Re:スタート ♯.16
プレイヤーである俺たちを待ち受けているドラゴ・エスク・マキナの頭上に浮かぶHPバーの数は六本。
今更その本数に驚くことは無かったが、実際に対峙して目の当たりにするその身の大きさには驚きを禁じ得ない。
あの時は一瞬で倒されてしまったとはいえ、離れた場所から見た時にはそれ程だとは思わなかったドラゴ・エスク・マキナもこうして間近で見てみるとどうしても巨大であるという言葉以外にそれを的確に言い表せられる言葉はないだろう。
昔見た怪獣映画に出てくる怪獣のような姿に俺が感じているのは恐怖。だが、それを撥ね返すことのできる程度の自信と力は身に付けてきたつもりだ。
とはいえ、圧倒的に巨大な相手と対峙すること自体は怖いと言えば怖いのだが。
「……っと。今度はそう簡単にやられるつもりはないぜ!」
頭上を過るドラゴ・エスク・マキナの爪が削った壁を一瞥しながらも前に出る。
見事なまでの爪痕が残された壁はドラゴ・エスク・マキナの持つ攻撃力の高さが表されているかのよう。
だが、軽口を叩いているのは俺だけではなかった。
「ハッ。そンな攻撃が当たるかよォ!」
勇猛果敢。大剣を振りかざすアラドがもう片方の腕を打ち払いながらも一気に跳び上がった。
アラドを叩きつけようとして振り下ろされたドラゴ・エスク・マキナの腕を階段のようにして駆け上がる。
そしてドラゴ・エスク・マキナの頭部を思いっきり斬り上げた。
機械だからだろう。悲鳴を上げることなくよろめくだけのドラゴ・エスク・マキナがその無機質な瞳をアラドにではなく、俺に向けてきた。
「どこを見てンだッ!」
「任せろ!」
アラドが着地するよりも早く俺は駆け出していた。
そして勢いをそのままにドラゴ・エスク・マキナの足に横一文字の傷を刻み付けた。
地面を滑るように移動してドラゴ・エスク・マキナを通り過ぎた辺りで魔導手甲を嵌めた左手で急ブレーキを掛ける。
「全く攻撃が通らないってわけじゃないみたいだな」
自分で言いながらも俺はどこか信じられないような思いに駆り立てられていた。
それもそうだろう。
俺はこの戦闘が始まる前はドラゴ・エスク・マキナにアーツを発動させていない攻撃は効かないと思っていたのだから。
「これなら十分勝てるッ」
「ってもダメージは殆ど無いようだがな」
「解ってるよ」
「どうせ途中で変わることになるンだろうよ」
「それも、解ってるって。けど、今のうちに可能な限り削っておくべきじゃないか」
「――ああ、そうだな」
自分の手にあるガン・ブレイズを見つめながら呟いた俺にアラドが呆れ半分に告げる。
俺とアラドに襲い来るドラゴ・エスク・マキナの攻撃を回避しながら連続して攻撃を繰り出していく。しかし、その結果は思っていたほど芳しくはない。それでもアラドが最初に大剣で攻撃を加えた時と俺が斬り付けた時とその後の攻撃でも確実にダメージを与えられているのはたとえその数値が僅かなものでしかなくても僥倖というべきなのだろう。
それよりも俺が気になったのはガン・ブレイズを通して伝わってきた攻撃の際の感触。
柔らかい動物型のモンスターを斬り付けた時とまではいわないが、それでも機械の体を斬り付けたとは到底思えないくらいの感触だったのだ。
硬くもなく、柔らかくもない。
これまでの経験で最も近しいのは体が粘土質の土で出来ているクレイ・ゴーレムという種のモンスターを相手にした時だろうか。今にして思えば、攻撃の度にはっきりとわかるくらいの傷跡が残されていたという共通点もある。
「傷が残るのなら……」
「あン?」
「でかいダメージをを与えることができるかもしれないってことさ」
ドラゴ・エスク・マキナの背後で思案顔になって目を凝らす。
相手が生物をモチーフにしたモンスターではなく機械のようなモンスターだからこそ、小さな傷だとしてもそれらが積み重なることで大きな損傷を与えることができるかもしれない。
その為には同じ場所に幾度も攻撃を命中させる必要がある。
「まあ、難しくはなさそう……だな」
目の前にいる機械の竜を観察した結果を口に出した。
巨大な体躯の割に小さく思える足だといっても、そもそもが巨大なモンスターなのだ。小さいとされる部位だって一般的なモンスターとは比べ物にならないくらい大きいのが常なのだ。撃つにしても斬るにしても的となる物が大きいが故にそれほど困難という訳でもないはずなのだ。
ランダムに攻撃を加えていたそれまでとは打って変わり、最初に攻撃を加えた右足に攻撃を集中させていく。
その中で俺はドラゴ・エスク・マキナのより細かい挙動を見極めるために、観察を続けた。
まず気になったのは巨大な二本の腕を振り回すドラゴ・エスク・マキナの姿に最初に見た時との差異が見受けられる、ような気がしたことだ。
