はじまりの町 ♯.24
南の森で戦うこととなったゴブリンは正直にいって弱かった。
ライラの魔法で一発。俺の通常攻撃ですら二回ほど斬りつければHPを全損させることができた。
問題になったのはその数。
倒しても倒してもいつの間にか増えている。ダメージを負う前に倒せているからいいが、このままでは埒が明かない。
「フーカ、ユウ、お前たち二人がロードのところまで一気に駆け抜けて倒してきてくれ」
大きく振り回された斧により近くにいたゴブリン達は一網打尽された。
一体一体が復活するのにも時間が掛かるのだが、これまではそれをカバーするように他のゴブリンが向かって来ていた。そのために一度全滅させられたゴブリンがまた復活するまでまだ僅かに時間が残されている。ハルが作り出したこの時間で俺とフーカに行けというのだ。
「ハルは?」
「俺か? 俺はライラを守る」
遠距離攻撃がメインとなるライラは常に近接攻撃をしかけてくるゴブリンが苦手なようで、これまでのような余裕のある立ち回りが出来ていない。
それを補うにはリーチの長い斧を使うハルが適任なのだろう。
「行こう、ユウさん」
咄嗟の状況判断は戦闘に慣れているフーカの方が早い。この場合は信頼という言葉にになるのだろう。フーカの方が俺よりハルのことを信じられているようだ。
「そろそろ次が来る。ユウ、急げ」
「おう!」
剣銃を銃形態に変形させて、正面に構えながら駆け出した。
集まって来るゴブリンは攻撃を仕掛けてくるものだけを相手にする。フーカは直剣で斬り、俺は剣銃で撃ち抜いていく。
倒し損ねたゴブリンはハルとライラがなんとかすると信じ、振り返らずに走り続ける。
ジメっとした苔の生えた大木が囲む場所に出るとそこに待っていたのは他のゴブリンより一回り体躯の大きいゴブリンがいた。
頭に冠のようなものを被り、持っている武器もよりプレイヤーが使う武器に近付いているようだ。
「あれがゴブリン・ロード」
剣銃の銃口を向けるとボスの証とでもいうべきHPバーが二本頭上に表示されている。
「ハルたちに任されたんだ。勝つよ、ぜったい」
直剣を握るフーカの手に力が入る。
再び剣銃を剣形態に変えて構えた瞬間、ゴブリン・ロードは大きく飛び上がり、俺とフーカの目の前に着地した。
他のゴブリンよりも一回り大きいといっても所詮はゴブリン。プレイヤーの俺たちよりは小さいのだが、放って来るプレッシャーは流石ボスモンスターだといえる。
「はああああ!」
フーカが直剣を構えて突っ込んでいった。
片手用の直剣を使い戦うフーカと応戦するゴブリン・ロードの攻防を見て俺はようやくハルの思惑を理解した。
ゴブリン・ロードはその体躯故に複数で戦うと味方が邪魔になってしまう可能性がある。広範囲の魔法を得意とするライラや剣の何倍も長い斧を使うハルは人よりも小さい体躯の相手との近接戦闘戦ではまともに仲間と連携することが出来ないのだろう。
だからこそ俺とフーカを選んだのだ。
武器種こそ違えど片手剣の形状をした武器で戦うという一点に置いて俺とフーカは共通している。間合いが似ていることからお互いの動きを阻害しないで戦えるはずだ。
「代われ、フーカ」
一対一でゴブリン・ロードを抑え込んでいたフーカに微かな疲労が表れた。
ゴブリン・ロードが振るう武器である石剣をフーカが直剣で打ち上げて仰け反らせた瞬間を見計らい叫ぶ。
声が聞こえて直ぐに後ろにステップして下がるフーカと入れ違いになるように俺がゴブリン・ロードのもとへと飛び込んだ。
フーカに代わって正面に位置取った俺は瞬時に剣銃を横薙ぎの斬撃を二度振るう。
体に何一つ鎧のようなものを纏っていないゴブリン・ロードは俺の振るう剣銃を防ぐことが出来ない。
二度にわたる斬撃をまともに受けたことによりゴブリン・ロードのHPバーが目に見えるほど減少した。
「いける」
確かな手応えが剣銃を介して俺に伝わる。
≪攻撃強化≫スキルを習得したことで与えるダメージも増加しているようだ。
「こんどはアタシっ!」
近くの木を足場にしてゴブリン・ロードの頭上に飛び出る。
本物の三角飛びなど初めて見た。
