町を作ろう ♯.17
「随分と立派な館だな」
石畳の敷き詰められた区画の上に建っている館の扉を開け一歩踏み込んだ場所で立ち止まるハルが、その内装を見渡しながら言っていた。
その言葉にあるように館の内装からは豪華な印象を受ける。とは言え、それに加えて妙な既視感が感じられているのは何故なのだろうか。
「何処の部屋にいるんだ?」
未だ繋がったままのフレンド通信を使って問いかける。
『一番奥の部屋です』
『……分かり易く言うとギルドホームのリビングのあるトコ』
セッカが告げたその一言に俺はこの館に感じていた既視感の正体がわかったような気がした。
寧ろ何故気付かないのだと自分に問いかけたくなるくらいだ。
「どういう意味なんだ?」
「俺たちのギルドホームを覚えているか?」
「まあね」
「この館はどういう訳か似ているんだ」
館の廊下を進み奥の部屋の扉を開ける。
するとそこに待っていたのは探索に出たメンバー以外のギルドメンバーとアリアだった。
「待たせたか?」
部屋の大半を占める大型のソファに座るみんなに向かって声を掛けた。
「いえ、そんなに待ってないですよ」
「それで、話ってのは何なんだい?」
自然な動作で開いているソファに座るムラマサが俺の問いに答えたヒカルに訊ねていた。
「そのことに関しては僕から話させてもらうことにするよ。構わないかな?」
「勿論さ。頼むよ」
「まずは君たち全員が気になっているであろうことだけどね、ここの館はポイントを消費して建てることができたのだよ」
「いや、それは…まあ…大体想像がついてたけどさ。そもそもそんなにポイントが貯まっていたか?」
俺たちが探索に出る前の段階で230ポイント。
サハギン種たちとの戦闘を経たことで得たのを合わせても1000にも満たないはず。家屋を一つ建てるのにすら足りず、こんな大きな館を建てることなど到底無理なはずだった。
「それに対する答えは二つ。一つはこのギルドクエストにはアチーブメントが設定されていたこと」
「アチーブメントっていうと、確か毎日出される課題みたいなものだったよな?」
「その通り。それには報酬もあるのだけど、今回の場合は僕達の行動の結果に対する累計が条件として適応されているみたいだよ」
「累計っていうと、どれだけモンスターを討伐してきたかとかか?」
「まさしく」
「ふむ。このギルドクエストにアチーブメントがあるのは理解したよ。それで、もう一つは何なんだい?」
「それはこの館を建てる前の段階で先程のアチーブメントがいくつか達成できていたってことだろうさ」
達成していたというのがどの類の項目なのか。それが気になった俺はテーブルの上に置かれているタブレット端末を手に取って、その中にあるはずの項目を探し始めた。
その前にと確認した貯められているポイントの総数を見ると驚いたことに残っているポイント数は2710。
俺が想像していたよりも二千も多い数字が記されていたことに疑問を禁じ得なかったが、その理由もまた先程ボルテックが言っていたアチーブメントによるものなのだろう。
「えっと、達成済みのアチーブメントっていうと…これか?」
「どれどれっ?」
端末の画面に表示させたそれを見て呟く俺の隣からフーカが覗いてきた。
「そこには達成されているものだけが表示されるようになっているみたいだよ」
「だったら、まだ達成されていないものは何処にあるんだい?」
「残念ながら、どこにも載っていないよ」
「どういうことだ?」
「僕達が端末の何処を探しても未達成のアチーブメントは載っていなくてね。その画面も一つ目のアチーブメントが達成されて初めて追加されたくらいだからね」
ボルテックの言葉に俺は自然と正面に座るムラマサと顔を見合わせた。
「それってさ、アチーブメントがあるって気付かない人がいるんじゃいるんじゃないの?」
フーカが当然のように浮かんできた疑問を口に出していた。
「それはどうだろう? 真面目にこのクエストを進めようとするならモンスターとの戦闘は避けられないはず、それこそこのポイントを貯めるためにもね」
「ああ、そうだな」
