に突き刺さった。
「いい加減、離れろ」
両足でアラドを蹴り後ろへ押しやった。
「このっ」
「いいのか? 止まったら撃つぜ」
今のガン・ブレイズを変形させるのにかかる時間は一瞬。
俺はアラドの反応を待たずして引き金を引き、MPの弾丸を撃ち出した。
アーツを発動させていない射撃の威力は鎧竜化しているアラドの装甲を貫くには至らずに、眩い光を撒き散らしただけに終わった。
「効かねェみてェだな」
「それはどうかな? 〈インパクト・ブラスト〉」
連続した射撃の途中、俺は威力強化のアーツを発動させた。
鎧竜化している時のアラドは平常時にあった冷静さが僅かならが損なわれるみたいだった。
今行っている模擬戦の目的もアラドがその弱点と思わしき欠点を克服するというものもある。
これまで何度も共に戦い、その都度鎧竜化を行ってきたアラドは俺に比べて変身しての戦闘経験というものを持っている。
俺はどうにも一日一度しか変身できないというものが気になり、余程の相手との戦闘でなければそれを最後の選択肢としてしまっていた。
それが誤りとまではいわないが、そのせいで俺が変身した状態での戦闘経験の乏しさに繋がってしまっているというわけだった。
その原因は大きく分けて二つ。
一つは何より変身しなければならない程の相手との戦闘なんてものに巡り合える機会自体が稀であること。
もう一つは変身しなければ勝てない程の相手、この場合はボスモンスターの類になるのだろうが、それと確定して戦えるクエストというものが常時発行されているというわけではないこと。
アラドの鎧竜化には制限時間が無い。実際には回復アイテム使用不可の状態で自身のHPが限界を迎えるというのはあるのだが、それもあの状態のアラドからすればさして問題になるわけではないらしい。
そうして幾度とない戦闘経験を持つアラドがその中で気付いた欠点を解消すべく動き出したというわけだ。
アーツとして撃ち出された弾丸を両腕でガードすることで直撃を免れたとはいえ、アラドのHPは確実に減る。
「やるな。だが、お前のアーツはお前の変身時間を削るンじゃなかったのかよ」
「それが攻撃の手を緩める理由にはならないさ」
竜皇化した状態の俺が常時MPを減らし続けることをアラドは知っている。そしてこの状態でアーツを発動させることの意味も。
俺がこの状態で発動させたアーツは一度きりの技ではない。少なくとも五回、多い場合だと七回、連続してその効果を発揮し続けることができる。しかも消費MPは最初の一度だけで済むというおまけつきだ。
「ハッ! 解ってンじゃねェか」
アラドが身を屈めて前傾姿勢になり両手を構える。
俺はガン・ブレイズを再び剣形態に戻し、左手を前にして身構えた。
乾いた風が木々を揺らす。
戦闘の影響で足下に散らばった雑草の欠片が風に巻き上げられる。
そして、風が止んだその刹那、俺とアラドは互いに目掛けて突進とも取れるくらいの急激な加速をその身に宿し駆けだした。
狙うは一点。固い装甲に覆われた鎧竜としても唯一生身を晒すしかない瞳。
だが、その弱点は俺も同じ。
寸分違わずに狙いを定めてくるアラドの爪もまた、俺の目を狙っている。
「ハアぁああああああ!」
「オラァああああああ!」
俺の振るうガン・ブレイズの切っ先とアラドが向ける爪が交差する。
一瞬。そうそれはたった一瞬の出来事でしかない。
僅か数ミリ。その僅かな距離が俺とアラドの戦闘の終わりを告げる距離。
「ここまで…か」
「……みてェだな」
俺の首元にはアラドの爪が、アラドの首元には俺のガン・ブレイズの刃がピタリと停止している。
当然のようにどちらかのHPが尽きたわけではない。
二人同時に攻撃の手を止めたのはお互いの耳にだけ聞こえてくるブザー音に気付いたからだ。
この模擬戦を始める時に俺とアラドが決めたルールがある。
一つ。それぞれが持つ全ての力を以って戦うこと。
一つ。戦闘中に回復アイテムを使用しないこと。
一つ。戦闘時間を180秒とすること。
