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Re:スタート ♯.9

 アラドが他のプレイヤーに絡まれる虞があるという問題を解決するべく、俺たちはアルハスで臨時の拠点を設けることにした。

 料金は折半して借りた仮の拠点は俺のリクエストも踏まえて工房付きの一軒家。

 拠点の施設が充実しているために料金は一日5000(コイン)。一週間借りると割引が利いて30000C。一か月なら120000Cという料金だった。

 買うよりは安いが、借りるにしては中々という料金設定だ。


 俺たちはアルハスの町からダンジョンに何度も挑むことになると予想していたためにこの一軒家を余裕を以って一か月借りることにした。


 一軒家のリビングとなる部屋に置かれた机の上に俺はストレージから取り出した三色の液体の入った瓶をそれぞれ一本ずつ取り出し並べていく。

 それこそが俺が考えているアラドの問題を解決するための重要アイテムだった。


「ってなわけでこれを使ってみてくれ」


 さあどうぞと手を広げる俺にアラドは訝しんだ視線を向けてくる。


『あのーそれはいったい何なのです?』


 大剣から首を伸ばしてくる精霊がアラドの代わりに聞いてきた。


「これは『幻視薬』……の失敗作だ」

「ハア?」


 自信たっぷり胸を張って告げる俺にアラドは一生不信感を高めてしまっている気がする。


「まあ、そう睨むなって。失敗作といってもこれ自体の品質が低いわけじゃないからさ」


 そう言いながら『幻視薬』の一つに手を伸ばす。


「むしろ性能が高すぎて使えなかったって意味で失敗作なんだからさ」


 紆余曲折を経てクロウ島で使うようになった『幻視薬』は効果時間を調整して流通させるようになったものだ。

 当然、完成に至るまでの間にはいくつもの試薬が生まれていった。効果時間が極端に短いものや姿を変える効果が安定して発揮されないもの。この時に俺が取り出したのはある意味では『幻視薬』というアイテムとして最も完成形に近いものだった。

 効果時間が現実時間換算で約一週間と長く、変化する姿も最初に自動で決まった他の種族の姿に違わずに変化することが出来る。

 アイテムとして欠点らしい欠点はなく、無理矢理欠点を探し出した場合はその長すぎる効果時間だろう。


 クロウ島に来てアトラクションのように行うことのできる他種族への変身も、その効果時間が長過ぎては意味が無い。せいぜいゲーム内時間で半日。そうでなければいつまでも普段と違う姿で過ごさなければならなくなってしまう。

 他の種族になってみたいと強く思っているプレイヤーにとってはそれでいいのだろうが、軽い気持ちで試してみたいだけのプレイヤーにとっては迷惑なことこの上無いのだから。


 それにもう一つ問題があった。

 長い時間姿を変えることが出来るということは、その間に行ったマナーの悪い行動というものは全て他人がしたことだと言い出す人がいるかもしれないのだ。

 通常町を行く人、それこそフレンドに登録している人、あるいはパーティを組んでいる人以外の名前は表示されることは無い。攻撃モーションを向ければその限りではないのだが、町中でいきなり武器を向けるなどという不躾な真似をするプレイヤーはいないので、実際に前を歩く人の名前を勝手にしることは出来ないようになっていた。

 この仕様はゲームとしての雰囲気を守ることを目的とされていることだった。


「前も思ったけどさ、これって悪用できそうだよねー」


 クロスケの頭の上から飛んできたリリィが言った。


「わかってる。だから俺はわざわざクロウ島以外では使用できないような設定にしたんだからな」


 名前が表示されないということは、他人を判別するのはその見た目以外にはないということだ。

 装備している防具や武器の形や色、それから当人の身長や体格、顔に髪の色。ありとあらゆる要因が個人を特定することに役立っているのだが、簡単に変えることのできる装備は別として、通常は変えることのできない髪型以外の容姿を変えることのできる『幻視薬』は簡単に他人を騙すことができてしまうアイテムだった。


 この世界の元の設定では暗殺者のような存在が使用するアイテムであるらしい。

 そんなものを日常使い使用してしまおうというのだ。他から広まってしまうことは防ぎようがないとはいえど、せめて自分たちはある程度のリスクコントロールを実施しなければならないと思っているというわけだ。


