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Re:スタート ♯.11

「コイツを倒せば終わりそうだな」


 半永久的に感じたクレイ・グレムリンの出現という罠の終わりが見えてきたと嬉々として告げるアラドはその手にある大剣を力強く構えた。


 同様に俺も剣形態のガン・ブレイズの切っ先を現れたばかりのジャンボ・グレムリンに向ける。


 小さな悪魔クレイ・グレムリンがそのまま肥大化したジャンボ・グレムリンの身体は未だ完全に固まりきっていないのか、体の関節のような良く動かす箇所やその身の端々が泥のようにボタボタと地面に落ちて濁った水溜まりを形成していく。


 次の瞬間、咆哮を放ってから動き出したジャンボ・グレムリンはお世辞にも素早いとは言えない動きで俺たちに攻撃を繰り出してきた。

 ジャンボ・グレムリンの武器はその丸太のような腕。

 攻撃の度に滴り落ちる泥が岩壁や天井に攻撃の軌跡を残す。


 俺たちはその攻撃を少しばかり大袈裟に避けた。

 それまでの経験から来た直感のようなものだったのだが、飛散する泥に触れてはならないと思ったのだ。実際その直感は的中し、天井や岩壁に付着した泥からは異臭がジュッという何かが溶けるような音と共に漂ってきた。


「チッ、やはり溶かしてきやがったか」

『変な臭いがするのですよー』


 反撃を咥えるよりも冷静に変化した相手を見定めようとする辺りは流石と言うべきか。

 アラドの手の中にある大剣から聞こえてくる場違いな声はともかく、二人が言っているようにジャンボ・グレムリンの体から滴る泥には腐食と呼ばれる効果が隠されていたようだ。


 そうなると気になるのはこちらから攻撃した際にはその体を形成している泥が自分たちの武器を溶かそうとしてこないかどうか。

 もし、溶かしてくるようならば、近接武器であるガン・ブレイズの剣形態は勿論のこと、アラドの持つ大剣やその手を覆う手甲では積極的に攻勢に出ることは出来なくなる。


 ダンジョンの第一階層の最初の戦闘、最初の罠。

 自分たちのレベルがまだ低いということを考慮しても最初の戦闘がこの難度では先が思いやられる。

 とはいえ、先ずは目の前のジャンボ・グレムリンをどうにかする方が大事だ。


 自分たちの武器が溶かされてしまう危険を冒してでも攻撃を加えないという選択肢はなく、ジャンボ・グレムリンの攻撃の隙を突いて斬りかかる。

 果敢といってもアラドは拳を使うことは無く、不懐能力をもつ大剣での攻撃のみに留めているようだ。


「溶けては…ない……みたいだな」


 何度かジャンボ・グレムリンを斬り付けた後に自分の武器を確認しながら呟いた。

 事前に整備してきたおかげでガン・ブレイズの耐久度はほぼ満タン状態のまま。心配していた腐食の効果も今のところは現れてはいないようだった。


「アラドっ」

「わかってンだよッ」


 自分たちの攻撃で武器が使えなくなる恐れはない。

 これは俺の予想でしかないのだが、天井や岩壁を溶かしたあの泥はジャンボ・グレムリンが自ら攻撃を繰り出した際に見られる追加効果のようなものなのだろう。

 そうなのだとわかれば攻撃が繰り出される前に自分たちの攻撃を加えてその動きを阻害したりすればこちらが有利になるように戦闘を進めることができる。


 自分の考えを実践するために振るわれるガン・ブレイズの刃が肥大しているジャンボ・グレムリンの胴体を何度も何度も斬り付けていく。

 しかし、攻撃の度に刻まれていく傷跡は瞬く間に修復され、数瞬の後に傷跡はきれいさっぱり無くなってしまっていた。


「効いていない……のか?」


 一瞬心配になってしまったが、確実に減少しているジャンボ・グレムリンのHPバーを目の当たりにして、そうでは無いのだと確信することが出来た。

 人知れずほっと胸を撫で下ろす俺にアラドの怒号が飛ぶ。


「ナニ手を休ませてやがるッ」

「あ、ああ。悪い」

『どうかしたのですー?』

「大丈夫だ。少しぼーっとしてただけ、だっ!」


 迫るジャンボ・グレムリンの腕を潜り抜け、足元に散らばる泥を避けながらガン・ブレイズを振るう。

 少しづつでも確実に減少していくHPバーを確かめつつ、俺は必死にジャンボ・グレムリンの弱点を探し続けた。


 肥大した体はこちらの攻撃を受ける度に修復してしまい、自分が想像していたほどのダメージを耐えられないでいるのだ。

 その理由として考えられたのが、ジャンボ・グレムリンという別種のモンスターになる直前に起きた事。倒さずにたった一体残されたクレイ・グレムリンが岩壁から無理矢理同族を引き摺り出し、それらを吸収してしまうという出来事。

