Re:スタート ♯.8
「そもそもアラドがアルハスに来た理由って何なんだ?」
廃墟ダンジョンの二階層で俺は何気なく訊ねてみた。
俺がここに来たのはクエスト報酬にあった許可証に記されていたダンジョンがこの町から向かうことのできると騎士団支部長NPCに教えられたからだ。
「俺も大体オマエと同じ理由のハズだ」
「同じって…まさか!? アラドもあのクエストをクリアしたのか?」
知らなかった、気付かなかったという思いと、アラドもソルナを助けたのかという複雑な感情が俺に驚愕を齎していた。
「まあな」
「アラドの時もソルナを助けた…んだよな?」
「誰だ…ソイツ?」
「え?」
「俺ン時は暑苦しい大男だ。ああ、ついでに言っとくけどよ、名前は知らねェよ。何せ俺が着く前にやられていやがったからな」
NPCが死にゆく様を目の当たりにしたようには思えないほど平然と話すアラドはようやくこの時になってその手に持っていた大剣を背負ったのだった。
所定の位置に背負われた大剣から精霊が顔を出しアラドに問いかける。
『あのー、あの人を無視してていいのです?』
しかしアラドはそれを無視して俺の方を向いたまま。精霊はアラドに無視されたことに腹を立てるわけでもなく、心配しているような視線をこの階層の壁際にある一風変わっているモノに向けていた。
「アラドの時はどんな内容のクエストだったんだ?」
「あン?」
「俺の時はアンデッド系モンスターの討伐とNPCの救援が同時に進行していたんだけど、同じなのか?」
「いいや。俺ンときは森に出現したオオカミモンスターの討伐がメインだったな。出てきたボスモンスターも暴走した人狼だったしな」
クエストの内容が全く持って違っていることに疑問を感じつつ、フードの中から俺の襟首を引っ張ってくるリリィが声を掛けてきた。
「ねえってば。そこの精霊じゃないけどさ、あの人無視してていいの?」
リリィがいうあの人というのは壁際で丸まっている大北と名乗った男。俺とアラドがいる廃墟ダンジョンの二階層に突然現れ、意味不明の啖呵を切った男だった。
岩のように動かない大北を見て得も知れぬ疲労感を感じつつ、仕方ないなと口火を切った。
「あー、どうしたもんかな?」
「ほっとけ。自業自得だ」
ちらりと横目で見たアラドは微塵も興味が無いように言い放った。
「そうは言ってもな。やりすぎ感は否めないんだけど」
大北の格好は丸まっているだけのように見えるがその実、全身を使った謝罪、土下座をしていた。
元の体格など全く解らないほど大きな鎧を纏っているが為に傍から見れば巨大な塊がそこにあるだけのようにも見える。
どうにかそれがこの階層のオブジェクトではないと判別できるのはその鎧の色が自然界には中々存在しない趣味の悪い成金ゴールドで形成されているからこそだ。
そんな大北を見て俺一人がやり過ぎだと言っているのは額を地面に付けているせいで確認することはできないが、顔がどこかのギャグ漫画のようにボコボコに腫れ上がっているからだった。というかそのようなダメージ表現はこれまでに一度も見たことが無かったのだが、それはどういう訳なのだろう。
『見るも無残なのですよー』
「そうだよね。あれは非道かった」
妖精と精霊で通じるものがあるのか、リリィと大剣から顔を出している精霊は互いに頷き合っていた。
曖昧に苦笑して誤魔化すことしかできない俺はその時の光景を思い出していた。
俺とアラドの一騎打ちが終わってから程なくして現れた大北はまず大見得を切って俺たちの前に立ち塞がった。背負われていた旗が一層大きく大北の見得の迫力を出すように演出効果を発揮していたが、残念なことはアラドはそれが通じる相手ではなかったことだ。
加えて言えば俺に対してもあまり効果は無く、むしろ戦闘直後だったが故に意識の切り替えはいつもより早くすることが出来た。