 俺が今取り出した『幻視薬』はそういう問題からお蔵入りしていた物ではあるのだが、自分の目の前で使う分には問題ないだろう。


 一通りの説明を施した後、アラドに使うように勧めると渋々と言った様子で三種類の内の一つを手に取った。

 『幻視薬』使用の際に現れるライトエフェクトを伴って、アラドの姿が変化した。


『うわあー。アラドとても可愛いのですよー』


 両手を合わせながら目を輝かせる精霊がアラドの周りを飛び回る。


「なンだ……コレは……」


 戸惑いよりも苛立ちを全身から滲み出しているアラドは残念ながらさっきまでの迫力は無かった。

 使用した『幻視薬』は獣人族になるための物。

 俺で言えば青い狼の特徴を持つ獣人族になるのだが、アラドの場合は全身をもこもことした毛並みがある動物の特徴を持つ獣人族へとなっていた。


 シルエットで言えば熊。それも現実に存在する本物の熊が二本の足で立っている姿のよう。

 しかし、その全身を覆う毛の色は白と黒。

 それはまさにパンダそのものだった。


「――ブッ」

「何笑ってンだ? オマエが寄越したアイテムだろうがッ」

「あ、いや、悪い」


 毛むくじゃらの太い腕で俺を掴みガクガクと揺らしてくる。俺は目を白黒させながらも笑いを堪えることの方に必死になっていた。

 睨みつけてきても、目の周りは黒く、顔全体は白。ついでに耳まで白いとなれば随分と愛くるしい姿だと思ってしまうせいでその姿には迫力一つ在りはしない。

 一応俺の倍近い体格があるのだが、どうしてもパンダだという見た目がその迫力を打ち消してしまう。動物としての種族は熊であるが故に本来はそれなりに獰猛であるはずなのに、俺が抱いているイメージとその毛の色が一般的な熊と違うというだけでここまで印象が変わってしまうのかと思ってしまっていたほどだ。


「アラドが『幻視薬』で獣人族になるとそういう感じになるんだな」


 俺は感心しながら言った。

 見た目の愉快さ加減はさておき、生産者当人としての俺は自分の作ったアイテムの性能を確認できたのだから成果は上々。

 アラドに至っては不満丸出しではあるのだが、この姿でいればPKに絡まれるなんてことは無くなること間違いない。


「ってなわけで、その姿でいるか?」

「ンなワケねェだろ。早く次のヤツを寄越せ」

『ええー、とても可愛かったのですから勿体ないですよー』


 俺は残る二本の内の魔人族になるために使う『幻視薬』を指差す。

 アラドは待ちきれないと言わんばかりにそれを使用して全身に光を纏わせていた。


「何だ。触ってみたかったのか?」


 いつの間にか近付いて来ていたリリィが両手をワキワキと動かしていたであろう格好で固まり、残念そうな表情になっている。

 俺の問いかけに小さく「うん」と答えたリリィはふらふらと揺れながらクロスケの頭上に戻り変化するアラドを見つめた。


「今度はどんな感じだ」


 壁近くに置かれた姿見の前に立つアラドは何度か回りながら自分の変化した姿を確認していった。


『これはこれで似合っているのですよー』


 精霊が満足そうに言う隣でアラドもまた満更ではないような顔をしていた。

 魔人族に変化したアラドの容姿は赤黒い肌に額には上に向かって湾曲した先が鋭く尖った二本の角を持ち、耳はエルフほど大きくはないものの先が尖っている。


小角鬼(インプ)って言うよりも鬼人って感じだな」

「…ほう」


 自分の中で思い浮かべた魔人族としての種族名を呟くとアラドはまたも満足したというように口元を歪めた。

 それはそうだろう。パンダそのものになってしまった獣人族の時に比べ、今はスマートな体格の鬼なのだ。どちらが格好いいかなんて比べるまでもないだろう。


「満足したか? っていうか、それが気に入らなくても『幻視薬』で変化できるのはさっきのパンダとその鬼人、あるいは元の姿に戻るのかっていう選択肢だけなんだけどな」


 変化先の姿は使用した時点で決まってしまうという仕様は何をしても変えることが出来なかった。

 それが一種のくじ引きのようで面白いと言ってくれているプレイヤーも少なくは無いが、元の種族以外の二つの種族、その両方の姿が気に入らなかったプレイヤーにとっては全く楽しい話ではない。そういうプレイヤーからの苦情を何件か耳にしたことがあったが、それはボルテックたち島の運営を担っている仲間が解決させたらしい。


