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幕上~とある神々の狂宴~

番外編その2。

時間軸は第九章終了時点です。

「遂に地盤が固まったようだな」


 仄暗い部屋の中に年老いた男性の声が響き渡る。

 年代物の机に黒い革張りの椅子。

 見る限り重厚そうな雰囲気がそこに座る老人の持つ威圧感を一層強めていた。


 老人が座っている椅子の前にある豪華な彫刻が刻まれたテーブルに付いている四人の男女。

 この四人の年齢は三十代前半から五十代半ばと幅がある。

 詳しく述べるならば、老人に近い場所に座っている着物を着た女性と白髪混じりの髪をオールバックにした男性が五十代。その隣に座っているのが健康的に日焼けした肌と坊主頭に黒い髭を蓄えている男性が四十代、そしてその前に座っているのは病的なまでに肌が白く、顔の血色も悪い、だらしなく皺が寄った白衣を着た女性が三十代前半。

 妙な話だが、おおよそ十も離れているはずの坊主頭の男性と白衣を着た女性は醸し出している雰囲気のせいで実年齢と見た目の年齢が反対に取られることもしばしば。

 統一性の無い彼らは皆、ある企業の重役を担っており、その前の椅子に座っている老人が彼らの長であることは言わずもがな。


 しかし、ここに居る全員の上に立っているのはその老人では無かった。


 どこかの学校の制服であろうか。

 詰襟の学生服に身を包み、縁の無い眼鏡をかけた少年。

 少年よりも何倍も生きてきた人達。権力も財産も少年とは比べ物にならない程に持っていて、立場も何もかもが違う存在。

 普通に生きていたのならば出会うことなどなかったかのような人達を前にして少年は表情を薄く、口元だけを歪めている。


「想定よりも時間が掛かってしまいましたが、貴方達のご依頼の通り、あの世界には大勢のヒトと大勢のAIが息衝きました。

 そして、貴方達はこれから、その全ての存在の運命すらも操ることの出来る『神』となるのです」


 決して大袈裟に言っているわけではない。

 この老人達は皆、有り余る権力を持っている。だが、現実でそれを行使したとして出来ることは思ったよりも少ない。


 せいぜい、法というルールを捻じ曲げることくらい。


 せいぜい、自分と敵対した人間の運命を捻じ曲げるだけ。


 他人からすれば、それらは決して行ってはならないことであり、行えないことのはずだ。けれど、それはこの老人達がそれまでの人生を賭して獲得したモノに比べれば微々たる問題でしかない。

 それが老人達がその実態を知るものから妖怪の類と言われるが所以。


 元来、事業の一つでしかなかったゲーム事業、それもVR事業の一端でしかなかった【ARMS・ONLINE】という名のゲームタイトル。

 このタイトルがこの老人達の目に留まってしまったのが運の尽きだったとも言える。


 そして、同時に運が良かったとも言えたのだ。


 権力も資金も十分過ぎる程持っているが故に、この【ARMS・ONLINE】というゲームタイトルの開発と運営にある影響がもたらされたのだ。

 開発の面では、それまでとは桁違いのリソースが。運営の面では、それまでとは比べ物にならない程の人員が投入された。


 結果として【ARMS・ONLINE】には余剰とも思えるほどのゲーム世界が用意されることとなった。


 プレイヤーの数が少なかった頃から既に順次更新されていくことが決まっていたゲーム内容。その中でもプレイヤーの数すら関係なく用意された冒険の舞台。四つの大陸からなる『四天大陸』と名付けられたそれは本来のゲーム内容からすれば実に四倍もの規模を誇っていた。


 元から構想自体はあったのだろう。

 でなければ、いくら上の人に作るように命じられたとしてもあの短時間で舞台設定が用意されている訳がないからだ。

 しかし、それはプレイヤーの数が増して運営が軌道に乗ってからでしかそれが現実になることは無かったはずだ。

 今回のように外部からの援助があそこまでの影響をもたらすのは稀とも言える。


 出来ないものは出来ない。

 人が作っているものである以上、時間も労力も限界というものは存在する。

 どれほどの人員を増やすことが叶ったとしても、数が増えれば自ずと伝達に必要な時間も増していくというわけだ。


 大手企業の重役ともなればそのようなことは先刻承知。


 しかし、老人達は何を思ったのかそれぞれが持つ権力と資金そして人脈をフルに活用することを決定したのだ。


 次々と投入されていく人員と労力を以ってしても老人達の願いを叶えるにはまだ僅かに足りないものがあった。

 それが何なのか。

 VRという物をいまいち理解していない老人達がそれを知るはずもなく、また技術者達はそれを良く理解しているからこそ不可能なこともあると諦めの感情を抱いていたのだ。


 停滞している状況のブレイクスルーが起きたのはたった一人の少年が現れた事が切っ掛けだった。


 老人達の中の一人、着物を着た女性に案内されてやって来たその少年はその時も同じ学生服を着ていた。

 技術者達はその少年の登場を諸手を挙げて受け入れたわけではない。

 当然だ。これまでに老人によって招かれていたのは大きな実績を持つ他の会社の技術者が大半で、そうではない者も大概がセミプロとして界隈を賑わせたことのある者ばかりだったのだから。

