Re:スタート ♯.10
翌日、夜八時。
昨日の内に同じクエストを攻略し、同じ報酬を獲得して臨むことになったダンジョンはある意味ですごく一般的な様相を呈していた。
剥き出しの岩壁に、何処が光源なのかもわからない謎の明かりに照らされた通路。
現れるのは侵入者を拒む敵か、それとも――
「ナニをブツクサ言ってやがる」
俺のすぐ傍にいるアラドが怪訝そうな眼差しを俺に向けてくる。
「別に何でもないさ。それに、よそ見してていいのか?」
「あン?」
軽口を叩きながらの問いかけにアラドは苛立ちを含めた言葉を返す。
だが俺は知っている。このアラドの苛立ちが俺に向けられているものではないことを。
俺の目の前でアラドが大きく足を上げた後ろ回し蹴りで自分に襲い掛かっている存在を消し飛ばした。
「オマエこそ。俺の方を見てていいのかよ」
「別にいいさ。撃ち漏らしたりはしないからな」
アラドが蹴り飛ばした存在に向けて、俺は銃形態のガン・ブレイズの引き金を引く。
撃ち出されるMPを原料とした弾丸がその存在の頭の半分を吹き飛ばし、次の瞬間には光の粒子になって消えていった。
「にしても、なンだってこンなにモンスターが出てくンだ?」
「確かに。他のダンジョンに比べてここは一階層にしてはモンスターの数が多過ぎる。幸いなのはコイツらが弱いってことかな」
「弱ェからメンドいンだろうがッ」
「ま、それは否定しないけどさ」
拳と蹴りでモンスターを葬っていくアラドと銃形態のガン・ブレイズで撃ち抜いていく俺。
二人が挑むことになったダンジョンの地上の外見は意外なことに洞窟やどこかの神殿のような外観ではなく、透き通る水が流れる川であり、入り口はその底に存在していた。
他の入り口が確認できず、また泳ぎに関するスキルを習得していない俺たちは溺れることも覚悟の上でこの川に飛び込むことを決めたのだった。とはいえ、覚悟したといっても現実で泳ぐことのできる俺とアラドはどうにかなると高を括っていたところがあるのだが、対応したスキルを持たずに実行するのがこれほどまでに危険だとは思っていなかったのも事実。
決して急流などでは無いはずの川の流れにのみ込まれ、半ば気絶の状態異常を受けたような状態になった俺たちは幸か不幸か、ダンジョンの入り口に吸い込まれるようにしてダンジョンの第一階層に足を踏み入れることが出来たのだった。
そして意識を取り戻したかのように立ち上がった俺たちは全身ずぶ濡れになりながらもいつかは自然に乾くだろうと先に進むことを決めたのだ。
それから暫くした後、突如岩壁が崩れた。
いや、違う。正確には岩壁の表面が剥がれ、生じた亀裂からモンスターが現れたのだ。
モンスターの種類は『悪魔』
名称は『クレイ・グレムリン』
このクレイが指し示す意味はおそらく粘土。つまり粘土で作られた小さな悪魔というわけだ。
姿は云わば小さな猿。退化した翼のようなものが背中が悪魔という名残なのだろうか、動く度にその意思に関係なく風に靡いている。
初めて見るモンスターに一瞬、警戒を強めた俺だったが、何よりも先に飛び出したアラドが突き出した拳がクレイ・グレムリンの身体を粉々に打ち砕いてみせたのだ。
案ずるより生むがやすしとはまさにこのことで、ガン・ブレイズの柄に手を伸ばした格好で固まる俺とは違い、現れたクレイ・グレムリンを即座に倒してみせたアラド。そのどちらが実益があるのかなんて考えるまでもないだろう。
何よりアラドの一撃で倒すことのできたという事実は俺に攻撃を促すに十分な効果を持っていた。
俺はホルダーに収められている銃形態のまま引き抜いたガン・ブレイズを剣形態へと変形させること無く、そのままクレイ・グレムリンに射撃を始めた。
粘土といってもそれは粘りのある土を示すのではなく、焼き上がった陶器のようなもの。
それだけに打撃や衝撃にはめっぽう弱いという特性を持っているが、こと魔法、それも火の属性に対しては異常なほど高い耐性を有しているのだった。
この時にクレイ・グレムリンにとって不運だったのは俺とアラドは二人とも直接攻撃に傾けられた戦闘スタイルを取っていた事。
