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ガン・ブレイズ-ARMS・ONLINE-  作者: いつみ
第一章 【はじまりの町】
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はじまりの町 ♯.26

「それで、ハルくんはどこに行ってたのかな?」


 霊亀との戦闘が終焉を迎え、辺りに静寂が戻ってくる。


 ライラも勝利を喜んではいるが、その笑顔を向けられたハルはどこか居心地が悪そうだ。


「ってかその格好はなんなのよ?」


 ジトッとした視線を向けるフーカが言うように、ハルはそれまで着ていた鎧を全て脱ぎ去り簡素なシャツとパンツだけという格好になっている。


 それにどういうわけか全身ずぶ濡れだ。


「まあ、簡単に説明するとだな……湖に落ちた」


 あの時の戦闘は湖の近くだった。


 だとしてもだ、湖に落ちるような場面など無かったはずだが。


 思い当たるのは四人全員同時にダメージを与えた地震を起こした攻撃だが、それでも揺れを耐えようと屈んだりすればその場に留まることができ、湖に落ちることなどあり得ない。


「一応言っておくが、霊亀の攻撃で落ちたんじゃないぞ。誰がそんな間抜けなことするかってんだ。俺が湖に落ちた原因は……アレだ」


 何かを探すように視線を巡らせると、ある一点でその視線が止まった。


「蝶?」

「そうだ。名前は『魅惑蝶』。攻撃力は皆無だが、魅惑状態に陥らせるバッドステータス付加の能力があるモンスターだ」


 紫と黒の斑模様の羽根を持つ魅惑蝶という名のモンスターはその大きさが普通の、現実で見かける蝶々とほとんど同じだった。


 このゲームに出てくる動物型モンスターと言えば姿こそ現実のものと似ている箇所が多いが、その大きさだけは全くの別物のようなほど大きいものとなっていた。それは昆虫型のモンスターも同様で一目見てモンスターなのだとはっきり見分けがつくようになっているものだ。


 だからこそ魅惑蝶という名のモンスターがモンスターとして視線に入ってこなかったのかもしれない。


「魅惑っていう状態異常は掛けた相手に対して敵意を失わすのと同時に状況が理解できなくなってしまうんだ。まあ、風邪で高熱にうなされてる状態みたいなもんだな」


 ゲームで実際には苦しみを感じるわけが無いと分かっているが、その状態異常にはこれからも掛かりたくないと思ってしまう。


「いやー。実際に困ったもんだぞ。霊亀と戦っていたことすら忘れるわ、無意識のうちに湖に入ろうとするわで大変だ」

「いつ気が付いたんだ?」

「聞いて驚け。なんと湖のなかだ」


 入ろうしていたではなく、実際に入ってしまっていたというのか。


「湖の中っていうより水の中っていった方が正しいかな。とにかく、水の中っていうのは砂漠にいる時みたく徐々にHPが減っていくし、鎧のせいで動けないしで二度と味わいたくはないな。まあそのおかげで気付けたってのもあるが――」


 状態異常というのは時間と共に回復するものとしないものがある。魅惑は時間と共に回復するタイプのものだったらしい。水の中にいたおかげと言うからにはHPが減っていくことによって回復の速度に何らかのプラス効果が働いたのかもしれない。


「――ああぁぁぁぁ」


 話しながらも霊亀との戦闘場所から離れ町に戻ろうとして歩き出したハルは慌てて湖に戻っていった。


 湖畔から身を乗り出し、湖のなかを覗き込む。


 澄んだ色の水は奥の方まで見通すことが出来るが、それでも湖底まで見通せるという訳ではない。


 直接潜りでもしない限り湖底を確かめる手段は俺たちにはない。


「どうした?」

「俺の鎧、沈んだままだった」

「ストレージに戻っているんじゃないのか?」


 がっくりと肩を落とすハルに俺は違和感を感じていた。


 棄てたアイテムというのは所有権の放棄と考えられ手元に戻ってくることはない。しかし外した装備品というはその限りでは無かったはずだ。脱いだ服や鞘から外した剣などは物質化したままでもストレージに保存されているという状態が続く。


 だからこそ俺はハルの鎧も同じだと思っていた。


「そう思ってたんだけどな。鎧がストレージから消えているんだよ」


 ストレージに無ければここから具現化させることは出来ない。今頃はハルの鎧は湖に住む魚たちの棲家になっていることだろう。


「どうする? 潜って探すか」

「お前がか」

「んな訳あるか」

「んー、止めとく。当分水には潜りたくない」


 意識を取り戻したのが水の中で、半ば溺れかけたハルとしては確かな理由が無い限り水には入りたくないと思うのは理解できる。自分の愛用していた鎧はそのよっぽどな理由になりえると思えるのだが、今水に入りたくないという気持ちはそれを凌駕しているということだろう。


