町を作ろう ♯.19
俺が再びログインしてきた頃。
ノームたちの手によってこの島の、俺たちが町を作っている周囲に立派な壁が出来上がっていた。
高さで言うと約五メートル。俺の膝ほどしかないノームがどうやってこんなに巨大なものを。そう疑問を抱いてしまうと、ログアウトせずにここでずっとその作業を見物していても悪くなかったのかもしれない。
「でもって、ノームはどこにいったんだ?」
辺りを見渡して見ても件のノームはどこにも見つけられない。
あれだけの数がいたノームが一体もいないことにどことなく物悲しさを感じつつ俺はリリィたちが待っているはずの館を目指した。
ここに再び戻ってきた時、俺はてっきり館の中にある転送ポータルがある場所に現れると思っていた。
しかし、実際に出たのは石畳が敷き詰められている町を作る予定の敷地のド真ん中。
四方を壁が囲んでいることに加え、時間が経ち日が沈み始めているということもあってか、町の中は驚くほど暗い。
この先、町の中に建物を作り町の体を成していったとして、その時には必ず程良い数の街灯を建てることを心に誓っていた。
「遅かったね」
「時間通りだと思うけど」
「そうかい?」
「そうだよ」
俺が館に足を踏み入れた時、出迎えてきたのはムラマサだった。
何故か片手にお茶の入ったカップを持ち、もう片方の手にはホールケーキが一つ。白いクリームが万遍なく塗られ、中にはリンゴに似た果実が惜しみなく入っている。
言わずもがな。このケーキも俺が作ったものだ。
気になったのはそれがあるのはこの館では無かったはずだということ。
「これかい? とっても美味しそうだよ」
「あ、ああ。ありがとう。じゃなくって!」
「どうしてこれがここにあるのか、かな?」
「まあな」
「わたしが持ってきたんだよー。ユウってば幾つも作り置きしてあったじゃない? なのに最近は帰って来ないし、わたし一人で食べきれそうもないしさー」
ムラマサの後ろから姿を現したリリィの手には銀色のフォークが握られている。
皿に乗せられているケーキに直接フォークをつけようとするリリィをひらりと躱すムラマサは軽くウインクをした。
「食べるのは向こうでだよ」
「うー、わかったよー。早く持ってきてー」
「はいはい」
ひゅんと飛んでいくリリィの後ろ姿を見ながらムラマサが苦笑していた。
「細かなことは向こうで話すよ」
「まあ、こんなとこで話をするのもってやつか」
俺は館に入ってすぐムラマサと再会しそのまま話をしていた。
確かに、込み入った話をするのならば玄関などではなくちゃんとした席に着いてということだ。
「他の皆はまだ来てないのか?」
「今、オレ以外でここに来ているのはライラとフーカだけだね。待ち合わせの時間までまだ少しあるからケーキを食べて待っていようじゃないか」
「それ…作ったの俺だよな?」
「うん。戴きます」
満面の笑みを見せるムラマサに続き俺も館の奥の部屋へと進む。
広い部屋の中に大きなソファが置かれているこの部屋の中にいるのはNPCのアリアも含めて五人。妖精のリリィと黒い梟のクロスケを合わせてもギルドメンバーの半数にも満たない。
「あら。ユウくんも早くに来たのね」
「おかえりっ」
「ただいま。二人とも早いな」
仲良く並ぶ二人の間にいるクロスケは目を瞑ってリラックスしていた。
「これを切り分けてくるよ」
「待って。わたしにさせてもらえないかしら?」
「別にいいけど」
差し出されたケーキの乗せられている皿を受け取ってライラが小さな銀製のナイフを手に取った。
「はやくはやくー」
「ふふっ。ちょっと待っててね」
ライラの周りをリリィがウキウキとした様子で飛んで回っている。
そんな平和な様子を見ながら、俺は近くのソファに座りムラマサと向き合った。
「それで、何であのケーキがここにあるのか。理由を話してくれるんだろう」
「勿論。と言っても、単純にギルドホームに取りに戻っただけなんだけどね」
