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幕外~ある男の追憶~

番外編その1

この話の時系列は本編第一章【はじまりの町】第一話と同じくらいです。

 戦うことが好きだ。

 喧嘩でもゲームでも、勉強でもスポーツでも、ありとあらゆるもので人と競い合うことが好きだ。


 負けることが嫌いだ。

 理由は単純に悔しいから。

 勝ち誇った相手の顔を見ることも、敗北を期した自分の姿を見ることも我慢できないくらいに悔しかった。


 だから自分を鍛えることにした。

 喧嘩で負ければ格闘技を習って力を付けた。指導してくれたコーチは喧嘩なんかでその力を使うんじゃないと繰り返し言ってきたが当初の目的は代わらないし変えられない。

 そうして一月ほどが経った頃、喧嘩で負けることは無くなっていた。


 ゲームで負ければそのゲームをそれこそ時間の許す限りプレイして、これも直ぐに負けることは無くなった。

 勉強もスポーツも同じだ。

 自分が納得できるまで練習を繰り返すことで、ある程度の水準にまで引き上げることができた。


 そんな自分を他人は天才だと言うが、自分からすればそれは練習を怠っているだけに過ぎず、自分は他人と納得する基準が違っているだけ。


 しかし、一度付いてしまったレッテルはそう簡単に剝がすことはできない。


 喧嘩が強いと知れ渡ると顔を見たことも無い相手から喧嘩を売られることが増え、ゲームに勝てないとなれば一緒に遊ぶ友達は居なくなった。

 勉強もスポーツもある程度の実力があると知られると親や教師たちからは期待の眼差しを向けられることも珍しくはなく、日常の鬱陶しさが増したように感じられた。


 次第にやる気を失くし色褪せていく日々を送る中、自分はそれでも競い合うこと、延いては戦うことから離れることは出来なかったのだ。


 喧嘩に勝つためだけに始めた格闘技も無心でサンドバッグを叩くことが出来るという理由から続け、学生という身分から半ば強制的に参加させられる全国模試も云わば戦いだという考えから手を抜くことはしない。

 スポーツだって同じだ。

 それ自体が競技であるが故に闘争は付き纏い、それを求めるが故に離れることは無い。しかし自分の性分なのか、周りと歩調を合わせるということだけはどう努力しても出来ないままだった。団体競技では知らぬ間に個人技に走ってしまい、そもそも誰かのミスをフォローするということが出来ないという、それこそ団体競技では致命的とも言える欠陥が自分にはあった。


 だからなのだろう。自分が没頭したスポーツは個人競技である陸上。僅か十秒足らずに体力と精神力の全てを掛けるそれは驚くほど自分の性格に合っていた。


 陸上界隈でメキメキと実力を伸ばす自分だったが、正式な競技会に参加することは無かった。不思議に思うかもしれないが、それでも稀に売られる喧嘩を全て買い続けたことで暴力事件にまでは発展しないものの、それに近しい状況を引き起こすことのある自分を学校の代表として押し出すことは出来ないとのことだった。

