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Re:スタート ♯.14

諸々の面倒事が重なり更新できずにいましたが、今回より更新を再開します。

更新頻度は以前ほどではないと思いますが最低でも週一、多ければ数日となる予定です。


「ここは……」


 ぼんやりとする視界の奥にある小さな丸い光が三つ、等間隔で並んでいる。

 天井を見上げる格好で地面に直接横たわっている俺は自分の体を起こそうとして不意の脱力感に襲われた。


「――ッつ! ゴホッ!」


 ガクッと体勢を崩し背中を打ち付けてしまい咳き込んでしまう。


「やっと起きたのかよ」

「アラド…か」


 声の主を探し顔だけを動かすと壁際で座り込んでいるのを見つけた。

 黒い大剣を抱え、気怠そうに壁に背中をくっつけているアラドはどことなくボロボロに見える。


「何があったのか憶えてるか?」


 そして俺に問いかけてきたのだった。


「何が――って、そうか」


 アラドに言われ自分の記憶を探る。

 思い出す風景にあるのは俺とアラドが共に挑んだダンジョン。そして最後に見たあの竜――ドラゴ・エスク・マキナの姿だった。


「その様子だと思い出したみたいだな」

「まあな」


 頷きながら俺はちらりと自分の視界の左端を見る。

 そこにあるHPバーの下に表示されているアイコンに見覚えのあるものがいくつかあることを確認することでようやく実感のようなものが沸いてきた。


「死んだ……のか」

「自分でわかってンだろ」

「…だな」


 HPバーの下にあるアイコンは自身のパラメータ減少を表すものであり、それが起こった原因は言わずもがなHPを全損したことによるデスペナルティだ。


「俺はあの炎にのまれたってことか」


 記憶にある最後の光景が視界を覆い尽くすほどの灼熱の炎。

 そこで記憶がきっぱりと途切れているということは、その時点で俺は倒されてしまったということ。


「ってことは、アラドも俺と同じように炎にのまれたのか?」

『それは違うのですよー。アラドはユウが消えた後もしばらくあの機械の竜と戦っていたのですよー。それに倒されてもいないのですよー』

「そうなのか?」

「まあな」

『でも、残念ながら逃げるしかなかったのも事実なのですよー』


 アラドの腕の中にある黒い大剣から姿を現した精霊が落ち込んだようなモーションを見せた。


「アラドが逃げただって? まさか、それって俺がいなかったからか」


 自惚れるわけではないが、今の俺たちは構成人数が僅か二人しかいないパーティだ。協力して戦おうと言うのにその片方が先に倒れてしまったのでは、自ずと残された方の戦い方も変わってくるというもの。

 寧ろ変わるだけで済めばいいのだが、今回の場合は撤退にまで追い込まれたということのようだ。


「そう単純なことならいいンだけどな」

「当然…違うってことか」

「…ああ」


 当たり前だというようにアラドが短く返事をし、それに同意するように精霊が肩を竦め首を縦に振った。


「何があった?」


 普段ならば高慢とすら取られかねない態度で話すアラドと掴みどころの無い態度を取る精霊であったが、この時ばかりはその感じが全くと言っていいほどになりを潜めていた。


「オマエが炎にのみ込まれてから直ぐのコトだ。次の標的を俺に向けたドラゴ・エスク・マキナがその爪で俺に攻撃を加えてきた」

「それを避けられなかったってわけじゃないんだろ?」

「まあな。けど、だからといって俺の攻撃が効くわけじゃない。無防備を晒す胴体に打ち込んだ一撃もダメージを僅かにしか与えられなかったンだ」


 アラドの持つ攻撃力を知る俺はその言葉に戦慄を覚えた。

 ドラゴ・エスク・マキナを倒すにはあの六本ものHPバーを削りきる必要がある。それには単純にダメージを積み重ねればいい。しかしそのダメージを与えること自体が困難となれば。