一つ。勝敗はその制限時間内に相手のHPを一定値まで削ることでのみ勝利とする。
「引き分けのようだね」
俺もアラドも武器を下ろすことなく制止したまま。
それぞれが持つ意地の為、勝ったと言い切ることも負けたということも出来ない俺たちに変わりこの模擬戦を見届けていたもう一人が結果を言い渡す。
「さあ、お互いに変身を解くんだ」
和服のような防具を纏い、腰に二振りの刀を提げた長身の麗人。
ギルド『黒い梟』に所属する頼もしき仲間であるムラマサが温和な笑みを浮かべながら近付いてきた。
模擬戦の戦闘区域になっていた庭の一角に第三者が入ってきてしまえば戦うことは出来ない。
どちらからという訳でもなく、武器を下ろし、離れ呟く。
「〈解除〉」
俺とアラドの声が重なる。
全身を覆っている装甲となっている鎧が塵のように散っていく。
煙のように舞い散る塵の中から元の姿を現した俺はコンソールを出現させてまず最初に忘れてはならないことを確認した。
コンソールに浮かぶ数字が一秒毎に減少を続けている。残り23:58。この数字が俺が再び竜皇化可能になるまでの時間である。
気になっていた、というよりは一つの『もしかして』を考えて俺はそのカウントダウンを見つめているのだ。
実はこの模擬戦を行うことを決めた時、俺から一つだけ条件のような物を出した。それは模擬戦を行う時間の指定。
現実時間の23時55分。
遅すぎると言われれば諦めようと思っていたが、アラド、そしてムラマサは快諾してくれた。
そして今の俺は規定の180秒を戦い終えた後、残された短い時間の間にするべきことしているのだ。
再び竜皇化するまでのクールタイムは現実時間で一日。
その一日という単位が気になったというわけだ。
コンソールに表示されているように、きっかり24時間なのか、それとも日が変わるという意味で一日なのか。
その答えが今、出ようとしている。
「どうやら実際に24時間必要みたいだな」
「だからそう言っただろうが」
「俺とアラドで違うかもしれないだろ」
同じ変身で同じ存在が元になっている力だとしても、変身した後の姿も、その戦い方までも違う俺とアラドだからこそ、再変身までに要する時間も違うかもしれないと思ったのだ。
だが、残念ながら必要な時間は現実で24時間。
俺がもう一度変身しようとするのなら今日の深夜12時を過ぎなければならないらしい。
「それでどうだ? 変身した俺たちの戦いを見てみたいって言ったのはムラマサだろ」
「ああ。想像以上に凄まじいと思ったよ」
「そっか。それよりも俺が気になってるのはムラマサが持っているもう一振りの刀が気になるんだけど」
「ん? これか? これはオレがランクを上げた時に手に入れた二つ目の専用武器さ。俺がランクを上げた事やレベルをそれなりに上げていたのはハルから聞いて知っているのだろう?」
「まあな」
俺とムラマサの会話に興味がないのか、アラドは先に家の中へと入って行った。
バタンと閉まる扉を見つめ、俺とムラマサは互いの顔を見合わせ苦笑した。
「とりあえず、俺たちも中に入ろうか。そろそろ決めないといけない頃だろうしな」
ガン・ブレイズを腰のホルダーに戻し歩き出す。
数日前に借りるようになった家とはいえ、俺は自分の家と認識しているのだろう。家の中に入ったことで外にいる時とは違う安心感が沸き上がってきた。
「アラドはどこにいるのかな?」
大きなソファが置かれているリビングに来たムラマサがキョロキョロとリビングを見渡しながら訊ねてくる。
「多分、キッチンだと思うぞ。呼ぶか?」
「んー、後でここに来るんだろう」
「あの話をするのは知ってるんだから適当に来るだろ。それよりムラマサも何か飲むか?」
「そうだね。久々にユウの淹れたお茶が飲みたいかな」
「分かった。だったら人数分用意してくるから、そこら辺に座って待っててくれ」
と、俺もキッチンに向かう。
この家は一階建ての平屋だ。
一階しか無い分、部屋数はそれなりにある。
