Re:スタート ♯.4
黒い斬撃は俺の持つ最大にして最強の攻撃だ。
【必殺技】と呼ばれるそれの存在を知ったのは教会でチュートリアルを受けた時。魔導手甲の練習を終えて俺としては初めてとなるスキル習得の練習を終えた後、姿なき声に精霊器を得た事で使えるようになるアーツがあることを告げられた時だった。
「…凄いね」
「まあ、な」
黒から銀色に戻ったガン・ブレイズを腰のホルダーに戻している俺にソルナが声を掛けてきた。
ソルナは剣を鞘に戻し、盾を背負い直している。どうやら俺と同じようにこの戦闘が終わったと判断したらしい。
「それにしてもここまでの威力になるとは…」
自分で使っていながらも、その威力は想像以上。
これなら他のアーツに比べ重い枷が掛けられていても変ではないのかもしれない。
「知らなかったのか?」
「ああ。実際のモンスターで検証してはなかったからな」
一度使ったのは教会で受けたチュートリアルの時。
それこそ練習として発動させただけだ。チュートリアルだからリキャストタイムは設けられることはなく何度でも発動させることが出来そうだとも思ったのが、残念ながら連続して発動できる類のものではなかった。
説明を求めてるような視線を向けてくるソルナに答えるように俺は自分の必殺技について話し始めた。
俺の必殺技が〈シフト・ブレイク〉になった理由で考えられるのは三つ。
まず精霊器として力を与えてくれているのがクロスケであること。次に≪ガン・ブレイド≫というスキルに銃弾を再装填するという目的でMPをチャージすることの出来るアーツ〈オート・チャージ・リロード〉があること。そして自分のパラメータを強化できる≪マルチ・スタイル≫というスキルを覚えていること。
そしてこの必殺技の使用条件はガン・ブレイズの剣形態で一定以上のMPを溜め続けることだった。その方法は本来剣形態ではロックされている引き金を引き続けること。
この必殺技の威力は溜めたMPの総量によって変化する。
戦闘中、必殺技の発動の為に使用した自分のMPの減り方を見た限りでは、消費するMP100につき威力が僅かづつ上昇していくようだ。
あの時、デッド・ラビットに向かって発動させた必殺技が放たれるまでの間に溜め込んだMPは軽く700を超えていた。
スキルによる上昇値を含め今のレベルでの最大MPは1200。≪マルチ・スタイル≫の〈ブースト・ウォリアー〉によるMPの自動回復量とそれまでの戦闘で幾度とアーツを発動させてきた際に消費したMP量を考慮しても、この時に溜め込んでいたMPはその時に使える残存量の九割に近かった。
蓄積させたMPが700を超えていれば、放つ必殺技の威力は普通の攻撃用アーツの威力の何倍にも相当する。
俺の場合、放たれる斬撃の大きさがそれに比例するのだから、最低でも五倍以上の威力があったとみて問題ないはずだ。
「……ん? これはなんだ?」
説明を終え、平穏を取り戻していた森の中で消費したHPとMPを回復させていた俺は不意にデッド・ラビットが消滅した場所に残る見慣れないアイテムを見つけた。
「歯車のようだね」
ソルナの言う通り、俺が拾ったそれはくすんだ十円玉のような色をした手の平程度の大きさのある歯車。
ボスモンスターのドロップアイテムかとも思ったのだが、不思議なことに歯車の詳細な情報が表示されることはない。
コンソールを出現させ確認してみても、反応すらしないままなのだ。
「それにドロップアイテムは先に手に入ってるしな」
デッド・ラビットとの戦闘が終わって直ぐ、俺の目の前に出現したコンソールには今回の戦闘で得た経験値とアイテム類というリザルト画面が表示されていた。
そこにあったデッド・ラビットのものと思わしき素材には全て『屍兎』という冠詞が付き、デッド・ナイトのものには『死霊騎士』という冠詞が備わっていた。