「鎧は諦めるよ」

「いいのか?」

「……聞くなよ」


 溜め息交じりに笑って見せる。


「ねえねえ、早くクエストの報告に行こうよ」


 折角クリアしたクエストも報告をしなければ意味を成さない。


 報告できるのはクエストを受けた場所だけだ。


「ああ。急ごう」


 未練を断ち切るようにハルが走り出した。


 ハルを追いかけるフーカも同じように走り出したが、ライラはそれまでと同じようにゆっくりとマイペースに歩き続けている。


「走らないのか?」

「少し疲れちゃったから。わたしはゆっくり行くわね」

「なら俺もゆっくり行くかな」


 たった一度の戦闘を終えて俺たちは町に戻って来ていた。


 目指した場所はなんでも屋。クエストの完了報告をする為だ。


「いらっしゃい」


 見覚えのある女性NPCが顔をのぞかせる。


「クエストの報告をしたい」

「見せてくれるかい?」


 表示されたコンソールを操作し、俺たちがクリアしたクエストを表示させる。


「確かに。ご苦労さん」


 NPCの台詞と同時に俺の視界にシステムメッセージが現れた。


 クエスト『門の開放』をクリアしました。

 報酬――10000C

 特別報酬――霊石×2


「霊石ってなんだ?」

「それは特殊素材の一つね。強化に使用すれば状態異常に対する抵抗力が上がるのよ」


 これを使えばハルが掛かった魅惑のようなものに対する抵抗力が上がるということらしい。さっそく武器か防具に使ってみたい気持ちが湧き上がってきた。


「おすすめは防具に使うことね」

「わかった。後で試してみるよ」


 意欲満々に拳を握る俺をライラは温かい目で見つめてくる。その視線に気付かないわけでもなかったのだが、どこか気恥ずかしくそれに気付かないふりをし続けた。


「おばさん、新しいクエストを受注してもいいか」

「あいよ。どれにするんだい?」


 受け取った報酬のことを話している間にハルは次のクエストの受注手続きに入っていた。


「これだ」


 こちらからは見えないが、そのクエストは先程言っていた街道を塞いでいるボスモンスターを討伐し次の町に進むためのものだろう。


「ちょっと待って」

「ん? どうしたフーカ」


 意気揚々クエストの受注手続きを進めるハルの手を慌てて止めた。


「このまま行くつもりなの?」


 フーカの疑問はもっともだった。


 三体ものボスモンスターとの戦闘で用意していたポーション類は消費しているし、なによりハルは防具を失ってしまっている。このまま新たなボスモンスターと戦おうとするのはあまりにも無謀だ。


「そろそろお昼だし、休憩を入れるのも悪くないんじゃない」


 フーカの考えを読み取ったライラもこのまま戦いに行くのは反対のようだ。


「ユウはどうしたい?」

「俺も少し時間が欲しいな」


 そう言いながらたったいま届いたメッセージを読み返した。


「新しい防具が出来たみたいだ」


 差出人はリタ。


 頼んでいた防具が完成したことを報せてくれたのだ。


 リタから防具を受け取ってそのまま次の戦いに行くこともできるが、出来るならその防具を自分の体に慣らしたい。


「わかった。ここで一旦別れて集合は三時でどうだ?」

「俺はそれでいいぞ」

「二人は……それで良いみたいだな」


 昼を過ぎているとはいえまだ十二時半。三時になるまでまだ二時間以上ある。昼食を手早く済ませれば消費したアイテムを補充したとしても防具を馴染ませる時間はたっぷり残っているはずだ。


「集合場所はこのなんでも屋。それじゃあ、一旦解散!」




 三人と別れた俺は一度自分の工房に戻り昼食のためにログアウトした。


 時間が無いこともあり昼食は手早く家に残っていたパンで済ませ、再び【ARMS・ONLINE】の世界へと戻ることにした。


 ログインした俺が真っ先に目指したのはリタの所ではなく、NPCが営んでいるアイテムショップだった。その目的は消費したアイテムの補充、それとボスモンスターとの戦闘で手に入れたモンスター素材の買い取り。


 戦ったボスモンスターは三体だけだったが、ゴブリン・ロードとの戦闘で無尽蔵に現れた雑魚ゴブリンたちからドロップした素材がびっくりするくらいの数になっている。


 所持していたモンスターの素材アイテムを全て売って手に入った金額は約十万。金塊という名前の付いていたゴーレムの素材は本当に換金率が良かったのだとここにきて初めて実感することになった。


「たりる、のか」


 防具を作ってもらうというのは勿論タダではない。


 初期装備の次に使用する防具だとしても、ある程度の性能を持たせようものならそれなりの金額になっているはずだ。


 総額十二万程度の手持ちで足りるのか不安がないわけでもないが、これ以上は売れるものはない。工房に保管してある鉱石類もマオからの貰いもので、それを鍛冶以外で使用するのは気が引けた。


