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Re:スタート ♯.1

シーズン2開始を境にタイトルを【ARMS・ONLINE】から【ガン・ブレイズ―ARMS・ONLINE―】に変更しました。

 完全(フル)ダイブ型VRMMORPG【ARMS・ONLINE】このゲームタイトルが正式稼働して半年が過ぎた。

 長くも短くも感じられる時間も、実際に体験してきた身としては速かったの一言に尽きる。

 それだけ濃密だったからだろうが、むしろそれしかしていなかったかのようにも思える程、日々の生活の比重をこちらに置き過ぎていた気がする。


「っても、これからも変わらなそうだけどな」


 中世ヨーロッパにある教会のような場所の入り口で空を見上げて呟いた。

 俺の右手には綺麗な宝石が埋め込まれている指輪と腕には蛇のような模様が施されている腕輪とその上にもう一つ、四つの窪みに二つの輝きを持つ石が嵌め込まれている腕輪が無理矢理連ねられて装備されている。

 この蛇の模様がある腕輪『呪蛇の腕輪』はつい最近まで左腕に装備していた物だ。

 反面俺の左手には一つとしてアクセサリの類は装備されていない。異様な程全てのアクセサリは右側だけに偏っていた。


 腰にあるホルダーには精霊器となって以前より一回り大きくなった専用武器『ガン・ブレイズ』があり、全身には防具屋リタ製作の黒に近い藍色の防具、ディーブルーシリーズを纏っている。

 鎧というよりも服に近しいデザインの防具はこれまで通り袖の無いフード付きコートの外着とシンプルな半袖のシャツという内着。上半身と同じ色の七分丈のパンツにより黒に近い色をした頑丈そうなショートブーツ。ホルダーを取り付けているベルトもリタ特製の防具だ。


 防具を装備していない頭、首、手といった部位には今も無装備状態のまま。

 頭に装備できる防具と言えば一般的なのが西洋、東洋問わず鎧の兜。顔が出ているものから出ていないものまで。他には帽子の類だ。これも現実や物語でよく見る形の物から、コスプレ用としか言えないものまで千差万別。変わったものだとリボンやカチューシャのような一見するとアクセサリと見紛うような装備も防具として存在している。


 首に装備するのはマフラーやスカーフのような形をしたものが一般的だろうか。

 この部位に関していえば首を守る為の防具というよりもオシャレに使うための装備が多いというのが印象だった。


 手には文字通り腕に防具を装備出来る箇所として設定されていて、手袋や籠手など前の二つに比べると防具色の強いものが多いのだが、俺の場合それを装備することは憚られた。

 指輪や腕輪というアクセサリを手に多く装備しているからというのもあるが、別段手の防具を装備しているためにアクセサリを装備できないということはない。ここがゲームだからだろう。例えば籠手の上からでも指輪を装備することは可能で、その場合籠手の該当する場所に元からデザインされていたかのように指輪や腕輪が現れるというようになっていた。