 その者達に比べるまでもなく少年には実績何てものは無い。あるのは唯一老人達の中の一人が自ら連れてきたという例外の事実だけ。


 停滞しているからこそ、自分達よりも下に見える少年の登場というものは良くも悪くも技術者達のプライドを刺激していた。

 負けるものかと奮起する者。

 侮り、蔑む者。

 こんな少年に手を借りなければならない現状を嘆き、嘲笑し去って行く者。


 大人だからという訳ではなく人だからこそ、浮き彫りになった醜い現実も少年は無表情で受け流していた。

 どうでもいい。

 それこそが少年が彼ら技術者に抱いていた感情だった。


 着物を着た女性が手を引き少年を技術者達のリーダーがいる部屋へと案内した。

 そこで言い渡された一言がより一層少年が技術者達の反感を買ってしまった原因であることは疑いようのない事実だった。

 ただ一言「交代」とだけ言い渡し着物の女性は部屋を出て行った。

 その後に残された少年はまたも無表情のまま技術者主任の座っている椅子を押し退けていた。


 文句を言おうとしても少年を連れてきた女性の威光がそれを許さない。

 更に少年が数分キーボードを叩いただけでずっと手を拱いていた問題の一つが解決してしまったという現実もまた技術者主任の口を塞ぐのに一役買っていた。

 加えて言えば、技術者達が実力主義を掲げていたことも影響したのだろう。

 それまで蔑んでいた人達が少年を歓迎したのだ。


 それからの開発はこれまでにないスピードで進んだ。

 少年が女性に連れられて来た時から一年が経とうという時に【ARMS・ONLINE】は完成した。


「それで、どうすればよいのだ?」


 老人達を前にしたまま少年は過去に思いを馳せていると不意に現実に引き戻された。


「基本的には一般のプレイヤーと同じです。HMDを装着し【ARMS・ONLINE】を起動すればいいだけ。ですが、皆さんには新しく開発された新型のHMDを使用して戴きます」


 元より持って来ていたジュラルミンケースを机の前に置き広げる。

 中に入っているのは一般的なHMDよりも遥かに軽量小型化されたもの。ウインタースポーツの時に使うサングラスのような形と大きさをしたそれはこのタイミングで少年が完成させた新型のHMDだった。


「…ほう、完成していたのか」

「つい最近ロールアウトしたばかりです。ですが、性能的には従来以上に。軽量小型化してもなお独立稼働時間は変わらずに他機器との互換性も可能となっています」

「それを使用するのかね?」


 坊主頭の男が訊ねてくる。


「折角ですから」


 ケースの中にある新型のHMDを一つ手に取り、少年はそれを黒革の椅子に座っている老人の前に置いた。


「初期設定は済ませておりますので、装着するだけで直ぐに【ARMS・ONLINE】を始められるようになっています」


 少年の言葉を受けて老人達は慣れない手付きでHMDを装着していった。


「後は中で説明がされるようになっておりますので」

「其方は参加しないのかね?」

「残念ながら新型を用意できたのはこの数まででしたので」

「…そうか。では」

「始めさせてもらうとするかのぅ」

「自分はこれで失礼させて戴きます」


 そう言って部屋から出て行こうとする少年の後ろではHMDの電源を入れ、意識をゲームの中へと移す老人達の姿があった。


 静かに閉まるドアの奥では少年がプログラミングした老人達専用のチュートリアルが繰り広げられていることだろう。


「主任。お疲れ様でした」


 ドアの向こう。

 廊下を一度曲がった場所で少年を待っていたのはバリバリのキャリアウーマンの格好をした二十代半ばの女性。

 驚くこと無かれ。この女性こそ少年がこの場所に来たその日のうちに居場所を奪ってしまった元技術者主任なのだ。

 技術畑の人間だからだろうか、それともこの女性の気質なのだろうか。

 自分に出来なかったことを容易くやってのけた少年という存在に異常なほど傾倒していた。そしてそれを形として表すのだと言って女性は少年の秘書のようなことをやり始めたのだった。 


