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幕間~ランクアップとレベルリセット~

 この場所に来るのは久しぶりだ。

 全てを覆い尽くす暗闇。

 音の無い空間。

 感じられるのは自分という存在だけ。

 前と違うのはこの場に立っている俺の姿が初めからはっきりとしていることだろうか。


 何故、俺がここに再び来ることになったのか。

 その理由は三日前に発表された新しいアップデートが関連してくる。


 その日俺はいつものように自分たちの町にあるギルドホームの自室にいた。

 剣銃をガン・ブレイドに強化した時に持っている殆どの素材アイテムを消費していた俺は数日間を掛けて消耗したアイテムの補充に勤しんだ。

 武器が変わっても修理に使う素材の種類は変わらずにいたことは朗報で、最早慣れた手順で消費していた素材アイテムの補充を済ませることができた。

 そうして自分のストレージとギルドホームにある個人倉庫に素材アイテムのストックを作り出すことができた俺は一息吐くために自室の工房で体を休めていたのだ。


 ゲーム内の時間で一時間ほどだろうか。俺が自室で休息を取っていた時、突然コンソールが出現し、そこに見慣れないマスコットキャラクターが映し出された。

 猫のような顔に、熊のような身体、狸のような尻尾を持つその奇天烈なマスコットはこれまたその姿に似合っているのかどうか悩んでしまいそうになる程可愛らしい声で話し出した。


『ハジメマシテ。ワタシはますてぃこあ。【ARMS・ONLINE】の管理AIデス』


 口が動いていないのに流暢に話すそれから俺は不思議と視線を外すことができなくなっていた。

 自室の椅子に腰かけコンソールの映像に注目する。


『キョウはアサッテにジッシされるあっぷでーとについておシラセにキましたデス』


 この妙な話口調は誰がプログラミングしたのだろう。

 活舌も話口調も何もかもが聞き取りやすいもののはずなのに、どういうわけか話の内容が頭に入ってこない。

 そんな風に思っていると画面の下に昔のRPG等によく見られたメッセージウインドウが現れて、淡々とした口調でますてぃこあが話しているもののと同じ内容が表示され出した。


『サイショのおシラセはらんくあっぷしすてむデス』

(ランクアップシステムの導入が決定しました)

『ぷれいやあのれべるが70イジョウになっているバアイ、らんくあっぷがカノウになります』

(ランクアップの条件はプレイヤーがレベル70以上になっている必要があります)


 同じ内容の説明を別々の人から同時に受けているような感じになってしまい、あまりの聞き辛さに俺はコンソールの音声をミュートに変えていた。

 画面に表示されている文字だけを追っていくと、内容はこうだ。


 ランクアップとはレベルを初期値に戻す行為でありその際プレイヤーが受けられる恩恵はいくつか存在している。


 まず第一にスキルポイントだ。これは通常レベルアップ時に自動的に増えるものであり、それを用いることで新しいスキルの習得や既存のスキルのレベルアップを行うことができる。しかし、スキルポイントを得る手段が基本的にプレイヤーのレベルアップの時にだけ限られているだけあってその数値は有限。

 ランクアップが可能になる70レベルになるまでの間にレベル上限のあるスキルのレベルを最大にしたとして、その際に上位スキルに変化させることをしないと仮定しても出来る数はおおよそ10前後。

 様々なことが自由にできるゲームだからこそシステム的な天井というものが見え始めてしまったのだ。

 しかし、レベルがリセットされるからこそ、そこに一筋の光明が射したと言えるだろう。

 一から再びレベルを上げられるということはその際に得られるスキルポイントをまた使用できるようになるということなのだ。


 この時、大きな懸念材料となるのはそれまでに習得していたスキルを現状維持できるかどうか。もし、レベルがリセットされる時にスキルまでもがリセットされるならばランクを上げるメリットは少ない。

 そう思って表示されるメッセージウインドウを凝視していたが、後に表示されたそれには実際にはスキルレベル、スキルの強化状態共に維持されると明言されていた。


 つまりは今のスキルの状態は保ったまま、強化を再開できるということだ。


 そして、第二の恩恵。

 それは驚いたことに二つ目の専用武器が使用可能になるということ。

 無論、未強化状態の初期武器であることは否めないが、それでも新しい力を育てられる可能性を与えられることは純粋に喜ぶべきだろう。

 この時、最初に選んだ武器と同じ武器種を選ぶことで二刀流のように用いることも、また全く別種の武器を選ぶことで単純に手札を増やすこともできるようだ。

 当然のようにそれまでの武器のみを育て続けることも可能であり、二つ目の専用武器を育てないという選択肢を選ぶこともできる。


 三つ目の恩恵は防具や武器の装備条件をある程度無視できるようになるということ。

 これまで防具は装備者のパラメータによって装備できるかどうかが決定する。武器は専用武器であれば基本使用者であるプレイヤーに沿うように成長するためにあまり気にする必要は無いが、モンスターからドロップする武器や武器屋で購入したりする武器はプレイヤーのATKやDEXによって装備できるかどうかが決まる。