 それでも手に防具を付けようと思わない理由は何だろう。


 ぼんやり空を見上げながら考えているとキラリと空に一瞬の輝きが見えた。


「何をぶつぶつ独り言を言ってるのさ」


 白く透き通るような肌に水色の髪と翅。ひらひらと風に舞う白色のショートドレスを着た彼女は俺が連れている妖精、リリィ。

 右手にある『妖精の指輪』はリリィが俺たちの世界と妖精の棲む世界を繋ぐ扉のような役割も持っている。


「別に。少し懐かしくなっただけだよ」


 懐かしい。

 意識せず自分の口から出た言葉に俺は自然と顔を綻ばせていた。


「何で…笑ってるの?」

「たった半年でこうも変わるのかと思ってさ」

「変わるって……前と一緒だよね」

「町じゃないさ。あ、いや、町もそうなのかもしれないけどさ。俺が変わったと思ってな」

「だから…前と一緒じゃん」

「リリィにはそう見えるのか?」

「うん」


 ふっと笑い、アクセサリを装備した右手をガン・ブレイズの柄に伸ばす。


「まあ、レベル自体は最初にここに来た時とあまり変わらないんだけどな」


 ログインして最初に訪れる場所である教会。俺は今一人でここにいる。


 数日前に完成させたギルド所有の島とそこにある町。ギルド『黒い梟』の名を用いてクロウ島と名付けられたそこは今や島の半分を占める森の完全攻略に挑戦するプレイヤーとパイルの商業ギルドのクロウ島支店を目的に訪れるプレイヤーで賑やかな島になっていた。

 俺が目論んでいた『幻視薬』を使った他種族の仮装も成功し、島に十分な利益をもたらしている。

 最近は移住してこようとするNPCや、ギルドホームを持たない小規模ギルドが居を構えたりと、町開発も拍車が掛かったかのようだとボルテックが言っていたのを思い出す。


 しかし、俺はこの島にここ数日帰ってはいない。

 というよりも島の運営というものから完全に手を引いているも同然だった。


 島と町の全権を元より『黒い梟』でプレイヤーショップをやりたいと言ってボルテックに譲り、仲間たちと離れ、こうしてプレイヤーが最初に訪れる町ウィザースターに来ているというわけだ。


 理由は二つ。


 まず俺が島で出来ることが無くなったと感じた事。

 『幻視薬』の製作の全てをモンスターハーフのNPCたちに任せることになった時、俺は同時にそれまで自分で作り担ってきたギルド内で他に売ったり自分たちで使用したりするためのポーション製作も任せてみようと思ったのだ。

 結果としてはレシピを教えることで問題無く生産することが出来たし、元よりギルドで雇い畑や施設の管理を任せていたベリーとキウイというグラゴニス大陸側のNPCとシャーリとラクゥというヴォルフ大陸側のNPCが引き続き手伝うことでポーションの素材も問題なく生産できるようになっていた。


 ギルドメンバーたちの武器の修理や強化の問題も島に商業ギルドのプレイヤーが常駐することになったおかげで、より専門的に自分たちの武器にあった修理や強化が出来るようになったことで解決した。

 それでも俺に任せたいとムラマサやヒカルは言ってくれたが、自分がまた自由にこの世界を回ってみたいと告げたことで納得してくれたようだ。

 その際、俺の自室兼工房も自由に模様替えしてくれても構わないと伝えたのだが、その部屋は断固としてこのまま残すと強く説得されてしまい、結局使用しないまま残すことになった。


 もう一つの理由は自分の中で再スタートを切ることを決めた事だった。

 レベルが上がり、装備が充実し、スキルも成長した。

 これらのお陰で大概のモンスターとの戦闘は勝つことができ、またギルドの仲間たちと力を合わせることで難解な敵にも勝つことができるようになっていた。

 こういうゲームではそれが目標の一つでもあり、目指すべき到達点でもあるのだろうが、俺は最近物足りなさを感じ始めていたのも事実だった。


 誰にどういうように相談すればいいのかすら解らなくなり一度生産職のみに専念してリフレッシュするかと思った矢先のことだった。俺がこのランクアップというシステムを知ったのは。

 こうなるともう迷うことはない。

 心機一転、最初から始めるような気持ちで冒険できるのならば願ってもいないこと。

 気がかりだったのは仲間たちとのパワーバランスが崩れることだが、俺がそれに気が付いたのは反射的にランクを上げレベルをリセットした後のことだった。


 今にして思えば、皆に言った説明というか言い訳も随分と滅茶苦茶なものだったような気がする。

 憶えているのだけでも、やれレベルはもう一度上げればいいだの、やれ装備はこのままなんだから問題ないだの、終いには回復アイテムを多量に使うことで戦闘は問題ないという始末。

