Re:スタート ♯.13
闇の中に佇む存在は竜……のように見えた。
翼も尾も畳み、卵のように丸くなる竜が微動だにせず、ただじっとそこに居るだけだった。
「どうすンだ、これ」
竜を見上げながらアラドが困ったものだと眉間に皺を寄せながら呟く。
『とっても大っきいのですよー』
「ちょっとちょっと、あんなのの戦ったりしないわよね!?」
この階層に降り立たって直ぐの頃に自分から姿を現したリリィは目を丸くして驚きを全身で表現している。
それは大剣から姿を現した精霊も同じで、闇の中に居る竜に近づこうとして戻ってくることを繰り返しているのだった。
「で、オマエはどうするつもりなンだ?」
精霊とリリィを無視してアラドが訪ねてくる。
顎に手を当て考え込む素振りをみせながら、俺は自分の考えを伝えることにした。
「どうするもこうするも、ここから先には行けないみたいだからな」
「あン? ここが最下層ってワケでもねェだろうが」
「そうとは思うけどさ。現にここから伸びてる道は上に戻るための階段のあるあそこの道だけみたいだからさ」
俺が指し示す先にあるのか壁にぽっかり空いた空白とも言える入り口。その先に石が積まれてできた天然の階段があるのが松明代わりになっている光る苔の明かりに照らされて見えたのだ。
「それに、あれはどう考えてもこのダンジョンに生息するボスモンスターだろ」
動かない竜を見上げながらそう呟く俺の言葉にアラドは神妙な面持ちで頷いた。
「今はまだ動かないけど、いずれ――」
戦うことになる。
俺がその一言を告げるよりも早く、突然の揺れが襲う。
「何何何なにナニ? 何なのさ!」
慌てふためくリリィは飛んでいるにもかかわらず、器用にも自分の身体を小刻みに揺らしながら近付いてきた。
「落ち着け」
『この揺れは何なのですー』
「さアな」
最初に思ったのは揺れの中心があの竜であること。しかし、不自然な程微動だにしない竜の近くの地面に転がるネジ一本動いてはいないのだった。つまり、竜以外の原因と理由あると推測した俺は注意深く辺りを観察することにした。
階段を下りて別のプレイヤーが現れたかもと考えたのだが、どうやらそういう訳ではないらしい。
現れたのは……
「ゴブリン……か?」
生物とするにはあまりにもぎこちない動きを見せるゴブリンは歩く度にこれまた生物らしくない足音を響かせている。
それが総勢六体。
モンスターのパーティでの最大数には及ばないものの、二人しかいないパーティでは十二分に危険を感じるべき数だ。
「見た目からして違くない?」
『機械っぽいのですよー』
そう言いながら俺のフードの中に逃げ込んでくるリリィとアラドの大剣の中に吸い込まれるように消える精霊。そんな精霊を見てアラドはどことなく複雑そうな表情を浮かべゆっくり近づいて来るゴブリンへと注意を向けていた。
「アラド。ダメージはどんな感じだ?」
「問題ねェよ」
「そうか」
視界の左端に見える自分のHPバーとその下にあるアラドのHPバー。先程までの戦闘を終えて時間が経過した今も完全回復しているとは言えない数値をしていた。
「回復しておいたほうがいいんじゃないか?」
今現れたゴブリンとの戦闘だけならこれだけHPとMPが残っていれば問題ないだろう。しかし、その後に控えているあの竜との戦闘が即座に始まってしまえば、万全とは言い難い。