 レベルがリセットされることでそれまで使用していた武器や防具が使えなくなることを防ぐための措置であると想像できるのはアクセサリに対する重量制限に変化が無いからだった。


 これら三つの恩恵を受けることの代償は一つ。

 レベルリセットによる自身のパラメータの著しい減少。

 ゲームを始めたばかりの時よりも僅かに高い程度で基本的にはそれと変わらぬパラメータになってしまうということはキャラクターのレベルを70以上にまで上げて、それなりに強力なパラメータのキャラクターを使っていたプレイヤーにしてみれば、再びレベルを上げればいいとはいえ受け入れ難い現実となるだろう。

 それまで戦えていたモンスターにも負けるかもしれないというのはかなりのストレスになってしまうのだろうということは、俺にでも分かる。

 初心者プレイヤーと並んでレベル上げを強制される上級者プレイヤーが居るという光景はそれはそれで妙な話だ。


 ますてぃこあの話にあったアップデートの内容はランクアップの件だけでは無かった。

 さらにもう一つ。

 全てのプレイヤーが同時に得られる新しい要素。

 その名を『精霊器』

 プレイヤーが最初に与えられ、以降ずっと使用し続けることとなる専用武器に新しい力を付与することが出来るようになるというものだった。

 付与される力の例を挙げるなら、例えば火の力を持つ『精霊器』を使って発動させたアーツの場合、その攻撃に火の属性が付与されるというもの。

 元から該当属性スキルを有しているならばその威力と効果範囲及び効果持続時間が上昇するというものらしい。


 『精霊器』に変化させる方法はいくつか存在するが、中でも一番基本となるであろうことはモンスターとの戦闘後に専用武器が精霊器になるイベントが発生すること。これは戦っていた相手モンスターがそのまま武器に宿り、プレイヤーを支援する精霊と化すイベントで、武器が得られる力は精霊となるモンスターに比例する。

 それ以外の方法は何かのクエストの報酬として精霊器になるイベントが発生するということ。あるいは既にテイムしているモンスターが精霊となる場合だ。

 これら全ての場合でも結果は変わらないらしいが、明言されていない方法が隠されていない確証はない。しかし結果がどれも同じであるのならあまり問題は無いように思えた。


 この二点がますてぃこあが知らせてきたアップデートの内容。


 そして今、俺はこのゲームを始めた時と同じ空間にいる。

 この空間に来るきっかけはまさしく情報が知らされ、アップデートが実施されたその日のうちにランクアップすることを選択したからに他ならない。


 ギルドホームの自室の椅子の上で予め決まっていたかのようにコンソールを操作していく俺は操作が終了したその瞬間に暗闇の中へと引き込まれていた。


 自分の足音だけが響き渡る。

 暗闇の中を歩き進めていた俺を呼び止めたのは懐かしくも感じる無機質な声だった。


『ランクアップおめでとうございます』


 辺りを見渡しても声の主の姿は見当たらない。

 これも最初のキャラクタークリエイトの時と同じ。


『まずは貴方のレベルをリセットします』


 その言葉に続いて俺の足元に現れる魔方陣が、ゆっくりと俺の身体を通り過ぎていく。

 この時、コンソールを出現させて自分のステータスを確認していれば自分が育て上げたユウというキャラクターのパラメータが著しく低下していくのを目の当たりにしたことだろう。


『では貴方の第二の武器をお選び下さい』


 瞬時に浮かび上がる無数の武器の数々。

 これも前と同じ光景だった。

 忘れてはならないのはここに表示されている武器はあくまでも仮の形をしていて、実際に自分の手に渡った時は全く違う形や大きさになっているかもしれないということだ。

 実際俺は自分が使うことになった最初の剣銃のことを思い出していた。

 弾倉が無く、シンプルな変形機構だけがある剣銃だったそれは、次に≪剣銃≫スキルを習得するまでの間はずっと銃形態が使えない武器となっていた。実際はMPを銃弾に変更する能力があり、今では銃形態も剣形態と同様に強力な武器に育ったのだが。