なにかと気味の悪かった相手から手に入れたモンスター素材アイテムだが、こういう類のアイテムには大抵同種モンスターに対して強力な特殊効果を付与できる物が多かった。何よりもボスモンスターであるデッド・ラビットから得た素材は高い確率で特殊効果が付与できる可能性があるのだ。
自分で使うにしても売るにしても、あまり悪い報酬ではないように思えた。
残念だったのは経験値だ。
未だクエストが継続中ということもあり、俺の上限レベルは変わらず5のまま。獲得したはずの経験値が無駄になってしまったと思っても間違いではないのだろう。
「ところで、レインはどこに行ったんだ?」
思い返せばソルナが俺に必殺技のことを訊ねてきたときからレインの姿はなかったような気がする。
このソルナとの会話もレインが戻ってくるまでの時間潰しのようなものだ。
「倒れた仲間たちの遺品が遺されていないか確認しているのだろうさ。レインは私に比べて他の団員と仲が良かったからね。それに顔の知らない団員だろうと、レインは無視できないはずさ」
「どういう意味だ?」
「騎士団はレインにとって家族のようなものだからね」
「家族?」
「詳しくは本人に聞いてくれ。いくら上官だろうとレインのプライベートなことまで話すわけにはいかないからね」
「そうだな。機会があれば聞いてみることにするよ」
それからレインが戻ってくるのを待っている間に俺の〈エアトス・シールド〉のリキャストタイムが終了していた。
件の必殺技のリキャストタイムは変わらず長いまま。
実際に使ってみてわかったことだが、必殺技のリキャストタイムはゲーム内の時間で24時間。現実の時間でもおよそ8時間もの時間を必要としていたのだった。
暫くして戻ってきたレインの手にはボロボロの剣が三本抱きかかえられていた。
それが倒された他の団員のものであることは簡単に想像がつく。しかしあれだけのデッド・ナイトが出現した割に遺されていたのが僅か三本の剣であるのは些か残念だと感じられた。
「もういいのか?」
「はい。これ以上は見つけられませんでしたし、それにあまり長いしても――」
「別に構わんぞ。夜になる前に森を抜けたかったが、これではな。松明は用意してあるのだろう?」
「はい。しかし夜に灯りがあればそれを目印に襲ってくるモンスターがいるかもしれませんし」
「その辺は大丈夫なんじゃないか? アンデッド系のモンスターがいた場所ってのは人どころかモンスターだってあまり近付きたがらないものだからな」
尤も逆に屍肉に群がる習性を持つモンスターだっているのだろうが、それがこの森に生息していれば先程の戦闘の最中に現れてもおかしくはなかったはずだ。
全く無警戒という訳にはいかないだろうが、警戒して疲弊してしまうのは回避するべきだろう。
首を振り、大事そうに抱えた三本の剣を布で包みながらレインがいった。
「大丈夫です。それにここで夜を明けるなら野営の準備もしなければなりませんから」
「そんな道具持って来ているのか?」
「魔法の鞄を持っているのはプレイヤーだけじゃないというわけさ。まあ、それを持っているのは限られた人物だけなんだがね」
「ん? ソルナじゃなくレインがその限られた人物なのか?」
「私はただの隊長でしかないからね」
肩を竦め、ソルナが答えた。
「自分は――騎士団で育った身ですから。役職はありませんがこういう物を支給されたんです」
「不満か?」
「だって、これは本来なら隊長が持つべきものじゃないですか。それを出生だけで自分になんて――」
「別にこの状況ではどちらが持っていても問題ないと思うがね」
「ですが!」
「それに、こう言っては何だが、私はあまり物持ちが良い方じゃないからね。大事な物は信頼の置ける人に預けていた方が安全というものさ」
