町を作ろう ♯.23
町と森区画を分ける壁が完成した。
俺たちギルドが所有している四つの施設の移設が終了した。
それが俺が一人アリアの同胞がいる洞窟に行っている間に町の建設予定区画で起こったこと。
ボスモンスターが一体、レイドボスモンスターが二体発見された。
それがハルたちがモンスター討伐に向かった先で起こった結果。
移設されたギルドホームのリビングに置かれた大きめのソファに、真剣な面持ちで座る俺たちを痛いくらいの沈黙が包み込む。
「これは一体、どういう状況なのだ?」
沈黙を打ち破ったのは猪の頭部が特徴的な獣人族のプレイヤー。シシガミ。その後に続いてもう二人、別のプレイヤーが顔を覗かせた。
「やっほー。皆元気にしてたー?」
そのプレイヤーは俺たちのギルドのギルドショップ開設を手伝ってくれていたリタとその所属しているギルドのギルドマスターであるパイル。
この三人がここに来た理由は単純。
俺が呼んだからだ。
「お前達のギルドが引き当てたのは町なのか?」
俺たちの居る部屋に最後に入って来たパイルが徐に訪ねてきた。
「何だ? リタから聞いていなかったのか? 確かヒカルたちがここを引き当てた時にリタが一緒にいたって聞いたんだけど」
「それは本当か?」
ジトっと傍から見ると厳しい視線を向けたパイルから誤魔化すような笑顔を浮かべ顔を逸らすリタは吹けもしない口笛を吹くようなモーションをしながらヒカルたちのもとへと駆け寄って行った。
「だって、他人のギルドの情報を勝手に話すのはマナー違反でしょ」
軽くウインクをするリタがセッカとヒカルの頭を撫でながら告げる。
「ふむ、それは確かに。報告が無かった事は理解した。だがここに呼ばれたのは俺一人だったはず、何故ついて来た」
「なぜって、ユウくんたちの所に行くのに私が行かないのって変じゃない?」
「どう考えても、毎回ついて来るほうが変だぞ」
そうかなーと首を傾げるリタを余所にシシガミが再び口を開く。
「それよりもだ。おれ達を呼んだ理由を話してくれないか?」
「ああ。そうだったな。二人というか二人がギルマスをしているギルドに依頼がある」
「依頼?」
「ギルド単位でか?」
驚くリタとシシガミの声が重なる。
「そうだ。二人の力を借りたい」
「ふむ。話を聞こう」
「私も詳しく話して欲しいかな」
「パイルたちの商業ギルドには俺たちが作る町の手伝いを、シシガミのギルドにはレイド戦を頼みたい」
この島における問題点は数多くあれど、さしあたってクリアすべきなのは二つ。その一つが先程ハルたちが見つけた二体レイドボスモンスターと通常のボスモンスターの討伐。
ボスモンスターに関しては俺たちだけで対処することができるだろうが、前に戦ったサハギン・キングとの戦闘を思えば簡単とは言い難い。
だとすればレイドボスモンスターなど言わずもがな。
普通、レイド戦というものは多人数で行うもの。パーティ単位で言うなら最低二つ。多い場合は五つものパーティが同時にモンスターとの戦闘に挑むものなのだ。
俺たちだけで対処できる保証がない以上、外部の手を借りるのは常套。俺が知るなかで最も力があるプレイヤーって言うのがシシガミたちのギルドだったというだけだ。
そしてもう一つの問題点というのが俺たちが作っている町が未だその入れ物だけでしかないということ。
具体的には住人がいないのだ。
アリアたちに俺たちの作る町に来るように誘い、それを受けられたのは既に皆に話してあるが、それだけで町のキャパを全て埋めることができるわけではない。
あの洞窟にいた人の数は先を見据えても村という単位でしかない。町を作ろうとするならばあの何倍もの人数が常駐し暮らす必要があるというわけだ。
そして町の体を成そうとするならば必要となるのは町民だけではない。
彼らが暮らす上で、生活を営んでいく上で必要となる商店や病院などの施設。そういう類のものを用意する必要があるのだ。
単純に病院や商店の施設だけを建てるならば問題ないだろう。それこそこの町を整備するポイントを消費すれば容易く建設できるはずだ。
だが、入れ物があっても中身が無ければ意味が無いのは同じ。
当初俺はアリアたちの中にそれらをしてきたNPCがいることを期待していた。しかしあの洞窟に実際に行ってみて実感したことだが、あそこで暮らしているモンスターハーフNPCたちは完全に自給自足で生活していた。
病気や怪我には栽培している薬草の類を使い治療にあたっていることから医者というNPCがいるわけではなかったらしい。代わりに居たのは薬師NPC。≪調薬≫スキルを持つ俺だから言えることだが、医者と薬師では出来ることが根本的に違う。
プレイヤーである俺たちに当てはめるなら医者は状態異常や受けたダメージを回復する役職。薬師はポーション類を作る役職。結果は同じでもそれに至るまでの手段が違うというのが俺の見解だ。