 ドロドロの粘土のようになったクレイ・グレムリンたちが集合して現れたのがジャンボ・グレムリンというわけだ。


 言ってしまえば同種のモンスターの集合体であるジャンボ・グレムリンはこういう集合体モンスターの性質上、他を繋ぎとめている何かが体の何処かにあるはずなのだ。

 それを壊すことこそが集合体モンスターを倒すときの最もポピュラーな攻略法の一つだった。


「考えられるのは起点となったクレイ・グレムリンか……さて、何処にいるかな?」


 攻撃と回避を行いつつも、目を細め目的の場所を探す。

 俺とアラドの攻撃がもっとも狙い易い腹に集中しているにもかかわらず、ジャンボ・グレムリンは回避はおろか防御する素振りも見せない。


 乱暴に結論付けるならば、腹部には俺が探している弱点が無いということになる。

 ならば何処にあるのか。

 それは間違いなくこれまでのジャンボ・グレムリンとの戦闘で攻撃を加えていない箇所にあるはず。


 腕は違う。

 あれだけ乱暴に攻撃に使ってくる、ジャンボ・グレムリンの武器でもある腕に身を滅ぼしかねない弱点があるのは、モンスターと言えど生物として問題があるように思えるからだ。


 ならばあの巨体を支えている足だろうか。

 何となくだがそれも違うように思える。

 腹部に比べると攻撃を受けにくい場所ではあるのだが、あの巨体を支えているからこそ、そこを狙おうとするプレイヤーは少なくないはずだ。


 残るは背中と頭。

 腹部の分厚い肉の壁に阻まれて刃が届かなかった場所ではある背中と、巨体故に届かなかった頭部はまだ手付かずの状態で残っているようなものだ。


「アラドっ! 俺が頭を狙うから背中を頼めるか?」

「あン?」

「弱点を探すんだよ。ダメージが通っているとはいってもこのままじゃ埒が明かない!」

『わかったのですよー』

「ンなッ」

「頼んだっ」


 アラドに代わり答えた精霊の言葉を信じて、俺はどうにか頭部を狙える場所を探し始めた。


 漫画やアニメに出てくるような超人的な動きが出来るのならばこの岩壁を駆け上り、天井を使ってその頭上まで辿り着くことができるのだろう。

 しかし、ここはゲームの中であっても超人的な動きが出来るほど常識外れではない。

 壁を登ろうと思えばボルダリングのように壁をよじ登ったり、そうでなくても梯子は用意しなければならないのだ。

 天井なんかは掴まるところが無ければどうすることも出来ない。


 それらを解消するためのスキルがあることはハルから聞いたことがある。確か≪立体移動≫だったか。それを習得して熟練度とレベルを上げれば自在に移動することが出来るようになるとのことだ。


 当然のように俺がそんなスキルを覚えている訳もなく、こうしてどうにか頭部のある高さまで行くことが出来ないかと辺りを見回しているというわけだ。


「どこにも無い、か」


 よくよく考えれば当たり前のことだ。

 ここはダンジョンの中で、その通路の一部に過ぎない。

 まるで洞窟のような形をしたここは俺とアラドが戦うには事足りる広さを有しているが、それだけだ。岩壁に梯子を掛けようにも梯子を常に携帯しているはずもなく、天井を掴もうにもそこまで届くような道筋はない。


 どうすることも出来ないと、焦る俺の前でアラドが上手くジャンボ・グレムリンの背後に回り込み、その背中を下から上へ思いっきり切り上げた。


 ギ、ガアアアアアアアアアア!!!


 通路内に響き渡るジャンボ・グレムリンの叫びに俺は弱点を見つけたかと期待をしたのだが、それに返ってきたのは「ハズレた」という舌打ちの後のアラドの小さな呟きだった。


 こうなればどうしても俺が頭部を攻撃しないわけにはいかなくなった。

 必死に頭部を狙える場所を探している俺がその存在を忘れていたのは間抜けだったと言う他ない。それほどまでに自分の頭がその場所に辿り着ける道に固執してしまっていたというわけだ。


 ガン・ブレイズを構えたまま、数歩後ろに下がり、俺はそこに宿る存在に意識を向けた。すると握っているグリップ部分から鼓動のようなものが伝わってくるのが感じられた。


「行けるってことだな」


 頼もしく思える鼓動を感じながらその名を呼ぶ。


「来い…クロスケ! でもって〈解放(リリース)〉!」


 俺の持つガン・ブレイズから一羽の巨大な黒いフクロウが飛び上がった。


「俺を乗せて飛べっ!」


 急降下してきたクロスケは背に飛び乗った俺の指示の通りに通路の天井ギリギリを飛行する。

 眼下にいるジャンボ・グレムリンの頭部は上から見るとその形が異常なことに気が付いた。

 それまで俺が顔だと思って見ていたものは最初であり最後のクレイ・グレムリンが吸収した他のクレイ・グレムリンの顔であり、本来の顔はその頭頂部にあった。

 天井を見上げているその表情はモンスターだというのに苦痛や悔恨に苛まれているかのように歪み、眼窩は黒く窪み、瞳に輝きなど微塵も感じられなかった。


「もはや考えるまでも無いな。あそこが弱点だ!」


 

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