二人の会話を聞きながら、俺はこの二人がNPCであることを忘れていたことに気が付いた。まるで騎士団というギルドで隊長と団員というキャラクターを演じているプレイヤーのようだと思ってしまうほど、自然な会話が繰り広げられているのだから。
「それから自分たちが持っている野営の装備は二人用です」
「案外少ないな」
「元より遠征に向かう予定があったわけではありませんから。それに、こうして自分がここに来たのだって待機という命令を無視しているようなものですし」
「ああ、別に罰せられるわけじゃないから気にするんじゃないぞ」
「…はい」
「といっても二人分の設備か。まあ、一人増えたくらいなら問題ないか」
そういうソルナの視線が俺に向けられた。
「俺のことは数に入れなくても大丈夫だぞ。自分用のテントは持っているからな」
「ふむ。まあ男女一緒のテントという訳にもいかないか」
「えっと、その……自分は…一緒に戦った仲間ですし…その……」
言い淀むレインに俺とソルナは揃って笑いを堪えることができずにいた。
「あー、大丈夫、大丈夫。それよりも安全な場所に行かないか? 今はモンスターは近寄ってこないけど、ここがセーフティーゾーンってわけじゃないんだからさ」
「そうだね。モンスターが近寄ってこない場所は解るか?」
「地図上ではこの先の木の陰の近くがそうなっているようです」
「ならば先ずはそこを目指すとしようか。ユウ君もそれでいいかな?」
「ああ。解かった」
夜であろうと一人で森を抜けることは出来なくはないだろう。けれどクエストが未だクリアされない以上は二人のNPCと離れるわけにはいかない。
自ずと俺の行動もNPCと一緒になるというわけだ。
俺たちはモンスターを警戒しながら森の中を進んだ。
さっきの戦闘でアンデッド系のモンスターを討伐しきったためか、アンデッド系は勿論のこと他の種類のモンスターも現れることはなかった。
安全な道を選び進むことで俺たちは森のセーフティーゾーンとなっている巨大な木の下に辿り着いた。
エリアの中だから他のプレイヤーも同じようにここで休息を取っているかと思ったのだが、不思議と他のプレイヤーも、NPCすら一人として見つけることは出来なかった。
「やっぱりここはクエストが開始されたことで発生したインスタンスエリアっていう扱いみたいだな」
小さく自分に向けて呟いた。
自分の考えが正しいのだとすれば他のプレイヤーがいないことにも納得が出来る。
加えて言うなら他の種類のモンスターが現れないことも、普段森のエリアに現れることのないアンデッド系のモンスターが出現した理由もクエスト専用のエリアに変えられたからなのだとすれば、尚更だ。
「それならここはセーフティゾーンだって言う以上に安全だと思っても問題無さそうってわけか」
「どうかしたのかい?」
「いや、この近くの安全性が確認できたなって思っただけさ」
「それならこの辺りで野営の準備を始めても良さそうだな」
「ああ。大丈夫と思う」
そういって俺はテントを広げ始めた二人から少し離れた場所にストレージから取り出した自分用のテントを地面に置いた。
収納されている状態では折り畳まれているそれも、広げれば十分な大きさと広さを誇っている。
何より俺の持つそれは普通のテントとは違っていた。ある魔法が施されている特別製のその中には本来テントの中には相応しくない設備が備え付けられているのだった。
現実でのキャンプなど数える程しか経験のない俺でも、この世界での野営は今や数え切れないほど経験していた。とは言ってもその多くが自分のテントの中でログアウトするだけのことだったが、このテントを手に入れてからというものどこかしらのエリアやダンジョンに遠出する時は良くキャンプみたいなことをしたものだ。
それはギルドホーム等の拠点を得てからも続いていたこともあってか、非現実なこの世界だからこそできる事として案外自分の性に合っていたのかもしれない。
広げたテントの入り口の前に立つ俺にソルナが声を掛けてきた。