最初に現れた一体のクレイ・グレムリンはアラドによって即座に討伐され、次に現れた二倍の数のクレイ・グレムリンは俺が一体、もう一体をアラドが続けざまに討伐することで難なくやり過ごせた。
しかし問題になって行ったのはこの後。
二体を倒した次にはその倍の四体。
四体を倒した次にはさらにその倍の八体。
八体を討伐した後にはその倍の十六体ものクレイ・グレムリンが岩壁からメリメリと這い出てきたのだ。
個体では全く強くなくても、その数を増やせば厄介な敵と成り得ることがある。
俺が直面しているのは正にそれを具現化した敵っというわけだ。
「クソがッ。いい加減ウザくなってきやがった」
「最初にこの罠にハマったのはアラドだろ?」
「わかってンだよ。だからこうして戦ってンだろうがッ」
今にして思えば最初の一体をより警戒し、結果として無視すべきだったのだろう。
クレイ・グレムリンというモンスターはこのダンジョンに侵入して最初の罠がモンスターという形を得て具現化した存在だったのだ。
『どうにかする方法はないのです?』
アラドが背負ったままの大剣から精霊の声がする。
ほんわかとした声は些か緊張感に欠けるが、それでもこの状況に辟易しているのは伝わって来た。
リリィはここに来る前に妖精の指輪を使って姿を隠してもらった。クロスケも同様だ。
だからここに居る味方はアラドとその大剣に宿る精霊だけ。
「残念ながら特効策はないな」
「――チッ」
舌打ちをするアラドが徐にその拳を突き出した。
襲い掛かってくるクレイ・グレムリンの片腕が粉々に砕かれて宙を舞う。
本来モンスターは片腕を削がれただけでは倒されることは無い。そのはずなのに、たった今アラドがその片腕を打ち砕いた個体はそのわずかな亀裂を起点にして自ら全身を粉砕させた。
「………おい、これは」
アラドの攻撃を切っ掛けに自滅したクレイ・グレムリンを目の当たりにしながら、俺は自分の前にいる既に頭部と腹部に穴の開いたクレイ・グレムリンが消えるさまを見届けていた。
「うるせェ。やったモンは仕方ねェだろが」
運が悪くというか、間が悪くというか、奇しくもほぼ同時に俺とアラドがクレイ・グレムリンを倒してしまった。
どうにか一体が残るように戦っていたというのに、その目論見は失敗に終わったのだ。
この時既にクレイ・グレムリンの数は六十四体。
次に現れるのはその倍の百二十八体になるはずだ。
俺たちがクレイ・グレムリンとどうにか戦えているのは単体の強さがそれほどではなく、多くて三回、少ないと一回の攻撃で討伐することが出来ていたからだ。それに加えて戦っている場所がダンジョンの通路ということもあってか、一度に出現するクレイ・グレムリンの数がせいぜい十数体ということも関係しているのだろう。
クレイ・グレムリンの出現総数が現在出現している数よりも多い場合は、現在出現しているクレイ・グレムリンを一体倒す度に別の個体が壁から出現してくるという光景が繰り返されることになる。
疲労よりも何よりも出現する敵の数が多い分、どうしても避けられないダメージというものは蓄積していく。
俺は能力強化スキル≪マルチ・スタイル≫にある〈ブースト・ディフェンダー〉により防御力とHPの総数を上昇させ、付随効果にあるHPとMPの自動回復もあるおかげで今もなお平然と戦えているが、そうではないアラドは時折HP回復用のポーションやMP回復用のポーションも併用しているようだ。
この出現数を倍加していくクレイ・グレムリンとの戦闘がいつ終わるのか解らないという事実が俺たちに得も知れぬ焦りを感じざる得なかった。
「どうするか……」
近くにいるクレイ・グレムリンを撃ち抜きながら、現状を打破するための方法を考える。
さっきまでは一体だけを残し討伐し、最後の一体は残したまま逃走しようかと話をしていたのだが、残念というか当然と言うか、パーティを組んで間の無い俺たちは想定していたほどの連携を発揮することは出来ずに、また自分たちの攻撃力の高さも相まってクレイ・グレムリンを倒してしまっていたのだった。