 別にこれまでもそう言った類のモンスターと戦ってこなかったわけではない。そういう意味では珍しくもなんともない話なのだが、その様を見ることも出来ずに負けてしまったことはなかった。


 強い攻撃を放つのもまたボスモンスターの常ともいえよう。だからこそドラゴ・エスク・マキナが俺のHPを一度で全損に追い込むような炎を吐くことも、アラドを敗走にまで追い込んだ攻撃を繰り出すのもまた当然ということだ。


 しかし、たったそれだけのことでアラドがここまで追い詰められた表情になるものだろうか。

 ボスモンスターが強力なのはこういったゲームでは当たり前のことで、むしろ強いからこそのボスモンスターなのだ。


『機械の竜の攻撃はどれも強力だったのですよー』


 そう言って精霊がジェスチャーを加えながら話すドラゴ・エスク・マキナの攻撃は以下の通り。

 まずは俺を一撃で葬った炎のブレス。相手が機械仕掛けであるが故に本来のドラゴン型のモンスターの放つブレスとは似て非なるものであるのだろうが、その威力だけを見れば匹敵すると考えて間違いはなさそうだ。

 次いで鋼鉄の爪を使った攻撃。指を纏め槍のようにして繰り出すものと、その手を開き引き裂こうとする攻撃があるらしい。

 後はドラゴンの姿が表すように、その鋭い牙を無数に具えた口を使った噛みつきや硬い鋼鉄の鱗を纏った尻尾による薙ぎ払い。


 聞いて想像するだけでもアラドは機械だろうと何だろうと竜と戦ったのだと実感してしまった。

 そして、俺はその機会を最初の一撃で奪われてしまったのだということも。

 少なくともドラゴ・エスク・マキナというモンスターは俺たちの攻撃を幾度となく耐えることが出来、反対に俺たちを仕留めるには僅かに一度だけその攻撃のどれかを命中させるだけでいい。


 プレイヤーとモンスターという違いを差し引いた単純なスペック差だけでいうのならば、レベルをリセットさせたとはいえ、これまで戦ってきたどのモンスターよりも上のように思えてならない。