 教師陣は勿体ないと喧嘩を辞めるように何度も言ってきたが売られるものは仕方ないし、降りかかる火の粉を払うのは当然のことだと聞く耳を持たなかったのだ。

 以降、自分にとっての陸上は他人と競い合うものではなく、過去の自分が出した記録と戦うものになっていた。


 大学入試試験の日が近付いて来たとある日。

 自分の弟が学校で話題になったことがあると目を輝かせて話をしてきた。

 それは弟の友達の兄弟があるゲームのβテスターに選ばれたという話。そしてそのゲームがこれまでにないくらい面白かったのだという話だった。


 そんな話を聞かされたら弟の興味は当然のようにそのゲームに向き、やってみたいと思い言い出すのも時間の問題だった。

 対応しているハードもVR機器の中では一般的なもので特段入手し難い物というわけでもなく、値段も無理をすれば手を出せない範囲でもない。


 自分の大学入試が終わった半年後。偶然にも発売日と弟の入試が終わる日程が近いことを理由に説得された自分はその日の内に一緒にゲームを始めることを約束をしたのだった。


 そしてゲーム開始当日。

 自分は自分ではないもう一人の自分となった。


 身長や体格は現実に準ずるように、顔もあまり変化させないようにした。

 唯一違うのは髪の色。現実の色は限りなく黒に近い茶色でも、この世界では限りなく赤に近い茶色にした。

 選んだ武器は手甲。

 剣や斧などの持って使う武器は戦闘中に落としてしまいそうで心許なく、弓や銃のような遠距離武器は趣味じゃない。

 何より戦っていると実感できるのはやはり自分の拳のほうだ。


 それから自分はこの世界に降り立った。


 弟と合流する約束の時間になるまでの間にチュートリアルを済ませ一度一人で町を出た。

 目的は言うまでもない、戦闘だ。

 現実の動物園にでもいるかのような獣が自然の中を自由気ままに歩き回っている様には幾許か驚かされたが、それらが全て戦闘可能であるモンスターなのだと知ると自分の意識は直ぐに陸上のスタート前の一瞬の集中と同じ状態にまで移行していた。


 近くにいるモンスターにそっと近づいて行き、背後から拳を叩き込む。

 返って来たのは生物を叩いている感触というよりもサンドバッグを叩いている時のそれに近い。

 現実とも想像とも違った感触に僅かながら落胆を感じたが、それは次の瞬間にも忘れさせられた。ゲーム内の戦闘が初めてだということと自分のレベルが初期値であることが相まって、モンスターの攻撃を避けきれず攻撃をまともに喰らってしまっていたのだ。

 腹に受けた衝撃も感じている痛みもホンモノよりは軽い。しかし、この痛みがこの世界もまたニセモノでは無いことを物語っていた。


 自然と込み上げてくる笑みが勝手に自分の顔を歪める。

 傍から見れば獰猛な獣そのものであり、また同時に戦闘を目的としている人にとっては極々自然な笑みとも言える。


 かくして自分はこの世界に来たことで偶然にも求めていたモノを手に入れることが出来たのだ。


 プレイヤーにとっては仮初の命でもモンスターにとってはたった一つの限り有る命。

 目の前に立ち塞がる存在がどのような目的と意思を抱いていても生死が係っている戦闘では大した意味はない。結局は勝つか負けるかという結末がそのまま生きるか死ぬかに繋がっているのだから。


 致死量となるダメージを受ければ死んでしまうのはプレイヤーも同じ。

 そう思うと例え生き返ることが確約されていても自然と戦闘には真剣になれる。

 拳を固め、現実で築いてきた戦闘技術を用い目の前のモンスターと戦う。

 ゲームの身体と現実の身体の感覚の差異が戦闘を進めるごとに符合されていき、次第に取り戻していく戦闘勘によって自分の動きのキレが増していくのを感じる。


 自分の思い通りに仮想の身体が動かせるようになる頃にはこの辺りのモンスターはダメージ一つ負うことなく倒せるようになっていた。


 日が傾きエリアの様子が夜へと移行し始めた頃、思わず熱中してしまっていた戦闘を終わらせて自分は急いで町に戻った。

 そこで待っていた弟は現実と同じように温和な雰囲気の少年の姿をしていた。


 弟と合流を果たしたことで、二人並んでこの世界に足を踏み出した。

 モンスターと戦うために。

 この世界を堪能するために。


 そうしてこの日を境に自分はオレとなり、オレは【アラド】になった。



この話ではまだ普通の人物のようだったアラドが何故あのようなプレイスタイルになったのかなど、設定上の続きもあるにはあるのですが、それはまた別の機会にしようと思います。

今回は次章に備えアラドというキャラクターが居たなーっと思い出して貰うのが目的の話でしたので。

因みに明日も番外編を更新します。

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