 自分のことながらこれを聞かされていた皆はどのように感じたのだろうかと、今更ながら聞くのも恐ろしいとすら思ってしまう。


 筋が通っているようで支離滅裂な俺を最初に納得してくれたのはセッカだった。

 レベルが1に戻り初心者同然とまでは言い過ぎだろうけど、それに近しい状態になった俺に一緒にレベルを上げるかと聞いてきたのだ。

 レベルが遥か上のセッカと一緒に島のモンスターと戦えば数字の上では直ぐにレベルが上がり元の状態に近いレベルにまでは戻ることが出来るかもしれない。

 けれど、俺はそれを良しとしなかった。

 何となくそれでは意味が無いように思えたからだ。


 そうして代替案として俺が出したのが一人でもう一度このゲーム世界を旅するということ。そして再びレベルが上がり戦力になると自分で判断できた時はまた一緒に戦おうという約束をしたというわけだ。

 この時、ギルドマスターの座もサブマスであるムラマサに渡そうとしたのだが、全員一致で却下され、俺は現状レベル1のギルドマスターというなんとも頼りない存在になっているのだった。


「にしてもさ。なんでわざわざここに戻ってきたのさ?」

「何でって…言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ」


 教会はゲームを開始して最初に訪れる施設である。

 その理由は教会に置かれている転送ポータルこそがグラゴニス大陸の初期リスポーン地点に設定されているからだ。

 別の大陸で始めた場合や別の町をリスポーン地点に設定している場合を除き、プレイヤーはHPを全損させた場合ここに戻ってくることになっている。


 俺がここに来た理由はいくつかある。

 リスポーン地点の変更が理由の一つ。ギルドが所有している島にある転送ポータルをリスポーン地点として設定していたのだが、新しく冒険を始めたとして、HPを全損させる度に島に戻ってしまっていては意味が無い。

 だからこそ俺はリスポーン地点を変える必要があったのだ。


 そしてもう一つ。それがこの教会という施設でのみ受けることの出来るチュートリアルだ。

 ゲームを始めた初日。俺はハルに戦い方を教えて貰う約束をしていた為にそれを飛ばしていた。その結果何が起こったのかと言えば、何も起こらなかった。問題ないように思えるが、今にして思えばその何も行らないことこそが問題だった。

 このゲームにおいてチュートリアルというのは自分が選んだ武器種の使い方を体得する最初の一歩ということ以外にも、その武器種に適した専用スキルを習得するという役割があった。