「手際が良いんだな」
「そりゃあ、自分用のテントを持ち歩いているくらいだからな。そっちだって」
「私達は騎士団の訓練で野営も学ぶからね」
「へえ、そうなんだ。で、何か用か?」
「ああ、設営も無事に終わったことだからね。食事でもどうかと誘いに来たのさ。いくらプレイヤーだからって腹が減らないわけではないのだろう?」
「まあ、な」
「どうかしたかい?」
「さっきから気になっていたんだけど、俺のことをプレイヤーって呼ぶのはどうしてなんだ? 俺がこれまでに出会って来たエヌ…いや、人たちは皆、俺たちのことをプレイヤーだなんて呼んだりしていなかったと思うんだけど」
「NPC」
短いソルナの一言が俺の心に突き刺さる。
それが蔑称でも何でもなく、いわば自分たちのことを人間だというようなものであるのだと理解してはいるが、それはあくまでも俺たちプレイヤー側から見た時の話だ。
ここがゲームであることを知っているからこそ、彼女たちが作られた存在だと知るが故に自分たちをプレイヤーと呼び、彼女たちをNPC――ノンプレイヤーキャラクターと呼ぶのだ。
だがこの呼び方の区別はここがゲームであることを知っている者、俺たちで言うリアルに生きる人がしているだけ。
だからこそ、ソルナたちは自分たちの事を俺たちと同じ人間であると認識しているはずなのだ。
「ユウ君達は私達のことをそう呼ぶのだろう」
「あ、ああ。そうだな」
「それがどのような意味を持つのかは完全に理解している訳じゃないのだけどね」
「だったら――」
「まあ、詳しい話は食事をしながらしようじゃないか」
そう言うソルナに連れられて俺は二人のテントの前に設営された簡易調理場に向かった。
「あ、隊長。食事の準備終わりましたよ」
「ありがとう、レイン。さあ、ユウ君も席についてくれ」
「あ…ああ」
ソルナが手で示したテーブルには三人分の料理、といっていいのかすら微妙な品々が並んでいる。
ポーカーフェイスに務めようとしでも、やはりこれでは戦闘後の食事にしては物悲しいものがあった。
「どうした、食べないのかい?」
「あ、いや」
自分の前に並べられた皿の上にある料理は俺が分かる範囲で言うと乾燥させた果物の盛り合わせ、それから豆と乾燥芋のスープ。肉や魚のようなものは無く、質素な内容はどことなく精進料理を彷彿とさせる。
スープを一口飲んでみても案の定というべきか、味が薄く、お世辞にも美味しいとは言えないものだった。
スプーンをテーブルに置き、訊ねる。
「こう言っては何だけどさ、いつもこんな感じの物を食べてるのか?」
「ん? ああ、ユウ君には物足りないかもしれないね」
「まあ、確かにな。野営だからこういうメニューだってなら俺が持ってる食材も提供するけど」
どのみち、ここにあるのは俺と二人のNPCの分だけ。俺はクロスケやリリィの分の食事も用意しなければならないのだから、二人分増えた所で何も問題はないというわけだ。
「いいや。それには及ばないよ」
きっぱりと断るソルナに俺は何故という視線を投げかけた。
「隊長、彼は自分を助けてくれたことですし、話してみませんか?」
「そうだな。別に秘密にしているわけでもないし構わないだろう」
疑問符を浮かべる俺に二人のまっすぐな視線が向けられた。
「実は私達は人族ではないのだよ」
そう言ってソルナとレインはそれぞれの手に付けられている同じデザインの腕輪を外した。
次の瞬間、二人は淡い光を放ち、少しだけ姿を変える。
瞳の色が緑になり、耳の先が尖がっている。
一般的なエルフと呼ばれる外見になった二人は俺を見て、
「見ての通り。私達は魔人族なんだ」
秘密を打ち明けた。
おそらくソルナとレインはそう思っているのだろう。しかし、ここが人族が暮らすジェイル大陸ではなく、人族と魔人族と獣人族が雑多に暮らすグラゴニス大陸だということを思えば、大して珍しいことではなかった。