 この事実に恐怖を覚えるのか、それとも強敵の出現に高揚を覚えるのかは個人の気質によるものが大きいだろう。

 そして奇しくも俺とアラドは互いの後者のほうであったらしい。


「で、どうすンだ? まさかこのまま負けてオワリなンてことはねェだろうな」


 先程までとは一転して口元に微笑を浮かべるアラドが問いかけてくる。


「当然だ……と言いたいところだけどな。一撃でやられた手前、そう簡単に言い切れるものでもないんだけどさ」

「オマエの負けた原因はわかってンだろうが」

「まあ、な。俺の場合、真っ先に出てくる問題ってのがレベル不足だな」


 それもまた当然のこと。

 敗走したとはいえドラゴ・エスク・マキナと戦うことのできたアラドと比べても俺のレベルはその半分にも満たない。

 パラメータの値が少ないということもあるが、それよりも今の感覚では獲得したスキルポイントの差が能力の差であると感じられた。

 それはランクを上げてレベルをリセットする前よりも顕著に表れた傾向であるとも言える。


「ってもここでレベル上げが出来るのか?」


 そこには暗にボスモンスターの近くという意味が含まれていたのと同時に、今自分がいる場所がどこなのかという問いかけも含まれていた。

 ようやく起き上がることの出来るようになった体を起こしながら問いかけた俺にアラドが答える。


「出来るンじゃねェか。ここはまだダンジョンの中だからな」

「ダンジョンの中だと? 俺は死に戻りしたんじゃないのか?」

「リスポーン地点がこの部屋に強制的に変更されたってコトだろ」


 アラドに言われ今俺がいる部屋を見回してみても、本来リスポーン地点となる場所にあるはずの転送ポータルのようなものは見当たらない。

 それどころか天井にある明かり以外、特段目印になりそうなものは何一つない簡素な部屋だった。


「マップは機能していないみたいだけど」

「らしいな」

「それなのにアラドはここがダンジョンの中だって言い切れるのか?」

『当たり前なのですよー。わたしたちは何度もあの機械の竜がいる場所とココを行き来してきたのですから』


 自信たっぷりにそう告げた精霊の言葉を肯定するようにアラドは言葉を続ける。


「俺等がいるこの部屋はドラゴ・エスク・マキナが居る階層の一つ上だ」

「一つ上?」

「そうだ。更にここから上に行けばさっきのゴブリンのようなモンスターがウヨウヨ居やがる階層に出る」

「そこでレベルを上げるってわけだな」

「ああ。ハラが立つが、俺もレベルを上げないことにはあのドラゴ・エスク・マキナとは戦えそうにも無いからな」

「アラドでもそうなのか?」

「ランクを上げたとはいっても所詮レベル30にも満たないプレイヤーってことだな」


 俺とは違い敗走するまでの間ドラゴ・エスク・マキナと戦ったアラドの得た感想だ。

 十分信じるに足る感覚だとも言える。

 気になるのはアラドよりもレベルの低い俺と自分のレベルを上げようとするアラドが戦って意味のある相手が同じであるかどうか。

 経験値を稼ぐという意味では別段どんな相手でも問題はないだろう。しかし、既にボスを前にしている俺たちにとって効率のいいレベル上げが出来るかどうかとなれば話は別だ。この時点で俺よりも高いレベルを持つアラドが一つレベルを上げるのに必要な経験値と俺が一つのレベルを上げるのに必要な経験値が同じであるはずが無い。


「オマエのデスペナの解除まであとどれくらいなンだ?」

「思ったよりも短いみたいだ」

「あン?」

「約三時間。どうだ? デスペナルティの解除にしては短いと思わないか?」


 半ばやけくそ気味に俺は自分のコンソールに映し出した自身のステータス画面を確認しながら答えた。


「確か、ログアウトしてもこの時間は進むはずだよな」

「そのハズだ」

「けどこっちに居る方が早く解除される、か」


 同じ時間でもゲーム内を進む時間と現実で進む時間ではその進み方が違う。体感時間で言えば同じ三時間でもゲーム内でこの何もできない時間というものを耐えた方が実際に必要な解除までの時間は三分の一で済むのだ。

 必要なのは三時間という予め定められた時間を経過させることであり、別段現実での三時間に固執しなければならないわけではないというわけだ。

 なんとも微妙な仕様のようにも思えるが、これもランクアップを含むアップデートが実施された時に追加された仕様であり、デスペナルティを解除するまでに要する時間を短縮する方法と、その時間を有効に使うようにという配慮とのことだった。


「それならアラドは先に上に行ってレベルを上げてくればいいさ。俺はここで別の作業をしてるから」

『別の作業ってなんなのです?』

「これの強化だよ」


 魔導手甲(ガントレット)を見せるようにひらひらと左手を振ってみせる。


「幸い素材は十分にあることだしさ、現状の限界に達するまで強化してみようと思ってさ」


 使えるアーツは≪ガントレット≫スキルのレベルを上げなければ増えることもそれが強化されることもないが、武器自体の性能はまた別のこと。

 ガン・ブレイズが剣銃だった頃は≪鍛冶≫スキルと≪細工≫スキルのレベルを≪剣銃≫スキルと並行して上げていった為に一気に強化するということが出来なかったが、今は違う。二つの武器強化に使うスキルのレベルは十分な値にまでなっているのだ。


