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Re:スタート ♯.3

 盾を構えるように置かれた魔導手甲を付けた左手をデッド・ラビットの爪がガリガリと削る。

 舞い散る火花と金属片。

 左手が爪による攻撃の勢いに持っていかれそうになるのを必死に堪え、どうにか耐えきった瞬間に返す刀でガン・ブレイズを振るう。

 下から上へ斬り裂かれるデッド・ラビットの腹部から肉片が飛び散った……なんてことはなくいつも通りのデジタルな傷跡が刻まれるだけだった。


「ガードしたのにこれだけのダメージが」


 ストレージからポーションを取り出して使用する。視線をデッド・ラビットから外さずに回復していく自分のHPの残量を確認しながら呟く。

 クリーンヒットしていないにもかかわらず、俺のHPは四割近く削られてしまっていた。加えて今は〈ブースト・ディフェンダー〉によって最大HPと防御力が上昇しているはず。それを思えば二十を超えるレベル差がある相手もたらすダメージは一瞬も気が抜けないものだと理解できた。


「手を貸そうか?」

「冗談。ソルナたちはデッド・ナイト共を頼むよ」

「解りました」

「ん、仕方ないね。確かに団員の弔いは私たちの手でするべきだからね」


 俺はデッド・ラビットと一定の距離を保ちつつNPC二人と話をしていた。

 直接見るまでもなく、二人は今も複数のデッド・ナイトと戦っている最中のはずだ。

 聞こえてくる剣がぶつかる音や、鎧を纏ったデッド・ナイトが地面に倒れ込む音。他にも攻撃の際に発せられる剣術独特の息遣いが、俺に現状を伝えてくるかのようだった。


 今も戦闘中のデッド・ナイトは何体いるのか。

 ソルナもレインも会話には参加してくるけどそれだけ。それは即ち戦闘中であるデッド・ナイトが少なくとも二体はいるということ。

 そもそもこの戦場に現れたデッド・ナイトが先に斃れた騎士団NPCの骸を用いて現れているのだとすれば、ここに潜んでいるデッド・ナイトの数は低く見積もっても三十体以上。これまでに倒した数を除いてもまだ二十体以上は残っているはずだ。


「とにかく、こっちは俺一人で何とかしてみせるさ」

「ああ。期待しているよ」


 デッド・ナイトに向かって行く足音を聞きつつ、俺は目の前のデッド・ラビットを睨みつけた。


 相手の動きは元となったグラス・ラビット程じゃない。しかし、自分の生存確率を上げるために使用した防御強化の〈ブースト・ディフェンダー〉ではその速さを追い抜くことは出来ないだろう。せめてもう一つの攻撃・速度強化の〈ブースト・ウォリアー〉を発動させれば追いつくことが可能になるかもしれないが、それには大きなリスクが伴う。

 HPの最大値と防御力を上昇させていてのこのダメージ量だ。防御力が減少してしまう強化では相手の攻撃を耐えられる保証はないのだ。


 可能性としては左手の魔導手甲のアーツ〈エアトス・シールド〉を用いれば〈ブースト・ウォリアー〉の状態でも相手の攻撃を防ぐことが出来るだろうけど、それにも問題は残る。

 他のスキルのアーツ。例えは≪ガン・ブレイド≫にある威力特化の斬撃〈インパクト・スラスト〉は俺のMP残量という限界値は存在しても、使用する回数に厳密な制限は無い。それに比べ〈エアトス・シールド〉には消費MP量以外にも、長いリキャストタイムという制限が架せられていた。

 それは≪ガントレット≫スキルレベルが低いことや魔導手甲の強化が全く施されていないという理由からなのかもしれないが、今そのことを嘆いても意味はない。


 デッド・ラビットの挙動を注意深く観察し、攻撃が直撃しないように気を配る。


 自分のレベルが高かった頃は直撃を受けてもある程度は耐えられた。それだけのHPがあったし、防御力もそれに比例するように高くなっていた。

 しかし、今は違う。

 低下したパラメータは当然のように俺の戦闘力の低下を表し、受けるダメージの高さが相手の強さを物語っているかのように感じられた。


「さて、どうするか」


 グラス・ラビットよりも動きが遅いとはいえ、それでもボスモンスターの動きだ。

 攻撃の威力も、おそらくは防御力も俺が想定していた以上である可能性は決して低くはない。


 そうなれば俺が考えるべきは二つ。


 負けない方法と、勝つための方法。


 負けないためには一撃で死んでしまうほどのダメージを受けず、減ってしまったHPを回復させることを怠らなければいいい。

 至極当然のことながらそれが中々難しい。

 どこかでまだ大丈夫と思ってしまったらそれだけで負けてしまうかもしれないのだ。


 そして勝つための方法。それがまた難題だった。

 俺の中の効果的な攻撃のイメージが全て〈ブースト・ウォリアー〉を発動させた時であることが問題なのだ。威力を高めた状態で攻撃する癖がついてしまっていたからというのもあるのだが、やはり自分と相手のレベル差が大きいのが自分の中の問題点として根本にあるような気がするのだ。


