幕間 ~勇者大増殖~
お待たせしました。
十章と十一章の間の話です。
「それでどうなったんだ?」
「どうって言われてもな。さっき話したみたいに実際にはあのままダンジョンを脱出しただけなんだけどさ」
休日の昼間から自室に引き篭もりゲームをするんじゃないと姉に無理矢理に家を追い出された日のこと。俺は親友の春樹を呼び出して近くの喫茶店にいた。
この店は知る人ぞ知る名店というわけではなく、むしろ寂びれているとすらいえる客足の少ない喫茶店だ。それでもこうして日々営業できているのはこの店のマスターが道楽目的でこの喫茶店を営んでいるかららしい。
俺がそのことを知ったのは以前春樹からいい店があるぞとここに連れて来られた時、マスターから直接その話を聞いたからだ。
なんでもマスターの本業は物書きらしい。題材はその時代時代の少年少女を扱ったジュブナイル。普段本を読まない俺ですらその名前に聞き覚えがあり、気さくに話し掛けられた当初幾ばくかの緊張をしたのを覚えている。
喫茶店はその時折興味本位でやってくる人たちを観察する場として最も適しているのだとも話してくれた。
今日もまた俺と春樹の話にカップを磨きながら聞き耳を立てているに違いない。
「それじゃあ今もアラドと一緒にいるのか?」
「ん? まあ偶にだけどな」
香ばしい香りを漂わせるコーヒーが注がれたカップを手に取り啜る俺に春樹が訝しんだ視線を向けてきた。
「なんだよ?」
「いや、な。俺はてっきり一人で行動していると思ってたんだよ」
「そりゃあ俺だって最初はそのつもりだったさ。けど、それがどういう因果かアラドと組むようになったんだから、不思議だよなー」
「不思議だよなーじゃないって。悠斗だって迷宮イベントでアラドと戦ったの忘れたわけじゃないだろ」
「まあ、あれだけやり合えばな。忘れようとしても忘れられないって」
対人戦において一番熱中した戦闘は後にも先にもあの時のアラドとの戦いだ。
無論今のほうがより質の高い戦闘ができるという自負はあるし、あの時の勝負自体、決着はあやふやなままだ。それなのに対人戦として一番最初にあの戦いが思い浮かぶのは、あの時の自分が持ち得る全てを掛けて戦ったと思っているからだろう。
「確認だけどさ。もうPKはしてないんだよな?」
「多分そうなんじゃないか? そこら辺はあまり詳しく聞いたことが無いから知らないけどさ」
「それでいいのかよ?」
「元々自分から率先してPKしてた感じじゃなかったし、それに――」
「それに?」
「俺たちだってPKに至らないまでも戦わなきゃいけなかった場面は少なくなかっただろ」
「そう…だな」
「ま、一緒に行動している間にそういうことは見られなかったからさ。問題無いと思うよ」
何気なしに告げたその一言に春樹は何とも言えない表情になって手元のアイスコーヒーのグラスに刺さっているストローで氷をくるくると混ぜ始めた。
手元で意味の無いことをし始めるのは春樹がイライラしてきた証拠。
ゲームの中でも無意味に手を動かしたり、近くの物を弄り始めた時は大抵機嫌が悪くなった時だった。
「そんなことよりもさ。ギルドの様子を教えてくれよ。みんなは今頃どうしてるんだ?」
パーティを組んでいるとはいえ個人の活動に関してはお互いに干渉しないでいようと決めた俺たちは共に行動していない時に相手が何をしているか把握していない。
タイミングと目的が合った時に一緒にモンスターとの戦闘をする間柄とでも言えばいいのだろうか。そういう意味ではやはりギルドメンバーたちとは一線を画す関係に思える。
「俺は今近くの町の適当な家を借りて使っているからさ、島にもギルドホームにも帰ってないんだ。問題が起きたって報告は耳に入って無いから大丈夫だとは思うんだけど、教えてくれないか?」
危うくなった雰囲気を変えるため、そして俺がここに春樹を呼び出した目的を果たすために訊ねる。
すると霜の浮かんだグラスに入ったアイスコーヒーを口から出かかった文句ごと飲み込んで春樹が答えた。