 気を付けなければならないのは持っている素材では強化できなくなってしまうことだが、それはそれで上限に達したと判断すれば問題なかった。


「なら俺は行くゼ」

「ああ。気を付けろよ」

「ハッ。オマエほど無茶はしねェよ」

『大丈夫なのですよー。わたしが無茶させないのですよー』

「なら安心だな」


 精霊の言葉を聞いて笑う俺を一瞥すると、アラドは精霊が身を乗り出している大剣を背負い立ち上がった。

 そのまま無言で上の階層に続く階段を上っていくアラドを見送って俺はストレージから鍛冶設備完備のテントを取り出して広げた。


「さて、減少しているパラメータが影響しなければいいけど」


 慣れた様子で武器強化の準備を始めていく。

 それでもいつもと違うのは炉に火を入れることをしないこと。

 俺がしたいのは魔導手甲の強化。しかし、強化の方向性を定めなければ中途半端な強化を繰り返すことになりかねない。


「考えられるのは攻撃力の強化か防御力の強化のどちらかだよな」


 二つ目の専用武器である魔導手甲とはいえその形状から武器としての強化を行うか、それとも防具としての強化を行うかという選択肢が俺にはあるのだ。


「攻撃を重視しすぎても防御を重視しすぎても駄目…か」


 ストレージにある素材と睨み合いながら呟く。

 テント内の設備は自分が用意したものであれど、所詮携帯できるように選んだものに過ぎない。残念ながら自分のギルドホームにある設備のように万全を期した設備と道具ではない。そうとなれば当然のように自分が思い描く最高の強化を施せるというわけではないのだ。


 それでもいいと思った。

 最高とそうでないかの違いは能力値としては現れないからだ。

 消費する素材の数、それを使った際の強化の成功率。あとはせいぜい必要となるプレイヤーの鍛冶の腕、所謂≪鍛冶≫スキルのスキルレベルが違うというくらいだ。


 素材と睨み合いながら俺は魔導手甲の強化した姿をコンソールに浮かべる。


 攻撃を重視した場合、より強化するのは手首から先、拳の部分になるのだろう。しかしそれではボクシンググローブのように妙に拳が肥大化した形になってしまうらしい。

 それとは反対に防御を重視した場合は腕の部分を強化することになるようだ。しかしその場合手甲というよりは小型の盾をくっつけただけの魔導手甲になってしまい、そもそも手甲を選んだ意味が無くなってしまいそうだと思えた。

 元よりスキル≪ガントレット≫にある防御アーツ〈エアトス・シールド〉によって防御をするようになった俺は魔導手甲自体の防御力などあってないようなものなのだ。


「っても〈エアトス・シールド〉の防御能力が魔導手甲の防御力を参照しているのだとすれば軽視できるような感じじゃないんだけどな」


 検証不足と言われれば全くを以ってその通りなのだが〈エアトス・シールド〉の持つ防御能力がいか程のものなのか俺は正確に把握しきれてはいなかった。

 それは単純にアーツを使う場面にあったとしてもその時は一回のアーツの発動によって問題なく攻撃を妨げることが出来ていたからだ。


 どんなに強力な攻撃に見えてもそれを防いでみせた〈エアトス・シールド〉はこれまで何の不満も抱かせない性能を持つアーツだった。

 だからこそ俺はどの程度の防御能力を持つのかという検証を後回しにしてしまっていたのだ。


「…やっぱり攻撃重視の強化になるのか。でも………」


 不確実な防御力の向上を目論むよりもある程度確実性のある攻撃力の向上。それをするしかないと考えている俺に更なる問題点が浮上したのだ。

 魔導手甲の専用スキルである≪ガントレット≫にある習得済みのアーツは今のところ〈エアトス・シールド〉という防御用のアーツだけ。

 自分の持つもう一つの専用スキル≪ガン・ブレイド≫さえ≪剣銃≫という名のスキルだった頃には最初に得た〈リロード〉というアーツから後に剣撃と銃撃のアーツを獲得するまでの間にそれなりの時間を要したのだ。今更そのスキルで使うことのできるアーツが少ないことには何も思う所はないとはいえ、このせいで攻撃の強化に踏み切れていないのもまた事実。