そしてNPCの場合、医者にだけできることは現実の医師と同様に治療で薬師にだけ出来ることが投薬。同じ治療ではあるが、それぞれが担当することが全く違う。
加えて言うなら、狭いコミュニティの中だけで完結していたアリアたちの中にはそれ故に外部との接触が求められる商人というNPCはいなかった。
だからこそ、俺は俺たちの町で活動してくれる人を欲していた。
そして、真っ先に白羽の矢が立ったのがリタたちの商業ギルド。その助力を乞うことだった。
「レイド戦だと?」
「この島で二体のレイドボスモンスターが発見されたんだ」
俺の依頼を受けて考え込んでいたシシガミが戸惑うように問い返してきたそれに即座に答えたのはハル。実際に件のレイドボスモンスターを目撃しているのは俺やムラマサではなくハルたちだけ。
それ故にハルが目撃したレイドボスモンスターの形状を話すのを隣で俺は黙って聞き続けた。
まず一体目。ハルたちのパーティが自分の目で見つけたのは巨大なカマキリの姿をしたレイドボスモンスター。戦闘が始まっていない為に名称は解らないままだったが、その両手の鎌は鋭く研ぎ澄まされていて死神の持つ鎌を彷彿させたらしい。
そして二体目。セッカたちが見つけたレイドボスモンスターはなんと大型の鳥の姿をしていたらしい。白い毛並みに鋭い爪を持つ足が三本。カマキリのレイドボスモンスターよりは生物的な分、それだけの力強さが滲み出ていると話していた。
「通常のボスモンスターはどんな奴だ?」
「……大きな熊」
このゲームにおいて熊の姿を模したモンスターは雑魚モンスターからボスモンスターに至るまでありとあらゆる種類のモンスターがその姿をしていた。
だからこそ特段珍しい話ではなかっただけに、レイドボスモンスターに比べると出現のインパクトは薄い。
「報酬は討伐した時に手に入るアイテム全てとこの島の町の反対側にある森の先行攻略権でどうかな?」
ハルが熊のボスモンスターの説明を終えたのを見計らいムラマサが告げる。
これは事前に俺とムラマサの間で決めた内容であり、後に合流してきたボルテックたちにも確認を取った内容だった。
そのはずなのにヒカルがまるで聞いていないという顔をして問いかけて来た。
「先攻攻略権って何なんですか?」
「私が答えてもいいかしら?」
リタがちらりと俺の顔を見て確認してきた。
「あ、ああ。別にいいけど」
当然のように知っているという顔をして確認してきたせいか、何故リタが答えるのかなどという疑問はこの時の俺の頭には浮かんでくることはなく、ついつい了承してしまっていた。
「多分だけど、ユウくんたちの持つ島にある森ってのには沢山のモンスターがいるのよね?」
「そうだな」
「で、そのモンスターが落とす素材アイテムも珍しいものばかりなんじゃない?」
「あーそれはどうだろ。別段珍しい類のモンスターがいるって話は聞いていないけど」
「……いるのは普通のモンスターばっかり」
「だそうだ」
俺の言葉を補足するセッカに同意した。
「それってさ、全部確認したの?」
「……全部じゃない、よ」
「だったら案外まだユウくんたちが確認していない所に珍しいのが居るのかもしれないよ」
この言葉を事実だとも嘘だとも言い切れるまでの材料を俺は持たない。それだけに俺たちが提示できるのはあくまでも可能性であることをシシガミは理解しているはずだ。
「まあどっちにしても俺たちが出せる報酬はこれだけなんだけどさ。シシガミはどうするか」
受けてくれるか、それとも断ってくるか。
「おれたちに対する報酬は何だ?」
「パイルたちのギルドにはこの町での優先的な商業の権利ってところか」
実際のところ、俺はパイルたちに対する報酬の方が実利的であると感じていた。
現段階ではどこにでもいるようなモンスターしか発見されていない森区画の先行攻略の権利に比べ、新しく出来る町で最初に店舗を出せるとなれば、その利益はある程度保証されているようなもの。
無論俺たちが町の運営を失敗しなければという前提条件はつくのだが、それに関してあまり深く考えなくて済んでいるのはリタたちのギルドがある程度の実勢がある商業ギルドだからこそ言えることだった。
「細かく言えば、パイルたちのギルドには町にある基本的な施設の大半の運営を任せたい」
「え? だったらユウくんたちはどうするの? 自分たちで町を運営するならちゃんと利益を出さないと駄目なんじゃないの?」
「一応考えてはあるさ。こっちから出店してもらうように頼んでいるのに悪いけど、一定の期間ごとに家賃みたいなものが発生するようにしようと思っているんだ。リタたちは村を作ったから知っていると思うけど、町の整備にはここで得たポイントを消費するからな。それを確保するのに必要なのがまずはシシガミたちのギルドってことになると思う」
