町を作ろう ♯.22
「入ってきてくれるか?」
暫くの間、モンスターハーフNPCたちが相談している洞窟の一室の外で待っていた俺をアリアが呼ぶ。
黙って俺は招かれるまま中に入って行くと、先程と同様のメンツが揃って視線を俺に向けてきた。
「決まったのか?」
「それが……」
言葉尻を濁したアリアが言うのは、モンスターハーフのNPCたちの中で意見は二つに分かれたらしい。
俺たちの町に行こうとする者。
穴蔵に残り、現状維持を望む者。
それらはどちらが悪いなどという話ではなく、単純に考え方の違いが現れただけに過ぎない。
「妾に同調してくれたものの中にも未だ他の種族に対する恐怖心が残っている者がおる。だがそれは今の妾にはどうすることもできぬ」
「そうか」
アリアでも無理だったことを俺がどうにかできるとは思えない。
しかし、これから先のことを考えた場合どうにかすることは至上命題となってくるはずだ。
「一度俺が話しをしてみていいか?」
「勿論だ。だが…素直に話を聞いてくれるかどうか」
「別に素直じゃなくていいさ。今日会ったばかりの俺の言葉を全部受け入れろとも言うつもりはない。ただ、他の人たちの話を聞いてみたいだけなんだ」
アリアに言って俺は洞窟の一室の中へと再び足を踏み入れた。
待っている人の顔に変化はない。違いがあるとすれば座っている位置。この位置がアリアの言っていた意見を二分した結果ということのようだ。
「アリアから話は聞いた。受け入れられないのも理解できる。だから俺はアンタたちの話を聞きたいと思う」
「ふん? 何故お主は我らのことを知りたがる?」
俺の一言に返してきたのは妙齢の女性NPC。先程の老人NPCの代わりに俺と話をしているのだとすれば、見た目通りの年齢と立場ではないのだろう。
「知らなければ、嫌うこともできないだろ」
敢えて地雷を踏み抜くかのような物言いにアリアはビクッと体を震わせ驚きと戸惑いを露わにした。それは先程話をした老人NPCも同様で、動揺というよりも警戒心を強めているように見えた。
自分の予測を確かめるためにとわざと怒らせるように振る舞ったつもりだが、案外これは失策だったかもしれない。
「ふはははは。そうじゃのう。まさにお主の言う通りじゃ」
自分の発言を訂正するかどうか悩んでいると目の前の女性NPCが大笑いし、且つ俺の言葉を肯定してみせた。
「アンタは怒らないんだな」
「そうじゃのう。嫌うにしても好むにしても相手を知らなければならぬというのは道理じゃ。それに何より姫様と仲良さげに話をしているのに嫌うなどと……真実味の欠片もない物言いだったが故にの」
「お見通しってわけか。すまない。アンタたちを怒らせるようなことを言ったのは俺が悪かった。訂正と撤回する」
頭を下げ謝る俺を見て女性NPCが「律儀なヤツだのう」と呟いていた。
「アリアから聞いているとは思うけど、俺はユウ。『黒い梟』というギルドのギルドマスターをしている。そしてこれもアリアが言っていたと思うが、アンタたちに住む場所を提供する用意がある」
目の前の女性NPC、そしてその奥にいる大勢のモンスターハーフのNPCたちに向かって告げた。
アリアの口から告げられた時には半信半疑だっただろう。どれだけこの中で影響力と発言力を持っていたとして、現実味の無い話をすれば疑うものが出てくるのは道理。
だが、その当人である俺の口からも同じことが出たとすれば自ずと動揺を与えることができる。
それは、アリアの言葉を信じていようといまいと変わらずに、だ。
「そ、それが信じられないんだ。我らが安心できる場所など…」
「そうだ。この者が嘘を言っていない保証などない」
「ここに居れば安全なんだ」
これらが主に洞窟に残ると言っている者たちの弁。
「本当なのか?」
「だったら子供たちのためにも、賭けてみた方がいいんじゃないか?」
「姫様が嘘を申すわけがない!」
それが俺たちの町に行ってもいいと言っている者たちの言葉。