俺が構えるガン・ブレイズとアラドが構える大剣の刃先を同時に向けられて一瞬怯んだ素振りを見せた大北は微かに表情を引き攣らせながらも、ここまで来たら引き返せないと見得口上を続けた。
その口上を黙って聞いてやる必要なんてものは無いのだけど、俺はゲームの中で初めて出会った特殊なキャラクター性を持ったプレイヤーに興味を惹かれそれが終わるのをじっと待っていようと思ったのだったのだが、アラドは聞く耳を持たないと、真っ先に大剣で斬りかかっていた。
そこから先はもうどうしようもない光景が繰り広げられたとしか言いようがない。
アラドの攻撃に抗おうと背中の旗に手を伸ばそうとしたその瞬間、背中から離れた旗をアラドは大剣で吹き飛ばし、無防備になった顔を大剣の腹で殴り付けていた。
この時に大剣の刃を寝かさなかったのはアラドなりの慈悲なのかとも思ったが、それは俺の思い過ごし。言ってしまえばただの勘違いだったらしい。
アラドは打ち上げられるように体を仰け反らす大北の鎧の首元を掴み強引に引き寄せると再び大剣の腹で殴り付けていた。
往復する打撃から逃れることが出来ずにされるがままになっている大北は次第にその顔を腫らしていき、最初は金色で豪華な鎧だと思っていたそれも使い古されたヤカンのように色んな場所を凹ませていった。
アラドの攻撃の勢いは弱まることなく、いつまでも続くかと思われた大剣による往復ビンタも、いずれ終わる。
その時は大北が死亡してしまった時かアラドがもういいと思った時なのだろう。そんな風に思いながらもアラドの作り出した光景に呆気に取られていた俺は一つ不自然なことに気が付いた。
攻撃の回数と威力の割に大北のHPが減っていく勢いが明らかにゆっくりだったのだ。
余程防御力が高いのか、それとも最大HPが高いのか。
どちらにしてもあの外見からは想像できないステータスを大北は有しているように見えた。寧ろ攻撃の勢いを弱まらせないアラドはそのことを警戒しているのかもしれないと思ったほどだ。
それが例え、一回殴られる度に「あふっ」とか「へぷんっ」とか気色悪い声を出している男だとしても。
「オマエだってただ見てただけなンだからな」
「解ってるって。それに――」
大北の話し方は芝居掛かっていて妙に癇に障ったんだよな。
などという冗談はさておき、先に攻撃を仕掛けてきたのは大北の方だ。アラドはそれに応戦したに過ぎないのだが。
アラドの往復ビンタが終わった時、大北はアラドの足元で虫のようにビクンビクンと体を震わせていた。そして往復ビンタを繰り出していたアラドはというと、疲労困憊というように肩で息をしていた。
俺と戦った時ですらあそこまで疲れを露わにしてはいなかった。そう思うと大北のタフさはプレイヤーの中でも群を抜いていると思って間違いなさそうだ。
「あー、そろそろ起きろって」
戸惑ったようにして声を掛ける。
しかし反応は無く、くすんだ金色の塊がそこにあるだけだった。
『あの人どうしようなのですよー』
「だからほっとけって言ってンだろ」
「や、流石にあのままここに放っておくわけにはいかないだろ」
「いいンじゃねェか。好きでやってることなンだろうしな」
好きでやっているというのは言い得て妙なのだが、この光景を見たら俺たちが無理矢理土下座させているように見えることだろう。
それでは俺たちに在らぬ噂が立ってしまう。
人の噂も七十五日というけれど、この世界の時間感覚で言えば現実の約三倍。それだけの期間ずっと根も葉もない噂を囁かれ続けるのは御免被る。
「とりあえず顔を上げてくれないか? そのままだと俺たちが悪いことをしているみたいに見える」
取り繕うことなど一切せずに告げると大北ががばっと起き上がり、ピンっと背筋を正して立ち尽くした。
目を瞑り、口を真一文字に結ぶ大北に俺たちの視線が集まっていく。
「とりあえずいくつか質問させてもらうぞ」