「……悩んでても仕方ないか。ダメージが全く通っていないわけではないようだし」


 見えるデッド・ラビットのHPバーは僅かだけではあるが確実に減少している。

 その僅かが光明となることも俺はこれまでの経験から理解しているのだから。


 戦い方を防御メインにしながらも俺はガン・ブレイズを振り続けた。


 少しづつ、けれど確実に減少していくHPはそのまま俺の勝利に繋がっていると実感できる。


 デッド・ラビットの腐敗した胴体に刻まれる傷跡が増えていくと十数分の時間の後、遂に一本目のHPバーが消滅した。

 感じる確かな手応えに自然とガン・ブレイズを握る手に力が入る。


 HPバーが二本目に突入したことでデッド・ラビットにどんな変化が起きてもいいように、それまでよりも距離を取った。


「きゃあっ」


 左手を構え、備えていると不意に後ろの方からレインの短い悲鳴が聞こえてきた。


「どうしたっ!?」


 悲鳴に誘われるかのように振り返った先に、それまで以上の数の腕が地面から生えているのを目の当たりにした。

 あの腕の一本一本がデッド・ナイトなのだとすれば、怖れるべき事態だ。

 ソルナとレインだけでは対処できなくなるかもしれない。


「馬鹿者っ! 気を取られるなっ」


 ソルナの叫び声が轟く。

 その声が向けられた先が誰であるのか。俺がそれを即座に理解できたのは横腹にとてつもない衝撃を受けたからだ。

 地面に激突し、転がりながらも、俺は必死にデッド・ラビットを見続けた。

 そして自分が失念してしまっていたことを知る。あのボスモンスターの最大の武器が爪などではなく、動物の手で器用に持っているあのハンマーであることを。


「……っ」


 声も出せずに吹き飛ばされながらも、受けた痛みはHMDの安全装置が働き、せいぜい柔らかいクッションで打たれた程度に収まっている。

 しかし、攻撃を受けた光景を見た視覚と、その際に生じた独特の打撃音を聞いた聴覚が、実際に受けた痛み以上の感覚を俺に与えていた。


 人はこれを臨場感がある。もしくはリアルだと喜ぶのだろうけど、それはあくまでこの光景を傍から見て自分には痛みがない時に限った場合でしかない。


 仮想の体の呼吸を整えて、身を起こす。

 受けたダメージは最大HPの九割以上。

 下手をすればこの一撃で死んでいた可能性があるのだ。こうして死ななかったのは幸運だった。


「回復していて助かったというべきか」


 急ぎストレージから取り出した効果の高いポーションを使用した。それでも一本でHPが全快できなかった為に、もう一本。今度はさっきよりも効果の低いポーションを使った。


「無事ですか?」

「ああ、何とかな」


 声を掛けてきたレインはソルナと背中を合わせてデッド・ナイトの襲撃に備えている。

 それもそのはず。

 デッド・ラビットのHPバーが二本目に突入したその瞬間に地面に隠れ潜んでいた残りのデッド・ナイトが一度に出現したとしか思えない数が現れたのだから。


「交代するかい?」

「まさか。ここまで来たら最後まで戦わせてくれ」

「そう言うと思っていたよ」


 元より交代するつもりなど無いとソルナが笑う。

 どうやらあのデッド・ラビットとの戦闘は最後までやらせてもらえるらしい。


「そっちこそ。あの数が相手なんだ、いけるのか?」

「勿論さ。それこそ、ユウ君があのモンスターを倒せるくらいにはね」

「だったら、100パーセントだな」

「その通り」


 不思議と俺はこの時のソルナに『黒い梟』の仲間たちの影を見ていた。

 そしてその影が俺を勇気づけたのは言うまでもない。


「……やってやるさ」


 死なない為にとそれまで防御重視だった自分の選択が間違っているとは思わない。

 けれどこの時、俺が忘れてはならなかったのはあくまで勝つ為に守っているのだということ。

 そして勝つためには安全圏から一歩外に踏み出す必要があることも。


「行くぜ!」


 俺はガン・ブレイズを構えて駆け出した。

 デッド・ラビットが振り下ろすハンマーを避けながら近づいていく。

 時折挟む攻撃はガン・ブレイズの銃形態による射撃。