それも、もう一つの前提条件がクリア出来ていればの話だが。
もう一つの前提条件として俺が考えているのはギルドクエストに参加しているプレイヤー以外が行った討伐でもアチーブメントに加算される討伐数にカウントされるということ。
純粋なモンスター討伐によって手に入るポイントとアチーブメントによって手に入るポイントでは雲泥の差があるのは最早疑いようのない事実。町が完成するまで、いや完成してもなおその維持と修理に必要となることもまた真実。
俺がどちらを当てにするかなど問われるまでも無いことだろう。
「それと、パイルたちにはレイド戦を始める前に一つ検証に付き合って貰いたい」
「ほう、検証か?」
ムラマサたちとの話し合いの中で出た検証事項。それは俺たちだけで出来ることでも、外部の力だけで叶うことでもない。その両方が力を合わせて初めて成功することなのだ。
「雑魚モンスターとの戦闘で構わないんだけどさ、二通りのことを確かめたいんだ。まずはシシガミたちだけで討伐すること。これによって討伐数のカウントが進むかどうか、次にその中にムラマサかボルテックを入れて戦うこと。これは、多分問題なくカウントが進むはずだけど、一応な」
「うむ。了承した」
「いいのか?」
「何がだ?」
「こう言っては何だけど、俺たちがシシガミのギルドに依頼すると言ってもそれはクエストなんかじゃない、云わば個人的な頼みだ。相手がレイドボスだからこそ他の人の手も借りたいからこういう形式を取っているだけで、むしろだからこそ報酬が少ないなんてことを言われて断られても仕方ないって思ってたんだけど」
「それは俺達のギルドが戦闘系と呼ばれるが所以だろうな。レイドボスモンスターとの戦闘など本来滅多に出来ることじゃない。基本的にダンジョンの探索を完了させるための最後の戦闘、あるいは何かのイベントのボス戦くらいのものだ。それがこの何でもない事態で、それも二度戦える機会が巡って来たのだ。断る理由など何処にもないということだ」
シシガミの言わんとしていることは何となくわかるが、それでもギルドメンバーの意見を聞かず引き受けていいものだろうかと俺は妙な心配をしてしまっていた。
「っていうか、シシガミたちはこのギルドクエストをやらなかったのか?」
「俺達が町や村を運営できると思うか?」
「別に出来ないってわけじゃないだろ。やらないってだけでさ」
戦闘がメインのギルドだとしても完全にそれが全てということは在り得ない。
中には俺と同様の生産職も居れば、商人としての才覚がある者もいるだろう。その人たちが今回のような自分が自由にできる町や村に興味がわかなかったはずはないのだ。
「そのやらないってことが重要なのだ。無論俺達のギルドでも作ること、それを維持することはさして問題ではないだろう。だが、それはあくまでも短期間という条件が付いての話だ」
「どういう意味だ?」
「俺のギルドにいる生産職達は皆性格が戦闘向きでな。困ったことにレイド戦のように大掛かりな戦闘があれば率先して参加したがるのだ」
椅子に座り目を瞑って答えるシシガミは腕を組んだまま肩を竦めてみせた。
「いつ戦闘が始まるか知れぬこの世界で安全且つ恒久的に集落を維持することは俺達のギルドでは不可能と言わざる得ないのだ。それが俺達のギルドがこのギルドクエストに参加しなかった理由だな」
「ちなみに私たちのギルドはこのクエストに参加しているよ。けどそこの人のクジ運が最悪に近くてさ」
「な、何を。村を引き当てたのは俺たちだけではあるまい」
「でも、ある程度の規模を持つギルドで村を引いたのは私たちの所だけよ」
「う、うむ」
悪戯っぽく言うリタにパイルは若干顔を引き攣らせて目線を泳がせていた。
「ま、そのお陰でこうして余力が残ってユウくんたちのお手伝いができるんだから結果オーライだったんだけど」
これまた小悪魔のような笑みを見せて笑うリタにパイルは力なく肩を落としている。
「いつもこうなのか?」
本人が目の前にいるというのに俺はお構いなしにパイルに訊ねていた。
「そうだ。全く何が不満なのか知らんがな」
「別に不満があって言ってるわけじゃないと思いますけど」
「……純粋にからかってるだけ。他意は、ない」
ヒカルとセッカがそう言うと再びパイルが疲れたような大きな溜め息を漏らしていた。
「どちらにしても二人のギルドは俺たちの依頼を受けてくれる…でいいんだよな?」
「うむ。しかと引き受けた」
「私たちもいいよ。お姉さんに任せなさい」
「何故リタが引き受けるのだ?」
「あら? それじゃあ断るの?」
「…っつ。断らんが」
「ならいいじゃない」
何とも締まらない最後になったが、こうして俺は二つのギルドの助力を得ることに成功した。