そもそも最初の戦闘、と呼べないような時は即座に炎にやられてしまって、その姿すら殆ど視認することができなかったのだけれど、それでも漠然とした竜の姿をしていたというのは憶えている。初めて見た時は今ほど腹部が膨らんではおらず、同時にここまで両腕が不気味に肥大化してはいなかったように思う。
過去と現在の違いを考慮した時に浮かぶ可能性はそう多くない。
それだけにこう考えてしまう。ドラゴ・エスク・マキナは機械の竜というモンスターだというのに成長しているというのだろうか、と。
「信じられない…けど、在り得なくはない……のか?」
明確に正解だと断じることができない状況ではあまり意味の無い推測なのかもしれないが、この時の俺は不思議と自分の脳裏に浮かんだことが気になって仕方なかった。
そうはいっても今は戦闘の真っただ中。というよりも始まってからまだほとんど時間が経っていないような状況なのだ。
それに、正解以上に俺が欲しているのはこの相手に勝つこと。
思考を巡らせたまま俺はドラゴ・エスク・マキナの攻撃を回避し、僅かでも攻撃後の隙が見つけられればその都度反撃を加えていった。
六本もあるHPバーの内の最初の二本はドラゴ・エスク・マキナの攻撃はシンプルなものが多かった。
基本的な攻撃は肥大化した腕を使った打撃。時折見せる攻撃が最初の一撃ほどではないが、強力な炎のブレス。機械だから息吹というのは違うかもしれないが、竜を模している以上はブレスと呼んで間違いではないはず。
変化が見られたのは二本目のHPバーが残り僅かになった時。
しつこいまでに右足を狙い攻撃を加えていた俺の苦労が実ったらしく、ダメージが積み重なった右足からがくりと崩れ、両腕を突いて跪くような格好になっていた。
その瞬間を攻撃のチャンスと捉えるのは当然のこと。
俺とアラドは残る四本ものHPバーを削ることを考えて余力を残しているとはいえ、攻撃アーツを発動させての集中砲火を浴びせる。
結果、残り少ない二本目のHPバーは瞬く間に消滅し、同時に三本目のHPバーも削ることに成功していた。
「ここまでは……ある意味、準備運動みたいなもんだよな」
ゆっくりと身を起こし始めたドラゴ・エスク・マキナを前に俺は左の拳に力を込めた。
ボスモンスターがその挙動を変化させるきっかげがHPバーの減少であることはそう珍しくないが、まだ半分も削っていない段階で変化を見せるのは稀。
大概は残り一本、元の本数が多いボスモンスターの場合は残り二本程度になって初めて変化が見られるものだ。そういう意味ではこのドラゴ・エスク・マキナが普通のボスモンスターではないことを物語っているかのようだった。
ガン・ブレイズを構えなおして息を大きく吸い込む。
「――来るか」
「こっちから行くンだろうがッ!」
待ちを選択しようとしている俺に対してアラドは常に攻撃を選択している。
相手がまだ完全に攻勢に出ていないのならばそれはこちらからすれば好機。無防備を晒している胴体に大剣を叩き込むべく駆け出したアラドに反射的に手を出したドラゴ・エスク・マキナの腕が迫る。
「当たるかよォ」
ここでもやはり防御を選択するのではなく攻撃、延いては前進することを選択した。
切り傷を付けることができる程度には柔らかいドラゴ・エスク・マキナの腕に向けてアラドが大剣を投げつける。
勢いを付けて投げられたことで拳に突き刺さった大剣に痛みを感じる様子も全く見せずにドラゴ・エスク・マキナはその拳を前へと突き出す。
このままではアラドが拳に激突してしまう。
俺がそのように思うよりも早くアラドが突き刺さったままの大剣を足場にさらに天高く跳びあがった。
「凄っ…」
呆然と見上げる先でアラドの両手に光が宿る。
そして両手を組み合わせて一つのハンマーのようにしてドラゴ・エスク・マキナの頭部を打ち付けた。
手甲を付けているとはいえ無手による一撃が引き起こした轟音はまるで雷鳴の如く。アーツの光が迸る様もそことなく雷のようだった。
強烈な打撃で頭部を打ち付けられたドラゴ・エスク・マキナが前のめりになる。
見た目に反してダメージが少ないようでHPバーの減りが少ない。それでも見た目通りの衝撃を受けたことでドラゴ・エスク・マキナに大きな隙が出来たのも事実。
「オマエもさっさと攻撃しやがれッ」
アラドの声で動くことを思い出したかのように俺の体が動く。
「ウオオォォォオオ!!! 〈ブースト・ウォリアー〉」
俺の体を透過する騎士の紋様の魔方陣。
攻撃力が飛躍的に増加するそれを身に纏い、俺は走りながら剣形態のガン・ブレイズの引き金を引いた。一度引く度に目を疑うほどMPが減少する。
レベルが上がりMPの最大値が上がった為に消費するMPの量も増えていた。
(その分だけ威力も上がっていればいいんだけどな。こればかりは模擬戦で確認することができなかったからな)
模擬戦は安全且つ安心を謳う。
HPの減少が無いということはそのまま死んでしまう危険が無いという利点であるのだが、とある一点だけ。欠点と見た時に限って唯一の欠点となってしまうものがあった。