ゴブリンとの戦闘の後に回復することが出来ればいいが、そんな保証はないというわけで、俺はこの時点で回復しておくことを選んだのだった。
「ポーションが無いって訳じゃないんだろ」
ストレージから取り出したポーションを飲みながら問いかける。アラドはそれに言葉で答える代わりにポーションを取り出して俺と同じように使用してみせた。
僅かに減っていたHPも全快した。それに加えてより自動回復速度の速いMPはポーションを使う前に全快している。
戦う準備は出来たというわけだ。
瞬時にホルダーから引き抜いたガン・ブレイズの銃口を向けるとその頭上に一本のHPバーとその名称が表示された。
『ゴブリン・マキナ』
「マキナってどういう意味だったっけ」
「機械仕掛け、あるいは文字通り機械」
「アラド?」
「大体そンな意味だったハズだ」
一瞬だけ雰囲気を変えたアラドが瞬く間にいつもの調子に戻っていた。
そして全貌を表したゴブリン・マキナはその名が示す通りに体全体が機械で出来ていた。小さなロボットを彷彿とさせるその外見にこれまでにゲーム内で見てきたモンスターとの差異を感じつつも、この階層の内装には驚くほどマッチしていていると変な納得をしてしまっているのも事実。
六体全てが姿を見せたのを合図に襲い掛かってくるゴブリン・マキナを見てアラドが叫ぶ。
「来ンぞ!」
アラドがその背中の大剣に手を掛ける。
襲い来る六体ものゴブリン・マキナ。
一階層にあった縦穴からの落下の後、息をつく暇もなく始まった戦闘はまずアラドの大剣の一撃によって変化が生まれた。
両断するかと思われた一撃もゴブリン・マキナの鋼鉄の身体に阻まれその外皮を歪めるに留まる。
「チィ!」
舌打ちをして歪めた外皮をその上からもう一回大剣で叩きつけることで強引にその腕を叩き折った。
「クソッ、硬い」
無理矢理大剣でゴブリン・マキナの腕を叩き折ったアラドの傍で俺は自分が撃ち出した弾丸がその鋼鉄の外皮に阻まれ弾かれたをの見た。
撃ち出したのが実弾だったのならば跳弾して俺かアラドに命中していたかもしれない。MP弾で良かったと思うのと同時に銃形態では全くダメージを与えられないことに愕然としていた。
「〈ブースト・ディフェンダー〉!!」
盾の模様の魔方陣が俺の身体を包み込んで消えた。
上昇する最大HPと防御力を感じつつ俺はガン・ブレイズを剣形態へと変える。
斬るための武器で殴打していくアラドを真似て俺もその刃をゴブリン・マキナに叩きつけていく。
歪む外皮が目立ち始めた頃、ゴブリン・マキナの一体が消滅した。
それは俺が対峙している中の一体ではなく、アラドが対峙していた中の一体。舞い散る光の粒の刹那に見たゴブリン・マキナの様子は最早原型が留めていないほどにまでなっていた。そういう意味では俺が戦っている目の前の一体も程なくして倒すことが出来るはずだ。
程なくして俺の前に居る一体もHPを全損させてその身を消滅させていた。
残る四体のゴブリン・マキナも俺たちならば倒すことが出来る。
自身を強化したことで俺が負ける可能性はほぼ無くなり、未だ低いレベルでもアーツを使用することでそれなりに戦えることが証明できた。
確かな手ごたえを感じたその瞬間、俺の予想よりも早い目覚めが起きた。
グルルルルウル!