「だったら最低でもモンスターの累計討伐数関係のアチーブメントはクリアされるだろう。ならばその時点であるという事実に気付くはずさ」
そもそも累計でクリアされる類のものならば、このクエストを受けても進めないと決めた時点でアチーブメントがあろうとなかろうと関係ないということか。
「達成できたアチーブメントっていうとこれか」
端末の一ページの三分の一程度を埋める項目を一つずつ目で追っていく。
「この【累計モンスター討伐数/100】ってのが最初にクリアできたやつなんだよな?」
「いいや。最初にクリアしたのはこっちさ」
ボルテックが指さしたのは俺が注目していたのとは違うものだった。
「【一定範囲を整備した/50】っていうこれか。この一覧は達成順に載ってるわけじゃないんだな」
「そうだね。達成順ではなく種類順みたいだ」
「他には【建造物構築/1】に【ボスモンスター討伐成功数/1】」
見ただけで内容が推測できたのはここまで。
残る一つは俺からしたら意味不明な内容だった。
「ユウが解らないと思うのはこれだね。【開拓領域/30】オレからすればこれも内容がそのままタイトルになっていると思うけど」
「まあそうなんだけどさ。他の奴に比べると基準が曖昧に思えるんだよな」
「確かに。そうなのだとしてもこうしてクリアできている以上はオレたちが何らかの条件を満たしているはずさ」
「…条件」
開拓というからにはそこが俺たちプレイヤーが活動できる場所になったと判断するべきだ。
しかしそういう意味ではこの草原区画以外はまだ安全に活動できるようになったとは言い難い。
「となれば、俺たちが足を踏み入れた場所がカウントされてるのかもしれないな」
それならばこの30という数字にも納得がいく。
この島全体を100とした場合、俺たちがそれぞれに足を踏み入れたのが30パーセントを超えたということだ。
「残っているポイントはどれくらいなんだい?」
「ざっと3000だね」
「それだけあればもっとこの町を作ることができるってことだな」
ハルの言葉にボルテックたちが揃って首を縦に振った。
「ならさっそく」
「ちょっと待ってくれるかい?」
「どうした?」
「ユウ君は何から作るのかというプランがあるのかい」
「何からって…そうだよな。適当に作り始めてたんじゃポイントが直ぐに底をつくってわけか」
「それに今はまだアチーブメントで貰ったポイントが多く残っているからいいけどね、無策に使用した場合、補充をするにはモンスターの討伐を繰り返す必要が出てくるだろう」
「別のアチーブメントを探した方が早いってことなるのか?」
「現在確認できている項目の次があったとしてそれを満たすためにどれだけの数が必要になるのか解らない以上、当てにするのは危険だと思う。せいぜい可能性が高いのはこの【開拓領域】の数字を伸ばすくらいだろうけど、それにしたって次のアチーブメントが獲得できる値がどの程度なのか解らないからね。最悪の場合100%にならなければ獲得できないとなれば、時間と手間が掛かり過ぎるだろうね」
有り得ない話ではないと思って行動しなければ足元を掬われるなんてことになりかねないというわけだ。
「だったら急いでする必要のあるのは何なんッスか?」
それまで話に参加してこなかったリントが片手を上げて発言した。
どことなくその様子が授業を受けている生徒という風景を思い出して微かに笑いが込み上げてきた。
「そうだね。ログアウトできるオレたちと違って彼女はここにいなければならないだろうから、彼女に必要な物があればそちらを優先すべきかもね」
ムラマサが言う彼女とは言わずもがな今場に居る唯一のNPCアリアだ。
島という場所で、俺たちとは違い簡単に外と行き来できるわけではないアリアにとってモンスターの中というのは決して安心できる場所ではないのだろう。
それでもアリアが俺たちと一緒にいると決めた以上、ここに居続けるのは仕方の無いことのように思えた。
「そうだな。現状ではアリアの仲間たちまでここに来させることは出来ないけど、アリアだけなら」
チラリと視線を送る。
俺たちがこの部屋に入りソファについて直ぐの頃、ライラが用意していたお茶を啜りながら沈黙を守っていたアリアがゆっくりと口を開いた。