「さて、第二の専用武器は何を選んだものか」


 浮かんでいる武器は様々。

 剣に始まり、槍、ハンマー、斧、鞭、弓、盾に至るまで千差万別。

 中にはこれまでのプレイで知り合いが使っていた武器種もあるし、そうではない武器種も当然のように存在していた。


 今度も俺は試しにと近くの武器を手に取ってみた。

 剣は剣。

 槍は槍。

 ハンマーはハンマー。

 実際に選び獲得したそれらの形が変わることはあれど、根本的な使い方まで変わることことは無い。

 斬ることも、突くことも、叩くことも、撃つことも、同じ。

 獲得した後に強化して自分好みに変えることが出来るのだから、自分に馴染むものを選べばいい。


「けど、それは最初の武器の場合だよな」


 既に使い慣れた武器は自分の腰にあるホルダーに収まっている。

 ならば次に選ぶのはそれを補うことの出来る武器種にするべきだ。

 例えば近接攻撃に長けた剣ならば離れた所の相手を攻撃するために弓などの長距離武器か攻撃から身を守る為の盾というように。

 俺の持つ剣銃――今ではガン・ブレイズとなっているが――これの場合出来ることは遠距離の銃撃と近距離の剣撃。ならば足りないのは何か。

 そう考えた時、これまでに自分が目にしたプレイヤーたちの姿の中に一つ心に留まったものがあった。


 自然と動いた俺の手がそれを掴んだ。

 するとまたも抑揚の無い声が聞こえてきた


『最後に精霊器はどうしますか?』

「どうするもなにも、俺が決めることか?」

『貴方には既にモンスター種『ダーク・オウル』がテイムモンスターとして登録されています。現時点でも精霊器を作ることは可能です』


 声に呼ばれるかのように、俺の前にダーク・オウルの姿となったクロスケが現れた。しかし、翼は畳まれ、目は閉じられたまま。これではまるで眠っている状態のようではないかと手を近づけても、そこはやはりというべきか、反応は返って来なかった。


「ちょぉっと、待ったー」


 不意に俺のものでも、この抑揚のない声でもない、別の声が轟いた。

 その正体であるはずのリリィはどういう訳かいつもの姿を現さず、代わりに現れたのは光る大きな丸い何かだった。


「これがリリィなのか?」

『はい。妖精種のプレイヤー支援モンスターです』

「そ、そうか」


 見慣れないその姿に戸惑いつつも、慣れ親しんだ飛び方をする光体が俺の顔の周りに纏わり付いてくる。


「で、何でそんな姿になってまで出てきたんだ?」

「クロスケをユウの武器に閉じ込めるのはダメだよ」

「閉じ込めるって…精霊器にするとそうなるのか?」

『いいえ、違います。モンスター種『ダーク・オウル』は貴方が持つアクセサリ『黒翼の指輪』と同じような状態になります』

「え!? そうなの?」

「ってことは、クロスケは自由に出入りが出来るし、これまでみたいに移動や戦闘を手伝ってもらえるってことなんだよな?」

『はい』


 短くもはっきりと肯定する声を聞き届けて俺は考えを巡らせていた。

 精霊器にした場合、変わるのはクロスケを呼び出すための物が指輪からガン・ブレイズに変わるだけ。ならばリリィが心配しているようなことにはならないのではないか。


「ということらしいけど、リリィはまだ心配ごとがあるのか?」

「うーん、それならいいの…かな?」


 点滅するリリィはぶつぶつと呟きながらも自分の中で納得できる落し所を見つけたようで、すっと消えていった。


「どうすれば精霊器にすることができるんだ?」

『モンスター種『ダーク・オウル』の前に武器を差し出してください』

「こうか?」


 声に誘われるまま俺はガン・ブレイズをクロスケに近付ける。


「……っツ!」


 一瞬の間をおいてクロスケの身体が光の粒子になり、その粒子が俺の持つガン・ブレイズに吸い込まれていく。

 全ての粒子が吸い込まれたその瞬間にガン・ブレイズのグリップにクロスケを示す翼を模した紋様が刻まれる。それは俺が装備していた『黒翼の指輪』のデザインとよく似た紋様だった。


『これによりランクアップ及び専用武器の精霊器への変換を終了致します。今後も貴方にとって実り大きい冒険になりますよう、こころよりお祈り申し上げます』


 声が消えるその刹那、俺の目に映る景色はまたも一転した。暗く何もない空間から、いつものギルドホームの自室のそれへ。





 自室へと戻ってきた俺は自分のレベルが初期値である1に戻ったのを確認すべくコンソールを出現させる。

 ステータスが記されているそこには確かに各種パラメータが著しく減少している自分のステータスとレベルを示す数字が1になっているのが確認できた。そしてもう一つこれまで無かった場所に数字が一つ追加されていることも。

 それまでレベルだけが表示されていたそこには1/1という数字があり、上がキャラクターのレベル、下がキャラクターのランクとなっているようだった。


「…ふぃ」


 弱くなった自分を憂い息を吐き出す。

 自分でしたこととはいえそれまで培ってきた能力値が大きく減ってしまったのには何かくるものがある。これから先、再び自分の強化に行き詰まりを感じた時、今回と同じようにランクを上げることを繰り返したとして、その時には慣れているのだろうかと漠然と考えていた。


 

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