「島の運営自体はボルテックさんが中心になってやってるけど、今はもう俺達のギルドの手からは離れたようなものだよ。実際、新しいアイテムの製作なんかはまだ俺達の手が必要だけど既存のアイテムならNPC達だけで問題なく製作と販売を熟しているみたいだし」
「へぇ。それじゃみんなは意外とやること無かったりするのか?」
「うーん、どうだろ? 俺が比較的一緒に行動することが多いのはアイリさんとムラマサさん、あとはライラとかフーカくらいだから」
ボルテックは島の運営を楽しんでいるとして今出てこなかったメンバーは何をしているのだろう。
「ヒカルちゃんとセッカちゃん、それにリントくんはそれぞれ商会の人から生産の技術を学んでいるよ。何でも悠斗の抜けた穴を少しでも埋めたいんだってさ」
「抜けたって……俺はまだギルドを止めたつもりはないぞ」
「それでもギルドから離れてるのは変わらないよ。それに元々悠斗のパーティの武器とかの整備は悠斗が担っていたんだよね?」
「まあな……って、ああ、そういうわけか。なんかみんなには悪いことをしたな」
自分がパーティから離れることの影響を今更になって思い知らされた気分だ。
俺は島の運営にリタたちを巻き込んだことにより自然にできるだろうと思っていた鍛冶屋があることで問題はないと勝手に思っていたのだ。
けど、自分のギルドの仲間がするのと他人がするのでは同じ行為でも心証に違いが出てきても無理はない。それは俺が一時的とはいえギルドから離れたことで生じた問題とも言える。
「一回戻ってそこら辺をちゃんとした方がいいのかもしれないな」
自分の行動を省みながら呟く俺に春樹は何故と言って首を傾げた。
「いくらギルドマスターだからといっても自分のやりたい事を後回しにしてまでギルドメンバーを優先しなくてもいいんじゃない? それに、生産を習い始めた皆だって嫌だったら最初からやったりしないって。俺達が作った島には十分な施設が揃っているんだからね」
「そう、なのか?」
「だと思うよ。っていうかヒカルちゃんとセッカちゃんなんかは生産をするユウを一番間近で見てきたんだから、多少興味が出てきたとしてもおかしくはないさ。それに、スキルポイントの問題だってランクを上げれば解決することだしね」
基本的にレベルアップ時にのみ手に入るスキルポイントは有限。戦闘技術を高めようとすればするほど他のことに回すポイントは少なくなってくる。
思えば≪鑑定≫スキルを必要ないと最初から割り切っているアラドなんかがいい例だろう。
ランクアップによるレベルリセットという方法が提示されるまで、俺のように生産と戦闘を両立することは非効率の象徴みたいなものだったのだ。
尤もランクを上げて始める生産行為だって元より生産を主にしていたプレイヤーに比べると見劣ることがあるとして生産と戦闘を両立したプレイヤーの数が増えたかと言われればそうではないのだが。
「ん? ちょっと待て。ってことはヒカルたちもランクを上げたのか?」
「勿論。っていうか俺達のギルドでランクを上げていないのは島の運営に掛かりっきりになっているボルテックさんだけだから」
「レベルはどうしたんだ? 自慢じゃないが、また一からレベルを上げるのはかなり大変だったんだぞ」
「あー、そこはほら、仲間の力を借りて…というかなんというか。島には場所によってある程度はプレイヤーのレベル帯に合わせたモンスターが出現するようになってるし…」
妙に歯切れの悪い言い方をする春樹に俺は視線で話せと告げた。
「はあ、わかった白状する。実は俺達はランクアップをする順番を決めてから一人ずつランクを上げてから、そのプレイヤーを入れたパーティを組んで高難易度のモンスターが出現する場所でレベリングをしたんだ。はっきり言えばパワーレベリングってやつだな。