先ほどの者たちが基本的に意見が一致しているように聞こえたわりに、こちらは結果だけが一緒でそれに至る理由がバラバラなのが気になった。
真偽を疑いつつも賛成の意見を持つ者、自分よりも下の世代の為に可能性に賭けようとしている者、これらはまだいい。しかし、最後の一つ。盲目的と感じてしまうほどアリアの言葉を受け入れているように聞こえた。もし、そう仮の話だが、アリアが俺たちに牙を向けた場合、より脅威になるのはこの三つ目の意見を持つ者たちになるだろう。
俺がより危険だと思ったのはこの人たちの方だった。
「アンタはどっちなんだ? アリアの意見に賛成なのか、それとも」
「我か? 我は決めかねていての」
この場に居るNPCたちの中で唯一明確な意思を表していない女性NPCは片目を瞑り残る開いている目だけで俺を見てきた。
その際一瞬だけではあるが瞳が蛇のそれに変わったのを見逃さなかった。
俺のことを見定めようとしている。
レベル、所持スキル、それからパラメータ。
他のプレイヤーに知られれば不利に働くそれもNPCに知られた場合はその限りではない。
寧ろ信頼を勝ち取ることが命題となる現状では多少不快に思ったとしてもそれは俺の言葉よりも説得力を持つはずだ。
「どうだ? 嘘を言っていないって信じられたか?」
僅か数秒。十秒にも満たない時間だったとはいえ女性NPCの目が元に戻ったのを見計らい問いかける。
「うむ。主に怪しい所は何もないようだの」
「当然だ!」
「となれば、主の言葉もまた真実という訳か?」
両目を開きつつ俺に疑問をぶつけてくるその顔はどことなく納得できていないように見えた。
疑ってはいないが、怪しんではいる。女性NPCの視線はそう言っているようだ。
別に構わない。
ことこの場に限り俺は嘘や偽りを口に出すつもりはないのだから。
「半分といったところかな」
「ほう? それはどういう意味じゃ?」
「確かに俺には、俺たちのギルドにはアンタたちを迎える準備がある。アリアから詳しいことはどの程度聞いてるんだ?」
「ふむ。町を作っている、とだけじゃの」
なんともまあ。正確であり中途半端なことだな。
「そうだ。俺たちの町にアンタたちを住まわせてもいい。それが俺と俺の仲間たちの総意だ」
「お黙りっ。ったく、それを言うだけなら主が直接来るわけないことくらい判るじゃろうに」
再び騒めき出すNPCたちを一括する女性NPCがまたも俺に厳しい視線を向けてきた。
「ああ。俺はアンタたちを住まわせる場合の条件…みたいなものを伝えに来た」
この一言で勢いを増したのは洞窟に残ると言っていた者たち。
代わりに息を呑んだのは俺たちの町に行くと言っていた者たち。だとしても今のところ意見を変える様子は見受けられない。
「ほう、条件とな。良いだろう、申してみよ。主は何を望む?」
「さっきも言った通りだ。他の種族に対する偏見を一旦忘れて貰いたい」
「理由は?」
「俺たちの作る町はグラゴニス大陸が近く、また俺たちは利用する人たちの種族に基線を設けるつもりはない。人族だろうと獣人族だろうと魔人族だろうと、関係なく受け入れるつもりだ。そしてそれはモンスターハーフも同様だ。現に俺のギルドには大概の種族が揃っているからな」
思い浮かべる仲間たち顔はまさに多種多様。
そしてこれまでに出会ってきたNPCも同じように様々な種族がいた。面倒なことを引き起こしてくれたNPCも居れば、俺たちに好意的に接してくれたNPCもいた。けれど、割合で言えば後者の方が多い。だからこそ俺はモンスターハーフという種族だろうと、それだけで差別するつもりはない。
「だがのう。若い世代は兎も角、我らの世代はそう簡単に意識を変えることは出来ないじゃろう」
「わかっているさ。けど、それでもアリアの意思を汲もうとするなら変えるしかないはずだ」
「それにのう。我らが意識を変えたとして、他の種族の者たちはどうじゃろうな」