奇想天外な動きに驚く俺の目の前でフーカが体を回転させ、その勢いを使ってゴブリン・ロードの頭に剣を振り降ろした。
唐竹割りの要領で綺麗な軌跡を描き振り降ろさせる直剣はゴブリン・ロードのHPを大きく削り取る。
「ナイス。フーカ」
戦闘の最中だというのに俺は笑いながらフーカの攻撃を称えた。
大きなダメージを受けよろめくゴブリン・ロードに俺は再び剣銃を振るう。
狙いは武器を持っている右腕。
度重なる攻撃を受け、遂にゴブリン・ロードは持っていた武器を落とした。
「チャンスだ」
地面に落した武器を取るのに手間取っているゴブリン・ロードに俺とフーカは総攻撃を仕掛けた。
一撃一撃のダメージを刻み込むかのように減っていくHPは遂に一本目のHPバーの消滅という形で現れた。
「いける。勝てるよ、ユウさん」
「フーカ、油断するな」
喜んでゴブリン・ロードから視線を外そうとするフーカを嗜めるように言う。
思い起こされるのはコカトリスとの戦闘。
一本目のHPバーが消滅したことでコカトリスはそれまで使ってこなかったエアロブレスを使い始めた。ゴブリン・ロードも同じようにこれまでに無かった行動を見せるかもしれない。
「うわっ」
俺の予想は当たりゴブリン・ロードは新しい行動を見せた。
思わず耳を塞いでしまうほどの大声の絶叫。
その効果は何なのか。その答えを俺たちは直ぐに目の当たりにすることになる。
「集まって来た」
「まさかっ」
それまでゴブリン・ロードとの戦闘中、決して近付こうとはしなかったほかのゴブリン達が一斉に集まって来た。
別の場所でゴブリンと戦っているハルたちがやられたのかと心配したが、どうやらそうわけではないらしい。
最初に俺たちが戦っていた場所からはいまも同じような戦闘音が聞こえてくる。
つまり、ここに出現したゴブリンはたった今ゴブリン・ロードが呼び寄せたのだ。
「……どうする」
背中合わせに立つフーカにも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
このままでは俺たちはいまにでも出現したゴブリンの群れに囲まれてしまうだろう。
俺に出来ることは変わらない。だとすれば、戦い方を変えるしかない。
「ロードをどこまで抑えられる?」
フーカなら技を使えばゴブリンを一体づつ確実に倒していくことは出来るだろう。しかしそれでは肝心のゴブリン・ロードとの戦いで技が使えないということになるかもしれない。
同じだけMPを消費するのなら技を持たない俺の方が良いはずだ。
「五分くらいなら大丈夫」
「さすがだな」
ちょっと迷いながら告げた時間は思ったより長い。これだけの時間があれば出現した取り巻きのゴブリンを掃討する事が出来る。
「なるべく早く戻るから……頼んだ」
ゴブリン・ロードに背中を向けて、集まって来たゴブリンを倒すために走り出した。
出来るだけ近寄らせずに倒すには銃形態の方が良い。
即座に変形させた剣銃で一体づつ確実に狙い撃っていく。
剣形態の時と同じように俺の攻撃でゴブリンを倒すのには二回以上の攻撃回数を要する。二発の弾丸が命中したゴブリンの殆どはそれだけでHPを全損させられていたが、なかには当たりどころが悪かったのか数ミリ程度残ってしまう個体もいた。それらは必ず最後の抵抗とでもいうように飛び掛かってくるので剣銃のグリップで殴り倒していた。
十数体にも及ぶゴブリンを掃討するのにかかった時間は三分弱で済んだが、俺のMPは殆ど空になってしまっている。
一瞬、回復しようとかと悩んだがMPの使い道は≪剣銃≫スキルにある技の≪リロード≫だけ。ゴブリン・ロードとの戦いは剣形態で行うことになるだろうと、そのままフーカのもとに駆け付けた。
「早かったね」
俺が戻って来たことに気付いたフーカが言った。
ゴブリン・ロードとの戦いの真っ直中でも辺りに気を配れるのは流石だと言うしかない。
「さあ、決めるぞ」
「うん」
呼び寄せたゴブリンはいなくなった。
残っているのはその親玉、ゴブリン・ロードだけ。
フーカとの戦闘でゴブリン・ロードのHPは先程よりも減っている。
正真正銘、これが最後の攻防になるだろう。