これは効率重視で俺もあまり好きなやり方じゃないんだけどさ、やっぱりある程度の状態にするまではそうした方が早いってことで決まったんだよ。それに、ランクを上げてレベルが下がっただけでその技術は同じだし、初心者を無理矢理高レベルにまで押し上げるのとは意味が違うだろうってことになってさ」
春樹の言わんとしてることは解る。尤もそれを自分がしたいかどうかは別の問題だが。
そんな俺の気持ちを感じ取ったのか春樹は肩を窄め苦笑いしている。
「まあ、その場に居なかった俺がどうこう言える筋合いじゃないのは解ってるけどさ」
納得するもしないも俺の感情の問題。
微かに湯気が残っているコーヒーを一口飲んで気持ちを落ち着けると、俺は別のことが気になってきた。
「そう言えばだけどさ。ランクを上げたってことは春樹も二つ目の専用武器を手に入れたってことなんだよな」
「ん? ああ、それがランクを上げる目的の一つだからな」
「だったら、精霊器はどうなんだ? 誰か手に入れてたりするのか」
「俺はまだだな。他のギルドメンバーに関しては直接聞くといいんじゃないかな。いくら仲間だからといっても他のプレイヤーが勝手に話していいことじゃないからさ」
「…そう、だな」
春樹の口振りから察するにギルドメンバーの中の何名かは精霊器を手に入れたみたいだ。それが誰なのかは確かに勝手に他人から聞いていい話ではないだろう。だから春樹が言うように次にみんなと会った時にでも直接聞くべき話だと思い、この場で春樹に訊ねることは止めておいた。
僅かばかりの静寂が訪れる。
俺が春樹と会ってから数時間が経ち、昼の三時に近づいてきたのを店の壁に掛けられた時計が示していた。
外は人通りが増えてきた。それなのにこの店に入ってくる客は皆無。これでやっていけているのだから不思議だと漠然と考えていると春樹が何かを思い出したようにこちらに視線を向けてきた。
「さっきの話だけどさ、悠斗は変身したって言ってたよな」
「ああ、そう言ったな」
「ってことは悠斗は≪勇者≫スキルを手に入れたってことか?」
「はあ? なんだそれ?」
全くの初耳の話を繰り出した春樹に俺は空になったカップをカタンッと鳴らしてしまった。
「最近話題になってるの知らないのか?」
「あー、そう言えばそんな記事見た気もするけど。最近は別のことを調べるのに集中してたからな。自分に関係ないことだと思ったし、スルーしてたかも」
「別のこと?」
「その変身のことだ。≪勇者≫っていうスキルは知らないけどさ、俺とアラドが同時に変身できたのはどういうことなのかって調べてたんだよ」
「分かったのか?」
「だいたいな。見るか?」
「ああ」
ポケットに入っているスマホを取り出してそこに纏めていた資料を表示させる。
内容としてはネットで見つけたいくつかのケースが記されている画像。それからあるスキルについて纏められている記事がいくつか。それらに自分の推測を含めて出来た資料。
結論として俺の変身は珍しいことではあるのだが、システム的にあり得ないことではないようだ。
俺が調べられた範囲だけだが、この変身が可能なのは≪魔物使い≫のようにモンスター等を味方にすることが出来るスキルを有するプレイヤーに限られている。
スキルを習得している全員が変身を可能にしているわけではないのは、また別の条件が含まれているのが理由の一つ。
それに加えて、この変身というものが統一性のない能力であり結果であるというのも俺が調べた限りの結論だった。
統計の中、最も多かったのが武器に変化するケース。これを変身に含むかどうかは悩んだものだが、捕獲したモンスターがその姿を変えるという点では同じと言えるだろう。次点がプレイヤーがモンスターの姿になる変身だ。動物や魔物の姿をしたプレイヤーが他のプレイヤーと並びモンスターと戦っている画像を見つけることができた。
一番少なかったのが俺とアラドのように全身を変化させる変身を行う者。
「こう見ると結構種類があると思わないか?」
「ん、ああ。そうだな」
「何だ? 随分と不服そうだな」