俺が普段使っている部屋の他にアラドがここに来た時に使う部屋。後は使い道が決まっていない部屋が二つに庭の端にある生産用の蔵が一つ。それから生活に欠かせないキッチンや風呂のような施設が各一つずつあるという中々にして広い建物だ。
借りる為に必要な金額は月80万C。
俺が最初に借りた家の四倍もの金額を要するが、アラドと折半したことと、最近の戦闘では勝利することで直接お金が手に入るようになり、獲得して使い道のない素材を売ったりすることで大して問題のない金額になっていたのは、自分の成長を感じる。
アイテムの劣化を防ぐ棚の中に入れておいた茶葉を取り出してお茶を淹れていると、思った通りアラドがキッチンで冷たい水を飲み干しているのを見つけた。
「アラドもいるか?」
「俺は要らねェ」
「そうか」
十分に葉が開いたのを確認して香り立つティーポットをトレイに乗せて持つ。
「行くぞ。ムラマサが待ってる」
「――ああ」
それからリビングに戻った俺は自分とムラマサの前に置いたカップにお茶を注ぎ、近くのソファに腰を下ろした。
ちなみにこの時にアラドが飲んでいるのは自分でキッチンから持ってきた水。
甘いお茶は好きじゃない言っていたが偶に飲むこともあるので飲めないわけではないのだろう。それでも変身しての模擬戦を繰り広げて直ぐには飲むつもりはないようだ。
「さて、一息吐いたところで、ムラマサの話っていうのは明日から始まるイベントについてだったよな」
「うん? その通りだよ。とりあえずはユウとアラドがどの勢力に組するのかを確認しておきたいと思ってね」
湯気の立つカップをテーブルに置き、ムラマサが俺とアラドの顔を交互に見る。
「アラドには悪いけどね。こういう内容のイベントなんだ。ギルドマスターであるユウの意思だけは確認しないといけないのさ」
「――別に気にしてねェよ」
「そうかい? 間接的ながらも君の動向を探っているようなものだと思うのだけどね」
「ンなことオマエに知られたからって問題ねェだろうが」
「君がそう言ってくれるのなら」
目を閉じ軽く頭を下げたムラマサをアラドは一瞥し、気にするなとでもいうように微笑ってみせた。
「どこに組するかってのは、どの大陸にある柱に秘鍵を集めるかってことだよな?」
「ああ」
「それはまだ決めてないんだよな。正直、どの勢力でも良いと思ってるくらいでさ」
一位を取った時獲得できる報酬は既に発表されている。とはいえそれ自体に俺が魅力を感じていないのも事実だ。
人族が手に入れることの出来る≪天使降臨≫は確かに強力なスキルなのだろう。それが自分で使いたいかどうかというのはまた別の話であるのだが。
「ムラマサはどうするか決めてるのか?」
「オレはオルクス大陸の柱にしようと思っているよ」
「理由を聞いてもいいか?」
「勿論」
ムラマサが微笑む。
「オレがそうしようと決めたのはギルドメンバーたちの意見を考慮してさ」
ギルド『黒い梟』のメンバーの種族は二極化していると言える。それはメンバーの大半を占める人族とそれ以外のメンバーの種族である魔人族だ。
新しいスキルを獲得するよりも魔人族として新たな種族を得ることが出来る可能性を選んだということのようだ。
「ムラマサはそれでいいのか?」
「正直≪天使降臨≫にはそれ程魅力を感じていなくてね。それは他のメンバーも同じだったよ」
「だからオルクス大陸ってわけか」
「まあね。確か『堕翼種』だったか。その姿になることに前向きなのはヒカルとアイリだよ」
何となく嬉々としてそう告げたであろう二人の姿を想像して笑ってしまう。
「ああ、そう言えばライラも乗り気だったね。もし『堕翼種』になれるのならば種族を変えてもいいと言っていたくらいさ」
「先に言っておくけどさ。俺はギルドで一つの方針を取るつもりはないし、俺の意見に無理矢理付き合わせるつもりもないんだぞ」
「ユウがそう言うであろうことくらい解っているともさ。ボルテックもオレも皆にそう言ったからね」
「それでもか?」
「それでもというわけさ」