「はぁ、どうするかな」


 アラドがレベル上げに向かってからどれ程の時間が流れただろう。

 俺は未だに一度も魔導手甲の強化を果たせないまま、火の入っていない炉の前で胡坐をかいて思案顔のまま。


「ねえ、まだ悩んでるの?」


 重い空気を打ち破るように声を掛けてきたのは指輪の上に浮かぶ魔方陣から飛び出してきたリリィ。

 ドラゴ・エスク・マキナとの戦闘が始まる前に姿を消したリリィは外着のフードの中には戻らずに『妖精の指輪』を通り自身の故郷へと戻っていたようだ。

 俺の自問自答を聞いていたであろう彼女は俺の迷いを正確に捉えることが出来ているらしい。


「ああ。いまいち煮え切らなくてな」

「だからどうしてなのさ? 攻撃にしても防御にしても強くなるのは同じなんじゃないの?」

「それもそうなんだけどさ」


 リリィの言うことは尤もだった。

 どっちにしても強化さえしてしまえば確実に俺の力は増加する。

 そうはっきりと理解しているにもかかわらずこうして手を動かすことが出来ないのはどういう理由なのか。

 言葉に出さずに自問自答を繰り返す俺は意味もなく素材となるインゴットを並べていた。


(これの攻撃を強化した形も防御を強化した形も何だかしっくりこないんだよな〉


 左手から外した魔導手甲を眺めながら考える俺は先程自分がイメージした強化後の姿を否定した。

 仮に、そう仮の話だが、攻撃と防御の強化を両立できたとして、その時の姿はやはり今の魔導手甲をそのまま肥大化させただけになるようにも思えてならない。

 繰り返す否定になってしまうが、単純に攻撃と防御の強化を施して形を変えさせることは好まない。そのたった一つの感情が故に俺はこの魔導手甲という防具のような武器を持て余してしまうことになっているのだとしてもだ。


「でも何もしないってのもあり得ない…か」


 ならば腹を決めるしかない。

 迷うことは必ずしも悪いことではないとはいえ、迷い続けることは無駄であり失策以外のナニモノでもないのだから。


「よしっ。決めたっ」


 剣銃――ガン・ブレイズの時ならばもっと簡単に決断することが出来ただろう。それだけ長い間使ってきたという自負もあれば、同時に自分がどのようにそれを強化してきたのかまるで自分の身体のように理解しているからだ。

 それが何故、魔導手甲の場合はこうも悩むことになったのか。

 今にして思えばそれは俺がそれを手にして、また使うようになってからそれ程の時間が経っていないからだったのかもしれない。


 最初の一歩はいつも時代も、どんなことであれ戸惑いを覚えるものだ。


「だったら、これが魔導手甲が俺の手に馴染むようになるきっかけになれば――」


 決断し使う素材を定めた俺は炉に火を入れた。

 轟々と燃え始めた炉にインゴットを投げ入れるとそれは瞬時に融解し始める。


「最初ってこともあるし、何より形を変えるつもりもないからな。形通りの強化になるけど…仕方ないよな」


 ゲーム内で行える鍛冶というものは大きく分けて二通りある。

 その一つが俺がこれまで通り現実の鍛冶を模した方法だ。これはゲーム的にかなり簡略化されているとはいえ、その都度やはり現実に沿った鍛冶を行う必要がある。だが、こちらは≪鍛冶≫スキルを持つプレイヤーにとってよりリアルな雰囲気を味わうことが出来るのだとか、こっちの方法のほうがより性能の高い結果を生むとまことしやかに囁かれているということもあって、一般的な方法として定着しているのだった。


 もう一つの鍛冶の方法。それはかなりゲーム的な要素が色濃く出た方法だった。

 鍛冶槌を使って武器を打つところまでは同じ。しかし、同じなのはそれだけでこちらは打つ前にコンソールを操作して強化を選択するということで鍛冶を完了させるという方法だ。


 簡単なのは言わずもがな後者。

 しかし、簡単というだけで万人に広まるわけではない。重要なのは生産職には前者が好まれていてそうでは無いが鍛冶を自身で行う類のプレイヤーには後者が好まれているという事実のほうだ。