「わかってンよ。俺はコレでいい。さっきよりは元の身体に近いからな。それにコンナ角が生えてたら俺だってバレ難いだろ」

「確かにな」


 パッと見て装備は代わっていないのだから完全に個人の特定防止になっているかどうかは怪しいが、それでも顔を見てまず目に入るのが額の二本角となれば目の前を通り過ぎるまでの僅かな間に気付かれることはないだろう。


「それじゃあ、こっちも渡しとくな。ついでに魔人族になるための『幻視薬』の予備も」


 机の上に出したままになっていた人族になるための『幻視薬』とストレージに眠っていた魔人族変化の『幻視薬』を数本アラドに手渡した。


「いくらだ?」

「売り物じゃないから値段は付けてないんだけど。そうだな……これから先のダンジョンで俺を手伝ってくれればくれればそれでいいさ」


 事実四倍ものレベルを有するアラドは戦力としてかなり有用だ。

 その協力を取り付けられたのだとすれば死蔵されていたアイテムを渡すことくらいなんてことはない。


「それよりもだ……さっさとその手甲を外せよ」

「あン?」

「修理するんだろ? 折角工房付きの家を借りたんだ、素材さえ渡してくれれば俺が直しとくけど」

「いいのかよ?」

「別にもとから俺は自分の武器の修理もするつもりだったし、それが二人分になったところでさほど手間は変わらないからな」

「だったら」


 アラドが自身のストレージから取り出したインゴットはミスリル。

 俺が持っている素材アイテムの中でも比較的希少価値の高いそれをまるで最も一般的な素材の一つである鉄インゴットのように乱雑に並べていた。


「ミスリルを使ってるのはどっちだ?」


 何となく分かり切っていることだとしても確認しないわけにはいかない。


「こっちだ」


 そう言って外した手甲を指し示すアラドに俺はやはりと頷いていた。


「大剣はどうするんだ? 不懐能力があっても全く修理しなくていいって訳じゃないんだろ」

「手甲と同じ素材を使ってくれ」

「いいのか? そっちは手に入れたばかりなんだから、まだそんなにレア度の高い素材を使う必要は無いと思うんだけど」

「ってもな、俺が持ってる素材はそれだけだからな」


 アラドが集めていたのが手甲用の素材なのだから当然と言えば当然のように思えるが、レア度の高い素材を何の躊躇もなく出してくるあたり、高レベルプレイヤーの片鱗を見た気がする。


「わかった。でも、どうせミスリルを大剣に使うなら強化も一緒にしてしまわないか? それにそれだけの数があれば手甲だって強化できると思うぞ」

「だったら手甲はATK強化、大剣は耐久度強化でやれるか」

「任せろ」


 立ち上がる俺は工房へと歩を向ける。

 ついて来るアラドは外したままの手甲を右に、剥き出しの大剣を左手に持っている。


「ここの設備は悪くない感じだな」


 工房に入り最初に確認したのは備え付けの鍛冶用施設の数々。

 炉は大きく使い勝手は良さそうだ。

 壁に掛かっている鍛冶槌は何種類もあるが、どうせなら使い慣れている方がいいだろうと無理矢理広げたテントの中から俺が普段使いしている鍛冶槌を取り出した。


「それじゃ、手甲の修理から始めるぞ」


 幾つもの部品が連なって一つの形を形成している類の武器や防具の修理はまず分解することから始まる。

 手の甲を覆う一枚作りの装甲板を外し、手の平の部分に宛がわれている多重装甲を一つ一つ丁寧に外していく。指の部分は間接ごとに外してそれを左右、各種指を間違えないように先に各部分の名称を書き込んでおいた紙を張った小さなトレイに入れる。腕を覆う三枚もの折り重なる装甲板も取り外し、腕の内側になっている軟質性のある鎖帷子のような部品も取り外す。