肩を竦めるムラマサはギルド内で同じような問答をした時のことを思い出しているのだろう。
その場に居合わせなくても容易に想像が出来る光景に俺は苦笑で返した。
「なら俺一人別の勢力に加担しても得は無さそうだな」
仲間内で加担する勢力が別れることは珍しいことではない。しかし、自分対他全員という構図になるのだとしたら明確な理由でもない限り俺は仲間の手助けをしたいと思う。
「二位以下になったとしても問題はないし、俺も一位の報酬にそれほど固執するわけじゃないからな」
「そうなのかい?」
「≪天使降臨≫って言うスキルが強力なものだったとしても、MPを一気に消費する時点で俺には合わないんだよ」
竜皇化のデメリットはまだムラマサに伝えていない。必要が無いと思っているわけじゃないのだが、今するべき話でもないと思っているからだ。
コンソールで今回のイベントのページを表示させる。
そこにはどの勢力に参加するか、今回のイベントの報酬は何なのか、秘鍵についての大まかな説明が記されている。
参加する勢力を『オルクス大陸』で決定すると表示させているコンソールのイベント関連の最初のページにコウモリのシルエットのような紋章が浮かび上がった。
「……なら俺もソコにするか」
口を挟まず、俺とムラマサの会話を聞いていたアラドが不意にそのようなことを呟いた。
どういう意味だと視線を向けると今の俺と同じようにコンソールを操作し、参加する勢力の選択を終わらせていた。
「なンだよ?」
「あ、いや、アラドもオルクス大陸を選ぶとは思っていなくてね」
少しだけ言葉を詰まらせながら答えるムラマサの気持ちは分かる。
同じ大陸を選んだことはともかく、それを決めたタイミングがあからさまに俺たちの選択を待っていたというように思えたのだ。
「話を聞いてワザワザ敵対しようとは思わねェよ」
「敵対って………宝探しだろ? 今回のイベントは」
「寝ぼけてンのか? 同じ宝を探すからこそ、そこには確実に争いが生まれる可能性が高いンじゃねェか」
最近はPKという行為が少なくなってきた。だがゼロになった訳ではない。
PKが減った理由もそれを行うことに対する明確なメリットが消滅したということが大きい。しかし、このイベントに限ってはそのメリットが復活する可能性があるというのがアラドの見解だった。
初心者、中級者、上級者問わず同じ目的を探すという内容が戦闘を招くのだと気付いた俺は驚いたようにムラマサと視線を交わした。
「一応、運営側が人を襲っても秘鍵を奪えないようにしてるかもしれないけど」
「その前を襲えば問題ないってことだね」
「俺たちが気付くくらいだ。PKを目的にしようとしている人なら当然気付くんだろうな」
完全に戦闘を避けることは出来なくても、その数を減らすことは出来るかもしれない。
しかしそれは俺たちプレイヤーの手で行えることではなかった。
「どちらにしてもイベントが始まってみないと分からないってことか」
PKが出てくることも、それの対処も今から考えていても意味は無い。
ならば大人しくイベントが始まるのを待った方が利口な気がした。
「それなら今日はこれで解散するか? 自分で頼んだことだけど結構夜遅くなってきたし、明日は祝日で休日だしさ。朝から集まろうと思えば集まれるだろ」
「イベントの開始時間は現実の時間で11時だね」
「ならその三十分前に集まろうか」
「解ったよ」
俺はアラドに向けて言ったつもりだったが、それに真っ先に答えたのはムラマサだった。
「ああ。良い忘れていたけど、このイベント、オレは二人と一緒に行動するつもりなのさ。いいよね?」
既に決定事項のように告げるムラマサに俺は、
「あ、ああ」
と答えるしかできなかった。
無論、俺はその提案を断るつもりなどなかったのだが。
ああ、イベントの事前説明と主人公たちがどの勢力になるのかだけで終わってしまった。
イベント本番の追加設定と本編は次回から始めます……というか始めたいです。
なお、今回、報酬に関して若干バランスを崩しているのはわざとです。
では、また次回。