 俺はそれをやらなかったが故に、専用スキルを習得するのが遅れた。あの時、先に習得していればハルに使えない武器と言われなくて済んだかもしれないのだ。

 そんな懸念があるからこそ、俺はクロウ島を出て真っ先にここに向かった。

 ランクを上げることによって得られる特典の一つ、新しい専用武器。それを得た事で俺は以前受けなかったチュートリアルを受けるために教会に来ていたたというわけだ。


 こうして俺が教会の外に出ているのはそれが終わったからこそ。

 腰の左側に取り付けられている金属板。持ち手も無く形が歪でそんなに大きくもない、盾と呼ぶにはあまりにもなそれが太陽の光を反射して輝いた。


「ま、何にしてもここに来た目的は済ませたからさ」

「そう? ならいいけど」


 次はどうするか。

 セオリー通りならとりあえずは自分のレベルを上げることに集中するべきだろう。

 そんな風に考えていると突然に町の中に騒めきが起こった。


「何だ?」

「見てこようか?」

「頼む」


 飛んでいくリリィを見送りながら俺は騒めきの中心へと目を凝らす。


「あー、まただよ」


 不意にそんな声が聞こえてきた。

 声がした方を見ると初期装備と思わしき防具を纏っている男が教会の入り口にある柱に寄り掛かり腕を組んで立っていた。

 想像以上に近い場所にいた男に問いかける。


「あの騒ぎを知ってるのか?」

「知ってるも何も、最近は毎日居るぞ」

「居るって、誰が――」


 俺が聞き返そうとした時、様子を見に行っていたリリィが戻ってきた。


「人がいたよー」

「そんなことは解ってる。誰が居たんだ?」

「んーとねー。なんかボロボロの鎧着てた」

「鎧…?」

「あれはNPCの騎士団の一人だ」

「NPCだって?」

「そうだ」


 俺の疑問に答えたのは初期装備風の防具を着た男。

 その言葉を聞いてもなお俺は良くわからないという顔をしてることだろう。


「何が疑問なんだ?」

「その毎日ってのがな。それに最近になってからなんだったよな、あのNPCが居るようになったのは」

「ああ。それも毎日この時間になるとだ」


 男の言葉が正しいとすれば、あのNPCがここに現れた目的があるはず。


「何が目的なんだ?」

「一言で言うなら救援だ」

「それは、クエストって扱いになるのか?」

「ああ。それもレベルの低いプレイヤー向けのクエストだ」


 そうなのだとすればクリア難度はそう高くないはず。しかし、そのようなことは皆が解っているはずだというのに誰一人としてその騎士団員NPCに声を掛けようとしないのはどういう訳なのだろうか。


「どんな内容のクエストなんだ?」

「気になるのか」

「少し、な」

「クエストの内容はさっき言った通り、救援。受注条件はプレイヤーのレベルが5以下であること」

「5以下? 随分と制限されているんだな」

「それが問題でな」

「問題?」

「出現するモンスターのレベルがどう考えても低レベル帯のプレイヤーに向けたモノではないのだ。それにこのクエストを受注した場合クリアするまでレベル上限が設けられることになる」

「それがレベル5か?」

「そうだ。最大でレベル5。なのに出現するモンスターのレベルは最低でもレベル10。普通ならばそれ程問題となるレベルではないのだがな」

「最低でと言うのなら、最大はいくつなんだ?」

「レベル30」

「30!?」

「クエストのボスモンスターとして出現するモンスターのレベルだからな。戦闘を避けることは出来ないらしい」


 通常、エリアやダンジョン、フィールドに出現するモンスターはその場所に適したレベルである場合が多い。それがプレイヤーのレベル帯と連動していて俗にエリア適正レベルと呼ばれるのだが、ボスモンスターは違う。

 言葉通りその一帯のモンスターの上位種となるそれは他のモンスターよりも10近くレベルが高い場合が常なのだ。

 それ故にプレイヤーは他のモンスターとの戦闘でレベルを上げ、ボスモンスターを討伐することでそのエリアをクリアしたとして、次のエリアに進むことになる。

 これがエリア踏破における基本的な順番だ。


「自分のレベルの六倍ものボスモンスター、か。確かにクリアは困難っぽいけど、パーティを組んで挑戦したい人は居なかったのか? 少なくともソロよりはクリアできる可能性は高いだろう」

「ここに居るのは大概が初心者だ。パーティ戦闘に慣れているはずもないし、慣れる頃には」

「レベルが5を超えているってわけか。それならクエストを受けてからパーティ戦の練習をしたらどうなんだ?」

「不可能だ」

「どうして?」

「このクエストは受注した瞬間に制限時間が設定される。それが過ぎた段階でクエストは失敗。再度挑戦しようにも、一度失敗したプレイヤーはNPCからの依頼を受けられないようになるらしい」

「なんて言うか、シビアだな」

「NPCの命が掛かっている以上、仕方の無いことだと思うがな」


 プレイヤーと違いNPCは死に戻り出来ない。

 現実と同じようにたった一つの命だというわけだ。


「ってことはこれまでに失敗した回数だけNPCが死んだってことか」

「そうだ」


 自然と表情が険しくなる。

 この半年でこの世界に生きるNPCは現実の人間と変わらないという思いが強くなっていた。それだけNPCたちと接してきたということでもあるのだが、それよりも町にいるNPCやこの街道をすれ違うNPCたちの動きや喋り方がより自然なものになっていたからだ。