ぶっきらぼうに告げた俺の言葉に大北が壊れた人形のように首を縦に振った。
「俺たちを狙ってきたのは何故だ?」
「ここでプレイヤーが暴れていると聞いたからである」
「誰からだ?」
「アルハスに居るプレイヤーの多くである」
「だから誰なンだよ」
あまりに抽象的な返答に俺は若干の苛立ちを感じてしまう。
「攻撃してきたのはどうしてだ?」
「今にも一触即発の雰囲気を察知したからである」
凄いだろと胸を張る大北に俺が頭痛が強くなっていく錯覚に苛まれた。
「で、結局やられたってワケだな」
「ぐっ…ぐぐぐ」
「アラドいいから」
大北を煽るアラドを制止しながら俺はこのプレイヤーの目的を図りかねていた。
まさか単純に騒動に首を突っ込んできただけなんてことはないだろう。
どちらにしてもこれ以上は大北と話すことは無くなったような気がする。
「さて、どうするかな?」
「何がだ」
「もうここですることは何もなくなったからさ」
「もともとユウがこの人と戦ったりしなかったら、ここに来る必要は無かったんだけど」
「気にするな」
ぼやくリリィを余所に俺はアラドとの決闘で消耗したHPとMPが回復したのを確認していく。
気になるのはガン・ブレイズと魔導手甲の耐久度の減少の回復がここでは出来ないこと。尤も度重なるモンスターとの戦闘で消耗するのと同じくらいの減少がたった一度のアラドとの決闘で起こるとは想定していなかった。
まあ、それは無数の亀裂が入った手甲を付けたままのアラドにも言えることなのだろうが。
「そういうわけだ。アラドはこれからどうするつもりなんだ?」
「先ずはコレの回復だな」
アラドが自分の手を見ながら言った。
「この町の鍛冶屋に頼むのか?」
「そのつもりだ」
「どこかいい店を知ってるのか?」
「さあな。NPC所ンならどこに入っても同じだろ」
俺とアラドはリリィを引き連れて廃墟ダンジョンの上層に繋がっている階段に向かって歩き出した。
鍛冶屋を探すことから始めようとしているアラドと自分のテントを広げられる場所を探そうとする俺はそれぞれ廃墟ダンジョンから出て割と直ぐに別行動をすることになりそうだ。
上層に繋がっている階段に足を延ばしたその時だった。大北がこれまた大袈裟なアクションを伴って「あいや、待たれぃ」と叫んだ。
「なンだ?」
振り返らずに顔だけ振り向いてギロリと睨みつけるアラドにビビったのか、大北は蛇に睨まれた蛙のように体を硬直させている。
「だからそう威嚇するなって」
「そンなコトしてねェよ」
「いや、実際に大北は固まってるし…」
確認の為に向けた視線の先で両手を広げたまま固まる大北が見ていたのはアラドではなく俺だった。
「…俺?」
思い当たる節は無いと首を傾げる。
こう言っては何だが、俺の目つきはアラドほど悪くないつもりだし、装備だって普通のプレイヤーと変わらないつもりだ。
武器だってガン・ブレイズは今は腰のホルダーに収められていて、装備状態なのは魔導手甲だけ。これだって防具だと言えば通ってしまうような形状をしているはずだ。
「何で?」
顎に手を当て考え込んでいる俺の肩に何処からともなく現れたクロスケが停まり、その頭にリリィが座り込んでいる。
これだっていつもと変わらない。精霊が自由に大剣から出入りしていることを思えばクロスケがガン・ブレイズから自由に出入りしているのもなんら不思議なことではないのだ。
「えっと、別に攻撃するつもりは無いからさ。用があるなら早く言ってくれないか?」
戸惑いつつも俺がそう言うと大北はビクッと体を震わし、またも綺麗な気を付けをした。
「まだ詫びを入れてないのである」
「あン? 俺たちに謝れって言ってンのか?」
「違うのである。決闘していたとは知らずに攻撃を仕掛けたのは某の方なのである。だから詫びを入れされて欲しいのである」
面倒くさいと思ってしまうのは無理もないことだろう。