 鎖帷子の部分には修理すべき場所は見当たらない。内部というだけあって損傷を受ける確率も低かったのだろう。


 その分ダメージが目立つのは腕の外側と手の甲を覆う装甲板の方。

 これらの修理は剣を打つときのようにしながらも刃の部分を作らず、一定の厚さになるようにすればいい。

 最後に鑢をかけて表面を滑らかにするだけで済むので完成するのはわりと速かった。


 手こずったのは指先の部分。

 今でこそ自分の魔導手甲の修理をすることが増えてきたおかげで慣れてきていることでもあったのだが、それでも剣のような形をした武器の修理に比べるとたどたどしさが目立つ。といってもそれは生産、とりわけ鍛冶に慣れているプレイヤーであればこそ見分けられる類のものであるのだが。


 小さな傷の修復のために付けた溶かしたミスリルを削り過ぎれば頑丈さを欠くことになり、反対に残し過ぎれば動きを阻害してしまう。

 丁度良い塩梅になる場所で手を止めるのが中々難しいことなのだ。


 全てのパーツを慎重に研磨していったことで修理は終わった。

 次は要望のあったATKの強化だ。

 とはいっても修理に比べ強化は特別な手順を要さない。

 使っていないミスリルを攻撃力が上がる場所に使用すればいいだけなのだ。


 アラドの手甲の場合は拳部分の装甲板。

 そこが攻撃力を高めるのに強化する場所だった。


 組み立てる前に拳部分の装甲板に薄く伸ばしたミスリルインゴットを重ねる。

 融着されたそれを鍛冶槌で叩き薄くしていくことで元の装甲板に新しく追加したミスリルインゴットが馴染み、新しい一枚の装甲板へとなるのだ。


 厚みは変わらず、重さも同じ。

 違うのはその密度。


 より硬く、より強くなったそれを取り付けて組み上げていくことでアラドの持つ手甲の修理と強化は終わった。


「装備してみてくれるか?」

「ああ」


 それでも使う本人が気に入らないと言えばやり直すことになる。

 部屋の壁際で炉の熱から逃げるように立っているアラドは慣れた様子で手甲を装備していく。

 色も形も変えていないために見た目では分からないことも本人ならば解ることがあるだろうと頼んだことだったのが、どうやら別段問題は無さそうだ。


「問題ねェな」

「なら良かった。手甲はそれで完成だな」


 次いで大剣の強化に取り掛かる。

 一応少しだけ減っている耐久度を回復すべくささっと修理を施し、そのまま残るミスリルインゴットを耐久度の上昇に当てた。


 攻撃力の強化と耐久度の強化は似ている。

 そのどちらも本体にインゴットを融着して薄さが元と同じになるように叩いていく。

 違いがあるとすれば、その時に打撃攻撃用には効果的に衝撃を与えられるように厚みを調節し、斬撃攻撃用ならば鋭さが出るように研磨すること。

 耐久度の場合は全体にインゴットを万遍なく染み渡らせてそれから厚みを調節することで完了する。


 思い切ってかなりの厚みを持たせればその分だけ耐久度は上昇するが、それでは剣ではなく鈍器になってしまう。剣であるラインを守って厚みを増やす、もしくは持ち手と刀身の境目に補助となる部品を取り付けることで完了するのだ。


『なんだかとってもがっちりしたのですよー』


 精霊が自分の宿っている大剣に下した評価だ。疑う必要もないだろう。


「重さはどうだ? 使い辛いと思うならもう少し削るけど」

「いや。問題ねェよ」

「そうか」


 一先ず自分の武器の修理は後回しにして立ち上がる。

 アラドとはまだ相談することが残っているのだ。


「ダンジョンに行くのだけど、今日はもう遅いし明日でいいか?」

「ああ。構わねェよ」

「平日だし時間も夜からになるけど」

「わかった。なら夜の八時にここに集まればいいンじゃねェか」

「そうだな」


 明日の約束を取り付け、俺は自分の武器の修理に戻った。

 アラドは俺に一言「じゃあな」と言い残してからログアウトし、俺も自分の武器の修理が終わった後、出来を確認してから、ログアウトしていった。




次回更新は6/19

ダンジョン攻略を始めます。

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