「だけって…どうしてそんなことをしたんだよ? わざわざ戻ってまで取りに行くなんて面倒じゃないか?」
転送ポータルを使えば一瞬だとはいえ、一手間掛かることには変わらない。早めにここに来て何かをするつもりだったのだとすれば、その時間は多かれ少なかれ時間のロスに繋がってしまう気がする。
「別にそうでもないさ」
小さく付け加えられた一言を聞いて一瞬だけ飛行を止めたリリィが誤魔化すような笑顔を見せてきた。
「…ったく。悪いな」
「いいさ。リリィにせがまれてはそう無下にすることもできないからね」
ムラマサも人が良い。
ライラが切り分けたケーキをそれぞれの前に置くのを横目に俺はムラマサに対して申し訳なく感じてしまっていた。
リリィがクロスケと共に俺のギルド【黒い梟】のマスコット的な存在になっているとはいえ、元は俺個人が契約しているモンスターと妖精に過ぎない。
基本的にその管理は俺の責任になっているはずだから、こうして仲間に世話を任せるのは些か無責任になるような気がするのだ。
「ねえねえ。今度私にさ、お菓子作りを教えてくれないかしら?」
声に出さず考えていた俺にライラが聞いてきた。
「ライラってさ≪調理≫スキルは持っているんだっけ?」
「前に取ったんだけど、スイーツに関してはユウくんほど美味く作れないのよね」
「純粋にスキルレベルが低いだけじゃないのか?」
「そんなこと無いと思うわよ。ちなみにユウくんの≪調理≫スキルのレベルはいくつ?」
自分のステータス画面から俺の持つ≪調理≫スキルのレベルを確かめた。
「2だな」
スキルレベルが1の時にも色々とお菓子類は作れていた。しかしクロスケ用になってしまっているが、保存食を作ろうとした時には失敗が目立ったことがあった。
どうしてこうなってしまったのかと思い試行錯誤を繰り返した結果、俺は一つの事実に気付いた。
それは≪調理≫スキルのスキルレベル一つにつき一つだけ、作った料理ジャンルの成功率を高めるということ。そしてそれはこのスキルを持つプレイヤーが作ったことのある料理ジャンルの回数によって決まるということ。
俺の場合それは、常日頃のお茶の時間に向けて作っていたお茶菓子。つまりお菓子作りだったというわけだ。
その為に別の料理。この場合は保存食だが、それを作ろうとした時には失敗してしまうことが多くなったということ。この問題を解消するためにはまた別ジャンルの料理の成功率を上げる必要があるということだ。
勿論その方法も解っていた。一つのスキルレベルに付き一種類なのだとすれば≪調理≫スキルのレベルを上げれば済む話だ。
そうして俺が自身の≪調理≫スキルのレベルを上げたことにより、数十回の試作を重ねることにより保存食の作成の成功率が上昇したというわけだった。
「私もユウくんと同じよ?」
「それならライラは普段何を作ってるんだ?」
「私?」
「ライラお姉ちゃんはいつもスープを作ってくれてるよっ。それはとっても美味しいんだからっ」
「それは一度食べてみたいね」
「いいわよ。いつでも作ってあげるわね」
何気なく言ったムラマサにライラは笑顔で告げた。
「それが一つ目ってわけか。だったらもう一つは?」
「もう一つ? うーん、何だろ?」
「ライラがスキルレベルを上げたのって何時なんだ?」
「このギルドクエストを始める少し前のことよ」
「それから≪調理≫スキルはどれくらい使った?」
「あまり作れてなかったわね」
僅かに考え込む素振りを見せてからライラが答えた。
「それなら純粋に試行回数が足りていないだけかもな」
「そうなのかしら?」
「一応は俺の持つお菓子のレシピを教えてもいいけどさ」
「ホントっ!!」
「ま、まあ。大したものじゃないと思うけど」
「そんなこと無いわよ!」
「うんうん。ユウの作るお菓子は美味しいものばかりだからね」
手放しで褒められるのはどうもむず痒い。
「どっちにしても、ライラにお菓子作りを教えるのはもう少し後の話だな」
まずはこの島に町を作ること。
基盤となる石畳と防護壁は完成した。