 それこそ現実の人間と同じように。

 いや、同じではないのかも知れない。こちらの世界で日々を過ごしているNPCというのは現実にいる人間よりも懸命に生きている気がするのだ。

 その理由が現実の世界よりも不自由で、モンスターという身近な脅威が常にあり続けているからなのだとすれば、解らなくもない。けれど仮に俺たちが現実で同じような状況に見舞われたとして、同じように生きることが出来るのだろうか。


 無理だろう。


 より強い力を持つのは世界にとって異邦人であるプレイヤーだけで、NPCたちはそれほど強い力を持たない。単独、あるいは団体で対峙できるモンスターというのはせいぜい俺たちで言う所の雑魚モンスターの群れ程度。

 ボスモンスターなどはそれこそ騎士団が一丸となって討伐するような相手のはず。


「…気に入らない」


 全くもって気に入らない。

 このクエストを用意したのは運営の人は随分と意地が悪い。

 プレイヤーに適度な壁を用意するのが目的というわけでも、クリア困難なクエストを目的としているわけでもない。

 ただ、NPCを殺すことを目的としたかのようなクエスト。

 プレイヤーが受注した段階で始まるわけでもなく、あのNPCが現れた段階で進行してしまうクエスト。


「そんなに気になってるなら自分で見に行ってみれば?」


 眉間に皺を寄せている俺の顔の前でリリィが止まり言ってきた。


「気にしてるように見えるか?」

「うん」


 俺にそう告げたリリィは可愛らしく笑っている。それと同様に男もまた豪快に笑っていた。


「無駄だと思うがな。やるだけやってみるといい」

「ああ。そうするよ」


 男に別れを告げ、人込みを掻き分けて件のNPCの居る方へ進む。

 初心者と熟練者たちが雑多に集まっている人垣の中に異質とも思える騎士団員NPCが必死の形相で叫んでいた。


「お願いしますっ! 助けてくださいっ!」


 まさに懇願という言葉が相応しいだろう。

 それだけ必死にプレイヤーに頭を下げている騎士団員NPCの姿があった。


「…女だったのか」


 声が高いから子供の可能性はあるとは思っていたが、女性騎士だとは思わなかった。ゲームであるからこそむしろそっちの可能性の方が高いのは当然なのかもしれないが。


「あの…お願いします。助けてください」


 俺が人込みの中から出てきたことに反応して騎士団員NPCが俺の服を掴んだ。


「解った」

「え…いいのか?」

「アンタが助けて欲しい人がいる場所に案内してくれるか? 詳しい話は向かう道中に聞かせてくれ」

「あ、ああ」


 それから俺は騎士団員NPCと共に町の外を目指し走り出した。

 道中騎士団員NPCから聞いた話によれば町の外で戦闘を継続しているのは一人だけらしい。何でも騎士団隊長が一人、他の団員を逃がすために残ったのだという。

 そしてそれは昨日も同じだったらしい。

 昨日は別の隊がその任にあたったのだが、その時も団員の多くを逃がすために隊長が残り戦ったという話だ。


 つまり死んだNPCは騎士団において隊長職を任されている実力者が殆ど。

 それだけの相手が待っているのだとすれば、確かにレベル上限を5に設定されているプレイヤーにとってはソロだろうとパーティだろうとこのクエストのクリアが困難であることは間違いないはずだ。


「こっちです!」


 先を行く騎士団員NPCが進む先には太い木々が多く自生しているウィザースターの町の南側エリアの森。

 そこには戦闘の傷跡と思わしき爪痕が数多く刻まれていた。


「他のプレイヤーはいないのか?」


 走りながら周囲を見回してみたが、不思議なことにプレイヤーの姿は確認できなかった。


「もしかして俺が居るのは通常のエリアじゃないのか?」


 その可能性はある。

 同じ種類のクエストを大勢のプレイヤーが同時に進行している場合、対象のエリアやダンジョンは複数同時に存在する場合がある。インスタンスエリアと呼ばれる一時的に複製されるエリアのことがそれに該当する。