獣の声のようでもあり、何かの機械の起動音のようでもあるその音を耳にして、俺とアラドの動きが止まる。そして時を同じくして俺たちと対峙しているゴブリン・マキナ共も動きを止めていた。
この瞬間をチャンスとして捉えながらも俺が攻撃に転じられない理由は他のなんでもなく、音の主である竜の目が光ったのが見えたからだ。
「来る…のか?」
ボスモンスターを含めた複数の相手との戦闘の経験は数あれど、そのどれもが面倒という以上に困難であったことを思い出す。
先んじて周囲に存在する雑魚モンスターを討伐してしまうことでその戦闘の難易度が変えることが出来る。しかしそれは、良くも悪くも賭けに等しいことでもあった。
雑魚モンスターがいることで戦闘自体の難易度が上昇することもあれば、いるからこそ難易度が下がる場合もある。それは雑魚モンスターの特性によるのだが、残念なことにゴブリン・マキナとの戦闘が始まって間の無い今の俺ではその判断を下すだけの情報が無いも同然だ。
パーティを組んでいる以上、俺が勝手に何かをしでかすわけにはいかない。
不可抗力でそうなってしまう場合を除いて、基本的には相談するべき事柄ではあるのだ。
迷う俺の視界にガンッという衝突音を伴って地面に数回バウンドしてから消滅する一体のゴブリン・マキナが飛び込んできた。
それが誰の仕業なのかなどと考えるまでもなく、アラドはその手の中にある大剣に付いた血を払うかのように数回横に振っていた。
「ナニを迷ってやがる」
「別に迷ってなんか――」
「どうせ倒すのは同じだろうがッ。だったらアレが動き出す前に数を減らすのは当たり前だ。違うかッ」
「…そうだよな。わかった」
アラドの言葉で迷いを吹っ切れた俺はそのまま近くのゴブリン・マキナに攻撃を加えていく。
「〈インパクト・スラスト〉!!」
普通に攻撃したのでは与えられるダメージは少ない。
だからこそ俺は威力特化の斬撃アーツを使用した。
より強い攻撃を重視するのならこのままでは足りない。それでも俺が強化を変更しないのは後に備えてのためだった。
「もう一回! 〈インパクト・スラスト〉!」
その為に雑魚モンスター相手でも同じアーツを二回使わなければ倒すことが出来ないということになっているのだが、それは裏を返せば二回使えば倒せるということ。
これは装備品やスキルの習熟度なども合わせて純粋なレベル10のプレイヤーに比べて一つランクを上げたプレイヤーのレベル10が持つ力の方が遥かに高いことが証明された瞬間でもあった。
「あと二体!」
「違う。一体だッ」
ダンッと大きな音を立てて叩きつけた大剣の下で霧散するゴブリン・マキナを見下ろしながらアラドが訂正してきた。
「任せろ!」
残る一体に近い場所に立っていたのは俺。
駆け出してガン・ブレイズの刃を向けるその先で感情の無いレンズの瞳を向けてくるゴブリン・マキナの顔に向けて思いっきり突き出した。
鋼鉄の外皮に僅かに食い込む切っ先が止まりかけたその刹那〈インパクト・スラスト〉を発動させて攻撃の威力を増加させることで、止まりかけたその刃は再びゴブリン・マキナの顔に吸い込まれていく。
そしてその刃が半分近く食い込んだその瞬間、一気に振り下ろすことでゴブリン・マキナの前面に大きな傷が刻まれた。
見る見るうちに減少するゴブリン・マキナのHPバーが示すように、ゴブリン・マキナはその身を光の粒子へと変えた。
そうして六体全てのゴブリン・マキナを討伐することが出来た俺たちは瞬時に気持ちを切り替えて竜と向かい合う。
グルルルルウル!!
再び唸りを上げる竜が動く。
パラパラと舞い落ちる土埃と錆が雨のように降り注いでくる。
攻撃では無いためにダメージを受けるわけではないのだろうが、俺とアラドは反射的にその雨の範囲の外へと下がっていた。
「何で戦闘中だってのにHPバーが見えない?」
普段なら戦闘中であればその場に居るだけで敵のHPバーと名前が見えてくる。しかしこの時の竜はもう一度銃形態にしたガン・ブレイズで狙いを定めなければそれらを確認することが出来なかった。
竜の名称は『ドラゴ・エスク・マキナ』
機械仕掛けの神を捩った名前であることが想像できるその竜の上にあるHPバーの数は驚くことに六本。
今まで俺が対峙してきたどのボスモンスターよりも高いHP量があることを示すそれを目の当たりにして、驚愕するよりも戦慄が走った。
グルルルルウルゥ!
次の瞬間、動き出したドラゴ・エスク・マキナは戦闘が始まる直前に生じた俺の一瞬の隙を突いてその口から灼熱の炎を吐き出したのだった。