 地面を穿つハンマーの一撃が空を切り、反面デッド・ラビットを的確に穿つ銃撃はダメージを刻み続けた。


「ここだっ。〈ブースト・ウォリアー〉!」


 デッド・ラビットの懐に滑り込んだその刹那、攻撃強化のアーツを発動させる。

 浮かぶのは剣を構える騎士を模した紋様の魔方陣。

 それが俺の全身を透過し、パラメータを変化させる。

 上昇していたHP最大値は元に戻り、攻撃力とスピードが飛躍的に上昇する。そしてそれまで自分の身を守っていた防御力がきっちり三割減少したのだった。


 攻撃を受ければ確実に死んでしまう。

 それを防ぐ為に、反撃の隙すら与えないように止めどない攻撃を繰り出す。


「お、おおおおおおお!」


 最初に狙ったのはハンマーを持つ手。

 ハンマーを握っていられないようにその巨大な指を斬り付け、次に握力を失わせるために腕の筋を断つ。

 ガンッと音を立てて落ちたハンマーには目もくれず、続けざまにその巨大な胴体を斬り裂いていく。


 腹、背中、足、腕。


 ありとあらゆる場所を斬り付けダメージを蓄積させていくと遂にデッド・ラビットが大勢を崩して地面に片膝を付いた。


「このまま押し切らせて貰う!」


 体勢を崩したことで狙うことが可能となった頭部も合わせて斬り裂いていく。


「これで決める。〈インパクト・スラスト〉!」


 攻撃強化を発動させて威力を増した縦の斬撃はグラス・ラビットの頭部を両断する。

 みるみる減少するデッド・ラビットのHPバーを注意深く見ている俺の前で、そのデッド・ラビットが大きな音を立てて前のめりに倒れ込んできた。


 勝負がついた。


 デッド・ラビットのHPバーがゼロになり、俺は生き残っている。

 勝利を手にした俺の前で次に起こるのはデッド・ラビットの消滅。そのはずだった。

 警戒を解いたわけではないが、俺はまだデッド・ナイトと戦闘を継続中のソルナとレインに視線を送っていた。

 しかし、そこにあったのは突如動きを止めたデッド・ナイト共を前にしてどう動けばいいのか迷っている様子の二人のNPCの姿。


 そしてその迷いは同じ空間にいる俺にも伝わってきた。

 俺の迷いの原因は解っている。HPが全損したにもかかわらず、未だ消滅する気配のないデッド・ラビットが俺の目の前に横たわり続けていることだ。


「まだ……終わってないのか」


 瞬間俺の視線は横たわるデッド・ラビットに釘付けにされる。

 目に見えるほど濃厚で黒く禍々しい空気がデッド・ラビットの屍を中心に漂い始めたのだ。

 この空気を言い表すならば瘴気。

 慌てて吸い込まないように魔導手甲を嵌めた左手で口元を覆った。

 自分の手によって籠る声で呟く。


「何が来る?」


 それまで鳴りを潜めていた警戒心が脳内にけたたましいアラーム音を響かせる。

 無論それが幻想であることは解っている。しかしそうだとしか言いようのない得も知らぬ様々な感情が同時に俺の心を占めたのだ。


「これは……!」

「一体何が!?」


 ソルナとレインの戸惑う声が聞こえてきた。

 そして二人の目の前で動かず物言わぬ屍となっていたデッド・ナイト共が全て倒れたままのデッド・ラビットが纏う瘴気と同じものに変貌したのだ。


 瘴気は空中に漂い、それからある一点に吸い込まれるように消えていく。ある一点。それが倒れたままのデッド・ラビットであることは最早言わなくてもいいだろう。


「――チィ」


 ゆっくりと起き上がればいいものをアンデッドらしくない機敏な動きを見せたデッド・ラビットが落ちているハンマーを拾い、そのまま俺目掛けて振り下ろしてきた。


 防御力が減少してしまっている今の状態でそれを受けるわけにはいかないと全力で後ろに下がった。

 俺が立っていた場所には巨大なクレーターが出来上がり、回避できたことに対し安心したのも束の間、俺の腹目掛けてハンマーが振り上げられた。


「〈エアトス・シールド〉」


 空気の壁ならぬ、空気の盾がデッド・ラビットの振るうハンマーと激突した。

 生じる衝撃が俺の身体を浮かせる。

 次の瞬間、見えない盾は消え既に俺がいない場所をデッド・ラビットのハンマーが打ち上げていた。


「ユウ君!」