「大方こちらの予想通りに進んだよ」

「では、この後は」

「そうだね。こちらも予定通りに進めようか」


 横に並んで歩く少年と女性の手にはこの僅か数分前に老人達に渡したのと同型の新型のHMDが握られている。

 手の中にあるそれが物語っていた。少年が老人達に話したことには嘘があることを。


「あの人たちは今、自分が神でも成った気でいるのだろうね」


 吐き棄てる様に少年が呟く。

 記憶の中にある少年は無表情で、先程老人達を前にしていた時は従順且つ優秀な部下。しかし、この瞬間の少年の目に宿っているのは皮肉なことに以前にも自分が他の技術者達に向けられたのと同じ侮蔑。

 そして違う感情がもう一つ。


「確か……『デウス』でしたか? あのモノたちに与えた種族は」

「そう。人でも、獣でも、魔でもない存外の種族」

「宜しかったのですか?」

「別に構わないさ。あの世界での神など、こちらでの意味の無い肩書きのようなものだからね」

「しかし、現実に管理者を超えた権限が与えられているのでは?」

「そうしろと煩かったからね」


 少年がここに来て以降、自室と化している主任室に戻り、定位置となっている簡素な椅子に腰を下ろした。


「しかし、所詮与えられた権限だ。自ら勝ち得た力ではない」


 軽蔑するかのように少年が呟く。

 そしてゆっくりとした動作で新型HMDを装着すると椅子の背もたれを倒し軽く横になった。


「では向こう側でお待ちしています」

「ああ。先に行っててくれ」


 女性もまたこの部屋にある椅子に浅く腰かけ、全体重をそれに預けていた。

 顔には少年と同じ型の新型のHMDがある。

 一瞬の間をおいて女性は眠るように体から力が抜けたことが伝わってきた。


「……ふぅ」


 目を閉じ短く息を吐き出す。

 少年は瞑想する。

 老人達は今どのような姿になっているのだろうかと。

 そして、何を成そうとしているのかと。


 おそらく平和なことではない。

 あの世界にいるプレイヤーやあの世界に生きるAI達にとって災厄となることだろう。

 それをするのは老人達。だが、それを行うための手段を用意したのは少年だ。


「……地獄に落ちるかもね」


 けど、そう、だけどだ。

 自分一人では堕ちるつもりはない。


「………忘れるなよ。これは……復讐劇だ」


 決して神を騙る老人達のための戯曲ではない。


 数多の英雄達の冒険譚でもない。


 何者でもない人々が目撃する物語でもない。


 純粋にして、無垢。


 たった一人残された者が、たった一つ残された思いを遂げる為だけの拙い作文のようなものだ。


「……ホンモノの舞台は用意した」


 誰に向けた訳でもなく少年は告げる。

 HMDの奥の瞳はこの時になってようやく人としての感情を取り戻したかに見えた。

 そして少年は静かに言葉を続ける。


「命は奪わない。お前達と一緒になりたくはないからな。けど、それ以外は奪わせて貰う。無駄に蓄えてきた財産、無駄に肥え固まった虚栄心、無駄に持ち過ぎた権力も何もかも」


 たかがゲームをしているだけでそれが叶う訳がないことは解っている。


 だから用意した。


 その為の舞台。

 その為の方法。

 その為の力。


 必要とされるありとあらゆるモノは少年が完成させた中にある。


「さあ…ゲームを始めようじゃないか。全てを賭けて、全てを奪い合うゲームを」


 不敵に少年が笑う。


 そして旅立つ。

 嫌悪する存在が神として待ち受けるその世界に。

 徒人として抗うために。



完成品としてリリースされた【ARMS・ONLINE】という劇中作が短期間で行ってきた数ある大型アップデートの理由は主に今回の話に登場した老人達の我が儘が原因でしたという話です。

まあ、現実ではこのような事態になっているゲームタイトルなど無いと思うので、完全なフィクションであるが故の話ですね。

今回の話に登場した名も無き登場人物達の後日談はどうなるのでしょうね。本作がゲームを題材としている以上、一度は書いてみたかった運営側の話というテーマで書いたのですが。

思った以上に暗い雰囲気になりそうで困りました。

これでもセーブしたつもりですが、現実を舞台にするとどうしても人の悪性を書きたくなってしまうので困りものです。

次回更新からはいよいよ第十章を始めます。

土日の休日を挟み月曜から更新再開となりますが、月曜日の昼十二時にはいつも通り十章のあらすじを先に更新しますのでどうぞよろしくお願いいたします。

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