それは攻撃によって与えたダメージという結果が不明になってしまうことだ。
だからこそ一回引き金を引く毎にどこまで威力を高めることが出来るのかを確認することが出来ずにいたのだ。ダメージを与えることのできるモンスターとの戦闘で試すことも考えたのだが、威力特化のアーツを発動させた一撃を命中させただけでHPをゼロにすることが出来るようになってきている現状では難しい話だ。
敢えて攻撃力を落とすことができれば測ることができるかもしれないが、戦闘中に自ら威力を下げることなどするはずがない。そんな特殊な状況に追い込んだ検証など意味を成さないだろう。
現在の残りMPで最低限を確保した段階になるまで引き金を引き続けた結果、俺は五回、引き金を引くことが出来ていた。
「少し早いかもしれないけど――」
意を決し身を屈めるドラゴ・エスク・マキナの前で止まる。
「〈シフト・ブレイク〉!!」
時期尚早かもしれないが、この期を置いて必殺技をクリーンヒットさせることは出来ないだろう。とはいえ、必殺技が必ずしも倒し切るタイミングで使わなければならないわけではない。寧ろその威力を存分に発揮させるためには相手の体力が多く残っているタイミングで使った方が効果的なはずなのだ。
ドラゴ・エスク・マキナの腹部を斬り上げる。
胴体に大きな亀裂が生じたことで初めてドラゴ・エスク・マキナが叫び声を上げた。耳を塞ぎたくなるような悲鳴の後、ドラゴ・エスク・マキナが苦痛に悶えるかのような唸りを上げている。
「油断すンじゃねェよ 〈ガウスト・ハンド〉」
「へっ!?」
大きく跳び上がった俺の横を無数の黒い腕が通り過ぎる。
それがアラドの使う必殺技だということを知る俺は何故このタイミングでアラドがそれを使わざる得なかったのか。その理由に気付いたのは左右からガンッという大きな音が聞こえてきた瞬間だった。
「虫みたいに潰されるとこだったってわけか」
全身で風を感じながら着地した俺は黒い腕によって受け止められてるドラゴ・エスク・マキナの両腕を見上げた。
「俺を助けるために必殺技を使ってくれたってのか」
「そンなンじゃねェよ」
「だったらどういう意味だっていうのさ」
「見て解ンねェのかよ」
アラドの言葉に誘われるように俺はその視線の先を追った。
ドラゴ・エスク・マキナの腕を受け止めている無数の黒い腕の内の一本がその拳に突き刺さっている大剣を引き抜きアラドの下へと届けている。
横目でその様子を窺いながらも目を凝らす。
するとドラゴ・エスク・マキナの腹部に見慣れない結晶体のようなものが装甲の奥から姿を覗かせた。
「あれは何だ?」
「さあな。もっと鱗を剥がせば見えてくるだろうぜッ」
長い。
それが俺がアラドの必殺技に抱いた感想だ。
そして、その凄まじい威力を目の当たりにしたのはその後。未だ消えない無数の黒い腕がドラゴ・エスク・マキナの腹部の装甲を鱗のようにバリバリと剥がし始めた時だった。
「うっわ。痛そー」
突然背後から聞こえてきたリリィの声に、俺は振振り返らずに頷きだけで答えていた。
「あ、出てきたよ」
リリィの言葉の通り、アラドが発動させた無数の黒い腕はドラゴ・エスク・マキナの腹部の装甲を根こそぎ剥ぎ取っていた。
剥き出しになる結晶体。
それは綺麗な球体をしており、その中にあったのは、
「あれもドラゴンなのか?」
水の中に浮かぶ水草の如くゆらりゆらりと揺れる毛が特徴的な竜がそこにいた。
「オマエはどうするつもりなンだ?」
「どうするって言われてもな」
一斉に消滅した黒い腕が運んできた大剣を軽々と持ち上げながら近寄ってくるアラドの大剣からすうっと身を乗り出してきた精霊が俺の顔を覗き込んでくる。
「何か言いたいことがあるのか」
『わたしは助けてあげたいと思うのですよー』
「それはあのドラゴンをか?」
『はいなのですよ』
「何故?」
『んー、何と言えばいいのかわからないですけど、その方がいいと思うのですよー』
ちらりとアラドの方を見ると、我関せずと言うように視線を体を震わせるドラゴ・エスク・マキナに向けていた。
「俺が決めろってことか。それなら――」
俺も同様にドラゴ・エスク・マキナを見つめる。
「助け出してみるか」
その言葉に喜びの色を浮かべた精霊と表情を変えないアラド。そして、リリィはいそいそとフードの中に身を隠していた。
苦痛を与えられたからか、それとも胴体の奥に隠されていた結晶体が露出させられたからか、無機質な機械の瞳に怒りが強く浮かんでいるように見えた。
そして、ドラゴ・エスク・マキナが大きな咆哮を上げたその次の瞬間、全身を覆う装甲の隙間が不気味に発光し、生物でいうところの筋肉が不自然な程に隆起したのだ。
結晶体も同様に異様な発光を見せ、その中にいるドラゴンを無数の泡が覆い隠していた。