俺とフーカは左右に分かれ、ゴブリン・ロードを挟みこむように移動した。
「行くよっ」
フーカの声を合図に俺はゴブリン・ロード目掛けて駆け出した。
左右同時に攻撃を仕掛け、HPを削ってゆく。
時折ゴブリン・ロードの反撃が来るが、それは冷静に対処出来ている。一対二という数的有利を上手く使い、どちらかが的確に狙われることを避けているのだ。
ゴブリン・ロードが二人同時に攻撃しようとするのなら、持っている剣を全身を使って独楽のように振り回すしかない。
予想のできた攻撃で、互いを補うように動く俺たちにそんな攻撃は通用しない。全方位攻撃の前に見られる予備動作を素早く察知し、どちらからともなく声を掛け合っているのだ。ゴブリン・ロードの剣の有効範囲外へ出ると、振り回される剣は虚しく空を切る。
その後に現れる技後硬直は俺たちにとって絶好の攻撃タイミングと化していた。
「このまま押し切るよ」
ゴブリン・ロードの残HPが一割を切り、戦闘の終局が見えてきた時に反対側にいるフーカが言った。
起き上っていたゴブリン・ロードは俺の方を向いて応戦している。そのためにフーカからはガラ空きの背中が丸見えになっている。
「新しい技、見せるよ。それっ≪デュアル・ライトニング≫」
剣に光を集めて放つ斬撃≪ライトニング≫。
フーカの得意技でもあり、これまでの戦闘でも何度も見せた決め技でもある。
今放ったのはおそらくそれの上位版とでも言うべき技。
凄まじい威力を秘めた剣閃は一瞬の間に二回ゴブリン・ロードの背中を斬りつけていた。
残り一割といえどもそこはボスモンスター。ゴブリン・ロードはHPの総量自体が他の雑魚モンスターとは桁が違う。しかし、フーカの放った技はその残りHPを瞬く間に削り取っている。
ビクビクと体を震わせたゴブリン・ロードは次の瞬間、眩いほどのライトエフェクトと共に砕けて消えていった。
「よしっ」
消滅したゴブリン・ロードを見て俺は小さくガッツポーズをしていた。
「お疲れ。ハルたちはどう?」
フーカに言われ思い出したようにハルとライラが戦っている所を見た。
ゴブリン・ロードが消滅したのと時を同じくして集まって来ていた雑魚ゴブリン達も一目散に森の奥に逃げていったようだ。
「大丈夫みたいだね」
「そう、だな」
ここからでもよく見えるくらい大袈裟に手を振って見せるライラに安心し、二人揃って肩を撫でおろしていた。
「戻ろう。次が待ってる」
「うん!」
次、そう次だ。
このクエストにはまだ東のエリアのボスモンスターを倒すという難問が残って
いる。もしかするとその後にさらにもう一体。街道を塞いでいるボスモンスターも倒さなければならないのだ。
勝利を噛みしめていられる時間などあまりないのかもしれない。
「流石だな」
二人の合流した途端、ハルが俺たちの顔を見て言った。
その顔はどこか嬉しそうに、且つ自分の目に狂いは無かったのだというな自信を漲らせているようだ。
「ゴメンね。今回はわたしはあまり役に立てなかったみたいで」
「そんなことないよ。お姉ちゃんにはいつも助けられてるんだから、たまにはアタシが助けるの」
「そうだぞ。助け合ってこそのパーティだ」
ハルとフーカの二人に諭され、ライラは嬉しそうに頷いていた。
「次はライラも十二分に力を発揮してもらうからな」
「まかせて」
仲良さげに話す三人は離れて見ているだけでも心が和む。
所々感じるチームワークの良さというのもこの仲の良さが影響しているのだろう。
「さ、次に向かうは東のエリア」
いつまでもここにいるつもりはないというようにハルが言った。
「目標は『霊亀』。このクエスト最後のボスモンスターだ」
高らかに目標を宣言し、南のエリアを後にした。
初めて足を踏み入れることになる東のエリアはどんなところなのだろう。
出来ればボスモンスターの討伐などでは無く、もっとゆっくり見て回れる時に行きたかったと思わなくもないが、こういうことも悪くないのかも知れないと、最近は思い始めていた。
未知の場所に仲間と一緒に行く。
現実ではなかなかできない体験なのだと思うのと同時に、この強行ペースにも慣れ始めた自分がいるのも確かだった。