それを顔に出さなかったのは褒めてもらいたいくらいだ。
「いやいや。顔に出てる、っていうか声に出てたよ」
「嘘だろ」
「ホントだよ」
肩の上のクロスケの頭の上に座るリリィが言った。
『ばっちり聞こえいたのですよー』
精霊にも聞こえていたとなれば最早言い逃れできない気がする。
「行くぞ」
「え? いいのか?」
「メンドクサイ」
感情の無い声で告げるアラドに全くもって同意だと俺も階段を登り始めた。
「ま、待つのであるーーーーーーーー」
後方から聞こえてくる絶叫を無視して俺とアラドは全力で走る。
アラドが大勢のプレイヤーと戦っていた上層に戻り、さらにそこから町の中にいる雑踏の中へと突入して行った。
「はぁ、はぁ。ここまで来れば大丈夫だろ」
雑踏を抜け、先程までいたのとは反対方向にある通りで、俺は息を切らしていた。自慢じゃないが、今回ほど一人のプレイヤーから必死に逃げた経験はない。
走っている途中に空へと飛び立っていたクロスケとリリィは立ち止まって息を整えている俺の近くの看板の上に降りてきた。
「なンで俺まで走らされてンだ」
「まあ、成り行き?」
『いい運動になったのですよー』
ほんわか告げてくる精霊を恨みがましく見つめるアラドは大きな溜め息を吐いた。
「それよりもさっきから気になってたんだけどさ、アラドは一人なのか? グリモアは一緒なんじゃないのか?」
「アイツは半分引退状態だ」
「へ?」
平然と言うアラドだったが、知り合いがそういう状況になっていることを知るのが初めての俺は戸惑いを隠せないでいた。
「そろそろ受験だからね」
一瞬、俺の知るアラドとは違う雰囲気を醸し出したその一言はグリモアのリアルを知るからこそ出てきたものなのだろう。
ゲームの中でリアルのことを聞くのはマナー違反ということもあって、俺はそれ以上深く追求することは止めた。
「アラドが挑戦するダンジョンっていうのは何処なんだ?」
話題を切り替えようとストレージに入れていた丸められた羊皮紙を取り出しながら訊ねた。
他人に訊ねる以上は自分のことも話す必要があると思ったからだ。
「名前は知らねェケドよ。この町にあンのは確かなはずだ」
俺と同じようにアラドも自分が持つ羊皮紙を取り出してそれを広げて見せてきた。
自然な動きで羊皮紙に書かれているものを覗き込んだ俺はそこに書かれていた事を知り驚愕する。何故ならば、そこに書かれていたダンジョンは俺がこの町に来るきっかけとなったダンジョンと同一のものだったから。
驚いたまま俺は羊皮紙に封を切る。
それをアラドに見せるとアラドも俺ほどではなかったが驚いたようだ。
「武器の修理が終わればここに挑むつもりなんだよな?」
確認の為に訊ねる。
「ああ。そのつもりでここに来たンだからな」
「だったら、一緒に行かないか? 一人より二人の方が何かと有利なこともあるだろうし、それに同じクエストをクリアして同じダンジョンに挑もうとしているプレイヤーに出会うことなんて滅多に無いことだろうからさ」
その事実を知るまで一人で挑むつもりだったというのに、この時の俺は自然とアラドを誘っていた。
これまで俺はパーティを組んでプレイすることが多く、それに慣れてしまっていたからだろうか。それともグリモアが一緒に行動していないと知ったからなのだろうか。
どちらにしてもアラドと一緒に行動した方がいいと、俺の直感が告げていた。
「別にいいケドよ。俺と一緒にいるとまた適当なプレイヤーに絡まれることになンぞ」
即座に思い浮かんでくる光景は廃墟の庭先での多人数対一の戦闘の場面。
歩く度にそんな事態に成り得るのだとすれば面倒なことこの上ない。
けれど俺にはそんな事態に対する解決策に心当たりがあった。
「大丈夫。俺に考えがあるからさ」
無言で疑問符を投げかけてくるアラドに俺は自信満々に頷いてみせた。