それと自分の仲間の一人がこの二人と似たような姿であることも影響したのだろう。
平然と「それで?」と聞き返していた俺に二人は目を丸くしていた。
「うん、まあ、それは見て分かるけどさ。それがどうしたっていうんだ」
「どうしたって、たった今まで隠していたんだ。不快に思ったりはしないのか?」
「いや、別に。種族で人をどうこう言うつもりはないし、隠していたっていうんなら、何か理由があるんだろ」
そもそも、俺が出てきたクロウ島では最初に種族に難を抱えているモンスターハーフたちを仲間に引き入れたのだ。その際に『幻視薬』というアイテムを使い島内では自由に見た目を変えられるようにしたもの俺で、自分だってヴォルフ大陸で活動する時には獣人族の姿になってカムフラージュしていたものだ。
自分がしていたことをされたとして、それが問題だと言うわけがなかった。
「プレイヤーとはそういうものなのか?」
「さあな。全員が全員俺と同じ考えだとは言うつもりはないが、少なくとも俺は種族に対する偏見は無いつもりだよ」
「そ、そうか」
拍子抜けしたというようにコップの水を啜るソルナに代わり、レインが先程の俺の問いに答えた。
「自分達は肉を食べません。ですから、このような食事内容になるのですが」
「にしたって簡素過ぎないか?」
「それは…その……準備する時間も無かったですし」
「まあ、解ったよ。それなら肉類を使わない料理を作れば問題ないんだろ? 調理場を使わせてもらうぞ」
立ち上がりストレージから野菜類の食材アイテムを取り出した。
桶に貯めた冷水でそれら洗い手早くサラダを作り終えると、俺はそのまま芋を使った別の料理を作り始めた。
蒸かした芋を潰して他の野菜と混ぜ合わせ形を整える。それに衣を付けて揚げれば野菜コロッケの出来上がりだ。
この際だ。スープにも手を加えてしまおう。
中身はそのままに味を調える。
野営用の食材だからだろうか、十分な調味料の類が使えなかったから味が薄いと感じたのだろう。そもそも下味すら付けられていないのが問題なのだ。
塩や砂糖の入った小瓶を並べていく俺にソルナが申し訳なさそうに告げてきた。
「ああ、申し訳ないが、私達は濃い味というものが苦手でね」
「わかったよ。任せておけ」
濃い味が苦手だというなら、それはそれでやりようがある。
ゲーム内で培ってきた料理の腕を惜しみなく振る舞って完成させた料理の数々は、最初にレインが用意したものよりもかなり豪華な仕上がりになってしまっていた。
折角作ってくれたレインに対しては若干嫌味だったかもしれないと気になって彼女の方を見てみたら、テーブルに広げられている料理の数々に目を輝かせていた。親から食べてもいいと言われるのを今か今かと待っている子供のように思えて安心するよりも先に微笑んでしまっていた。
「食べてもいいかな?」
「ああ。足りなくなったらまた作ればいいだけだからな。レインも好きなだけ食べてくれ」
「いただきます」
「あ、いただきます」
行儀よく言ったソルナに続き慌ててレインも同じ言葉を口にしていた。しかし、その手にはフォークが握られたままでどことなく間抜けな感じは拭えない。
「ん、美味いな」
「はい。美味しいです」
箸――実際にはフォークとスプーンだが――を進めていく二人を目の当たりにして自分の調理の腕が落ちていないことに安心をして、それから俺はクロスケとリリィを喚び出した。
俺の指の上に現れた小さな魔方陣から飛び出してくる水色の妖精と、ガン・ブレイズのグリップ部分から飛び出してくる黒いフクロウは並んで俺の隣に止まり、無言のまま食事を始めていた。
「クロスケは解らなくもないけどさ、リリィは何でそんなに腹が減っているんだ?」
「はむ。何でって、夜なんだよ。夜ごはんの時間じゃん」
「まあ、それはそうだけど」