 先ほどの性能差という噂が広まったのもこの事実が影響しているところが大きい。


「ま、実際はこの通り。性能だけならどっちでも変わらないんだけどさ」


 瞬時に一度目の強化が完了した魔導手甲を手に取って呟く。

 自分の言葉の通り、二つの手段を用いた強化で違いが現れる場所というものは強化を施した装備品ではなく、それを行った自分だった。

 端的に言ってしまえばスキルの熟練度の獲得割合の違い。

 同じ結果をもたらす強化でも自分の手で手間と時間をかけて行った時を10とするのなら、ゲーム的な方法を用いた場合獲得できるスキル熟練度が2になってしまうのだ。生産を主に行うプレイヤーはそれを嫌い、基本的に自分の手で強化を行うようになっているともいえるのだった。


 とはいえ、今の俺が行うべき強化の回数は一つ一つをじっくり行っていたのでは日が暮れてしまうくらいの回数になると予測できるほど。ならば獲得できる熟練度の差異に目を瞑り素早くそれらを行うことが必要となってくるのだ。


「できたの?」

「ああ。一回目は終わったよ」


 顔を覘かせてくるリリィに答えながら俺は強化を施した魔導手甲のパラメータを確認する。

 今回の強化で伸ばした数値は攻撃でも防御でもなく耐久性。

 拳を覆う武器として、そして自身を守る防具として使うことを考えた時、共通して求められるのは何か。そう考えた時、思い至ったのは長く使えるということだった。


「このまま続ければいいかな」


 少しばかり不安は残るが形を変えずに行える強化の限界回数まで耐久度の上昇を行うことにした。

 テントの中で強化を行うこと七回。

 それが魔導手甲の形を変えずに行える強化の限界だった。

 素材はまだ残っているし、それが使えなくなるということもないようだ。


「えっと、次に強化した場合はこれの形を変えらざる得ないみたいだな」


 ため息交じりで呟く。

 近くにいるリリィが俺の言葉に疑問符を浮かべたようだが、残念ながらそれに対応している余裕はない。

 耐久性能という面では魔導手甲はそれなりの武器にすることが出来た。それこそ俺が使っているガン・ブレイズに迫るかというくらいだ。

 これは俺が持っている素材のレア度や性能が影響しているらしく、そのせいで素早く天井を見ることが出来たのであり、同時に手詰まりになってしまったというわけだった。


 素材が残っている以上、俺はこのまま強化を施すべきなのだろう。

 無論。これから先の戦闘を経て減少した耐久値を回復させられるだけの素材は残しておくべきなのだろうが、それを差し引いたとしてもまだ手持ちの素材は十分な数が残っているのだから。


 耐久度を上昇し続けてきたおかげだろうか。

 最初に攻撃力や防御力を伸ばそうとした時とは違う変化が俺の魔導手甲に訪れるようだ。


 攻撃力を伸ばそうとした場合、最初は拳部分の肥大化というグローブのような形になるようだったのだが、今はそれこそ俺を負かした相手であるドラゴ・エスク・マキナの姿のモチーフである竜の手のように鋭い爪が意匠として施された指先が特徴的な形になっていた。