「とりあえずは行ってみてからだな」


 現物も見ないで悩んでいても仕方ない。


 足りなければその時はその時だ。


「待ってたよー」


 工房のドアを開けて入って来た俺をリタが迎え入れてくれた。


「クエスト、どうだった?」

「ああ、なんとかクリア出来たよ」

「そっか、そっか。急いで作ったけど間にあわなかったみたいだね」


 少し残念そうにしてはいるが、クエストが無事に終了したことを喜んでくれているようだ。


「いや、間に合ったんだ。助かるよ」

「どういうこと?」


 なにを言っているのか解からないとリタが聞いてくる。


 俺はこれまでの経緯とこれから挑むクエストについて話をすることにした。


「そっか……次の町に、ね」


 感慨深そうにそう呟くリタはハル達と同じようにβ出身者だ。それならばこのクエストも経験していることだろう。どこか遠いところを見つめる目をしているリタはその時のことを思い出しているのかもしれない。


「リタは、行かないのか?」


 ふと気になって聞いてみた。


 ハルと同じだとするならリタも早く次の町に行きたいと思っても不思議はでない。なのに目の前に立つリタはそんな素振り一つ見せはしなかった。


「私は、もう少し後かなー」

「どうして?」

「βの頃の私は最初戦闘職だったんだよ。でも、なんかしっくりこなくて生産職になってみたら、これが意外と性に合ってたんだよね。で、今はがっつり生産職。戦う力が減ったからもう少し後に強い知り合いと一緒にクエストに挑むつもりなの」


 生産職がメインではこのようなクエストのクリアは難しいと暗に言っているよう。


 自分の装備だけを強化できればいいと思っている俺は生産ができるとはいえど生産職ではない。中途半端な位置付けのように思えるが、ハル達の力になれる分、悪くはないと感じているのだ。


「そんなことより、見てみてよ。ユウ君のために作った専用防具」


 店の奥から見慣れない服を着せたマネキンを運んできた。


 NPCショップでは売っていないようなデザイン。良く言えば個性的、悪く言えばリタの趣味全開。


 カッコいいと思わなくもないが、着ているだけで目立ってしまいそうなそれを着るのは俺になるのだろうな。


「ちょっと派手じゃないか?」


 これまで町やエリアですれ違った人達の服とは全然違う。


 防具としての性能も高そうだが、やはりどう考えても目立ってしまうだろう。


「ふっふっふー。ユウ君ってさ、工房を買ったばかりでそんなにお金ないでしょ」

「そ、そんなことないぞ。素材を売って十万くらいなら持ってるぞ」

「うーん。NPCショップでの防具の平均価格って知ってる?」


 微妙な顔をしてリタが問い掛けてくる。


 初期防具のままの俺は当然NPCショップで防具を買った経験などあるはずも無く、首を横に振った。


「いまのレベルだと、一つ平均五万くらいかな。上半身は外着と内着、それに帽子や手袋、あとはマフラーやスカーフをいった首につける防具なんかも含まれるわね。下半身はズボンに靴、あとはベルトが該当するの」

「全部別々に揃えると、四十万!?」


 無論、全部を揃える必要はない。


 外着と内着、それにズボンと靴だけという最低限の数でも十分なのだろう。けれど、この四つを揃えるだけでも二十万。工房を買った時と同じ金額だ。


 リタが作り上げた俺専用と言っていた防具は見る限り、内着と外着それに手袋を上半身に、膝下までのハーフパンツとショートブーツ、黒い革を素材としたベルトがある。上半身下半身各三つづつ。単純計算でも三十万にもなる。


「違う違う、よく見て。これは手袋じゃなくて外着の一部だよ」


 そう言われマネキンを見てみると手袋のように思っていたものは肩を露出しただけで繋がっている外着の袖なのだと気付いた。


「それでも二十五万……」


 用意してきた金額の二倍以上の値段だ。


 初めこそ派手なデザインだと思ったものの、実物を目にしてからはそれほど嫌なデザインにいは思えない。


 ゲームだからこそ現実では出来ないような格好をしてみたいという思いも僅かながら芽生えてきている。それだけに、手持ちが足りないのが悔やまれた。


「NPCショップの平均価格ではそうね」


 誰の目にも分かるほど落胆し、肩を落としてる俺にリタが更なる追い打ちとも言える言葉を投げつけた。


「プレイヤーが作った防具はその性能にもよるけど、だいたいNPCショップの1・5倍はするのよ」


 二十五万の1・5倍。およそ三十七万以上。


 とてもじゃないが、今の俺に手の出せる金額ではない。


「む、無理だ……」

「私の出す条件を呑んでくれるなら一式十万でもいいよ」

「ホントか!?」


 俺にとっては願っても無い提案だ。


「……条件って何だ?」


 何も考えず喜んでしまったが、一拍置いてリタが言ってきた条件というものが気になった。


 無茶な要求で無いことだけを願うが、ようやく初心者から卒業し始めたばかりという俺になにをさせようというのだろうか。


「簡単よ。私が次の町に行く時、ユウ君の力を貸して欲しいの」




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