目を伏せた女性NPCの言葉に微かに頷いてみせた他のモンスターハーフNPCたち。これはこの場に居る大半の者たちが同様で、関心を示していなかったのはアリアに妄信しているだろう人たちだけ。
「我らを恐れるかもしれぬ。過去と同様に迫害するかもしれん。主の町では最悪に近い状況になることは無いとしてもじゃ、それに近いことにならない保証はないのじゃよ」
「…保証、か」
「大陸という隔たりの上に種族という違いがある。全ての者が相容れるようになるには長い年月が必要となるはずじゃ」
冷静な分析だと思う。
現実の世界でも肌の色や髪の色、瞳の色で他人を受け入れない人たちはいる。そして国や宗教、言葉で交じり合わない人たちも。
しかし、ここはゲームの中。
姿形は違えど俺たち現実側の人間は全てプレイヤーというもので統一されていた。
言葉も基本的に内蔵されている翻訳システムのお陰で通じないなんてことはないのだ。
話が出来れば軋轢が生じる。しかし同時に対話の機会も生まれる。
対話が出来ればそれだけ、他人と分かり合える可能性が生まれるのだ。
過去の出来事が自分を、他人を縛り付ける。その縛りを解く方法を残念ながら俺は持たない。俺が持っているのはその縛りの意味を無くす手段だけだった。
「これは…まだギルドの誰にも言っていないことだけど、俺は自分の作った町で『とある物』の使用を率先して促そうと思っている」
「ほう?」
興味を示した女性NPCの前にストレージから取り出した三つの液体が入っていた瓶を並べた。
『幻視薬』
以前俺がヴォルフ大陸で自身の種族を誤魔化すために使ったアイテムだ。
赤と青と黄。
それぞれ半透明の液体が基本的な各種族を指す色合いとなっている。
「それが主の言うところの『ある物』かの?」
「ああ。『幻視薬』それがこのアイテムの名前だ」
俺はこの場に居る全員に実演を兼ねた簡略化した説明を始めた。
まずは青色の『幻視薬』それは使用者の姿を魔人族へと変貌させる。俺の場合は赤銅色の肌をした小角鬼だ。
次いで黄色の『幻視薬』これは獣人族の姿になるための物。俺の場合は髪の色と同じ黒い毛色を持つ狼の特徴を持つ。
最後に赤色の『幻視薬』これを使えば俺は元の人族の姿に戻った。
「このアイテムはあくまでも見た目を変えるだけの性能しかない。だからパラメータ的には魔人族や獣人族の姿になろうとも俺は人族のままだし、永久に別の姿で固定されるわけでもない」
「なかなかにして面白い薬じゃの」
「使ってみるか?」
同種新品の『幻視薬』を取り出して問いかける。
俺としては他意なくそう問いかけただけなのだが、俺に対する警戒心の賜物だろう。女性NPCを守ろうと影の中に控えているNPCが立ち上がりかけた。
「どうするかのう?」
立ち上がろうとするNPCに向かって小さく手を振ってその動きを遮り、それまでと変わらぬ様子で悩む素振りを見せたことで再び影の中のNPCが影の中に戻ったようだ。
「安心しろ。これはアンタたちにも有効なアイテムだ」
何せ作り出す時にプレイヤーに対する効果は俺、NPCに対する効果はシャーリの身体を使って検証したのだ。
効果の程も安全性も保障がされていると言って問題ない。
「一応言っておくけど、変わる別の種族の姿は『幻視薬』を使用した段階で決まり、元の姿に戻ったとしても再び同じ種の『幻視薬』を使用すれば同じ姿になることができる」
「ほう…」
「欠点で言うと一度決まった別の種族の姿を変えられないことくらいだけど、変化する姿の基準は元の自分の姿から決定するからそれほど自分と遠い姿にはならないはずだ」
後は効果持続時間。
それを説明しようとする俺の前で女性NPCが黄色の『幻視薬』を使用した。
「ほう! これはなかなか面白いのう」
「その…体は大丈夫なのか?」
「うむ。問題ない、というよりは我としての感覚ではいつもと何も変わっとらんのう。本当に変化しておるのか?」