「いや、悠斗の話を聞く限りだとすればもっと話題に上っていてもいいと思ってさ。こう言っちゃなんだけど、悠斗から聞くまでそんなに強力な効果を持つスキルだったなんて知らなかったぞ」
「だろうな」
春樹が言うように俺もこのスキル、この変身に狙いを定めて調べなかったら知ることは出来なかっただろう。そう思えてしまうほどに様々な変身を一つのスキルの能力として纏められているものが少なかった。
スキル自体がマイナーで、実際に変身を経験したプレイヤーが予想以上の効果を発揮した等といっても信じられなかったのかもしれない。
「今はまだ珍しいだけで、これからは変身が得意なプレイヤーが増えるかもしれないぞ」
無数と思える程のスキルが存在し、その多くがプレイヤーの持つ武器の種類に依存するこのゲームでは同じスキルの同じ効果を全く同じ状況で試すなど出来るはずもない。
そういう意味合いからか大概のスキルはこういうことが出来るかもしれない、とだけが最初に記され、数多のプレイヤーによって検証が重ねられていくことでそのデータが確かかどうか実証されていくようになっている。
変身に関係していることはまだその検証自体が少ないのだろう。これから先はこの限りではないのかもしれないが、現状はこのままということのようだ。
「今はまだ検証不足、か」
俺の話を聞いた春樹が小さく呟き、氷が解けて薄くなったグラスを弄びながら何か考え込んでいた。
「それよりも俺が気になるのは春樹の言ってた≪勇者≫スキルの方なんだけど」
「あん?」
「どうして俺の変身を≪勇者≫っていうスキルだと思ったんだ? そのスキルにも同じような効果があるのか?」
「いや。そういう話は知らないけどさ。一風変わった能力なら最近話題のそれかと思ってね」
肩を竦める春樹に俺は首を傾げて返した。
「≪勇者≫スキルってのは悠斗の変身同様に解っていないことが多いのさ」
「じゃあ解ってるのはどのくらいなんだ」
「えーと、確か、習得するにはこれと言って決まった方法は無い、だったかな」
「どういう意味だ?」
「それはな――」
春樹の話では≪勇者≫というスキルを習得するにはクエストをクリアするという方法が最も一般的らしい。しかしそのクエストの内容は不明。単純に強力なモンスターを討伐するというものもあれば、人探しクエストもあるらしい。
共通しているのは一つだけ。最初にそれをクリアしたプレイヤー以外は同じクエストを達成したとしても≪勇者≫スキルを手に入れることは出来ない。
何より≪勇者≫というスキルが出来る事というのも不明だった。
パラメータを格段に上昇させることのできるスキルだというプレイヤーもいれば、特別なクエストを始めるための条件だというプレイヤーもいる。
プレイヤーによって出来ることが異なるそれは確かに普通のスキルとは一線を画するもののようだ。
「なるほど。それなら確かに勘違いしても納得だな」
「だろ」
爽やかな笑顔で同意を求めてくる春樹を無視して立ち上がる。
「どうした? 帰るのか?」
「いや。小腹が空いたから何か注文してくるよ」
「だったら俺にも」
「お前なぁ……はぁ、わかったよ。適当に注文してくるから待ってろ」
休日、俺と同じようにゲーム以外することがなさそうな春樹とはいえ、予定も聞かずに呼び出したのだ。軽食の一つくらいは仕方ないと諦め、ひらひらと手を振り春樹に告げると暇を持て余していそうな店主の下へと歩いて行くのだった。
≪勇者≫というスキルは作中にもあった通り、あらゆる物語に登場する勇者というものの漠然としたイメージが形になったものと考えて頂ければいいかと思います。
現時点のイメージとしてはスキルの雛型でしょうか。
これから後に主人公たちがそれを手に入れるかどうかはまだ不明です、が、手に入れるとすればユウ以外になりそうですね。
では次回からは十一章が始まります。
本編前に十一章のあらすじを更新しますので、あしからず。