 反面、腕の部分は変わらずに今と同じ。一般的な西洋鎧の籠手を彷彿とさせる形状をしているままだ。


 防御力を伸ばそうとすれば拳の部分は同じだが、腕の方にはより細かい蛇腹のようになり、繰り出される攻撃を受け流すことが可能になるようだ。


「コッチの方がかっこいい!」


 変化した二つの魔導手甲のプレビューを見て悩んでいた俺にリリィが嬉々とした顔で一つの画像を指差した。


「これか?」


 それは攻撃力を強化した場合の鋭い爪を持った魔導手甲の姿。

 俺はこの魔導手甲を完全に武器ではなく防具だと考えていたからこそ、このリリィの意見に驚きを感じていた。

 しかし、思い返せばこれは確かに武器なのだ。防具としての手甲はちゃんと腕という部位に纏う防具として存在しているのだ。

 これまでの使い方が防具に拠っているからといって、これから先も同様である必要はない。


「そうだな。こっちの方がいいかもしれないな」

「だよね! わたしもそう思ったんだー」

「さっそく強化するから離れてろ」

「はーい」


 ひらひらと飛んでいくリリィを見送り、俺は攻撃力を強化するための素材を炉にくべた。

 溶けるインゴットを取り出し、魔導手甲にそれを使用する。

 いつもならば指先にインゴットを添わせて融着させた後、それを削って鋭い爪の形を一つ一つ作っていくのだが、今はそれすら省略したのだった。


 予めコンソールを操作していた為にインゴットが融着した魔導手甲を一度鍛冶槌で叩くだけで強化の工程は終了してしまう。

 カーンという甲高い音のすぐ後に光に包まれた魔導手甲はコンソールに映し出されていた形と寸分違わない形状に変化した。


「できた…」


 完成した魔導手甲を装着し数回手を開いたり閉じたりを繰り返す。


「問題は……なさそうだな」


 形を変えてもなお自分の手にピッタリのサイズを維持することが出来ているようだ。

 ほっと安心して今度は魔導手甲のパラメータを確認するとそれまでに強化した耐久力はそのままに、攻撃力が確実に上昇していた。


「終わったみたいだな」

「アラド。そっちこそ、レベル上げはもういいのか?」

「ああ。一旦休憩だ」

『MPが無くなったのですよー』


 大剣から身を乗り出した精霊がアラドが戻ってくることになった原因を俺に告げた。


「…そろそろデスペナも解除されたンじゃねェか」

「えっ!? もうそんな時間なのか!?」


 驚き手元に出したままになっているコンソールの時計を確認する。そこにはゲーム内の時間で三時間が経過したことがはっきりと示されていた。


「っていうか、アラドは三時間も戦いっぱなしだったのか?」


 呆れ半分、驚き半分に問いかけた。

 俺も同じことが出来なくは無いだろうが、それは今回のように初めて足を踏み入れたダンジョンの中でではない。もっと通い慣れた狩り場でのみできることだった。


「ンなことはどうでもいいンだよ。どうなんだ? デスペナは解除されてンのかよ」

「あ、ああ。解除されてるみたい………なの、か?」

「何で聞き返してンだ」

「いや、見慣れないアイコンが一つ残ってるんだよ。ほら」


 コンソールを可視化モードに切り替えればそれを他人に見せることは可能だ。

 俺が契約している妖精であるリリィはその操作をしなくとも見ることは出来ているようだが、アラドにはそうはいかない。

 手早く切り替えてそれを見せるように近付いて行くと、アラドはコンソールの画面を一瞥し、


「何だコレ」


 と訊ねてきた。

 俺のステータス画面にあるアイコンに触れ、その詳細を呼び出すと、それは俺が初めて目にするものであり、デスペナルティとは別種のものであるあることが記されていた。


『竜の呪い』

 効果。指定のパラメータを一定値で固定する。


 あまりにも強力なその呪いの効果を目の当たりにして、俺は慌てて自身のパラメータを確認した。

 ATKやDEFは勿論のこと、銃形態でしか適応されることのないとはいえINTやMINDも俺にとっては大事なパラメータだ。

 ありとあらゆる速度というものに関係するSPEEDにスキルを習得したのが最近だとはいえ生産を行うことで比較的上昇させることのできていたDEXも大事。


 そういう意味ではこの『呪い』によって固定されてしまっているパラメータは俺にとって幸運だったと言えるのかもしれない。

 クリティカル率や回避率に影響するAGI。それとアイテムドロップ率等に影響するLUKがそれに該当しているからだ。


「なあ、呪いを解くにはどうすればいいと思う?」

「ンなの簡単じゃねェか」


 何気なく問いかけた俺にアラドが平然と言い放つ。


「掛けてきたヤツを倒してしまえばいいンだろうが」


 明確にして端的な答えを告げたアラドに俺はただ「そうか」と頷くことしかできなかった。




17/7/7 修正

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