心配する老人NPCに答えた女性NPCはペタペタと変化した自分の身体に触れていた。
「見てみるか?」
俺がストレージから取り出した手鏡を手渡す。
全身を見渡すには不十分な大きさだが顔や上半身を確認するには十分な大きさのあるそれは、前に試しに自分で作った物だった。
鏡のように反射する刀身を作ろうとして本当の鏡を作ってしまったのは本末転倒というか、なんというか。滅多なことでは崩れることのないキャラクターという体では身嗜みを整えるなんて機会に恵まれることはなく、ストレージの肥やしになっていたアイテムだが今は棄てずに持っていて良かったと思う。
「これが我かの」
驚くでも戸惑うわけでもない女性NPCが変化した獣人族としての特徴は白い毛並みの狐だった。
座っていても解る長身と長いストレートの髪。老人NPCと対等に話すからこそ見た目通りの年齢ではないと思っていたが、こうして姿が変わればなお年齢不詳だと感じられた。
「『幻視薬』を使えば一定時間、具体的にはこっちの時間で12時間効果は続く。そしてこのアイテムを俺たちの町で使う人が増えれば、他種族に対する偏見は意味を成さなくなるとは思わないか?」
「確かにのう。しかしこれは下手をすれば偏見以上の問題を引き起こすことになるのではないかの?」
「アンタの顔を見れば解かると思うけど、種族が変わっても全くの別人になれるわけじゃない。基本的な作りは元のままなんだ。それに、解かるだろ? 種族というものが他人との隔たりではなく、それぞれの個性となれば、あくまで個人を判断するのはその人に対する個人の印象。つまりは同じ種族同士で接しているのと変わらなくなるはずだ」
一通り告げて俺は心の中で「あくまでも理想ではな」と付け足していた。
そう。これは理想だ。
自分の姿を偽れるとして真っ先に思いつくのが善行か悪行かと問われれば、おそらく後者となるだろう。それがどんなに些細なことであろうとも罪を犯すのが自分ではなく別人だとなれば倫理の枷は緩む。
だから俺はこれまで『幻視薬』を広めるつもりはなかったし、自分たちが使用するだけで留めていた。
言い訳にしかならないが、自分たち以外から広まったのであればそれはそれで構わないとも思っていたのだ。
そうならなかったのは偶然このアイテムのことを知り得たプレイヤーが増産する方法を見つけることができなかったのか、それとも誰も見つけることができなかったのか。
最悪の場合、誰かが俺とは別の考えで秘匿しているという可能性もあったが、それを使って何かが起きたなんて話は聞かないからそうでは無いのだろう。
「ふっ。人を信じておるようじゃの」
「そうだな。信じているさ。だからアンタたちを招こうと思ったんだからな」
信じている。俺はプレイヤーが悪人だけではないということを。
「確かに、色々と問題は残るだろうが、これを使えば少なくとも種族に対する問題は減るだろうの」
使用した本人が言うのだ。
洞窟に残ると言っていた人たちを説得する材料としては十分な効果があるのだろう。現に残ると言っていた人たちの態度が僅かに軟化したように思える。
「町が完成するまでまだ暫くかかるから即決しろとは言わない。けど、次に俺が来るときまでには答えを――」
「なに、主の手を煩わせることもあるまいて」
「婆様!」
「姫様よ。我はこの者に賭けてみようと思うぞ。どうじゃ皆も我と同じように姫様とこの者に賭けてはみんか?」
振り返らずに問いかけた女性NPCの言葉を受け入れたのは他の全員。
それまで残ると言い張っていた人も「ものは試し」ということで納得したらしい。
「ああ、それと一つ聞きたいんだけど――」
そうして俺はこの人たちに『幻視薬』について明かしたもう一つの理由を話した。
後にこれこそが彼らモンスターハーフの任せられた俺たちの島、延いては俺たちの町の密かな生命線となるのだが、それはもう少し先の話。
今は結果として俺たちの町の最初の住人が決まった。
それだけだった。