思い起こせば後続を呼ぶためなのか、アラドが致命傷ではない傷を与えた個体は自ら消滅してしまっていた。
その誤算がこの状況を引き起こした要因の一つなのだ。
自滅する習性があることを知れて良かったと思えばそう悪い展開ではないのだろうが、そのせいで当初の目論見が潰えてしまったのもまた事実。
結局はどうにか再出現してこないように策を練らなければならないのだが、残念なことにシステムの隙を突くようなひらめきは出てこなかった。
終始、脳裏にあったのは再出現する上限に至るまで討伐し続けた後、出現しきったクレイ・グレムリンを倒してしまうという強引な力技だけ。
『また出てきたのですよー』
仕方なしに力技を実行していた俺の耳に大剣から告げる精霊の声が届く。
その注意を受け目を凝らすと倒していった矢先からクレイ・グレムリンが壁から這い出てくるのが窺えた。
「まだ来るか!」
思い起こせば、現在出現してくるはずのクレイ・グレムリンの総数は百二十八体。
数をカウントしながら倒すなんてことが出来るはずもなく黙々と討伐していたのだが、自分が思っていたよりも討伐できていなかったらしい。
「チッ、ジャマだ。おいッ! 下がってろ!」
遂に苛立ちを抑えきれなくなったアラドが叫ぶ。
背中の大剣を握りしめ一歩前へ踏み出したその姿に俺は慌てて後ろに下がる。
「一気に消えやがれ」
アラドが大剣を水平に振り回す。
その攻撃範囲は俺が立っていた場所ギリギリで、後ろに下がって無ければ巻き込まれたかもしれない。
さらにその威力には目を見張るものがある。
大剣の勢いに呑まれていくクレイ・グレムリンは次々に砕け消滅していったのだ。
「それなら俺も」
即座にガン・ブレイズを剣形態へと変形させる。
「行くぞ〈サークル・スラスト〉」
アラドが自力で放った範囲攻撃を俺はアーツを発動させて放った。
二人のプレイヤーを起点にして巻き起こされる凄まじき斬撃の旋風が出現しているクレイ・グレムリンの大半を討伐していった。
だが、それはあくまで出現している個体だけの話。
一体が消滅する度に現れる別個体は傷一つ負ってはおらずに俺たちに牙を向けてきている。
「オラァ」
まだあれほど残っているのかと、立ち尽くす俺を余所にアラドは出現して間もない個体までもその大剣と拳を使い粉砕し始めた。
「なにをモタモタしてやがる。オマエもコイツらを潰せ」
「お、おう」
再びガン・ブレイズを銃形態に変え、壁から現れてくるクレイ・グレムリンが着地したその瞬間を目掛けて引き金を引いた。
出現している個体には剣形態での範囲攻撃を、出現したばかりの個体には銃形態での即時攻撃を放ち、徐々にその数を減らしていくことで、俺はどうにかこの罠を抜ける目途が立ったと感じることが出来ていた。
出現している百二十八体目のクレイ・グレムリン一体だけが残るその場で、俺じゃどうするべきか考えていた。
倒してしまうとまたその倍の数が現れるかもしれない。
かといって、このまま放置して先に進んだとしてもあのクレイ・グレムリンが自滅して次を呼ばない保証はない。
逡巡する俺とその近くで何を考えているか表情の読めないアラドは徐に大剣を構えた。
「どうした――?」
問い掛ける俺の目の前で、残っているクレイ・グレムリンの一体が俺の予想を超える行動を見せた。
自滅するのではなく、逃走するのでもなく、ダンジョンの通路の岩壁から無理矢理仲間を引き摺り出したのだ。
そうやって数を増やすクレイ・グレムリンの様子に俺とアラドは違和感を感じていた。
引き摺り出された個体の全てが全く生命活動を成していない、いわば死体のようにぐったりと乱雑に地面に積み重ねられているのだ。
キイィィィィイィ!!!!!!!
初めて耳にしたクレイ・グレムリンの鳴き声がもたらしたのは地面に積み重ねられている個体がそれこそ粘土のようにドロドロに溶けていくという異様な光景。
そして鳴き声を上げた個体がその中に身を沈めると、次の瞬間には俺たちが戦ってきたクレイ・グレムリンの何倍もの体躯を持つ別の個体がそこに立っていた。
『ジャンボ・グレムリン』
文字通りその体躯を何倍にも膨れ上がらせた悪魔が現れたのだった。