思えばこの妖精はいつでも何処でも変わりない食欲を発揮していた。今更この時だけ何故と聞くのは意味がないことだった。
「それは、ユウ君が使役しているのかい?」
「クロスケはそうだけど、リリィはどうなんだろうな」
「わたしがユウといるのは自分の意思だよ」
「だとさ」
他愛ない会話を織り交ぜながらの食事は和やかに終わった。
使った食器等の洗い物を済ませると用意したお茶とクッキーを持って仲良さげに話をしている皆の元へ戻った。
「これにも肉は使っていないから安心しろ」
「…クッキーなんだから当たり前じゃん」
冗談で言ったつもりがリリィに真顔で返されてしまい、俺は思わず動きと止めてしまっていた。
「で、話してくれるんじゃなかったか」
「何をー?」
「リリィはこれでも食べてろ」
「んぐっ!」
何となくリリィは茶化してくるような気がして、俺は手近なクッキーを二枚重ねてリリィに押しつけた。
「ああ。私が何故ユウ君をプレイヤーと呼ぶのか、だったね」
「そうだ。前にも俺たちのことをそう呼ぶNPCもいたけど、その呼び方自体はまだ一般的じゃないはずだ。それにNPCって言葉も知ってた。多分、その意味も。違うか?」
「違わない、だろうね。とはいえ、少なくとも市井の者にとってはプレイヤーも私達も同じに思っているはずだよ」
「それなら」
「しかし、その言葉を知る者はいるし、君たちをそう呼ぶ者もいる。それは最近、それこそ君達プレイヤーが運営する町や村が増えてきた頃に顕著に表に出るようになったことだ。私も騎士団に出入りするプレイヤーが自分をそう呼ぶのを聞いて知ったのだから」
プレイヤーが運営する町や村というのは少し前にあったギルドクエストで作ったものなのだろう。
元からこの世界にある町と交易するのも決しておかしくはないこと。けれどよくよく考えてみれば出生も解らない人物がいきなり町や村の長としてあらわれるのだ。それに対して疑問を抱かない方がおかしいと言えばおかしいか。
「意味も知っているが、おそらくそれは君が考えているものとは違うはずだ。私達の認識では元よりこの世界に現れる自分たち以上の力を持った異邦人のことをプレイヤー。そうでは無く、元よりこの世界に生きる者のことをNPCと呼ぶ、その程度の認識なのさ」
どことなく筋が通っているように聞こえるが、ソルナの言い分はいまいち解らないというのが本音だった。
もし、仮に、自分がソルナの立場なら自分たちより強い異邦人というものに対して警戒しないわけがない。例えその呼び方が変わったとしても対応まで変化することはないはずなのだ。
しかし、ソルナはレインだって俺に対してそこまでの警戒心を抱いているようには思えない。最初に会った時こそ、それなりの警戒はしていただろうけど、それはあくまで初対面の相手に対するもので、プレイヤーに対するものでは無いように思える。
「その言葉自体にあまり深い意味は無い。私の口から言えるのはそれくらいさ」
「だいたいわかったよ」
知りたいことが知れたのか。
それとも煙に撒かれただけなのか。
どちらにしてもこの時にこれ以上のことは聞き出せない。俺はそう思ってしまっていた。
ソルナが空になったカップをテーブルに置き、告げる。
「明日になれば町に戻ることもできるだろう。日が昇る間に出発したい。くれぐれも寝坊するんじゃないぞ」
「大丈夫です。隊長は自分が起こしてあげますから」
「いらん。というか起こすのは私になると思うのだがね」
「だだだ、大丈夫、です…多分」
「ユウ君もだ。私に起こして欲しいというのなら起こしてあげなくもないが」
「いや、いいよ」
断ってから俺は使ったカップの後片付けをしようと立ち上がった。
「片付けは自分がしますよ」
「そうだな。ユウ君は先に休んでくれて構わない」
「そうか。なら任せることにするよ」
洗い物を始めるレインを残して俺は自分のテントに戻っていった。