 このクエストも同じなのだとすればここに他のプレイヤーが居ない理由も説明できる。


「あの男の説明通り、レベル上限が設けられたみたいだな」


 コンソールを操作しながら呟く。


「それに……モンスターが出現し始めたか」


 目を凝らすと木々の陰に獣の影があるのが見えた。にもかかわらず、騎士団員NPCは全く気にしていないというように、というか目に入ってはいないというように先に進んでいく。


「おい、放っておいてもいいのか?」

「え? 何がですか?」

「やはり気付いていないのか。このまま進むとモンスターに包囲されることになるぞ」


 一歩強く踏み出して目の前を行く騎士団員NPCの首元を掴む。

 強制的に足を止めさせた俺はそのまま転ばすように騎士団員NPCを後ろに引っ張った。


「アンタはどれくらい戦える?」

「え…え?」

「リリィ、この人と一緒に居ろ」

「りょーかい」


 戸惑う騎士団員NPCとぴしっと敬礼をしているリリィを残し俺は前に出る。

 右手はガン・ブレイズの柄に、左手は腰の金属板と外着の裾の間に滑り込ませるように。

 瞬間、影が動く。

 現れたのは俺が昔自分のレベルを上げるために幾度となく狩ることとなった『バーサク・ドッグ』。咄嗟にガン・ブレイズの銃口を向けるとその頭上に一本のHPバーと名称が表示された。


「『デッド・ドッグ』か。初めて見る名前だな」


 姿形は前に俺が戦ったバーサク・ドッグと酷似している。だから俺もその種だと思った。しかし、表示されているのは別の種の名前。

 疑問を感じつつも俺は木木の陰から現れた一体に向けて一度引き金を引いた。


「そりゃあ、一発じゃ倒せないよな――けど」


 自分のレベルが初期値である1であることを考慮してもデッド・ドッグのHPの減り方が異常だ。一発の銃撃でそのHP全体の三割。続けて二度引き金を引いて撃つことで目の前のデッド・ドッグは消滅した。


「HPの総量が少ない、それとも防御力が異様に低いのか?」


 思い浮かぶ可能性を口にしながら別のデッド・ドッグを撃ち抜いていく。

 その間もずっと俺の左手は金属板と外着の間に入ったまま。


「それに……あれは」


 更に一つ気になったことはデッド・ドッグがダメージを受ける刹那、自身の肉体を霧散させているということ。

 そのような現象はバーサク・ドッグの時には見られなかった。モンスターの種類が違うのだから当然であるといえばそうなのだが、俺は前に一度だけこのような光景を見たことがあった。

 アンデッドと呼ばれる種のモンスターに攻撃をヒットさせた時に見られた現象。あの時はどこかのホラーゲームにでも迷い込んでしまったかと思ったものだが、今は余程警戒し観察しなければ解らない程一瞬の出来事であり、一見しただけでは普通にモンスターが消滅していく光景でしかない。


「ラストっ!」


 左から襲い来るデッド・ドッグを倒し、俺はガン・ブレイズを出したまま銃口を下げた。


「無事か?」

「もっちろん」

「はい…」

「ならいい。先を急ぐぞ」


 リリィと騎士団員NPCを後方に置いたまま俺は歩き出した。

 道順は後ろから指示を受けているから問題ないだろう。残る問題は俺たちが到着するまでに隊長NPCが死んでいないかどうか。


「あの…」

「何だ?」

「お強いんですね」

「今は…そうでも無いさ」


 顔を向けずに会話する俺はガン・ブレイズを持っていない方の手でコンソールを操作していた。

 先ほどの戦闘でレベルが二つ上がっていたからなのだが、やはりこのレベル帯はレベルアップが速い。これなら現段階の上限であるレベル5になるのもそう遠い話ではなさそうだ。