となれば、後は実際に住んだり店を開いたりするための建物を建てるだけ。
「端末はどこにあるんだ?」
「それならこの部屋の窓際の棚の中だね。棚に鍵が掛けられている訳でもないから誰でも持つことは出来るけど使えるのはオレとユウ、それにボルテックの三人だけだからね」
「解っているさ」
そう言いながら立ち上がり棚に入っているタブレット端末を手に取った。
このご時世、別段使い慣れていない物でもないそれを操る俺の手に迷いはない。瞬く間に所持ポイントが記載されているページを出すと俺はその数字に驚いてしまった。
「どうかしたのかい?」
「いや、な。何でこんなにポイントがあるんだろうって思って」
「どの位貯まっているの?」
「端数を切り捨てたとしても3000ポイント。外壁を作った後とは思えないほど残っているよな」
使っても使っても減らない、なんてことは無いはず。だとすれば消費した以上に獲得したポイントが多いということになる。
「アチーブメント、か」
「それしか原因は考えられないよな……っと、あった。これだな。【外壁建築/600】回数か距離かは解らないけど、それにしても意外と数字が大きいな」
「それだけ町の外周が大きいということよね」
ライラが言うように俺たちが作ろうとしている町は広大。それら全てを余裕を以って囲むように作ったのだからかなりの距離になったとしてもおかしくはないのだろう。
「そろそろ皆が来る頃じゃないかな」
端末を見下ろしながら考えている俺にムラマサが告げた。
その言葉を証明するかのように館の外。現状何もない町の方から話し声が聞こえてきた。
「ふむ。後から来る人たち用にケーキでも作ってくれるかな?」
「おい。まさかこの短時間でワンホール食べ切ったなんて言わないよな?」
「残念ながら、そのまさかさ」
「嘘だろ……」
テーブルの上にあるケーキが載せられていた皿はの上は綺麗に何も無くなっていた。
食べ足りないという視線を向けてくるリリィはこの際無視したとしても、俺たちだけがお茶会をしていたなどと言うわけにはいかないだろう。
特にヒカルなんかはズルいと言って聞かなさそうだ。
「材料はあるのか?」
「この通り。オレに抜かりはないさ」
ストレージから取り出された小麦粉等のケーキの材料が入った複数の麻袋。他にも新鮮な果物がいくつかテーブルの上に転がっている。
「解った。作ってくるよ。ライラも手伝ってくれるか?」
「勿論いいわよ」
「ああ、その前にフーカはオレに付き合ってくれないかな」
「わたし?」
「先に行ってるわね」
館にあるキッチンに向かったライラの後を追おうとしたその時、ムラマサが俺に視線を送ってきた。
「どうした?」
「考えていたことがあるんだ」
「何だよ、考えていたことって?」
「詳しくは皆が揃った時に。けどその準備をしておきたいってわけさ」
「準備ねえ。まあ、好きにしてくれればいいけどさ」
「どうしてわたしが付いて行く必要があるの?」
準備というものに人の手が必要なのだとすれば館に向かっている他の仲間たちの手を借りてもいいはず。フーカでなければらない理由など無いはずだ。
「オレ一人よりもフーカが来てくれた方がいいってわけだね。けどぞろぞろと皆を引き連れて行くのはどうかなと思ってさ」
「理由があるなら別にいいんだけど」
「ムラマサはどこに行くつもりなんだ?」
渋々納得したという様子のフーカの隣で俺は問いかけていた。
「グラゴニス大陸のギルドホームとヴォルフ大陸のログハウスさ。オレが思うにここに集まってもらう必要のある人たちが残っているからね」
その人たちが誰なのか。
俺はその人物たちに心当たりがあった。しかし、それはプレイヤーではなくNPCだ。
「何をするつもりなんだ?」
「そうだね。一言でいうならオレはこの島、延いてはこの町に拠点を移そうと思っているんだ」
初耳なそれを話すムラマサの目は真剣そのもの。
その目を見てしまった俺は止めろとは言えなかった。