「無事ですか!?」

「あ、ああ」


 目の前を過るハンマーの勢いに気圧されながらも、俺は必死に冷静を装った。

 でなければ、これから始まるデッド・ラビットとの戦闘に勝つことなど出来ないはずだ。


「幸か不幸かデッド・ナイト共は消えた。これからは私達もユウ君に力を貸そう」

「そうだな。そうしてくれると助かる」


 デッド・ラビットがハンマーの先を地面に擦らせながら近付いてくる。

 冬の季節に白い息が口元から漏れるように、デッド・ラビットの口元からは先程の瘴気が漏れ漂っている。更には兎特有の赤い目が怪しく光を放ち、屍肉の狭間から見える薄汚れた骨が鋼鉄のような質感になっていた。


「全く別物になったってわけじゃないんだろうけどな」

「しかし、この威圧感は先程までのモンスターとは、とても」

「思えないよな。やっぱ」

「先程の盾の魔法はもう使えないのですか?」

「ああ。暫くは使えない。けど、多分この状態でなければ俺の攻撃はデッド・ラビットに通用しないはずだ」


 自分を守るために〈エアトス・シールド〉を使用してしまっていた。

 一度使用してから発生する〈エアトス・シールド〉のリキャストタイムは240秒。この四分を短いと感じるか長いと感じるかはその時の状況によるのだろうが、生憎と今の状況では長いとしか言いようがない。

 少なくともこの戦闘中に再度この防御アーツを発動させられる可能性は低い。


「ならば、前衛はこちらが引き受けよう」

「いいのか?」

「ユウ君の攻撃は見せて貰った。純粋な攻撃の威力ならばユウ君は私よりも上だ。しかし、先程魔法を使ったからには今はあのモンスターの攻撃を受けることが出来ないのだろう」

「まあ、な」

「ならば自分たちが攻撃を防ぎます。あなたはその隙に攻撃を仕掛けてください」

「問題はユウ君があのモンスターを葬るだけの技を持っているかどうかだが」

「それなら心当たりがある。けど、使えるのは一度限りだ。外したら次はないと思ってくれ」

「ならば、ユウ君はその一撃を当てることだけに集中してくれ」


 盾を構え前に出たNPCの二人がデッド・ラビットと俺の間に立ち、ハンマーの打ち込みも、爪の攻撃も全て正面から受け止めている。

 超過したダメージを受けないわけではないだろうが、それでも気丈に振る舞うその姿は信じるに足る何かがあった。


 それでもデッド・ラビットの攻撃を受け止められる回数には限界がある。

 さらに言えばその限界を迎えることは俺の敗北に繋がり、NPCの死に繋がるのだ。


 懸念材料はまだまだ残っている。

 そもそも、あの攻撃を当てたとして斃し切ることができるのか。

 再び復活しれはこないのか。


 けれど、そんなことを気にしていられる状況ではない。


 出来ると、勝てると信じ行動するだけだ。


「今だ!」

「今です!」


 デッド・ラビットの渾身の一撃を互いに支え合うように構えた盾で受け止めたソルナとレインが叫ぶ。


「応ッ!」


 そして俺は前に出る。

 この戦いに終止符を打つために。


「はああああああ!」


 NPCたちを追い越して、デッド・ラビットの背後に出ると俺はガン・ブレイズを構えた。


「実戦じゃ始めてだな。けど、二人が作ってくれた貴重なチャンスだ。外すわけにはいかないさ」


 これまで、俺が最後の攻撃に移るその瞬間に至るまで、俺は剣形態になってロックされているはずの引き金を強引に引き続けた。

 それが俺が今から行おうとしていた攻撃の前提条件だからだ。


「行くぜ。必殺技(エスペシャル・アーツ)


 剣銃がガン・ブレイズになり、精霊器と呼ばれる専用武器になったことで獲得した俺が持つ唯一無二の専用技にして必殺技。

 精霊器としてガン・ブレイズに宿っているクロスケ――ダーク・オウルを示すかのような漆黒に染まっていく刀身、そして銃身。

 放つのは文字通り必殺の一撃。


「〈シフト・ブレイク〉!!!」


 デッド・ラビットの巨体を遥かに超える黒い斬撃がデッド・ラビットの身体を斬り裂くのではなく、消滅させた。




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