 レベルアップの恩恵は自身のパラメータ上昇だけではない。スキルポイントの付与もそうだ。寧ろランクアップによるレベルリセットの本来の目的はこちらだろう。

 残念だったのが付与されるスキルポイントが上昇したレベル一つにつき1だったこと。

 前の低レベルの頃は1レベル上がる毎に2ポイントだったことを思えば今のレベルはリセットされる前と同じような扱いなのかもしれない。


「…ん?」

「どうかしたのですか?」

「あ、いや。こっちのことだ」


 気にしないでくれと言い、俺はスキルのレベル上げに意識を戻した。

 現状、俺がこのクエストを完了するのに必要なのは一つ、負けないこと。その為に必要なのは先んじて相手を倒しきるだけの攻撃力ではなく、生き残る確率を増やすためのHP。

 スキルの中でそれに該当するのは≪体力強化≫だが、ランクを上げる前に残っていたスキルポイントを使い万遍なくスキルレベルを上げていたことと、先程受けたチュートリアルによる特典、それとたった今得たスキルポイントを使い上げたスキルレベルが10になったことによって引き起こされるスキル変化。

 ≪体力強化≫が≪HP強化≫になれるとあるが、それを実行するには残る1ポイントを消費する必要がある。

 この1ポイントを他のスキルに回せばさらにパラメータを伸ばすことが出来るかもしれないが、俺が選んだのはスキル変化の方だった。


 ≪体力強化≫は自身の最大HPに対する割合でHPを上昇させることが出来るスキル。それに対し≪HP強化≫は一定値自身のHPを上昇させられるスキルとなっていた。

 スキルレベルが1の現状≪HP強化≫によって増える数値は1000。今のレベルでは割合で増える数値よりも確定で増える数値の方が恩恵が大きいが、これから先も同じのわけがない。レベルが以前のそれに戻るにつれて物足りなくなるのは目に見えていた。

 けれど、今必要なのは≪HP強化≫の方。

 これからのことは、これから考えればいいだけだ。


「当分はこのスキルを伸ばすことになりそうだな」


 残念なのは新たに得た専用武器の専用スキルを成長させられないこと。

 このクエストさえ受けなければ俺は当分の間そのスキルを成長させることに専念していたはずなのだから。


「見えてきました。あそこにいるはずです」

「――ッ!」


 騎士団員NPCが告げると俺は慌てて駆け出していた。

 今、この瞬間にもたった今俺が戦っていたデッド・ドッグの鋭い牙が隊長NPCと思わしき人に襲い掛かろうとしていたからだ。


「間に合わない、か。それなら――」


 咄嗟に左手を腰の金属板と外着の間に滑り込ます。

 そして軽く握る素振りをしたことで金属板に変化が起こる。

 一枚の金属板だったそれに俺の手のフォルムが浮かび上がり、瞬時に形態を変化させる。

 騎士が纏う鎧の籠手のようになったそれこそが、俺が選んだもう一つの専用武器『魔導手甲(ガントレット)』だ。


「〈エアトス・シールド〉!」


 手を翳しアーツ名を叫ぶ。

 すると隊長NPCに向かっていたデッド・ドッグが見えない壁にその鋭い牙を見せびらかすかのように大きく開けた口から全身を打ち付けていた。


「な、何が……」


 戸惑う隊長NPCがこちらを見た。

 全身全霊の警戒を込めた視線の先にいる俺の隣に騎士団員NPCを見つけたらしく、一瞬気が抜けたかのように表情を緩めた。


「油断するなっ」


 俺はデッド・ドッグの攻撃を弾き返しただけで討伐したわけではない。

 さらに言えば、俺の想像通りデッド・ドッグがこの森に生息している動物種のモンスターではなくアンデッド種のモンスターなのだとすれば、激突した衝撃による痛みを味わったからと言って怯むことは決して有り得ない。

 だらりとしたアンデッド特有の動きで立ち上がったデッド・ドッグがまたも隊長NPCを狙いその牙を向けたのだった。




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