「いいのか?」
「別にいいさ。多分俺たちよりもここを使うことになるのはアリアなんだからな」
「しかし妾一人でこの館を使うとなれば些か大き過ぎるような気もするが」
「それならさ、町がある程度出来上がったところでアリアが気に入るような住居を建てればいいんじゃないかい」
「ふむ。そうだな」
「で、現状の町を鑑みてアリアが必要だと思うのは何かな?」
「それならば先ずはモンスターの侵入を拒む壁が必要だろう」
「壁ですか? そういえば壁ってどこの町にもありますよね。今まで気にしてこなかったけど、どうしてなんです?」
ヒカルが思い浮かべているであろうそれぞれの大陸の主要な町の他にも小さな村なんかでも壁の役割を持つ何らかの設備は決まって建設されていた。
「簡単なこと。あれば安心できるからに他ならないからな」
「安心ですか?」
「うむ」
役割としては当然のようにモンスター避け。あるいは防護壁。
初心者でもなければそれなりの実力を持つプレイヤーは自衛の手段を持っているが、そうではない民間人NPCには当然のようにそんな力は無い。
彼らNPCを守るためにも町を囲む壁は必要不可欠なのだろう。
「ノンアクティブのモンスターだけならそれ程危険に思えないってもの俺がプレイヤーだからなんだろうな」
相手が積極的に攻撃を仕掛けてこない類のモンスターであれば安全。それは仮に戦闘になったとしても負ける危険性が低いプレイヤーだからこそ言えること。
戦闘が苦手なNPCにとってはどんなに安全とされているモンスターであっても危険であることには変わりないのだ。
「その通り。攻撃性の高いモンスターでなくとも、子供や戦闘の出来ない者にとっては危険極まりないからな」
「その人たちを守る為の壁ってことなんですね」
「無論、その壁すら超えてくるモンスターはいる。しかしそれは最早自然災害と同等だと割り切れるのだ」
「……どんなに強固でどんなに高い壁を作ってもダメな時はダメってこと?」
「そうだな。しかしそうならぬように防げる危険は防いでおくべきだ。何より壁が防いでくれるのはモンスターだけではないからな」
「人…か」
一瞬にして顔を曇らせたハルが小さく呟いた。
アリアが沈む様子のハルに問いかける。
「気になるか?」
「アリアが言っている人ってのが俺たちみたいなのを指しているのか、それとも――」
「両方だ。いくら島の中にある町だからといえど、侵入者が現れない保証はない。違うか?」
「違わないんだろうな」
なおも落ち込むハルの肩を軽く叩く。
「それを防ぐためにも壁を作ろうってことなんだろ?」
「その通りだ。それに壁で町の外周を囲んでしまえば、自ずと町の規模も決まってくるということだ」
「わかった。やり方はボルテックたちが知っているんだよな」
「こうして館を一つ建てたからね。まあ、ユウ君とムラマサ君には覚えてもらうつもりだけど」
「当然だな」
頷くムラマサに続いて俺も同じように頷く。
「さて、それじゃ館の外に行こうか」
ボルテックの先導のもと、俺たちは館の外へと出た。
何度見ても石畳だけで他には何もない元草原区域――今では、そうだな名付けるならば仮設区域か。その仮設区域は殺風景。
真新しい石畳の上で集まる俺たちは端末を持っているボルテックに注目していた。
「ユウは初めて見るんですよね」
俺の隣にいるヒカルが何か含みのある笑顔を向けてきた。
「驚くと思いますよ」
「何が?」
自然な感じでそう聞き返していた俺の目の間でボルテックが端末を操作していく。
「今はとりあえず石畳のある場所を起点として壁を作ってみるよ」
「作り直しは出来るのか?」
「拡大と縮小ならば、ポイントが無駄になってしまうことを気にしなければ可能だね」
一瞬だけアリアの方を見たボルテックはそれ以上のことを話すことは無かった。
「さて、始めるよ」
この一言を切っ掛けに、ボルテックを中心にして仮設区域の全て覆うほど巨大な魔方陣が広がった。
そしてその魔方陣の中から無数の光が浮かび弾ける。
「…へえ」
確かにこの光景には驚きを隠せない。
魔方陣から浮かんだ光の一つ一つ、それぞれが小さな二頭身の妖精の姿に変わったのだから。